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7章
愚飾の時代
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週末ということもあり、私鉄線の車両内も、顔を朱に染めた中年が目立った。求は、どこか虚しい気持ちで、特急列車の吊革を捕まえ、スイングされた。空には、夜のとばりが降りている。
虚しい思いの中で、舟端に降りた。いつも、頭蓋の内側で常に流しているロックの他の刺激が欲しいと思った。
車道で信号待ちをする車の運転席を凝視し、ドライバー達が一斉に振り返り、怪訝な顔で求に視線を集中させた。これは思考の癖で、走る車の運選手がどんな顔をした人物かが気になるためだった。
住宅街を歩く時は、並ぶ家を眺める。その家の内観や、住んでいる人の顔が気になるからだ。
湊の潮が薫る本町通りに建つ、小さな書店の店前では、背広姿の男達が肩を並べ、挙って漫画雑誌を貪り読んでいる。
求は、何ということもなしにその店に入った。
アダルト雑誌のコーナーには、すぴー、すぴー、と聞こえる、圧した鼻からの吐息が交差し、棚の前に立つ分別臭い顔をした男達は、女の肢体が載る紙面に無言で視線を這わせていた。コーナー角には、どこかの遣り手部長と言った雰囲気を持つ、三つ揃えをびしりと着こなし、床に分厚いアタッシュケースを置いた男が、極めて真剣な表情で、「月刊ロリっ娘通信」なる雑誌を読み耽っていたが、求が、胸も陰毛もない全裸の幼女が立ち、首を傾げ、虫も殺さぬ笑顔を浮かべている写真の紙面を覗き込むと、狼狽を隠すように威厳の顔を作り直し、ページを狭めた。
求は、一般雑誌のラックで、ペンパルコーナーを擁する若者のヘアとファッションの雑誌を開いた。特に、参考にしようという気持ちはなかったが、慰みに開いてみたという感じだった。
ペンパルコーナーには、数人の若い男女の写真と、住所、郵便番号、電話番号が掲載されていたが、そのうち一人、赤いポルシェに背中を預けたブランドスーツの男は、自己紹介欄でプー太郎だと明かしており、親がビルのオーナーで、自分名義の財産もあるから、一生働かなくてよいのだ、と説明し、ファンレター待ってます、と締めくくっていた。
足許の怪しい男達と、空の笑顔で華やぐ若い女が往来する本町通りを歩き、本町から少し離れた所に軒を構える、「もも八舟端店」の前に来た。自動扉前には、数人の若い男女がおり、一人の男が、仲間達に肩を介抱されながら、調子っ外れの「LET IT BE」をがなっている。それを横目で見ながら、自動扉を潜った。
円形の商品提供カウンターの中で、スタッフキャップに紺の半袖シャツという制服を着た、主に男の店員達が調理に勤しみ、タイトスカートを履いた女子店員達が、トレーに載せた料理、ドリンク類を席に運んでいる。
いらっしゃいませ、という接客挨拶を受けた求は、円形カウンター席の丸椅子に腰を下ろした。お通しというらしい、小皿に盛られたつまみは、小量のキムチだった。
求は挙手し、カウンターの中の男の店員に、生ビール、席に置かれたメニュー表を見て、お好み焼き、ソーセージ盛り合わせを注文した。注文するなり、ラークマイルドを吹かし始めた。有線放送の店内BGMには、ボンジョヴィの「LIVING ON A PRAYER」が流れている。
ラークを吹かしながら、カウンター内厨房の男性店員達の顔を凝視すると、彼らのうち二人ほどが、訝しげな表情で求を見た。トレーを持ち、フロアを移動する女子店員も目で追った。
生ビールはすぐに来た。求はそれを、早いピッチで、半分ほど一気に呑んだ。
ソーセージ盛り合わせは、一杯目の生が空になった頃に届けられた。求はすかさず、ワインクーラーをオーダーした。
意識がぐらつき始めた。隣に座っている人達は、黒い喪服を着た姿をした、二人の男だった。
