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11、わたしたちは友だちだ
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「と言う訳でね、もうすっかり人間不信。ほーんと、一番怖いのは人間だわ。
だからもう、霊に関わるのもごめんだし、おばあちゃんにも迷惑かけられないし……
と言う訳で、あなたの事にも関わらないようにしていた訳。ごめんね」
中俣理英は「ううん」と大きく首を振って、ぽろぽろ涙をこぼした。
「みんな……、そうだから…………」
瑞穂は理英の横顔を見ながら苦笑すると、彼女の背中に大きく腕を回して、反対の肩を抱き寄せた。
理英はびっくりした顔をした。
「朝美ちゃん…だっけ? あなたは友だちの為に村治さんに抗議したんだよね?」
「うん……」
理英はなんで知ってるの?と不思議そうにした。
「徳端さんに聞いたの。あなた一人だけだったって、朝美ちゃんに味方したのは、って」
「お友だちだったから……」
瑞穂は肩を抱き寄せる手にぎゅっと力を入れ、理英の黒髪に頬をくっつけた。
「じゃあ今度はわたしがあなたの友だちになってあげる」
「本当? でも……」
理英は綺麗な同級生の突然のスキンシップに頬を染めながら、その気持ちを本当に信じていいのか、疑ってしまう自分を悲しく思った。
瑞穂は理英の肩を放すと、缶ジュースをかたわらに置いて、右手を理英に差し出した。
「これからよろしく、理英」
理英はこぼさないように両手で缶ジュースを握っていたが、右手をフリーにすると、ためらいがちに、瑞穂の右手を握った。
「よろしく……」
「ミズホよ」
「瑞穂……」
くすぐったそうに呼ぶと、瑞穂はぎゅっと手を握りしめてきた。
理英は、
(信じていいよね? 少なくとも、今は……)
と、幸せな気持ちで、また涙をこぼした。
参道の階段を下っていくと、道ばたにエリーが後ろ手に小石を蹴る待ちぼうけのポーズで立っていた。
二人が降りてくるのを見つけると、ブスッとした顔で睨んだ。
「こらあ、よくもわたしを置いてけぼりにしたわね?」
瑞穂はつんとすましてエリーの前を通り過ぎた。
「行きましょう、理英」
「う、うん……」
理英はエリーをすまなそうに振り返り、不安な顔で瑞穂の横顔を窺った。
「こらあ~っ! あんたはまたあ、無視すんな!」
瑞穂は立ち止まると、キーキー騒ぐエリーを冷たい目で振り返った。
「お化けのくせに、馴れ馴れしく話しかけないでくれる? わたしたちまで変な目で見られるじゃない」
「やっぱり見えてる~~」
「あー、見えない見えない。この世にお化けなんているわけないもーん」
「ムッキ~~。性格悪い奴ねえ」
二人の漫才みたいなやり取りに理英はクスクス笑った。
「まあまあ。二人とも仲良くして? エリー。こちら、石黒瑞穂さん。わたしたち、友だちになったの」
「へえー、良かったじゃない? んじゃ、よろしく、瑞穂」
「お化けと友だちになる趣味は無い」
「またそういうこと言う。この、ツンツン女!」
瑞穂はクスッと笑い、理英はあははと楽しそうに笑い、エリーはイタズラっぽい顔で二人の間に割り込むと、それぞれと腕を組んだ。
「やめろ、ウザイ」
「うるさい。理英の友だちは自動的にわたしの友だちになるの。この友情を裏切ったら……、祟ってやるからね」
「やっぱお化けじゃん」
「お化けって言うなあ~~!」
向こうから中年の婦人が歩いてきて、どこかちぐはぐな感じの女子高生二人をじろじろ眺めた。
瑞穂はつんとすまし、エリーはベーッと舌を出し、理英は楽しく笑っていた。
友だち。こんな関係は、もう二度と訪れないだろうと思っていた、エリー以外とは……
この関係が、ずっと続けばいいな、と、理英は心から願った。
「おはよう」
教室に入ってきた瑞穂がまっすぐ中俣理英の席に向かい、挨拶の言葉をかけたので、クラスはあっけにとられて静まり返った。
「お、おはよう……」
理英はおどおどしながら小さな声で挨拶を返した。
瑞穂は満足そうにうなずき、指先をウェーブしながら手を振り、自分の席に向かった。
教室にざわめきが戻っていった。皆、それぞれの話題を続けながら、意識は中俣理英と転校生に向かっていた。
