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3.悪役令嬢は入学試験の試験範囲を知る
しおりを挟む「お、お嬢様・・・?」
フィルマが目をまん丸にして私の顔を見ている。
……それも無理は無い。いきなり会話をしている相手が超大声で叫んだのだから。
「あ、あぁ、ごめんなさい。ちょっと頭がこんがらがってて」
「そ、そうですか。……お嬢様」
私の言葉を聞いてフィルマは一度その顔に落ち着きを取り戻したかの様に見えたが、今度はキリッとした顔で彼女は私を真っ直ぐに見つめてきた。ダイレクトに見つめられるとなかなかインパクトがある顔であり、その小太りの体格も相まって、更に迫力を感じてしまう。
内心はかなりビビったけど、それでもそれをおくびにも出さずに私はフィルマに問う。
「何かしら、フィルマ?」
「……あまり無理をしてはお身体に障ります。今日はもうお休みになったほうがよろしいかと」
奇しくもフィルマは先程のハゲ親父……おそらく私/キュルケの父であるアレイドル公爵家の当主、ドルスレイ・ル・フラン・アレイドルと同じことを口にした。
2人に同じことを言われてしまっては素直に従って寝ようではないか……という建前で、私は一度一人になってこの状況を整理したかった。
そう考えた私はフィルマの言葉に応えようとしたが、だがここでフィルマは予想外の人物の名を口にする。
「ようやくあの憎きクリスティーに、お嬢様の才を見せつける事が出来るのです。万全の体制で試験に臨み、今度こそキュルケお嬢様とあの貧乏男爵の娘風情には天と地ほどの差があるという事を見せつけるのです!!」
……そう言ったフィルマの目はギラギラしている。
クリスティー嫌いは相当の様だ。なるほどこれほどまでにクリスティーを嫌っているのならば、彼女の弁当箱にカエルを放り込んだりしても不思議ではない。……さすがにゲームではデフォルメされてカエルも多少可愛くなっていたが。
これ以上フィルマに好きに話させてしまっては、私がビビってロクに会話もできなくなってしまいそうだ。さっさと退室させるに限る。
「え、えぇ、そうね、その通りね。分かったわ。今日はもう寝る事にするわ。フィルマも早く休んでね」
「えぇ、そうしてくださいな。それじゃ私は失礼しますね」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
フィルマはその会話を最後に、扉の前で一度頭を下げてから部屋を出て行った。
そして部屋の扉が閉められたのを確認した私は――
「どうしよどうしよどうしよ!!聞いてないよ入試なんか!!えぇ!?入試ってあるの!?乙女ゲーの世界にぃ!?」
――再びパニックに陥った。
「てか何!何を試験するの!国数英理社どれ!?」
会社はコネ、幼小中高大は全て附属の学校だったからエスカレーター式での入学。かろうじて入試と言えるのは幼稚園に入園する際のものだが……何も覚えていない。
というか、そもそもそれがなんの役に立つ。
いけない。頭が完全にパニクっている。
こういう時はまずは周囲の観察をするべし!ってなんかの本でどっかの誰かが言っていた様な気がしないでもない!