「葬式っすか? 誰が死んだの?」いきなり求に話しかけられた二人は、驚きと困惑の混ざった顔を上げ、求を見た。
「四十代ですよね。ビートルズ知ってますか? レッドツェッペリン知ってますか?」二人の喪服の男は、顔を深く俯けた。
求はワインクーラーを一挙に空にし、その頃になって届けられたお好み焼きを咥えて口から垂らし、二人の男のほうへ回転椅子を回し、両手の中指を立て、はーっ、と唸った。
それから瓶ビールを頼み、それが届けられると、コップのそれを口から垂らしながら鯨飲し、お好み焼きを貪り食った。
隣に座る喪服の二人は席を立ち、会計カウンターに立った。お好み焼きを平らげた求は、ビールがなみなみと入ったコップを片手に、奥の座敷席へとよろめき歩いた。店員達の警戒が伝わってきた。
座敷席の中央で飲んでいる、男女四人の白系外国人ににじり寄り、ハロー、と声を掛け、挙手した。
「あいあむ、ふぁっくろっかー! はーっ!」求は叫び、舌を出し、コップを持っていないほうの中指を立てた。
二人の女のうち一人が、「NO、NO」と言って、拝むように立てた手を振った。そこで、男の一人が立ち上がり、「LIFE」という語句が聴き取れる英語で、求に何かを説明し、中指を立ててみせて、殴る仕草と、BAN、と拳銃で撃つ仕草をした。その男は、あなた、分かる? と日本語で言い、求の肩をぽんと叩いた。
求はそれに反応することなく、コップのビールを飲み干し、座敷席を回り、席によって「俺は最強ロックだ」「俺のロックへの信念は一生変わらねえんだ」などの語句を、飲んでいる客達に浴びせた。
笑いが上がった。それを嘲笑であると気づかぬ求のテンションは、一層上昇した。
「お客様」カウンターの中にいた店員の一人が、求の前に立った。
「申し訳ございません。ちょっと悪い酔い方をされているようですね」求はぽけっとした目で、その店員を見つめた。
「このまま当店におられると、他のお客様のご迷惑になってしまいます。お代はいただきませんので、今日はお引き取り願えますでしょうか?」
自動扉を出て、歩き出した求を、先の店員が追ってきて、後ろから声を掛けた。
「未成年だよね。本来ならば通報しなくちゃいけないんだけど、今回だけは黙っててあげる」
彼は二十歳そこそこの年齢姿をしているが、黒川と打たれた名札には、店長、とあった。
「さっき、外国の人達が君に言ってたことの意味、分かる?」店長は声を低めた。
「君が遣った四文字言葉と中指立てるジェスチャーは、アメリカでは命に関わるって言ってたんだ。だから、安易にそういう言葉を遣って、そういう仕草はしちゃ絶対に駄目だってね」
黒川店長が本気で話していることは分かるが、その言葉は、ドランクした求の頭の中で、ぼわん、ぼわん、と響くだけだった。
「君は何歳だ?」「俺、今、十七。秋に十八になるよ」「まだ高校生の年齢だね。何だか、悪い仲間と付き合ってそうだな」黒川の声が、一層低みを帯びた。
「こういうことをやってたら、君は二十歳まで生きられないかもしれないよ。これは俺の職業柄、確実に言えることなんだ」黒川は、声を低く押し出した。
「いいか。三歩先のことを考えながら行動するんだ。それと、発言は、発言する前に、これでいいのかと考えてから言葉に出さなきゃ駄目だ。分かったね」黒川店長は残し、紺の半袖シャツ制服の背中を遠ざけた。それをじっと凝視する求を振り返り、「怒りを買うよ。本当だよ」と残した。
求の感覚では、それは右耳から入り、左の耳から抜けていた。意識が揺れていた。
覚束ない足取りのまま、駅の方向へ向かった。味への衝動が起こっていた。先の事実上ただ食いとなったソーセージとお好み焼きだけでは足りないと思った。私鉄駅近くの定食チェーン「杉屋」に入った。円形カウンター、テーブル席には、むくつけき男ばかりが肩を揃え、丼を傾け、牛めし、牛皿定食を掻き込んでいる。カウンター内には、スタッフキャップを被った男女の店員がいるが、男は無表情で、女はつんけんした顔で盛りつけ、提供作業をしている。
