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執事のショーンとお嬢様

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 DDがこの世界で二度目に目を覚ましたのは、カーテンの隙間から日の明かりが差し込む部屋の大きなベッドの上だった。

「(ここは…何がおきて…)」

 目を覚ましはしたが身体中が痛くて動かせない。

「おや、お目覚めですか?」

 またもや気配を感じることができずに聞こえた声に驚き、なんとか声の方向に目をやると、如何にも…といった風な執事の様な服装の老紳士が立っている。

「いやいや…手加減したつもりでしたが…
 まさか魔力耐性がここまで低い方がこの館を訪ねて来られたとは露知らず…。
 大変失礼いたしました。
 お体の方はいかがでしょうか?」

 DDは痛みを堪えながらなんとか半身を起こそうと試みるが、どうにも上手くいかない。

「…御覧の…通り、ズッタズタ…さ…。
 正直…声も出しづらい…。」

 紳士はDDの上半身を起こし、背もたれになるクッションをあてがう。

「大丈夫でございますか?
 わたくし、この館で働かせていただいております、執事のショーンと申します。」

「…シュールな笑いが得意そうな名前だな…。」

 先程サラリと言われた事への囁かな反撃である。もちろん通じる訳もないのだが。
上着は手の届かない壁にかけてある。と、言うことは銃を持っている事も知られているということだ。元よりどちらかというと助けを求めて訪ねたわけだから、大人しくされるがままにしておいたほうがいいだろう。
 DDは、相棒だと認めたことを喜んでいた様に見えたケラウが暴れ出さないことを願う。

「とりあえず水を。
 それとお食事は喉を通りそうでございますか?」

 そう言いながら老紳士は寝たきりの病人に水を飲ませる様な道具をDDの口に運ぶ。殺し屋が人から水を?などと一瞬浮かびはしたが…ここはそう言う世界じゃない…と思い直して喉を潤す。
水分を補給したら少しは声を出すのも楽になった。

「昨夜は…」

「いえ、二日前でございます。」

 言葉を失った。二日…それほどの時間、無防備な状態で他人に身をあずけていたというのか…。子供の頃からそれは死だと教えこまれていた。
流石に大人になるにつれ世間の常識を身に付けては来たが…あちらの商売敵の奴らに知られたらとんだ笑いものだ…。

 何はともあれ、こちらが何もしなければ大丈夫だろう。何も出来る状態でもないが…。そう、DDはベッドの傍らに用意された下の世話をする道具を眺めながら少々青ざめて覚悟を決めた……。

「とにかく…突然押しかけてしまって申し訳なかった。
 コチラの素性は包み隠さず話そう。」

「ああ、それでしたら…。」

 と、老紳士が言いかけた所でドアをノックする音が部屋に響く。

「(細く軽い音…女性か?) 」

 職業病である。何事も探りがちになってしまう。

「(…どうでもいいだろう。
 やめよう。警戒は必要だが…ここでの俺は殺し屋ではない…。)」

 ふと老紳士の顔に目をやると、ノックの主を部屋に通して良いのかの確認を待っているようだ。忙しないノックの音がだんだんとヒートアップして謎のリズムを刻み出している…たまに「HEY!」とか「YEAH!」とか混ざり始めた…。

「…あ、か、構わない、こちらは世話になる身だ…そちらの良いようにしてくれ。」

「では、我が主を紹介させていただきます。
 どうぞ、お嬢様!」

 見たところ十代前半の少女だろうか…?待ちかねたノックの主は勢い良くドアを開けて走り込んできてDDが身をあずけているベッドに飛び乗る!

「目をお覚ましになったのね!?私は…がっ!!」

 体中に激痛が走り、DDは反動でお嬢様の顔面に全身全霊の頭突きを食らわせてしまった!痛みに耐える訓練は散々した筈だが、この世界で受けている痛みは種類が違うのであろうか…?

