恋するピアノ

紗智

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18.ベジタリアン

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※※※明日生視点です。




今日は会った時から諒さんと覚さんはサングラスをかけていて、僕は残念なんだか緊張しなくてホッとするんだかわからずにいた。
寮に着いて二人がサングラスをやっと外した時、感嘆っぽいため息がつい出てしまったから、前者だったのかもしれない。
いつも二人は私服の時、あまり似ていない服装をしている。
多分他の人が見分けやすいようにしてるんだろう。
今日は諒さんはフレッドペリーのブルー系バイカラーのポロシャツを着てて、覚さんはアメリカンラグシーっぽい紫系のチェックシャツを着てる。
覚さんの方は襟元からペンダントの金色の鎖が覗いて見える。
あまり服にはこだわりはなさそうだけど、でも安価なものを着てたことはない。
「ただいまでーす」
軽く声をかけて、談話室に入った。
いつもの場所辺りで雑誌を広げてる夜穂先輩と良実先輩のところへ向かった。
僕についてきた二人が挨拶した。
「「おはようございます」」
夜穂先輩は顔を上げてひらひらと手を振った。
「お、おっはよー! 明日生おかえり」
良実先輩も雑誌から顔を上げて、二人の姿を見ると笑顔を見せた。
「おはよう、ひさしぶりだね」
冷房は一応効いているのに、夜穂先輩はタンクトップに短パン姿だ。
諒さんと覚さんは夜穂先輩の肩や腕や脚をじっと見ながら言った。
「夜穂ちゃんって、部活やってたよね」
「何やってるの? スポーツだよね?」
服で隠れてると全然わからないけど、夜穂先輩は身長の割に結構しっかり筋肉がついてるんだ。
「バスケ。ああ、バスケじゃわかんねーか。『Basketball』だな」
「「……」」
「お前らが今何を考えたか当ててやろうか。こんなにチビなのにバスケなんだ? とか思っただろ!」
「「ごめーん」」
「こら、否定しろよ!!」
半分笑いながら夜穂先輩はふざけて諒さんの肩を掴み、急に無表情になって動きを止めた。
「どうしたんですか、夜穂先輩」
「お前ら、ちゃんと食ってんの……?」
真面目な顔で夜穂先輩は二人に訊いたのに、二人はわざときょろきょろしながら言った。
「今日は貴也もいないの?」
「おい! 貴也も帰省中だ! 全く! お前ら、何をどれだけ食ったらそんなに細くなれるんだよ!? そういえば俺まだお前らが食事してるの見たことねえなあ。明日生、お前、今日の昼飯こいつら連れて外食しろよ」
しっかり食べさせてこいとの命令が出た。
普段貴也先輩や良実先輩と戯れてる夜穂先輩がこんなこと言うのだから、諒さんの肩はとにかく細かったんだろう。
早口であまり丁寧でない日本語を夜穂先輩にまくし立てられて、二人が理解できなかったようなので通訳した。
意味がわかると、急に二人は慌てはじめた。
「あの、外食は行きたくないんだ」
「日本食はまだよく知らないから何が入ってるかわからないし……」
二人の困った様子を見て、やっぱりこの二人時々可愛いなあ、なんて思ってしまった。
すぐ我に返って、夜穂先輩の顔を見た。
「夜穂先輩、なんか嫌がってますけど?」
「なんだ、アレルギーか? 何が駄目なんだ?」
二人はその不思議な色の目を見合わせてから、僕たちを見て、言った。
「アレルギーじゃないんだ」
「僕たち、ベジタリアンなんだよ」
……ベジタリアンの人は初めて見た。
しかも子ども(?)のベジタリアンって聞いたこともなかった。
僕たちは唖然としていたけど、良実先輩がぼそっと呟いた。
「だからそんなに細いんだ」
「良実ちゃんには言われたくないなあ……」
「でも父さんもベジタリアンだけど、父さんはそんなに痩せてないよ」
僕はふと思い当たることがあった。
「革製品使わないのもそういう感じの理由なんですか?」
「「え?」」
「フェイクレザーの靴履いてるときあるじゃないですか。カバンもビニールか帆布みたいだし。動物由来の製品は使わない主義なんですか?」
突然二人に感心した顔で見つめられて、ちょっと怯んだ。
「そんなところ、よく見てるね……」
「確かにそういう理由なんだけど」
良実先輩がまた言った。
「明日生は着道楽だからね」
「「キドウラク?」」
「ファッションが大好きってこと」
夜穂先輩が腕を組んで、唸った。
「やっぱ明日生、双子と食事行ってこいよ」
「構いませんけど……お二人は食べられないものばかりなんじゃないですか?」
「ベジタリアンOKの店、今から探そうぜ! 全然外食できないんじゃ、こいつらこれから不便だろ」
「まあ……それもそうですよね。じゃあパソコン持ってきます」
「貴也のパソコンも借りてきちゃえ、やす」
「おう」
僕と夜穂先輩がさっさと談話室を出ようとした時、二人がおろおろしてて良実先輩がそれをなだめてるのがちらっと見えた。
戻ると、やっぱり諒さんと覚さんはまだおろおろしてた。
テレビかなんかで見かけたパンダの赤ちゃんをつい思い出してしまって、心の中で二人にごめんなさいと言った。
「あの……僕たち……」
「自分で調べるし……」
良実先輩は笑いながら言う。
「店のホームページはだいたい日本語で書いてあると思うよ」
「だったら、日本語の勉強になるから」
「いいんですよ。どうせ僕ら暇なんですから」
「暇……なの?」
二人には予想もできなかったらしくて、きょとんとしてる。
二人は今、よっぽど忙しいんだろうな。
「やすなんて昨日から部活休みだから、ずっと暇だって嘆いてるよ」
「僕も気に入ってたシリーズ読み尽くしちゃったところですし。日本語の勉強なら教えてもらった方がいいでしょう?」
「「うん……明日生が構わないなら……」」
いつの間にか戻ってた夜穂先輩がパソコンを開きながら二人に訊いた。
「やけに遠慮するけど、人に手伝ってもらったり教えてもらったりすることないのかよ?」
「僕らの母さんは」
「できることは全部自分でやりなさいって言うんだ」
「ほー」
「なんか、言いそうですね」
「へえ、そういう感じの人なんだ、若桜教授って」
夜穂先輩と同じ画面を覗き込みながら言った良実先輩の言葉に二人は何か返そうとしたけど、夜穂先輩の声に消されてしまった。
「お! さっそく見っけ!」
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