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6章 前略 生きて下さい
前略 生きて下さい
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鉄筋の二階建てを、獣革の上下をまとった男達の跨る軽排気の二輪群が取り囲み、高いコールを響かせている。その数は、百台以上に見える。鬱昏とした夜の宙まで揺さぶるような、禍々としたコールだった。
門柱の前には、二人の男が、ともに真一文字に掻かれた頸部から血潮を湧き立たせて崩れ斃れているが、その前後には、竹刀と木刀が一本づつ落ちている。この二人の男は元より、これを持って立っていろと指示した者も、技術も持たない男二人が携えていたこの棒一本で、門柱表札にある、この宗教公社を守れると堅く信じていたらしい。
銅の釈迦如来像を挟むようにして、正装の老紳士と和服の媼の大号数近影写真が飾られた、広い経堂。その釈迦像に取り縋るようにして、数人の老若男女が身を寄せ合い、それを衛るように二人の男が立ち、それを詰めるように立つ、フライトジャケットに獣革パンツ、頸に巻いた雑布から顔を出した男と、その左右に控える同じ獣革ウエアの数人と向かい合っていた。フライトジャケットの男は背中から、片手で操作出来る大渡刀の柄を覗かせ、左右の男達は、それぞれ自動小銃を腰溜めにしていたり、短機関銃の銃口を床に向けて提げている。
「目的、理由を教えてくれませんか」左側に立つ中年域の男が、大渡刀を背中に差したフライトジャケットの若者に大陸語で訊ねた。
「言葉は大丈夫だ。日本語は普通以上に話せる。日本語で討論、交渉も出来る」若者、鹵は、全く訛りのない日本語で答えた。
「そうか。それなら良かった。話をしよう」「お前ら鬼子とは、談判など成立する余地はねえ」鹵は答え、背中から青龍刀をすらりと抜き、刃身を男の目の前にかざした。
「先も訊いたけど、君らがここに押し入って、会員を殺した理由と、こういう活動を続ける目的を教えてほしいんだ」
経堂の中にも、頸を掻き切られ、または腹部を割られて腸を露出させられた死体が転げている。
外からのコールは、その支部の壁を叩き、窓枠を震わせるように響き続けている。
「俺達がここに来た目的は、およそ百年前の、お前らの近い先祖の言葉で言うところの、徴発、だ。つまり、略奪さ。海外の公社がここに送った物資をいただくのと、それにここの日本姑娘に俺達の慰安をしてもらうためだよ」
釈迦像前の女達の顔に覚悟が籠った。
「復讐か」「そうだ」「名前は。私は斎藤だ」「俺は、鹵英朋だ」「鹵君か。覚えておくよ」もう一人の男が言い、前に進み出た。
「僕は内堀です」進み出た男が名乗り、引き攣りを苦しく直した笑顔を作った。
「事実上、日本最後の内閣となった是政新党政権の時に、日本人が君らの同胞に対して行った仕打ちの復讐だよね。だけどね、よく聞いてほしいんだ。古代のインドに、王である父を謀殺された王子がいたんだ。だけど、その王子は、争いが起こって庶民が苦しむことを回避するために、父親を殺したその政敵を赦したんだよ。これを、忍従の心っていうんだ。これさえあれば、戦争も暴力もこの世から根絶することが出来るっていう信念を持って、僕達は、あの十五年前の仏試のあとも、こうして活動を続けてるんだ。あの時、日本人が君達にやったことは、確かに酷かった。だけど今、こうして出逢えて、話が出来たことは本当に良かった。いつか機会があれば、君らとはまた他の、黒手って言われる人達とも話が出来たらな、と思う。どんな人にも、仏権っていうものがあるんだ。これは、この世界に生きる人全てが漏れなく持ってる、仏様になる権利のことなんだよ。どんな人の心にも、仏様がいるんだよ」
