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濃霧の失踪事件

父と子

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 Sランクパーティ。暁の地平のメンバーの戦闘力を評価すれば、ガルシオのそれは実はそれほど高くはない。

 レイの様に刀剣を使えるわけでは無く、機動力も無い。
 シーナの様に魔法を使える訳でも無く、遠距離攻撃も出来ず。
 ガヴァールの様に武具、道具作成やそれらを生かした戦術も考えられず。
 当然、エクシアやアリアの様な多種多様な戦い方など出来ようはずもない。
 更に言えば唯一攻撃性能で勝るニナにも、周囲の負傷回復という点で戦場における評価は圧倒的に劣る。

 それでは何故、彼が一員として所属していられるのか。
 それは一重に継戦能力の高さによる。

 武器を必要としない徒手空拳。そして何にも変えがたい、自己回復のスキル。
 ただの回復魔法では到底真似できない、欠損、崩壊、あらゆる状態異常や致命傷。即死でさえなければ全てを修復する規格外のもの。

 例え剣が折れようが。手足を失おうが。魔力が尽きようが。武具が、道具が壊れようが。援護が途絶えようが。

 ただ一人。その身さえあれば戦い続けられる。それがガルシオ唯一であり、絶対の評価だった。

 自身を叩き潰す巨腕を受け止めようと。
 肉体を切り裂き、四肢を切り落とす爪を受けようと。
 頑強な骨ごと抉り喰われようと。

「んなもん掠り傷にもなんねぇんだよ!」

 声を荒げ、腕をへし折った巨人を殴り飛ばす。右足を切り飛ばした巨虫を蹴り上げる。脇腹を喰らった獣を叩き潰す。
 一見すればただ乱暴な戦い方だが、当然魔物相手にそんな力押しが通用するわけはない。剣士や弓士、または魔術師が己の戦い方を長年に渡り練り上げるように、彼もまた素手での戦闘を練り上げた。
 多種多様な種族の魔物といえど、言ってしまえば人間や動物と同じ生物であり、脳や心臓など内蔵へのダメージは多大な影響を与える。ならばそれはどうすれば効率よく行えるか。殴打の衝撃を堅い鱗やぶ厚い肉の奥へ届けるにはどうすれば良いか。その結果として自身の肉体へダメージが返ろうが、彼はそれを無視することが出来る。
 ただそれだけを求め続け二十年。彼の体術は生物に対する十分な凶器へと昇華していた。

「第五次投入個体四匹の死亡を確認。続き第六次個体を投入」

 キルトは淡々と呟き、こちらへと向かってくるガルシオとの間に狼のような小型の魔物九匹を転送した。

「あぁ? 別々の奴の次は群れでの攻撃ってか!」

 一直線に迫ってきた狼は扇状に展開し、正面と左右からの包囲攻撃。だがガルシオは更に前へ進む速度を上げ前方から飛びかかる狼との距離を詰め、その鼻先を前蹴り。左右から飛びかかる個体には両腕を噛み付かせながら首元を掴み、互いの頭部をぶつけ合った。
 想定外の対応に残りが怯んだ一瞬の隙を見逃さず、更に追撃。瞬く間に全てを葬り去った。

「いい加減にしやがれ。こんなもんいくら持ってこようが意味ねぇんだよ」

 苛立つ語気で吐き捨てるガルシオは、衣服こそボロボロだが肉体には傷一つ残っていなかった。

「第六次投入群の全滅を確認。対象の戦闘力評価を更新。第七次投入、及び戦術変更」
「あぁ? んだよブツブツと、まだやるってのかよ」

 ガルシオの前に現れたのは先程から何度も倒している巨人と狼の群れ。
 巨人──ギガロプス──は筋肉のみで作られたとさえ思える巨体から繰り出される攻撃は全てが当たれば致命傷であり、木をそのまま棍棒のように振り回すリーチのある攻撃も脅威だが、その程度がせいぜいの知能しか無く然程絶望的な魔物ではない。
 狼型の魔物──ウルフィン──は個々の戦闘力はそれほど高くないが、高い知能を持ちその場の状況に応じた群れでの行動が彼らを脅威的な存在にさせる。
 しかしそのどちらも、ガルシオにとってはただ叩き潰すだけの存在だ。