「い~っだだ…!!あ!ち、違う!大丈夫…」

 焦って言い訳をしようとしたDDの目の前に、既にその顔はあった。

「ん~~っ!元気で良いですわねっ!
 私はこの館の主、レトエミラ。
 レトエミラ=スィールリィと申します!
 どうぞレティとお呼びくださいまし、異世界の勇者様!
 そしてそして…私を殺してくださいませ~~っ!!」

  激しく揺さぶられながらの激痛で状況が全く理解できないままDDはまたもや気を失ってゆく…そんな中、

「お嬢様!お止めください!」

と叫びながら『鈍器の様な物』でお嬢様の頭を何度もかち割る老紳士の姿が見えた気がした…。



 ハッ!とDDが再び目を覚ましたのは同じベッドの上、月明かりが差し込む頃であった。

「…悪夢を…見ました…。
 選択権が無かったとはいえ…良くない人生を歩いてきたと思います…
 どうしたら…良い子に生まれ変われますか…?」

 独り言を繰り返すDDに声をかけたのは相棒である。

「大丈夫であるか、DD?」

 身体はかなり回復したようで、比較的動けるようになっていた。
 声の聞こえた方に身体を向けると、ベッドの横にテーブルがあり、クッションが置かれたその上にケラウノスが置かれていた。 

「あああ…相棒ぅぅぅ~~~…!
 なんだここ…どんな世界なんだよう~…?」

 と、相棒を抱きしめると…

「心配する必要は無いと思われる。
 状況からわかる通り我の存在も知られた上で説明も済ませている。
 彼らに敵意は無い。
 この件は相互の不理解から生じた早とちりであり、
 既にその誤解も解けていると我は我が相棒に自分の有用性をアピールする。」

「…銃の癖に大事な所で『打ち止めです』とか止めろよ…?」

「何の事やら。」

 と、落ち着きを取り戻したDDの耳元でまた…

「おや、お目覚めですか?」

 …声にならない悲鳴を上げると、いつのまにか老紳士が傍らに、お嬢様が目の前にまたがっていた。

「先程は驚かせてしまい、申し訳御座いませんでしたぁ~♪」

「この度もだよ!!
 なんだ、あんたら…この世界の魔物の類か?」

「…あら…傷つきますわデっ!!」

 お嬢様が言い終わる前に老紳士が金属バットのようなものでお嬢様を撃ち飛ばす。

「お客様、落ち着いて下さいませ。
 そちらの事情は御相棒の方よりお聞かせいただきました。
 ひとつの世界を救った英雄様との事で。」

 少々美化されたDD達の事情が滞りなく伝わっている事の確認の時間が終わり、まんざら間違ってもいないし面倒が増えるだけなので良しとする。

「要するに暫くこの世界で生きて元の世界に戻る迎えを待ちたいだけなんだ。
 迷惑ならすぐに移動するから、この世界の情報を聞かせてくれないか?
 …あと、そこで脳漿をぶちまけて倒れてるお嬢様について…。」

 それを聞いて一つ溜め息を着いた老紳士は倒れたお嬢様を見事な剣技で八つ裂きにし、魔法…なのであろう、結界のような空間を作り上げ、その中に閉じ込めて火を放ち、その塊が灰になったことを確認すると、一枚の大きな布を取り出してそれに被せた。

「3!2!1!
 はぁ!」

と叫んで布をめくり上げると…

「ちゃっちゃり~~ん♪」

と両手を挙げてポーズを取るお嬢様…もちろん衣服は燃えていなくなっている。

「お嬢様、全裸でございます。」

 自分の身体を確認したお嬢様は…

「ちょ…!ショーン!服まで燃やしちゃだめでしょう!
 し、暫くお待ちくださいまし…!」

と言い残して部屋を飛び出して行き、それを見送ったショーンは姿勢を正しながら

「とまぁ、ご覧になりました通り不死の呪いでございます。」

「…今の一連のショウタイムは必要だったか…?」

「いえ、いつも魔物と疑われたり死体に驚かれたりされるものでして…。
 こうして明るく楽しく…怖くないよ♪と毎回している事でございまして…。」

「…生き返るのには驚いたが…死体を見るのは慣れている。
 そう言えば、呪い…と言ったか?」

「はい、そのように申しました…が、それだけではないのですが…。
 隠す事では御座いませんのでお話致します。
 その前に、貴方様の身体のダメージについて。
 コチラの世界の者は皆、
 魔力という物を自然と身に付けており…貴方様にはその耐性がほぼ無いようです。
 その為、多少の事でも何倍もの負荷を受けてしまうのでしょう。」

