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30、妖術対決
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ある日のこと、
森の外れの丘で、人間に化けた団佐分郎が乾物をかじってのんきに里をながめていましたが、何気なく空を見上げると、スーッと、白い光の球が飛んできます。
団佐分郎が怪しんで見ていると、球はスーッと森の中へ降りていきました。
これはただ事ではないぞ。
団佐分郎は大狸の姿に戻ると、ピイッ、ピイーッ、と鋭く口笛を吹き、森の奥へ駆け込んでいきました。
ひたひたと、森の中の道を一匹の白狐が歩いていました。
するとそこへ、二十も三十も青い炎を立てて鬼火が飛んできて、どろどろと黒い煙を吹き出すと、一つ目の黒鬼が現れました。
黒鬼は肩を怒らせて、
「うおおおっ」
と吠えて、白狐を脅しました。
白狐は首を上げて大きな黒鬼を見ていましたが、
ニイッ、
と口の端を耳まで吊り上げると、後足で立ち上がり、パッと光ると、
立派な鎧兜をまとった若武者に変じました。
背中には旗指物を立てて、そこには「日本一」と大きく書かれています。
黒鬼は、むむっ、とたじろぎましたが、自分も背中から大きな金棒を引っ張り出して、
「うおおおっ」
と振り上げました。
「うおおおっ、 うおおおっ、 うおおおっ」
黒鬼は若武者の倍より更に背が高く、ごつごつ岩のように肩や腕が盛り上がって、それはもう恐ろしいはずなのですが、
若武者は真っ白な肌に筆で書いたような涼やかな目をして、赤い薄い唇を、ふっ、と笑わせると、
「おお、おお、おお、おお、うるさい奴だ。その金棒は張り子か?」
と嘲りました。
黒鬼は目玉を血走らせて怒りました。
「ならばつぶれてしまえ!」
ブン!と金棒が振り下ろされます。
若武者は腰の大刀を抜き放ち様、金棒を横なぎにしました。
ギイン!と凄い音が鳴って、金棒は横に払われ、黒鬼は腕を踏ん張ってこらえました。
黒鬼の黒い顔に冷や汗が滲みます。
「ほお」
と感心して若武者が言いました。
「張り子ではなかったな」
「おのれ!」
黒鬼は金棒を振りかざすと続けざまに打ち下ろしましたが、若武者は右に左に腕を動かして、軽々と金棒を弾きました。
黒鬼は腕が疲れて金棒を振り上げられなくなり、よたよた後ろに下がりました。
「それっ」
若武者が腕を振ると、兜が鷹に、鎧がヒヒに、すね当てが狼に変じて、黒鬼に襲いかかりました。
黒鬼はたまらず、
「うひゃあっ」
と悲鳴を上げると、バラバラに分かれて、狸の正体を現して森の中へ四散していきました。
鷹とヒヒと狼は、パッと、紙の人形になって、烏帽子を被った若者の懐へ収まりました。
逃げずに残った大狸の団佐分郎と四天王が若者とにらみ合いました。
「ははあ」
若者は意地悪く笑って言いました。
「ひょっとしておまえ、葛木山を追われた団佐分郎とかぬかす化け狸じゃあないのか?」
「そう言うおまえは何者だ?」
「わたしは」
若者はパッと扇を開くと口もとを隠し、ほほ、と笑いながら言いました。
「陰陽師、安倍晋平」
「都の陰陽師か……」
団佐分郎は冷や汗を流して、ううむとうなりました。
陰陽師はさっと扇を団佐分郎に向けて言いました。
「きさま、山の修験者を若い女に化けてたぶらかそうとしたらしいな? わたしにも化けてみせて命乞いするが良い」
さあさあどうした、化けてみよ、と陰陽師は迫り、団佐分郎はじりじり後ずさると、身を翻して逃げ出しました。
ははははは、と陰陽師の高笑いが聞こえてくるのが屈辱で、後に続いて逃げ出した四天王が団佐分郎に、
「化けてみせねえんですか?」
と聞くと、団佐分郎は、
「おめえ、このわしが若い女に化けて、姫のようになると思うか?」
と顔を赤くし、四天王も、
ああ……
と納得しました。
ともかく、妖術比べは都の陰陽師にかないそうもありません。
団佐分郎たちは森の奥へ逃げるしかありませんでした。
陰陽師はどんどん奥へ進んでいき、雷山のふもとに来ると、岩の切れ目を見つけて、中へ入っていきました。
光の球を浮かべて辺りを照らし、奥へ奥へ入っていき、とうとう、岩に露出した金の鉱脈を見つけてしまいました。
「ほう、これは素晴らしい。天子さまもお喜びめされる」
と満足すると、パッと、自分が紙の人形になり、ボッと青い炎を上げて、消えてしまいました。
割れ目の入り口から中をうかがっていた団佐分郎は、陰陽師の気配が消えて、ようやく陰陽師自身が式神であったことを知り、改めて冷や汗をかきました。
「これで完全に都に金のことが知られてしまったな」