求は、券売機のボタンに打たれているメニューを目で追った。牛めしにするか、カレーにするか、牛皿定食にするかを決めかねていた。それが長引いていることも、後ろに人が立っていることにも気づいていた。
舌打ちとともに求の細い体が飛び、床に這ったのは、牛めしが無難かと決めかけた時だった。
肩から見上げると、体格の良いネクタイスーツの男が、苛立った顔で券売機にコインを投入していた。
カウンター内の店員達は、それに関する様子もなく、手元の作業を行っているばかりだった。客席からは冷笑が上がっていた。笑っている者達は、ジャージ姿をした運動部員の若者二人だった。
求を突き飛ばした男は、椅子に腰を下ろし、苛立った顔のままでカウンターに食券を置いた。
その男を殴りたい。しかし、その男の腕は自分の体の分の太さがあり、力で敵う相手ではない。笑っている男子学生二人に凄みたい。だが、自覚する、迫力のまるでないこの声で凄んだとたん、彼らの顔色が威嚇のものに変わる瞬間を想像すると、自分がたちまち萎えてしまうことは分かっている。
店の風景は、何事もなかったのだ、と事態を落着させている。
求は手を着き、重い腰を上げ、店を出た。輝くハンバーガーショップと居酒屋の内照看板、行き交う人の列を見ながら、自分も松村が持つものと対象を同じくする敵愾心を宿し始めたことを確信していた。
こんな世界など、俺達のロックで占領してやる。そして、綺麗言を言う、気取った奴らを、俺の反逆ロックの銃弾で片っ端から撃ち殺してやるのだ。
だが、先ほど自分を突き飛ばした男、這いつくばった自分を嗤った運動部員の若者達には決して面と向かっては言えない叫びを心で発した己を、この湊の地方都市の眺め、その中で、唯一人の痩せこけた少年でしかないという矮小なものにするばかりだと求は感じるばかりだった。
遮断機の下りるアラーム音が流れ、アナウンスが聞こえた。その音、通り過ぎる人達の横顔の前で、自分は非力な子供でしかない。
だから、俺は。自分で納得出来る答えは、一つしか思い浮かばなかった。自分の親、友達、先の若い店長から警告を受けているにも関わらず。
虚しい思いの中で、舟端に降りた。いつも、頭蓋の内側で常に流しているロックの他の刺激が欲しいと思った。
車道で信号待ちをする車の運転席を凝視し、ドライバー達が一斉に振り返り、怪訝な顔で求に視線を集中させた。これは思考の癖で、走る車の運選手がどんな顔をした人物かが気になるためだった。
住宅街を歩く時は、並ぶ家を眺める。その家の内観や、住んでいる人の顔が気になるからだ。
湊の潮が薫る本町通りに建つ、小さな書店の店前では、背広姿の男達が肩を並べ、挙って漫画雑誌を貪り読んでいる。
求は、何ということもなしにその店に入った。
アダルト雑誌のコーナーには、すぴー、すぴー、と聞こえる、圧した鼻からの吐息が交差し、棚の前に立つ分別臭い顔をした男達は、女の肢体が載る紙面に無言で視線を這わせていた。コーナー角には、どこかの遣り手部長と言った雰囲気を持つ、三つ揃えをびしりと着こなし、床に分厚いアタッシュケースを置いた男が、極めて真剣な表情で、「月刊ロリっ娘通信」なる雑誌を読み耽っていたが、求が、胸も陰毛もない全裸の幼女が立ち、首を傾げ、虫も殺さぬ笑顔を浮かべている写真の紙面を覗き込むと、狼狽を隠すように威厳の顔を作り直し、ページを狭めた。
求は、一般雑誌のラックで、ペンパルコーナーを擁する若者のヘアとファッションの雑誌を開いた。特に、参考にしようという気持ちはなかったが、慰みに開いてみたという感じだった。
ペンパルコーナーには、数人の若い男女の写真と、住所、郵便番号、電話番号が掲載されていたが、そのうち一人、赤いポルシェに背中を預けたブランドスーツの男は、自己紹介欄でプー太郎だと明かしており、親がビルのオーナーで、自分名義の財産もあるから、一生働かなくてよいのだ、と説明し、ファンレター待ってます、と締めくくっていた。