 ギガロプスが大股で迫り、ウルフィンがその後ろに身を隠す。単純ではあるが行動が予測できない厄介な戦法。
 振り上げられた木を確認し、わざわざ受け止める必要は無いとギガロプスの足下にも目をやりながら躱そうとした時、不意に後方から襲われその場に押さえつけられてしまう。

「チッ、どっから湧いて……っ!」

 前方のギガロプスの後ろに隠れていたはずのウルフィンによる後方からの強襲。一瞬混乱したが考えてみればなんの不思議もない。彼らはどこかからかこの場へと転移させられている。ならばこの戦闘区域内で自由に移動させることも可能だろう。

 そう気づいたときには既にギガロプスの振り下ろした木がウルフィンもろともガルシオを叩き潰した。何度も。何度も。何度も。
 ギガロプス木が折れ雪が赤と茶色に汚れてようやく手が止め覗き込み、そして飛び上がったガルシオの頭部への一撃で地面に伏した。

「っ痛ぇなクソが!」

 声を荒げる負傷のないガルシオ。しかし先程までと比べ顔色が悪く、疲労しているようにも見えた。

「対象の回復現象評価更新。痛覚は正常に機能。周囲に肉片、欠損部が残っていないことから魔術的な修復術の類と推測。疑問、残っている血痕は対象のものか魔物のものか。続けて疑問、対象の疲労は痛みによるものか修復によるものか。実験を継続。戦術を調整しながら第八次投入」

 再び現れるギガロプスとウルフィンの群れ。先程と同じではあるがガルシオにはいくつかの疑念が浮かんでいた。
 さっきのウルフィンはギガロプスに叩き潰されることを前提にした行動だった。いくら知能が高いとは言えあり得ない行動だ。そもそもキルトを一切攻撃しない事から転移させられた魔物には洗脳の類が効いているのだろう。
 しかしそれよりもガルシオを戸惑わせているのは自身の疲労だ。先程の全身を叩き潰される様な攻撃は過去にも何度となくあったがその後は何事もなかった。今回以上の連続した負傷も幾度となくあった。確かに長引く戦闘はそれ相応の疲労はあるが、今回のものはそれとはまた違った感覚がある。
 思い返せば昼のグリワモールとの戦闘もそうだ。ダメージを転移させられ体内が破壊されたときは、いつも以上に回復が遅かった。確かに重症ではあるが、今のように何度も全身を叩き潰されるものと比べればそれほど差は無いだろう。 

 明らかに何かがおかしい。たまたま今日は調子が悪いのか、それとも──。

「……いや、そもそも俺自身がろくに把握もしてねぇんだ。無駄に考えたって仕方ねぇ。今は目の前のことに集中しろ」

 目の前に現れたのはギガロプス二体。しかし先程の戦闘からしてただぶつけてくるだけではないだろう。伏兵、奇襲、あらゆる事態が想定される。自身の調子もどこかおかしい。

 しかしその程度の事でガルシオの行動指針が変わることはない。魔力を持たない彼は魔力感知による索敵は出来ず、戦法を変える手段も知識も持ち合わせてはいない。
 ならば自分が出来る唯一の戦い方。出たとこ勝負の力押しを、愚直に押し通すまでだ。