団佐分郎は覚悟を決めた顔で雷山を見上げました。
森の外れの丘で、人間に化けた団佐分郎が乾物をかじってのんきに里をながめていましたが、何気なく空を見上げると、スーッと、白い光の球が飛んできます。
団佐分郎が怪しんで見ていると、球はスーッと森の中へ降りていきました。
これはただ事ではないぞ。
団佐分郎は大狸の姿に戻ると、ピイッ、ピイーッ、と鋭く口笛を吹き、森の奥へ駆け込んでいきました。
ひたひたと、森の中の道を一匹の白狐が歩いていました。
するとそこへ、二十も三十も青い炎を立てて鬼火が飛んできて、どろどろと黒い煙を吹き出すと、一つ目の黒鬼が現れました。
黒鬼は肩を怒らせて、
「うおおおっ」
と吠えて、白狐を脅しました。
白狐は首を上げて大きな黒鬼を見ていましたが、
ニイッ、
と口の端を耳まで吊り上げると、後足で立ち上がり、パッと光ると、
立派な鎧兜をまとった若武者に変じました。
背中には旗指物を立てて、そこには「日本一」と大きく書かれています。
黒鬼は、むむっ、とたじろぎましたが、自分も背中から大きな金棒を引っ張り出して、
「うおおおっ」
と振り上げました。
「うおおおっ、 うおおおっ、 うおおおっ」
黒鬼は若武者の倍より更に背が高く、ごつごつ岩のように肩や腕が盛り上がって、それはもう恐ろしいはずなのですが、
若武者は真っ白な肌に筆で書いたような涼やかな目をして、赤い薄い唇を、ふっ、と笑わせると、
「おお、おお、おお、おお、うるさい奴だ。その金棒は張り子か?」
と嘲りました。
黒鬼は目玉を血走らせて怒りました。
「ならばつぶれてしまえ!」
ブン!と金棒が振り下ろされます。
若武者は腰の大刀を抜き放ち様、金棒を横なぎにしました。
ギイン!と凄い音が鳴って、金棒は横に払われ、黒鬼は腕を踏ん張ってこらえました。
黒鬼の黒い顔に冷や汗が滲みます。
「ほお」
と感心して若武者が言いました。
「張り子ではなかったな」
「おのれ!」
黒鬼は金棒を振りかざすと続けざまに打ち下ろしましたが、若武者は右に左に腕を動かして、軽々と金棒を弾きました。
黒鬼は腕が疲れて金棒を振り上げられなくなり、よたよた後ろに下がりました。
「それっ」
若武者が腕を振ると、兜が鷹に、鎧がヒヒに、すね当てが狼に変じて、黒鬼に襲いかかりました。
黒鬼はたまらず、
「うひゃあっ」
と悲鳴を上げると、バラバラに分かれて、狸の正体を現して森の中へ四散していきました。
鷹とヒヒと狼は、パッと、紙の人形になって、烏帽子を被った若者の懐へ収まりました。
逃げずに残った大狸の団佐分郎と四天王が若者とにらみ合いました。
「ははあ」
若者は意地悪く笑って言いました。
「ひょっとしておまえ、葛木山を追われた団佐分郎とかぬかす化け狸じゃあないのか?」
「そう言うおまえは何者だ?」
「わたしは」
若者はパッと扇を開くと口もとを隠し、ほほ、と笑いながら言いました。
「陰陽師、安倍晋平」
「都の陰陽師か……」
団佐分郎は冷や汗を流して、ううむとうなりました。
陰陽師はさっと扇を団佐分郎に向けて言いました。
「きさま、山の修験者を若い女に化けてたぶらかそうとしたらしいな? わたしにも化けてみせて命乞いするが良い」
さあさあどうした、化けてみよ、と陰陽師は迫り、団佐分郎はじりじり後ずさると、身を翻して逃げ出しました。
ははははは、と陰陽師の高笑いが聞こえてくるのが屈辱で、後に続いて逃げ出した四天王が団佐分郎に、
「化けてみせねえんですか?」
と聞くと、団佐分郎は、
「おめえ、このわしが若い女に化けて、姫のようになると思うか?」
と顔を赤くし、四天王も、
ああ……
と納得しました。
ともかく、妖術比べは都の陰陽師にかないそうもありません。
団佐分郎たちは森の奥へ逃げるしかありませんでした。
陰陽師はどんどん奥へ進んでいき、雷山のふもとに来ると、岩の切れ目を見つけて、中へ入っていきました。
光の球を浮かべて辺りを照らし、奥へ奥へ入っていき、とうとう、岩に露出した金の鉱脈を見つけてしまいました。
「ほう、これは素晴らしい。天子さまもお喜びめされる」
と満足すると、パッと、自分が紙の人形になり、ボッと青い炎を上げて、消えてしまいました。
割れ目の入り口から中をうかがっていた団佐分郎は、陰陽師の気配が消えて、ようやく陰陽師自身が式神であったことを知り、改めて冷や汗をかきました。
「これで完全に都に金のことが知られてしまったな」
団佐分郎は覚悟を決めた顔で雷山を見上げました。
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