足許の怪しい男達と、空の笑顔で華やぐ若い女が往来する本町通りを歩き、本町から少し離れた所に軒を構える、「もも八舟端店」の前に来た。自動扉前には、数人の若い男女がおり、一人の男が、仲間達に肩を介抱されながら、調子っ外れの「LET IT BE」をがなっている。それを横目で見ながら、自動扉を潜った。
円形の商品提供カウンターの中で、スタッフキャップに紺の半袖シャツという制服を着た、主に男の店員達が調理に勤しみ、タイトスカートを履いた女子店員達が、トレーに載せた料理、ドリンク類を席に運んでいる。
いらっしゃいませ、という接客挨拶を受けた求は、円形カウンター席の丸椅子に腰を下ろした。お通しというらしい、小皿に盛られたつまみは、小量のキムチだった。
求は挙手し、カウンターの中の男の店員に、生ビール、席に置かれたメニュー表を見て、お好み焼き、ソーセージ盛り合わせを注文した。注文するなり、ラークマイルドを吹かし始めた。有線放送の店内BGMには、ボンジョヴィの「LIVING ON A PRAYER」が流れている。
ラークを吹かしながら、カウンター内厨房の男性店員達の顔を凝視すると、彼らのうち二人ほどが、訝しげな表情で求を見た。トレーを持ち、フロアを移動する女子店員も目で追った。
生ビールはすぐに来た。求はそれを、早いピッチで、半分ほど一気に呑んだ。
ソーセージ盛り合わせは、一杯目の生が空になった頃に届けられた。求はすかさず、ワインクーラーをオーダーした。
意識がぐらつき始めた。隣に座っている人達は、黒い喪服を着た姿をした、二人の男だった。
「葬式っすか? 誰が死んだの?」いきなり求に話しかけられた二人は、驚きと困惑の混ざった顔を上げ、求を見た。
「四十代ですよね。ビートルズ知ってますか? レッドツェッペリン知ってますか?」二人の喪服の男は、顔を深く俯けた。
求はワインクーラーを一挙に空にし、その頃になって届けられたお好み焼きを咥えて口から垂らし、二人の男のほうへ回転椅子を回し、両手の中指を立て、はーっ、と唸った。
それから瓶ビールを頼み、それが届けられると、コップのそれを口から垂らしながら鯨飲し、お好み焼きを貪り食った。
隣に座る喪服の二人は席を立ち、会計カウンターに立った。お好み焼きを平らげた求は、ビールがなみなみと入ったコップを片手に、奥の座敷席へとよろめき歩いた。店員達の警戒が伝わってきた。
座敷席の中央で飲んでいる、男女四人の白系外国人ににじり寄り、ハロー、と声を掛け、挙手した。
「あいあむ、ふぁっくろっかー! はーっ!」求は叫び、舌を出し、コップを持っていないほうの中指を立てた。
二人の女のうち一人が、「NO、NO」と言って、拝むように立てた手を振った。そこで、男の一人が立ち上がり、「LIFE」という語句が聴き取れる英語で、求に何かを説明し、中指を立ててみせて、殴る仕草と、BAN、と拳銃で撃つ仕草をした。その男は、あなた、分かる? と日本語で言い、求の肩をぽんと叩いた。
求はそれに反応することなく、コップのビールを飲み干し、座敷席を回り、席によって「俺は最強ロックだ」「俺のロックへの信念は一生変わらねえんだ」などの語句を、飲んでいる客達に浴びせた。
笑いが上がった。それを嘲笑であると気づかぬ求のテンションは、一層上昇した。
「お客様」カウンターの中にいた店員の一人が、求の前に立った。
「申し訳ございません。ちょっと悪い酔い方をされているようですね」求はぽけっとした目で、その店員を見つめた。
「このまま当店におられると、他のお客様のご迷惑になってしまいます。お代はいただきませんので、今日はお引き取り願えますでしょうか?」
自動扉を出て、歩き出した求を、先の店員が追ってきて、後ろから声を掛けた。
「未成年だよね。本来ならば通報しなくちゃいけないんだけど、今回だけは黙っててあげる」