あの子、村治さんの事、知らないんだ……
また面倒な事にならなきゃいいけど……
そんな痛々しいものを遠ざけるような視線を、心の中で瑞穂に向けていた。
「おはよう」
カバンをドサッと机に置き、咲輝に挨拶した。
「おはよう」
咲輝は強ばった笑顔で、思わず震えてしまいながら挨拶した。
カバンから机の中へ移す教科書類を出すのを見守りながら、咲輝はすっかり心が落ち着かなくなっていた。
カバンを脇に掛け、出した物を机の中へ整理しながら入れ、椅子に落ち着くと、咲輝の視線を捉えて瑞穂は言った。
「実はわたし、前の学校でイジメに遭って、それで転校してきたの。
と言う訳で、わたし、中俣理英さんとお友だちになったの。
そういう訳で、よろしく」
村治たちグループも既に教室にいて、いつものように四人で集まっていた。
瑞穂の言葉を、当然、自分たちに対する宣戦布告と捉えただろう。
教室のざわめきは、いっそう暗くトーンを落とした。
ところが。
休み時間、瑞穂が理英の席に行っておしゃべりしていると、四人の生徒がやってきた。
男二女二の爽やか系の、瑞穂が転校した当初、声をかけてきたグループだ。
「あのう、よかったら俺たちも友だちに入れてくれないかな?」
「今さら、って思われるだろうけど……、ごめん、駄目かな?」
理英は目で瑞穂の許可を求めると、ううん、と首を振った。
「嬉しい。よろしくね」
四人はほっとしたように顔を見合わせ、瑞穂にも照れくさそうに笑いかけた。
昼休みには、咲輝と友だちの三人グループから、いっしょにお昼を食べようと誘われた。
理英はこれも快く承諾し、瑞穂といっしょに、机を寄せ合い、五人でお弁当を食べた。
なんだか急に物事が上手く回り出して、理英には夢を見ているように思えたが、これまでの一ヶ月こそがひどい悪夢だったようにも思われた。
(ありがとう、瑞穂……、ありがとう、エリー……)
咲輝たち、大人しめ女子の可愛らしいおしゃべりを聞き、自分もちょっぴり参加して、お母さんの作ってくれたお弁当を美味しく食べた。
今、この幸せな時を与えてくれた全ての物に、感謝でいっぱいだった。
瑞穂は担任の新畑に呼ばれて、放課後、職員室を訪れた。
新畑は、
「どうだ? こっちの学園生活はもう慣れたか?」
と気さくな様子で話を聞きつつ、「ところで」と切り出した。
「おまえ、中俣理英と仲良くしてるんだって?」
「はい」
「そうか。うん」
新畑は大きな笑顔を作って言った。
「助かるよ。なかなか難しい生徒でなあ。友だちが出来たんなら一安心だ。どうぞ、仲良くしてやってくれ」
「はい」
瑞穂は担任のニコニコ笑顔を見ながら、
(こいつ、本心で言ってんのかよ?)
と、冷めた気持ちでいた。
週が明けて、また状況が変わった。
朝、瑞穂が登校してくると、珍しく理英の姿がまだなかった。
なんだか、教室の空気がおかしい。
咲輝に挨拶すると、「おはよう」と返事はしたものの、顔を上げてこっちを見ようとしない。
教室を見回すと、みんな、爽やか男女四人組も、咲輝の友だち二人も、暗い表情で、瑞穂と視線を合わそうとしない。
瑞穂は殺伐とした気分になった。
驚いた事に、理英は村治たち四人といっしょに教室に入ってきた。
「じゃあね、理英ちゃん。また、ね」
村治たちは理英を彼女の席に送り届けると、その後はまたいつものように、四人集まって、教室の空気なんかおかまいなしに、愉快そうにおしゃべりを始めた。
理英は自分の孤立した席で、じっとうつむき、何を思ってか、口もとをひくひくうごめかせていた。
すっかり、元に戻ってしまったみたいだった。
四限は体育だった。
更衣室で着替えて教室に戻り、瑞穂は、さて今日のお昼はどうしたものかと思いつつ、ふと、椅子が濡れているのに気づいた。
なんの水だろう?と調べると、机の道具を入れる箱の口から、ポタ、ポタ、と滴が垂れていた。
しゃがんで中を覗くと、何か入っている。
つまんで引き出すと、丸まった雑巾で、軽く絞っただけのようにたっぷり湿っていた。
入れていた教科書、ノートを取り出すと、水分を吸って、べったりページがくっついていた。
お昼の弁当は一人で食べた。
一日の授業が終わり、帰ろうと下駄箱のロッカーを開けると、靴が無かった。
(これがあなたたちの答えと言う訳ね?)
