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5 本能の疼き
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何かの間違いではないかと耳を疑う。
でも、美桜先輩の話は結構神妙性があるようにも聞こえた。
『苗字はお母さんの苗字使ってるらしいんだけど、あの子も紛れもない御曹司だったんだよねえ…どうりで年齢の割に女の扱い慣れてるし、落ち着いてると思ったよ。まあ、私は今お兄さんの方が好きだから弟は関係ないけど』
(深瀬くんが今は言えないって言ってた事情って、これのことなの?)
信じられない思いはまだあったが、自分の話をするわけにもいかず、先輩の話へと意識を戻す。
「……それで、美桜先輩はそのお兄さんと付き合えたらお幸せなんですか?」
「え、それは……」
次の言葉を言いかけて、先輩は少しだけ沈黙した。
本音をいえば、きっとちゃんとした恋人になりたいのだというのが伝わってくる。
(それはそうだよね。誰だって2番目は嫌だよ)
『今は恋人になれるだけで我慢するって思ってるの。いずれ一番になれる日が来るかもしれないし』
ずっと強気でマイペースだった美桜先輩が、急にしおらしい雰囲気になっていた。
この短期間に彼女の中でも何か激震が走るようなことがあったのかもしれない。
恋っていうのはそれくらい思うようにならず、タイミングなんて見てはくれない。
「私にはどう言っていいか分からないですけど。先輩が悲しむようなことにはなって欲しくないです」
すると電話の向こうでクスッと笑い声が聞こえた。
『ほーんと、瑠璃ちゃんって優等生だよね。不倫なんてやめなって、そういう気持ちを殺して無難な言葉を言ってるのがわかるよ』
「……っ」
<<いい先輩演出するの好きですよね>>
そんなことを深瀬くんからも言われたのを思い出す。
自分の本音。社会に適応するために育ってしまった、無難な立ち回りの術。
それらが結局自分の幸せを遠ざけていることに、なんとなく今の先輩の言葉で気づいてしまった。
『ごめん、言いすぎたね。まあ…自分のことだし、問題が起きても自分でどうにかする。だからこれからはあまり連絡しないようにする。瑠璃ちゃんを苦しめることになりそうだから』
そこまで言うと、美桜先輩はもう一度ごめんねと言って通話を切った。
(今、先輩の言ったことが本当なら、私、年齢とか関係なく深瀬くんと付き合うとか絶対無理じゃない?)
しんとなった部屋でスマホを握りしめ、途方に暮れる。
胸の中を渦巻く正体不明の苦しさは、深瀬くんへの想いのせいなのか、彼の正体が財閥の息子だったせいなのか、それともまだ朝のキスを引きずっているのか。
「……ぐちゃぐちゃだ」
訳が分からなくなり、私は胸を押さえたままベッドへと倒れ込んでしまった。
それからの数日はお互いに気まずい空気を保ったまま、以前のように会社での会釈だけするような関係に戻ってしまっていた。
週末にデートしようという話しも流れた。
気まずさから連絡せずにいたら、深瀬くんからも何も言ってこなかったのだ。
車内には3月末に早めの花見をするということで日程を調整する人たちの会話が聞こえていたが、なぜか私にはその知らせのメールが来ていなかった。
だが、花見計画を進めているのが三上さんだと知った時に、なんとなく「ああ、そういうこと」と理解した。
(気に入らない人を仲間外れ……なんて稚拙なんだろう)
悲しくないわけじゃない。
傷つかないわけじゃない。
でも、人っていうのは生きた年数で成長するわけじゃないというのを知っているから、あまり腹は立たない。
「あら、愛原さん入ってないじゃない。ねえ、愛原さんも参加でしょう?」
そう言ってくれた課長は私が返事をする前にリストの中に私を入れてしまった。
三上さんはやや焦った顔をしながら、意味不明な言い訳をしている。
おそらく課長は彼女が私に遠回しに嫌がらせをしているのを察していて、花見も強引に参加にしてくれたんだろう。
(いいな。課長みたいな女性になれたら、年齢を重ねた意味もあるような気がする)
「ありがとうございます、課長」
憧れの気持ちを抱きつつ、私は課長に軽くお礼を言って仕事に戻った。
でも、美桜先輩の話は結構神妙性があるようにも聞こえた。
『苗字はお母さんの苗字使ってるらしいんだけど、あの子も紛れもない御曹司だったんだよねえ…どうりで年齢の割に女の扱い慣れてるし、落ち着いてると思ったよ。まあ、私は今お兄さんの方が好きだから弟は関係ないけど』
(深瀬くんが今は言えないって言ってた事情って、これのことなの?)
