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2、「世界を救ったのはわたし」(コメディー)

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 彼は何をやっても駄目で、おまけにとことん運に見放された男だった。
 そんな彼には一つ長年の趣味があった。
 宝くじだ。
 あんまりひどいことばかりで、運も悪かったので、きっといつかその反動で特大の幸運に見舞われるに違いないと思っていた。
 今日も今日とて顧客の理不尽なクレームに振り回され、上司に叱責され、同僚から冷たい視線を浴びて、犬には小便を引っ掛けられ、飼い主には変態扱いされ、さんざんだった。
 ああ、今日もいつもの売り場の明かりが。
 こんなにひどい目にあったのだから、今度こそは。
 彼は自分で番号を選ぶロトくじが好きだった。自分が選んだ数字が大当たりなんてしたら、最高に気持ちいいじゃないか。きっと最高に祝福されている気分になれることだろう。
 彼は明日抽選のロト6を一枚買った。
「大きく当たりますように」
 優しくしてくれるのはこのおばちゃんだけだなあ、と思いながら家路に戻った。


 その夜、夢を見た。

 黄金の光の射す雲の上から神様がおっしゃった。

 おまえが今日買ったロト6、一等大当たりで六億円の賞金が出るぞよ。

 へへえー……、ありがたやあ……、と彼は感謝した。

 あー、ところでだな。
 ちょうど抽選が行われている時刻に、ちょうど地球の真裏の町に、宇宙から隕石が降ってきて、町は壊滅、多大な死者が出るのだ。

 はあ……

 でえ、だね。
 お前さんの運を使わせてもらうと、宇宙空間で別の隕石をぶつけて、軌道を逸らして、地球への衝突を回避することが出来るのだよ。

 …………

 お前さんの運、使わせてくれんかなあ?

 ……運を差し上げると、その後のわたしの運は? 後で倍々になって返ってくるとか?

 うん。そういうのはない。

 あ、さようですか。他に方法は………

 いやあ、いろいろ試してみたんだけど、これは、っていう方法が見当たらなくってねえ。な?

 …………

 な?

 ……分かりました。どうぞわたしの運、お使いください。

 サンキュー。いやあ、隕石の衝突から町を救うなんて、おまえさん素晴らしい運を持っとるなあ!

 ははははは………はあ…………



 翌日、何事もなく一日が過ぎ、エヌエイチケーの「7時のニュース」にも隕石衝突なんていうニュースは流れなかった。
 いつもネットで抽選の結果を見るのは心が重かった。いつもいつも、夢の終わりを告げられるから。特にこの日はいつにも増して番号の確認をするのに気が進まなかった。
 結果はなんと、六つの番号のうち、一つだけ当たって、後の五つはきれいに五つずつ番号がずれていた。(←作者実話)
 彼は声を大にして言いたかった。
 地球(の裏側)を救ったのは俺なんだぞー!
 と。
 しかし、広い広い宇宙空間で隕石と隕石がぶつかって軌道がずれたことなんか、誰も分かりはしない。
 彼は今日もひどい、運の悪い一日を過ごし、宝くじが当たる日なんて、決して巡ってこないのだった。
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