鹵の口許に微かに浮いた嘲笑に、内堀と名乗った男は気づいていないと見えた。
「だから、もし君が日本人への復讐の心をまだ捨てられずにいるなら、日本人への怒りで心がいっぱいになった時は、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経って、口の中でお題目を唱えてごらん。そうすれば、不思議なことに、怒りがすーっと収まるよ」
鹵の脳裏に、一枚の絵のような記憶が蘇っていた。ダブル・デストラクションの二年前。その冬の夜。
てめえらみてえな便所服は、日本に棲むな。その一団のリーダー格の男は言って、痰をせせり、父の亡骸に吐きかけた。
「さあ、一緒ご供儀しよう。その刀をお数珠に持ち替えて、僕達と一緒に、仏様の道を歩み出そうよ」蒼褪めた引き攣りの中に懸命な笑いを作った内堀の頭部が、さくり、という音とともに、畳の上に落ちたのは、その時だった。
女達の表情は変わらなかった。盛大な悲鳴を上げた者らは、老若の男だった。
内堀の首の顔は無表情で、残された躰は、切断面から噴出する血で足許の畳を汚し、踵を滑らせて仰臥した。
「女を犯せ」鹵は、血を滴らせる青龍刀を持ち、左右の部下達に命を発した。その時になり、斎藤の顔が悲しく弛緩し、目鼻から、同じ塩質のものを流し始めた。スラックスの股間からは、尿滴が落ちた。
「百年前の三光作戦をそっくり返すように、嬲るように犯せ」鹵が命令を足し、釈迦像前の女達に、獣革ウエアの男達が踊りかかった。
釈迦像の前で、三人の若い女のセーターがたくし上げられ、下着が剥かれ、乳房、陰毛、膣孔までが露わになった。それでも女達が抵抗する様子はなかった。
皆、悲愴な覚悟を表情に刻んでいた。その中で、男達は、悲しげな顔をしながらも、隣であからさまになった裸の躰に、欲望を含んだ眼差しを送っていた。
一人の女が四つ這いにされ、膣と肛門、口腔で、鹵の配下の陰茎を受けていた。もう一人の女は、畳みに寝かされ、髪を掴まれて、口に陰茎を押し込まれ、乳房と性器を手で玩ばれている。もう一人の女は、躰を海老のように畳まれ、肛門に指を挿入されている。
悲鳴は聞こえない。
残りの配下達は、水、食糧の入った段ボールを運び出す作業を行っている。
「助けて! 殺さないで! 何でもするから!」跪いた斎藤が、鹵の脚に縋り、泣きながら懇願した。鹵は斎藤の躰を蹴り倒し、「終わったら適当に火を放て」という大陸語の命を配下達に発した。
雄大は、街道沿いの丘地に、酒、飯、やまもと、という屋号が据えつけ照明に照らされる店を見つけ、足を止めた。首にマフラーを巻いた彼が背負う大雑簔の端からは、袋に包まれた棒状物の柄が突き出している。
護身用。勢力の人間が番を掛けてきた時には、こう答えるつもりでいる。取り上げられそうになる場合は、野、山、だ。
今の時点では、鼓動と呼吸のある生を刻みつつ、行動する拠点を、この旧市から移動することは出来ない。袋の中の銅貨も、限られている。最悪は、犬を斬り殺して食う覚悟も持っている。だが、今日だけでも、比較的まともな飯が食いたい。
引戸を開けると、立てたモヒカンの髪をし、片耳に安全ピンを刺した初老の店主が、カウンターの中から、いらっしゃい、と声を掛けてきた。隅のコンポからは、怒涛のようなギターリフに叫び声の英語ボーカルが載る、雄大には、一応、ロックである程度の認識の曲が流れている。英語歌詞は分からないが、曲調を聴く限りでは、穏やかなことは歌われていないのだろう。
「今日は、ラーメンとハンバーグが出来ますが」店主が言い、決めかねた雄大の答えが詰まった。
