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森林の国、エルフの歴史

シーナの正体-1

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 深い闇に沈む森の中。クラガは先導する二人から目を離さずにいた。
 舗装などされていない、草が生い茂り木々が乱立する道なき道を、暗闇の中で全力疾走しているのだ。必然、先導する二人が行く道が通り道となり、その動きを見落とさないためであるが、しかしもう一つ理由があった。

 クラガは己の武装を展開し、単純な魔力放出で加速している。その加速があるからこそ、前の二人──シーナとエルフの男冒険者にギリギリ追走出来ている。
 木や枝を躱す自身の動きに、今日までの特訓の成果を感じる。しかしそれでも躱す事に集中し、ギリギリ成功している状態だ。しかし前の二人は急ぐことに集中し、躱す事には意識を割いていない様子だ。

 シーナはともかく……ヴォクシーラじゃそれが出来て普通ってことかよ……!

 無意識に奥歯を強く噛む。その気配に気づいたのか、シーナが僅かに目線を後ろにやり、口を開いた。

「もうすぐ目標地点だが、まだ時間がある。改めて状況の確認だ。先程の報告は間違い無いんだな?」
「はい、間違いありません。複数人の冒険者で即席のパーティを結成し、昼頃森の中へ採取任務に出たのですが──」



          ***



「帝国兵に襲われた!?」

 訓練を終えたクラガとシーナの前に現れたのは、ギルド職員と彼に支えられている傷を負った男冒険者だった。
 ギルド職員が事前に聞いた話に寄れば、彼は一人では受注できない任務のためにパーティを組んでいない冒険者達と即席のパーティを結成し、数時間前に出発した中の一人だった。そして採取任務を行う最中、見慣れない服装の集団が現れ戦闘に。しかし何故か仲間が次々こちらを攻撃しだし、しかし一人の仲間が「自分が引きつけるから戻って仲間を呼んできて」と囮になり、なんとか帰還したという。
 そして報告を受けた職員が真っ先に思い浮かんだ助けがシーナだったというわけだ。そしてその囮となった人物が、

「コニスって……確かアリアに懐いてた奴だったか?」
「……状況は分かった。君、今すぐに呼べる中で最も回復魔法に長けたものを。現場まで案内できるのは彼だけ。直ぐに動けるようになってもらう必要がある」
「分かりました!」

 ギルド職員は急ぎ走る。シーナは続いてクラガに目を向け、

「クラガ、魔力の充填は今は空ですね? 今から十分とするとどれくらい展開可能ですか?」
「移動だけで考えるなら二十分持つかどうか、戦闘なら五分かそこら……って俺も戦力に入ってんのかよ」
「当たり前です。実践無しで何のための特訓ですか。……心許ない時間ではありますが、森の中は魔素が濃く満ちています。無駄使いしなければ使用しながらでも充填できるはず。可能な限り節約しながら、しかしもしもの時は躊躇わずに全力で、いいですね?」
「おう」

 返事をし、不意に自分がそれほど今の状況、そしてこれから起こるであろう状況に対しそれほど危機を感じていないことに気づく。
 勿論油断しているわけでも慢心しているわけでも無い。今の報告やアリアから聞いた限り、かなり厄介な戦い方をしてくるらしいが、厄介なのはあくまで戦い方だ。敵自身ではない。
 自分は勝利していないものの、魔王二人との戦いを経験し、またアリアやシーナの実力を訓練を通し何度も経験している。この四人レベルの相手であれば話は別だが、そうでないなら下手な恐れを抱くことは自身の動きを鈍らせる。
 腰に小箱状態でぶら下がっている己の武具を握りしめ、静かに覚悟を決めた。



          ***



「もう既に移動してしまっているかも知れませんが、痕跡は残っているはずです。後どれくらいですか?」
「もうすぐです。少しいった先に拓けた場所があるのですが、そこで襲われました」
「分かりました。クラガ、充填はいかがです?」
「なんとか使いながらでも増えてはいるが……どっちかっていうと減っては無い位だ。今から戦闘ってなると十分あるかどうかってとこだ」
「分かりました。ではここからは私が先行します。クラガは一時武装解除。後二人で気配を消しながら慎重に進んで下さい。何事も無ければ拓けた場所が見えるところで待機。タイミングを見て戦闘に参加。私からの合図、もしくはそちらが襲われた場合は全力で合流、いいですね」

