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一話完結

どうか君が、幸せでありますように。

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君に触れられた感触が抜けない。
腕にあった温もり。
少し高い背。
困ったように笑う表情。

忘れたくない。
一欠片すら、君のことを僕の中から消したくない。

君と一緒に歩いた場所を歩き、温もりを思い出す。

幸せであればいいと思った。
困ったような笑顔が、本当の笑顔になればいいと思っていた。
その笑顔の隣に、自分がいればこれほど幸せなことはないだろうと。

けれど、自分が隣にいることで君の笑顔が変わることはなかった。
そればかりか、君は以前より心を抑えているようだった。
それでも、なんとかして自分につなぎとめていたかった。

この手を離したら消えてしまう。
もう二度と会えなくなってしまう。

どこから来たのか分からない、そんな予感が心を焦らせた。

けれど、自分から手を離さなければ君はどこへも行かないと、そう過信していた。

君の苦しそうな声が忘れられない。
何かを抑えて、堪えて、我慢している。僕は、君がそう言ったしがらみから解放されれば良いと望んでいた。けれど、僕にはそれができなかった。

君は、そのことで僕が悩んでいるとわかっていたんだ。
“自分のことで気に病んで欲しくない。”
君はそういうことを思う、優しい人だった。けれど、僕は君のことを思う時間なら、どんなに苦しくても、愛おしい時間だと思っていたんだ。

君に関わる全てが僕には幸福で仕方なかった。

それでも、僕は伝えるのが上手くなかったんだね。
君には、届かないまま終わってしまった。

まだ、君の温もりが忘れられない。

僕の腕に触れた君の腕の感覚。
少し冷たい君の手。

君が居た記憶が、頭から離れない。

どうしても、忘れられない。忘れたくない。

それでも、今の君を苦しめるのは僕だから。

傷付く心に蓋をして、君の幸せを願うしかできないんだ。
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