「それとも、お酒ですか」「いや、ご飯、です。ラーメン、下さい」「分かりました。前代の民間防災施設の備蓄品流れで、お味は保証出来ませんが、すぐにお作りします」短いやり取りが交わされた時、カウンター奥の襖が、そろ、と開き、肩口までの髪、睫毛の長い、瞳の大きな目をした女の顔半分が覗いた。それだけで、だいぶ小さな身丈の女で、そして、その身の丈、顔の感じに、雄大は、この女が自分と医学的分類上の発達具合を同じくする人間だと察した。
前代なら、療育手帳が交付される人。雄大もそれを持っていたが、デストラクションで焼失した。だが、世界中の政府機関が壊滅し、自転の止まった世界では、そんなものは持っていたところで、それこそ、排便後の尻を拭く紙の代わりにもなりはしないのだ。
「打てますよ。もし、お兄さんが良ければ、お食事のあとにでも」店主が言いばな、襖が全開になり、黒のスリップ一枚を着た女の姿が現れた。
女は、カウンターの中からとことこと雄大の前に歩み出て、顔を下から見上げて満面の笑みを見せ、正面から、自分の手を彼の手に重ね合わせた。互いの指が、指の股に絡んだ。
「ねえ、遊べる?」生まれ立ての仔猫を思わせる声で言った女が見せているものは、まさに生まれの不利を背負っているからこそ醸し出すことの出来る、天性の媚態、と呼ぶべきものか。語彙を成さない考察が、雄大の思考に巡った。
男女間のそういった行為は自分は嫌だと、粉うことなく、雄大の心は呟いていた。だが、彼の肉体は、性別を持つが故の生理が確かに働き始めていた。
「ねえ、お名前は?」「僕、雄大」名を訊ねてきた女に、雄大は戸惑いながら答え、女は躰を寄せてきて、鳩の胸で彼の胸を押しながら、私は山本悟実、と名乗った。
その時、引戸が弱い力加減で開かれ、一組の男女が入ってきた。ともに初老域にあるその男女は、並んで回転椅子に座った。
「お酒を下さい。常温のでいいです。それが、私達が最後に口にするものになります。お願いします」夫らしい男が訴えかけるように言い、店主は無言で厨房端の一升瓶を取り、コップを置き、二人分の酒を注いだ。
壮年の夫婦は、コップの酒を前に項垂れているだけだった。
その夫婦を半ば避けるように、右端の椅子に座った雄大に、ラーメンは三分程度で提供された。彼の生まれるはるか前の時代から販売されていた、北海道の道都が商品名である即席麺の醤油味で、トッピングは葱とわかめ、煮卵だった。
それを有り難く頬に含み、食堂から胃に落とす雄大を、やまもとさとみ、と名乗った女は、カウンター前に掌を重ねて立ち、頼もしいものを見る目で見ていた。
壮年の夫婦は、ただ俯いて、コップに組まれた酒を口に運んでいた。
「ごちそう、さま、でした」食後挨拶を述べて、丼をカウンターに置いた雄大の手を、悟実の手がそっと引いた。
「行こう」手を引かれた雄大は、不本意が露骨に顔に出た腰付きで、回転椅子から立った。
「あの時、出来なかった、息子の通夜だと思っています」妻が言い、夫が声を震わせて咽び始めた。
その声を背に、雄大は悟実に引かれ、厨房奥の部屋に導き入れられた。
「姦りてえんだろ。面に書いてあるぜ」血濡れの青龍刀を提げた鹵が言った時、斎藤の目前では、まだ稚さを留める年齢域の女が、下と後ろから膣と肛門を男の性器に繋がれ、躰を前後に揺らしていた。
やがて、下から膣を貫き上げていた男の躰から力が抜け、それに乗じるように、肛門を犯していた男も体を震わせた。
男達の射精を受け、躰の繋ぎを解かれた稚い女は、蛙のように両脚を拡げたまま、畳に背中を着けた。
両眼の毛細血管を浮き出させた斎藤は、おもむろに、スラックスとブリーフを脱ぎ払い、勃起した陰茎を手に握り、女に歩を詰めた。
膣孔を露わにして仰臥している女の後ろの釈迦像前では、三人の男が、一人の女の口腔、膣、肛門を犯し、粘膜の音が一定のリズムを刻んでいる。