 シーナの言葉に男冒険者は頷き、クラガもやや間を置いて頷いた。

 シーナは最後に方向のみ確認し、単独で走る。
 出発前にはああ言ったが、しかしはやりいきなりの実戦投入は不安が残る。戦力で言えばヴォクシーラのA級とも良い勝負が出来そうな仕上がりになったが、それは訓練という場で、あの装備が十全に使える状態でだ。以前はグリワモールやオーガと戦闘したこともあったそうだが、それはその時のクラガであり、今の戦い方をするクラガでは無い。そして今のクラガは実戦を経験していない。更に魔力充填も少ない。まだ危険な場に駆り出す必要性は無い……、

「というのも、過保護というものだろうか」

 苦笑し、私らしく無いと我ながらに思う。弟子をとるというのも初めてだからか、無意識にでも愛着など湧いているのだろうか。……いや、教えを請われたことは昔にも何度か……でも弟子という形では無いし……そもそもクラガも弟子なのだろうか……?

 止めよう、と首を振って思考を飛ばす。いかなる戦闘前においても油断と慢心は不要。故に余計な思考はしない方が良い。

 そうして雑念を払い、枝の上に無音で着地し止まる。眼下には今までとは違い拓けた場所がある。恐らく冒険者のキャンプ地として手入れされた場所なのだろう。その中央に人掛けがあった。
 五人の男女が横一列に並び、その前に一人の少女が立つ。そして更にその前には膝をつきうずくまる少女がいた。

 手前の少女がコニス、億の五人が操られた冒険者達だろう。そうすると間のあいつが帝国の者か……。

 目を細め観察しようとすると、不意に一人の冒険者がこちらに矢を放つ。

「……ふむ、操られてるからといって能力が落ちる訳では無いのか」
「あら? 救援のご到着かしら?」

 木から飛び降り、結果的に不意の登場となったシーナに、しかし帝国兵の少女は驚きもせず声を上げた。

「もっと大人数で来るかと思ったのだけれど、貴女一人なのね? 舐められてるのかしら? ね、コニスちゃーん」

 少女はコニスの髪を乱暴に掴み上げシーナに振り向かせる。こちらを見る表情に意志はなく、目は虚ろな赤色をしていた。

「……あいにく私達は常に人手不足でね。彼らを返してくれるならこのまま見逃しても良いくらいにね」
「あら素敵なご提案。ほら、私って見ての通り若くて可愛くて、人生これからっ! って感じじゃない? だからこんなところで死んじゃいたくは無いのよ。ね、強い強ーいシーナさん?」

 少女が名乗っていない自分の名を呼び、僅かに手に力が入る。少女はその様子に目を細め、

「でもまあ、私もこれでもちゃんとお仕事中の兵士だし? サボっちゃうとそりゃもうキツーいお仕置きがある訳よ。だからその素敵なご提案には乗れないのよねぇ」
「それは残念。ちなみにそのお仕事というのは、私を殺す事でしょうか?」
「あー、ちょっと違うかなぁ。正確には、貴女達をこっち側の戦力にすること。殺すのは、まあ、それが出来なかったときかな」

 貴女、ではなく貴女達。私が所属していると考えればヴォクシーラギルドか暁の地平。この場合は……後者でしょうね。個々が厄介な戦力である私達ですが、洗脳で仲間に出来ればそのまま強力な戦力にもなる、というところでしょうか。

「仕方ありません。実力行使でいきましょう」
「あ、ダメダメ。ほら、あれ見て?」

 背負った弓に手を伸ばした直後、少女が指を指す。それはシーナを、その背後を示していた。
 振り向き、そこには後から自分を追ってきている男冒険者とクラガがいた。

「……ワリぃ」

 クラガはバツの悪そうな表情で両手を挙げ、男冒険者はその後ろから短剣をクラガの首元に押し当てていた。

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