瑞穂は完全にイジメのターゲットに設定されたようだ。
だからもう、霊に関わるのもごめんだし、おばあちゃんにも迷惑かけられないし……
と言う訳で、あなたの事にも関わらないようにしていた訳。ごめんね」
中俣理英は「ううん」と大きく首を振って、ぽろぽろ涙をこぼした。
「みんな……、そうだから…………」
瑞穂は理英の横顔を見ながら苦笑すると、彼女の背中に大きく腕を回して、反対の肩を抱き寄せた。
理英はびっくりした顔をした。
「朝美ちゃん…だっけ? あなたは友だちの為に村治さんに抗議したんだよね?」
「うん……」
理英はなんで知ってるの?と不思議そうにした。
「徳端さんに聞いたの。あなた一人だけだったって、朝美ちゃんに味方したのは、って」
「お友だちだったから……」
瑞穂は肩を抱き寄せる手にぎゅっと力を入れ、理英の黒髪に頬をくっつけた。
「じゃあ今度はわたしがあなたの友だちになってあげる」
「本当? でも……」
理英は綺麗な同級生の突然のスキンシップに頬を染めながら、その気持ちを本当に信じていいのか、疑ってしまう自分を悲しく思った。
瑞穂は理英の肩を放すと、缶ジュースをかたわらに置いて、右手を理英に差し出した。
「これからよろしく、理英」
理英はこぼさないように両手で缶ジュースを握っていたが、右手をフリーにすると、ためらいがちに、瑞穂の右手を握った。
「よろしく……」
「ミズホよ」
「瑞穂……」
くすぐったそうに呼ぶと、瑞穂はぎゅっと手を握りしめてきた。
理英は、
(信じていいよね? 少なくとも、今は……)
と、幸せな気持ちで、また涙をこぼした。
参道の階段を下っていくと、道ばたにエリーが後ろ手に小石を蹴る待ちぼうけのポーズで立っていた。
二人が降りてくるのを見つけると、ブスッとした顔で睨んだ。
「こらあ、よくもわたしを置いてけぼりにしたわね?」
瑞穂はつんとすましてエリーの前を通り過ぎた。
「行きましょう、理英」
「う、うん……」
理英はエリーをすまなそうに振り返り、不安な顔で瑞穂の横顔を窺った。
「こらあ~っ! あんたはまたあ、無視すんな!」
瑞穂は立ち止まると、キーキー騒ぐエリーを冷たい目で振り返った。
「お化けのくせに、馴れ馴れしく話しかけないでくれる? わたしたちまで変な目で見られるじゃない」
「やっぱり見えてる~~」
「あー、見えない見えない。この世にお化けなんているわけないもーん」
「ムッキ~~。性格悪い奴ねえ」
二人の漫才みたいなやり取りに理英はクスクス笑った。
「まあまあ。二人とも仲良くして? エリー。こちら、石黒瑞穂さん。わたしたち、友だちになったの」
「へえー、良かったじゃない? んじゃ、よろしく、瑞穂」
「お化けと友だちになる趣味は無い」
「またそういうこと言う。この、ツンツン女!」
瑞穂はクスッと笑い、理英はあははと楽しそうに笑い、エリーはイタズラっぽい顔で二人の間に割り込むと、それぞれと腕を組んだ。
「やめろ、ウザイ」
「うるさい。理英の友だちは自動的にわたしの友だちになるの。この友情を裏切ったら……、祟ってやるからね」
「やっぱお化けじゃん」
「お化けって言うなあ~~!」
向こうから中年の婦人が歩いてきて、どこかちぐはぐな感じの女子高生二人をじろじろ眺めた。
瑞穂はつんとすまし、エリーはベーッと舌を出し、理英は楽しく笑っていた。
友だち。こんな関係は、もう二度と訪れないだろうと思っていた、エリー以外とは……
この関係が、ずっと続けばいいな、と、理英は心から願った。
「おはよう」
教室に入ってきた瑞穂がまっすぐ中俣理英の席に向かい、挨拶の言葉をかけたので、クラスはあっけにとられて静まり返った。
「お、おはよう……」
理英はおどおどしながら小さな声で挨拶を返した。
瑞穂は満足そうにうなずき、指先をウェーブしながら手を振り、自分の席に向かった。
教室にざわめきが戻っていった。皆、それぞれの話題を続けながら、意識は中俣理英と転校生に向かっていた。
あの子、村治さんの事、知らないんだ……
また面倒な事にならなきゃいいけど……
そんな痛々しいものを遠ざけるような視線を、心の中で瑞穂に向けていた。
「おはよう」
カバンをドサッと机に置き、咲輝に挨拶した。