信じられない思いはまだあったが、自分の話をするわけにもいかず、先輩の話へと意識を戻す。
「……それで、美桜先輩はそのお兄さんと付き合えたらお幸せなんですか?」
「え、それは……」
次の言葉を言いかけて、先輩は少しだけ沈黙した。
本音をいえば、きっとちゃんとした恋人になりたいのだというのが伝わってくる。
(それはそうだよね。誰だって2番目は嫌だよ)
『今は恋人になれるだけで我慢するって思ってるの。いずれ一番になれる日が来るかもしれないし』
ずっと強気でマイペースだった美桜先輩が、急にしおらしい雰囲気になっていた。
この短期間に彼女の中でも何か激震が走るようなことがあったのかもしれない。
恋っていうのはそれくらい思うようにならず、タイミングなんて見てはくれない。
「私にはどう言っていいか分からないですけど。先輩が悲しむようなことにはなって欲しくないです」
すると電話の向こうでクスッと笑い声が聞こえた。
『ほーんと、瑠璃ちゃんって優等生だよね。不倫なんてやめなって、そういう気持ちを殺して無難な言葉を言ってるのがわかるよ』
「……っ」
<<いい先輩演出するの好きですよね>>
そんなことを深瀬くんからも言われたのを思い出す。
自分の本音。社会に適応するために育ってしまった、無難な立ち回りの術。
それらが結局自分の幸せを遠ざけていることに、なんとなく今の先輩の言葉で気づいてしまった。
『ごめん、言いすぎたね。まあ…自分のことだし、問題が起きても自分でどうにかする。だからこれからはあまり連絡しないようにする。瑠璃ちゃんを苦しめることになりそうだから』
そこまで言うと、美桜先輩はもう一度ごめんねと言って通話を切った。
(今、先輩の言ったことが本当なら、私、年齢とか関係なく深瀬くんと付き合うとか絶対無理じゃない?)
しんとなった部屋でスマホを握りしめ、途方に暮れる。
胸の中を渦巻く正体不明の苦しさは、深瀬くんへの想いのせいなのか、彼の正体が財閥の息子だったせいなのか、それともまだ朝のキスを引きずっているのか。
「……ぐちゃぐちゃだ」
訳が分からなくなり、私は胸を押さえたままベッドへと倒れ込んでしまった。
それからの数日はお互いに気まずい空気を保ったまま、以前のように会社での会釈だけするような関係に戻ってしまっていた。
週末にデートしようという話しも流れた。
気まずさから連絡せずにいたら、深瀬くんからも何も言ってこなかったのだ。
車内には3月末に早めの花見をするということで日程を調整する人たちの会話が聞こえていたが、なぜか私にはその知らせのメールが来ていなかった。
だが、花見計画を進めているのが三上さんだと知った時に、なんとなく「ああ、そういうこと」と理解した。
(気に入らない人を仲間外れ……なんて稚拙なんだろう)
悲しくないわけじゃない。
傷つかないわけじゃない。
でも、人っていうのは生きた年数で成長するわけじゃないというのを知っているから、あまり腹は立たない。
「あら、愛原さん入ってないじゃない。ねえ、愛原さんも参加でしょう?」
そう言ってくれた課長は私が返事をする前にリストの中に私を入れてしまった。
三上さんはやや焦った顔をしながら、意味不明な言い訳をしている。
おそらく課長は彼女が私に遠回しに嫌がらせをしているのを察していて、花見も強引に参加にしてくれたんだろう。
(いいな。課長みたいな女性になれたら、年齢を重ねた意味もあるような気がする)
「ありがとうございます、課長」
憧れの気持ちを抱きつつ、私は課長に軽くお礼を言って仕事に戻った。
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