「霊力…とは違うのか?」

 と、DDはケラウに訊ねると、

「似たようなものであるが、霊力は魂から来るエネルギーであり、
 魔力とは自然界に存在するエネルギーの様なものと考えるとわかりやすい。
 コチラの者達はそれを無意識にコントロールし、流れを作るようである。
 厳密には違うが、エナジードレインを受けた様な状況が発生したと推測する。」

 ショーンはそれに頷き、話を続ける。

「まぁ、後に慣れる事でございましょう。
 では、お嬢様についてですが…
 私は親の代からこの館に使えておりまして、
 私が連れてこられた時…既にお嬢様のお姿は今と変わらぬ物でございました。
 先代の御館様のお話ですと、生まれつきお嬢様は身体が弱く…病を繰り返し、
 様々な方法を用いて治療にあたっていたとの事でございます。
 各地から高価な薬を取り寄せ…
 神頼みもし、幾多の精霊や悪魔との契約から何でもござれ…
 気がつくとあのようなお身体になっておられたとの事…。お労しや…。」

「いや、絶対ダメなのが混ざってるだろう…。」

「…各地で魔物と恐れられ…
 転々とするうちにようやくこの地に落ち着かれたそうでございます。
 とはいえご両親は人間。
 寿命を全うされ…今ではひっそりと二人で暮らしておりました。
 そしてあの夜…人の気配がするので様子を伺っておりますと…。」

 と、そこへ着替えを済ませたお嬢様が入室してきた。

「そうですわよ!
 貴方、両手を挙げてガオーーってしてたじゃない!
 だからまたここから追い出そうとする悪者と思ったんですわ。
 で、ショーンに捕らえろ!って♪」

「…いやアレは敵意が無いっていう事だったんだけどな…。
 こちらの常識を知らなかった俺も悪いか…。」

 そこへ、そっとショーンが耳打ちしてくる。

「いえ、常識がないのはお嬢様の方でございます。
 私が本当に悪意を感じていれば今、貴方様に首はございません。」

 その言葉を飲み込んで完全に降参を認めたDDは肩をすくめて首を振る。そのDDの傍らにポンと腰を降ろした少女は笑みを浮かべて言う。

「貴方がたの話も聞きたいです♪時間があるなら暫く居るといいですわ。
 この世界の事も…私は余りお教え出来る事はありませんが、
 ショーンは何度も旅に出ているの。何でも聞くと良いですわ。」

「いや、若い頃の話でございますが…。
 お役にたてるのであれば何なりと。
 まだ身体の方もお辛いようですので今晩のお食事はコチラにお持ちいたします。
 お話はまた明日伺いましょう。さ、お嬢様はあちらでお食事を。」

「そうですわね、一度死んでお腹も空きましたし…また明日ですわね。
 オヤスミなさいませ♪
 あ!相棒さんはお借りして行きますわね、
 昨日はずっとおしゃべりして仲良しになりましたのよ♪
 もっと天界とやらのお話も聞きたいですわ~♪」

「あ、ちょ、相棒…?」

「心配ないのである。DD。」

 お嬢様は脇に置いてあったケラウをサッと手に取って小走りで部屋を出ていった。それに続いてショーンも部屋を後にする。

「それでは後ほど消化に良さそうなものをお持ちいたします。
 どうぞお寛ぎください。」

「…寛ぐのは身体が自由に動くようになってからにするよ…。」

 と返すと執事は軽く笑みを浮かべて一礼して扉を閉めた。
静けさを取り戻した部屋で深い溜め息をつき、そっと窓を見ると月?がよく見える…

「…トイレの女神…早く迎えに来てくれないかな…。」

 そうつぶやいたDDは背中のクッションに身をあずけて目を閉じた。

 そしてその頃、その女神は暫く続く多くの上級神達からのお叱りを受け続け、本来迎えに来るはずのララメミルは…全然関係ない世界で、騙されて契約させられた勇者との打倒魔王の冒険に巻き込まれていた。

「も~!なんで私が…
 堕天案件です!!」
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