 ギガロプスの木は受け止めず受け流す方に注力する。避ける選択肢も増やし失敗したときの隙を無くすために。

 やや体勢を崩したギガロプスの左脛を蹴り、痛みにより反射的に右に重心が傾けさせて続けて右膝の裏を蹴り抜き完全に体勢を崩す。うずくまった体を駆け上り首裏に攻撃を叩き込もうとしたときにもう一体が木を振り上げてる事に気づき攻撃を中断、離脱しようとした瞬間に足場のギガロプスが消失し体勢を崩す。振り下ろされる木は躱せないと判断し空中で身を翻し防御姿勢を取るが、更に上方から迫る木も消失。次の瞬間、左右からの挟撃がガルシオを叩き潰した。

「ガァッ……!」

 互いに叩き付けられ砕けた木々と共に落ちたガルシオの体は、治りつつあるがしかし治ってはいなかった。

「対象の回復能力低下を確認。回数、時間、程度の上限があるものと推測。またこれまでの戦闘方法から魔法ではなく個々の特殊能力であるスキルと呼ばれるものであると推測。過去の研究よりスキルは魔導研究への転用が出来ないことから捕獲ではなく殺害を実行。頭部への集中攻撃を──」

 攻撃が中断されている僅かな瞬間。通常なら完全回復に十分すぎるほどの時間だったが、しかし今回復出来たのは思考できる意識程度だった。

 
 動くのは指先程度……クソッ、なんだってこんな時に限って。治ってはいるが、立つまでに何分かかるか分かったもんじゃねぇ。無い知恵絞って考えろ。これからどうすれば……ああダメだ、どこもかしこも痛すぎて考えが纏まらねぇ。なにかボソボソ言ってやがるが……魔導? よく分からねぇが殺害、か。こりゃあもうどうしようもねぇな。
後はあのガキが上手いことやってくれれば……。

 
 思考がそんなところに行ったとき、不意にキルトの声が途中で止まり攻撃の手も来ないことに気づき目線だけキルトに向ける。その目に映った姿は明らかに様子が違っていた。

「……ガル、シ……オ……、早く……逃げ、な、さい……」

 目や鼻、口から血を流しながら目に見えない何かに抵抗するように身を強ばらせているキルトの姿だった。

 
 オイ……何してやがんだおっさん、何そんな無理してんだよ……。

「早く……すぐ戻ってしまうから……!」

 あんたは笑っちまう程弱ぇのに、そんなバカみてぇな無茶しやがって。何を……何をして──。

「お願いだから……はや……く──イレギュラーを修復。主導権を確保。対象の殺害を実行」
「何をしてんだ俺はよぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」

 咆吼。
 木を叩き付けた轟音をかき消すほどの声の主はギガロプスの脚を掴むと、文字通りその巨体を振り回しもう一体へ叩き付けた。

 舞い上がった雪が霧散して露わになったその姿。全身に夥しい傷跡を残しながらも、全ての傷が塞がり回復したガルシオの姿だった。

「……情けねぇ。不甲斐ねぇ。俺らしくねぇ。馬鹿が一丁前になにが考えが纏まらねぇだ。なにがどうしようもねぇだ。なにがあのクソガキが上手くやればだ」

 起き上がろうとするギガロプスの頭部を蹴り砕き絶命させる。

「おいガルシオ、お前はいつからそんなまともな奴に成り下がっちまったんだよ」

 召喚されたウルフィン、その数二十。しかしガルシオはキルトへの歩みを止めず、迫るウルフィンの群れを文字通り蹴散らした。殴り、蹴り、噛み付いた個体を握りつぶし、叩き付け。歩みは止まらず。

「お前はあの時から決めたんだろうが。俺が全部守るって。守るものが増えようが、相手がどれだけ強かろうが、武器も魔法も使えねぇ能なしから進歩できなかろうが」

 続けて現れるギガロプスとウルフィン、更には大型昆虫型の魔物の群れ。そこには先程までの戦術めいたものとは違い、ただ物量で押し潰そうという焦りが見えた。

「結局俺にはガキの喧嘩から毛の生えた程度のものしか手に入らなかったけどよ、あんたのお陰であの能なしのガキもちったぁ立派になったぜ」

 物量にものを言わせる力押しの戦法。だが力押しの戦いはガルシオの領分だ。どれだけ攻撃を受けようが、瞬く間に治り、叩きのめす。既にガルシオの治癒スキルは完全に復活していた。