「おはよう」
咲輝は強ばった笑顔で、思わず震えてしまいながら挨拶した。
カバンから机の中へ移す教科書類を出すのを見守りながら、咲輝はすっかり心が落ち着かなくなっていた。
カバンを脇に掛け、出した物を机の中へ整理しながら入れ、椅子に落ち着くと、咲輝の視線を捉えて瑞穂は言った。
「実はわたし、前の学校でイジメに遭って、それで転校してきたの。
と言う訳で、わたし、中俣理英さんとお友だちになったの。
そういう訳で、よろしく」
村治たちグループも既に教室にいて、いつものように四人で集まっていた。
瑞穂の言葉を、当然、自分たちに対する宣戦布告と捉えただろう。
教室のざわめきは、いっそう暗くトーンを落とした。
ところが。
休み時間、瑞穂が理英の席に行っておしゃべりしていると、四人の生徒がやってきた。
男二女二の爽やか系の、瑞穂が転校した当初、声をかけてきたグループだ。
「あのう、よかったら俺たちも友だちに入れてくれないかな?」
「今さら、って思われるだろうけど……、ごめん、駄目かな?」
理英は目で瑞穂の許可を求めると、ううん、と首を振った。
「嬉しい。よろしくね」
四人はほっとしたように顔を見合わせ、瑞穂にも照れくさそうに笑いかけた。
昼休みには、咲輝と友だちの三人グループから、いっしょにお昼を食べようと誘われた。
理英はこれも快く承諾し、瑞穂といっしょに、机を寄せ合い、五人でお弁当を食べた。
なんだか急に物事が上手く回り出して、理英には夢を見ているように思えたが、これまでの一ヶ月こそがひどい悪夢だったようにも思われた。
(ありがとう、瑞穂……、ありがとう、エリー……)
咲輝たち、大人しめ女子の可愛らしいおしゃべりを聞き、自分もちょっぴり参加して、お母さんの作ってくれたお弁当を美味しく食べた。
今、この幸せな時を与えてくれた全ての物に、感謝でいっぱいだった。
瑞穂は担任の新畑に呼ばれて、放課後、職員室を訪れた。
新畑は、
「どうだ? こっちの学園生活はもう慣れたか?」
と気さくな様子で話を聞きつつ、「ところで」と切り出した。
「おまえ、中俣理英と仲良くしてるんだって?」
「はい」
「そうか。うん」
新畑は大きな笑顔を作って言った。
「助かるよ。なかなか難しい生徒でなあ。友だちが出来たんなら一安心だ。どうぞ、仲良くしてやってくれ」
「はい」
瑞穂は担任のニコニコ笑顔を見ながら、
(こいつ、本心で言ってんのかよ?)
と、冷めた気持ちでいた。
週が明けて、また状況が変わった。
朝、瑞穂が登校してくると、珍しく理英の姿がまだなかった。
なんだか、教室の空気がおかしい。
咲輝に挨拶すると、「おはよう」と返事はしたものの、顔を上げてこっちを見ようとしない。
教室を見回すと、みんな、爽やか男女四人組も、咲輝の友だち二人も、暗い表情で、瑞穂と視線を合わそうとしない。
瑞穂は殺伐とした気分になった。
驚いた事に、理英は村治たち四人といっしょに教室に入ってきた。
「じゃあね、理英ちゃん。また、ね」
村治たちは理英を彼女の席に送り届けると、その後はまたいつものように、四人集まって、教室の空気なんかおかまいなしに、愉快そうにおしゃべりを始めた。
理英は自分の孤立した席で、じっとうつむき、何を思ってか、口もとをひくひくうごめかせていた。
すっかり、元に戻ってしまったみたいだった。
四限は体育だった。
更衣室で着替えて教室に戻り、瑞穂は、さて今日のお昼はどうしたものかと思いつつ、ふと、椅子が濡れているのに気づいた。
なんの水だろう?と調べると、机の道具を入れる箱の口から、ポタ、ポタ、と滴が垂れていた。
しゃがんで中を覗くと、何か入っている。
つまんで引き出すと、丸まった雑巾で、軽く絞っただけのようにたっぷり湿っていた。
入れていた教科書、ノートを取り出すと、水分を吸って、べったりページがくっついていた。
お昼の弁当は一人で食べた。
一日の授業が終わり、帰ろうと下駄箱のロッカーを開けると、靴が無かった。
(これがあなたたちの答えと言う訳ね?)
瑞穂は完全にイジメのターゲットに設定されたようだ。
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