彼は二十歳そこそこの年齢姿をしているが、黒川と打たれた名札には、店長、とあった。
「さっき、外国の人達が君に言ってたことの意味、分かる?」店長は声を低めた。
「君が遣った四文字言葉と中指立てるジェスチャーは、アメリカでは命に関わるって言ってたんだ。だから、安易にそういう言葉を遣って、そういう仕草はしちゃ絶対に駄目だってね」
黒川店長が本気で話していることは分かるが、その言葉は、ドランクした求の頭の中で、ぼわん、ぼわん、と響くだけだった。
「君は何歳だ?」「俺、今、十七。秋に十八になるよ」「まだ高校生の年齢だね。何だか、悪い仲間と付き合ってそうだな」黒川の声が、一層低みを帯びた。
「こういうことをやってたら、君は二十歳まで生きられないかもしれないよ。これは俺の職業柄、確実に言えることなんだ」黒川は、声を低く押し出した。
「いいか。三歩先のことを考えながら行動するんだ。それと、発言は、発言する前に、これでいいのかと考えてから言葉に出さなきゃ駄目だ。分かったね」黒川店長は残し、紺の半袖シャツ制服の背中を遠ざけた。それをじっと凝視する求を振り返り、「怒りを買うよ。本当だよ」と残した。
求の感覚では、それは右耳から入り、左の耳から抜けていた。意識が揺れていた。
覚束ない足取りのまま、駅の方向へ向かった。味への衝動が起こっていた。先の事実上ただ食いとなったソーセージとお好み焼きだけでは足りないと思った。私鉄駅近くの定食チェーン「杉屋」に入った。円形カウンター、テーブル席には、むくつけき男ばかりが肩を揃え、丼を傾け、牛めし、牛皿定食を掻き込んでいる。カウンター内には、スタッフキャップを被った男女の店員がいるが、男は無表情で、女はつんけんした顔で盛りつけ、提供作業をしている。
求は、券売機のボタンに打たれているメニューを目で追った。牛めしにするか、カレーにするか、牛皿定食にするかを決めかねていた。それが長引いていることも、後ろに人が立っていることにも気づいていた。
舌打ちとともに求の細い体が飛び、床に這ったのは、牛めしが無難かと決めかけた時だった。
肩から見上げると、体格の良いネクタイスーツの男が、苛立った顔で券売機にコインを投入していた。
カウンター内の店員達は、それに関する様子もなく、手元の作業を行っているばかりだった。客席からは冷笑が上がっていた。笑っている者達は、ジャージ姿をした運動部員の若者二人だった。
求を突き飛ばした男は、椅子に腰を下ろし、苛立った顔のままでカウンターに食券を置いた。
その男を殴りたい。しかし、その男の腕は自分の体の分の太さがあり、力で敵う相手ではない。笑っている男子学生二人に凄みたい。だが、自覚する、迫力のまるでないこの声で凄んだとたん、彼らの顔色が威嚇のものに変わる瞬間を想像すると、自分がたちまち萎えてしまうことは分かっている。
店の風景は、何事もなかったのだ、と事態を落着させている。
求は手を着き、重い腰を上げ、店を出た。輝くハンバーガーショップと居酒屋の内照看板、行き交う人の列を見ながら、自分も松村が持つものと対象を同じくする敵愾心を宿し始めたことを確信していた。
こんな世界など、俺達のロックで占領してやる。そして、綺麗言を言う、気取った奴らを、俺の反逆ロックの銃弾で片っ端から撃ち殺してやるのだ。
だが、先ほど自分を突き飛ばした男、這いつくばった自分を嗤った運動部員の若者達には決して面と向かっては言えない叫びを心で発した己を、この湊の地方都市の眺め、その中で、唯一人の痩せこけた少年でしかないという矮小なものにするばかりだと求は感じるばかりだった。
遮断機の下りるアラーム音が流れ、アナウンスが聞こえた。その音、通り過ぎる人達の横顔の前で、自分は非力な子供でしかない。
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