絶望的にあやふやな言葉だったけど、それでも私はそれに従う事にした。
「そうだ!キュルケの机!あのハゲ親父の口ぶりからして私はさっきまで勉強してたに違いない!」
そう思い立った私は早速さっきまで私が座っていた椅子に座り直した。多少ゴテゴテはしているが、高級そうなクラシック調の椅子であり、お尻の部分がかなり柔らかいクッション状になっている為に長時間座っても負担は少なさそうだ。
一方机の方はびっくりするほど飾りっ気がない。部屋の角に置かれたそれは表面がツルツルとしている長辺がやや長い長方形の茶色い木製のものだった。
そしてその机の上には大量の分厚い本と、何やら魔法陣っぽいものやら良くわからない数式やらがびっしりと書かれた紙が数十枚。
「こっ、これは……よ、読める!読めるぞ!」
君フォルが日本人によって作られたゲームだからだろう、作中の世界の公用語は日本語だった。それどころかこの世界は魔法があったり魔物がいるという異世界なのに、その他はほとんど全てが地球と同じなのである。
1年は365日だし、1日は24時間。太陽と月もあるし、馬とか豚とかもいる。まぁメインは恋愛要素なのだから、そこまで細かく設定を詰めなくて良いのだろう。
そんな訳で、私は紙に書かれた数式を数式として認識できた。
だけど問題は……
「……けどっ!わからないっ――」
それが数式だと認識はできたが、その意味の理解はできなかった……。
いや、それはしょうがない。だって私は文系だもの?数学なんかわかる訳ないじゃない。物理の式かもしれない?一緒よ一緒。数字を使った時点で、それは等しく罪深いモノ。
だから私が相手にするべきなのはこっちに置いてある開きっぱなしになっている本なワケ。
「さーてなになに?」
『魔力反撥に示される動的魔力エネルギーの変換術式は一般マナエネルギー分解学第三法則に則って処理されるものであり、応用遡求魔法定着術式による場合とはその扱いが全く異なる。これは王国歴13年にグランデルク・レイト・スタビヨール氏によって発見されたものであり、以前に存在したいずれの相対的魔法エネルギー導出論でも示されていなかった。また氏は同時に反動分散型魔力制御学における立体多重魔法陣のエネルギー矛盾、いわゆる特異型極限魔力座標の異常反応についても不可逆的マナ異常反応学を応用することで解決された。詳細は「魔法学概論-26巻」の673ページに記載されている。いずれにせよ魔力反撥によるエネルギー論は氏によって大いに前進をした。そして近年魔力反撥によるエネルギー異常が解明した事により特殊相対性魔烈系反応論は超流魔導鋼研究に応用されることとなり、大気中に含まれるエーテルとマナによる特異反応に示されるジストルメイ反応がガルストン型魔導鋼作製に利用されるにまで至った。だがグラストルク超常魔導振動研究所の研究によるとジストルメイ反応が起こった際の異常帯魔分子の一つであるバルト粒子が励起状態に至り、一般ヒデ系魔導粒子の自己崩壊反応の触媒になりうる可能性がある。それを危惧した一部の……』
「………………ナニコレ…………呪文?……え?魔法学院であんなドタバタ恋愛劇を繰り広げるあの子達はこんな呪文を覚えてるっていうの……?」
実はキュルケもクリスティーもコレを全部勉強していたというの!?
「いやいやいや、落ち着け落ち着くのよ私。まさか15歳の少年少女たちがこんなバカみたいの難しそうなものを勉強しているはずがないわよ、えぇそうよ間違い無い」
ゲーム開始時、つまり王立第一魔法学院に入学する王歴97年の4月時点ではキュルケとクリスティーはどちらも15歳という設定になっていた。
同学院の入学は15歳以上という制限があるが入学年齢の上限は設けられていない。感覚的に言えば日本の大学と似ている。それ故に攻略対象となる男性陣の年齢も上は40代下は15歳と、実に幅広くなっている。これもまた君フォル学院篇が前例を見ないほどの大ヒットをした理由でもあるだろう。
そしてキュルケとクリスティーはそんな学院で恋愛劇を繰り広げる訳だがまさかその前日譚、いや、ゲームで描かれていない授業内容がこれ程までに難しいものだったとは考えられない。
だから私はこう考える事にした。
「きっと『魔法とは?』的な低レベルの受験参考書があるはずよ……いや、なきゃ困る…………」
そう祈った私は、だけど直後にある事に気づいた。
「いえ、それも違うわね……」
これはあくまで試験なのだ。
それはつまり、試験範囲があるはず。
きっとこの部屋のどこかにそれが書かれた紙があるはず!
そう確信した私は顔を上げて、
「あるじゃん……」
目の前の壁に「王立第一魔法学院ー入学試験試験範囲表」と白のインクでタイトルが書かれた真っ赤な紙を見つけた。
「えーっと……なになに?」
タイトルの下部には同じように白いインクで――
『魔法について、及び基礎数学から出題する』
――とだけ書いてあった。
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