「だがよ。あの魔王とやった時もさっきまでも、内心ビビってたんだろうな。ビビって、諦めて。あの日の俺が出来たことが出来なくなってよ。最後まで諦めずにとか言っときながらだぜ? そりゃあスキルも出来ねぇよな」

 続けて魔物の召喚。しかしその前にキルトの両肩をガルシオが掴んだ。必死に抵抗するその体を、ただ静かに押さえつける。

「だけどあんたのお陰で目が覚めたわ。あんなすげぇ気合い見せられたらやらざるを得ねぇって……こんなこと、素面のあんたには絶対聞かせらんねぇけどよ、親を見て育つって、こういうことなんだろうな」

 肩を押さえつけていた手で撫でるように頭部へと滑らせ、強く掴み自身の状態を仰け反らした。

「だからまあ……かなり痛いだろうが、あと一回だけさっきの気合いで我慢してくれや──親父よ」

 ただ、全力の頭突き。
 威力はガルシオが今まで放ったものからすれば最小。だがガルシオにとっての、初めて子として親への感謝の気持ち。初めて故に加減の分からなかったそれは、まさしく全力と言えるものだった。



          ***



「ガルシオさん、遅くなりました!」
「……あぁ、全くだ」

 雪原が炎翼で一瞬紅に染まり、アリアとグリワモールが合流した。

「うーわ、文字通り死屍累々ですネ。一人素手でこれだけ倒すとカ……ねぇねぇアリアさん、この人ヤバすぎまセン?」
「はいはい無駄話はいいですから。ガルシオさん、キルト神父は?」
「おう、手間がねぇかと思って気絶させといた。……この状況からしてそいつにやらせるんだろうが、本当に任せて良いんだな?」

 背負っていたキルトを下ろしながら、グリワモールを睨み付けた。

「ええ。少なくとも今回に限ってハ、私はアリアさんに全面協力デス。文字通りの意味デネ」
「もし反故にしたら首斬り飛ばすので」
「イヤまじ止めて下さいってほんとに」

 首を押さえ顔を青くしながらグリワモールはキルトの前で屈み額へと手をやった。

「……ふむ。魔導などと言っていますが式の土台はやはり魔法ですね。そこに別の要素を加えることで答えを変質させていると。更には魔素を必要としない変質までも。単純ながら実現させる執念には呆れ……おっと、拍手でもしてあげましょう。ぱんぱん、っと」

 傍にいる二人にも聞こえない声量で呟くグリワモール。そんな時間業を煮やしたガルシオが口を開いた。

「……おい、いつまで掛かって」
「え? 解除ならとっくに終わってまスヨ? 今はちょっと調べ物を……あ、一応言っとくと無事何事もなく終了でデース」

 全く悪びれもしない様子のグリワモールにアリアは咄嗟に如月に手が出そうになったが、隣で力なく倒れたガルシオでそれどころではなくなった。

「ガッガルシオさん!? ちょどうし……あっつ! 凄い熱!」

 起こそうと持ち上げた体は全身から強い熱を発していたが、ガルシオの表情は反面穏やかなものだった。

「ちょ、グリワモール、これどうなって」
「ああ、彼のスキルって自己回復なのでショウ? 大方その傷跡からして戦闘中にそれが発動したりしなかったりしたのでショ。なんかその辺の不具合でぶり返しが来て、彼の安否が確認できて緊張の糸がほどけてバタンってとこじゃないでスカ? 知りませんケド。私コッチの調べ物で忙しいンですよ。シッシッ」

 目もやらずに雑に手を振ってあしらわれ。さっきの全面協力を反故にしているんじゃ無いかという考えにも至らず、暫くアリアは慌て続けた。
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