恋するピアノ

紗智

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26.ともだち

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※※※双子視点です。



憂鬱だ。
夏休みが終わって、学校が始まってしまった。
昨日の始業式は撮影があったから休んだけど、今日はいきなり一時限目から好きではない英語の授業だ。
うなだれてため息をつくと、自分が着ている濃緑のブレザーが目に入った。
徒咲学院の国際科の制服は濃緑のブレザーで、音楽科は紫紺だ。
着用義務はないそうだけど、『諒』と『覚』を見分けるのに便利だし、私服を毎朝選ぶのも面倒だからいつも着ている。
『諒』
突然名前を呼ばれて、驚いて顔を上げた。
この学校に友達はいないし、教師は苗字で呼ぶから、名前を呼ばれるなんて思ってもいなかった。
『え……』
目の前に同じ濃緑のブレザーを着た男子生徒が立っていた。
金髪に青い目で、歳も背も同じくらい。
品が良くて、おとなしそうに見える。
彼は僕の前の席の椅子を引き出すと、すとんと目の前に座った。
『頭小さいね! 言われない?』
あまり言われたことはない。
ニコニコしてるその顔は典型的な北欧系に見えるけど、北欧訛りの英語ではない。
よく聞く喋り方のような気がするけど、どこの訛りだったっけ。
僕が返す前に、彼は続けた。
『ああ、頭が小さいとか、スタイルがいいとかの前に、その瞳に目が行くか』
その通りだろうと思う。
『綺麗、って、よく言われるだろ?』
たしかによく言われるけど、その英語の『beautiful』やドイツ語の『schön』よりも、日本語の『キレイ』の方がよく聞く。
ピンときた。
『君、日本育ちだろ』
そうだ、彼の話し方にはわずかに日本訛りがある。
どうしてすぐ日本訛りだって気付かなかったんだろう。
『あれ、よくわかったね。僕は日本生まれの日本育ちだよ』
『日本に来て『キレイ』ってもう聞き飽きた。ドイツじゃそこまで言われなかったんだ』
『ははは、そっか。美的感覚が違うんだね。僕はヨーロッパには行ったことないなあ』
そういえば、物腰も日本人っぽい。
『名前はなんて言うの?』
『ああ、ごめん、名乗るの忘れてたね。ヤスナリって言うんだ』
『……やす……?』
『ヤスナリ』
彼は僕の机の上にあったシャーペンを手にして、僕のノートの隅っこに『康成』と書いた。
きちっとした筆跡の漢字。
日本名? 日本の血が混じっているようには見えない。
あまり訊かない方がよさそうだ。
彼のことをいろいろ訊きたい代わりに、前から疑問に思っていたことを訊いた。
『ねえ、僕の英語って聞き取りにくい? ドイツ語訛りが強いのかな?』
『ううん、聞き取りやすい。ドイツ語訛りは感じないよ。アメリカンイングリッシュだよね』
『祖母がアメリカ人なんだ。そっか、聞き取りにくいわけじゃなかったのか……』
『一学期の間、話しかけても無視されてたね。大変だっただろ?』
『え……うん……』
たしかにつらかった。
でもつらいのは、クラスメイトと話せないことより、もう一人の自分と一緒にいられないことの方だ。
『僕の席、一番後ろだからいろんな噂話が聞こえてくるんだ』
康成は、一番後ろの廊下側の席を指差した。
『みんな、君が有名人の息子で、国際科に全教科満点の成績で編入してきたから、妬いてるみたいだね』
満点だったかは知らないけど、国際科の編入試験は片割れの方が受けた。
後で詳しく聞いた話によると、思ったよりずっと簡単だったようだ。
『そうなんだ……』
『でも、君のことかっこいいって言ってる子もいたから、そのうち打ち解けてくるんじゃない? みんな人見知りなんだと思っておきなよ』
『うん……ありがとう』
『もうすぐホームルーム始まるね。じゃあね』
立ち上がった康成に、慌てて話しかけた。
『あ、あのさ』
康成がにこっと笑って用件を窺ってくる。
『康成はどうして僕に話しかけてくれたの?』
『すごく頑張り屋だと思って、友達になりたかったんだ』
それだけ言うと、康成は後ろの自分の席に行ってしまった。
優しそうなスカイブルーの瞳がすごく爽やかに見えた。


昼休みに康成と一緒に昼食を食べようという話になった。
弟が一緒でもいいか僕は訊ねた。
『もちろんいいよ。ああ、双子だったよね。テレビで見たよ』
僕は片割れに電話を掛けた。
『Wolfy! ニュースがあるんだ』
『え、なに?』
『まだ秘密。第二食堂の前で待ち合わせね』
『うん、わかった』
短く用件を済ませて電話を切ると、康成が少し感心した顔をしていた。
『ドイツ語か。はじめて聞いた気がする』
『ヨーロッパくらいでしか使わないからね』
待ち合わせ場所へ辿り着いて、目的の姿を見つけて駆け寄った。
『Wolfy!』
『Amadeo』
半日ぶりに会って、すごく懐かしい気がしてしまう。
抱き合って、キスをした。
『ニュースって何?』
『ああ、彼だよ』
振り返って康成を見ると、なんとも複雑そうな顔をしていて、やっと僕は今の会話がドイツ語で康成にはわからなかったことに気付いた。
英語に切り替えて話す。
『康成、僕の弟だ。Wolfy、彼は康成って言って、僕の新しい友達なんだ』
『友達! はじめまして、諒の弟の若桜覚です。よろしく』
『諒のクラスメイトの康成って言います』
……あれ?
『康成、苗字はなんて言うの?』
康成はすごく困った顔になって、ぼそぼそと言った。
『……ああ……カワバタって言うんだ……』
ヤスナリ、カワバタ?
『『あれ? ひいおじいさんあたりが作家やってなかった? 『雪国』って本を英訳で読んだことがあるんだけど』』
『あの、全くの偶然の同姓同名なんだ……』
康成が小さくなってしまっている。
どうやら自分の名前が結構コンプレックスらしい。
ノーベル賞作家と同姓同名じゃ不便も多いんだろう。
『まあ、名前なんて僕らもアレだし』
『アレ? 普通の名前に感じるけど……』
『ドイツ名がね。僕はAmadeusって言うんだ』
『それで、僕がWolfgangって言うんだ』
突然康成が爆笑した。
『さすが音楽家の子だな! モーツァルトか!』
あれ、モーツァルトのフルネームを知ってる。
康成もクラシックは好きなのかな。
そのうち、訊いてみよう。
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