横たわる女にのしかかると思われた斎藤は、利き手に握った陰茎を擦り始めた。しゅう、しゅう、という喉鳴り混じりの呼吸を漏らし、しごき続けた陰茎から白濁が迸るまでの時間は、ものの一分程度だった。
「いつまでも汚えもん見せつけて突っ立ってんじゃねえ」言った鹵が、萎えていく陰茎を出したまま、虚ろな顔で立ち尽くす斎藤の前に回り込んで言い、青龍刀を振り上げた。斎藤の陰茎が、跳ねて飛び、畳の上に落ち、うおっという号が口から上がった。斎藤は畳の上に這った。股間を押さえながら、脚だけが畳を掻く動きを見せていた。畳が血を吸い、斎藤の声は、うえ、を連呼するものに変わった。
外からのコールと斎藤の呻きが響く中、男達は射精を終え、犯していた女達を投げ伏せた。女達は、釈迦像に見下ろされながら、引き裂かれた衣類、下着を辺りに散乱させ、それぞれ、乳房と陰毛を高い天井に向けた仰向けで倒れていたり、座り込んだ姿勢で項垂れていたり、這うようなうつ伏せになっていたりした。
一緒に固まっていた男達は、すでに全員が首と胴体が離れた死体となり、血の池に沈んでいた。
物資の運び出しは終わったようだった。やがて、点火された布片が方々に落とされ、銃器、刃類を提げた鹵らがピロティに向かって踵を返した時、炎は畳からカーテンに燃え移り始めていた。
犯された女達は、火柱に囲まれても、姿勢を変えることはなく、斎藤も血の股間を押さえて、両脚で床を掻いているだけだった。
女達は、この場でこのまま焼かれ、その躰が骨骸と化すことを受け入れているのだろう。
「雄大君には、夢とか目標はある?」褥の上で、両掌を雄大の掌に重ね、女上位で躰を結合させながら腰を揺する悟実が、顔の上から問うてきた。
心はそれを拒みながらも、肉体は確かな酒池の快感を得ている雄大は、返答に詰まるばかりだった。
粘膜の音に、カウンターから聞こえてくる嗚咽が重なる。
「私にはね、その夢と目標、一緒に叶えようって約束してる人がいるの」
雄大には、自分の上で、鳩乳房を揺らす悟実の打ち明けに、返す相槌は思い浮かばなかった。
自分の持つ目標は、誰かに語ることで周囲に流れた場合、それを為す前に、そのために在るも同じである命が脅かされる。夢、と問われたら、それも夢かもしれない。だが、きらきらした、希望へと繋がるような夢ではない。
「いろいろな面白いお話してくれるの。でも、その人と一緒に叶えようとしてる夢は、まだ誰にも話しちゃいけないの。話すと叶わなくなっちゃうから」
悟実は言い、はあ、と、歯の間から吐息を漏らした。彼女が上位となって繋がり、十分前後の時間を経て、雄大の分身部にも爆ぜのエクスタシーが走った。性を別にする者と、初めて肉体同士が繋がったことによる感慨は、特になかった。
そして、裸体になっても、二桁の数字が焼印された頸からマフラーを取ることはなかった。
また、悟実の語った夢、目標も、概要は不明だが、どのみち自分には関心外だった。
服を着て、褥の部屋を出ると、壮年夫婦がちょうど席を立ったところだった。
「お金、いくらですか?」「お食事の分だけで結構ですよ。今回は、初回無料キャンペーンとさせていただきます」店主は答え、雄大は食事分である「釘」銅貨一枚をカウンターに置いた。
「青酸カリのアンプルなら楽に逝けるんですが」嗚咽を収めた夫婦の夫が声を沈めて言い、隣の妻は、ただ深く顔を俯けている。
「あれは今、買い争いで手に入りづらくなっていて、とても手に入るものじゃありません。ですので、干潟に入るか、焼け残りのビルから飛び降りる、辺りを選ぼうかと思っています。それでは、お世話になりました。私達は行きます」夫婦は頭を下げて、カウンターに背を向け、引戸を開けた。
生きよ。誰一人として、それを強くは言えない世界。雄大とて、自分の生命は、隣に死を携えている。その行先も、老いを理由とすることのない散華。
「ありがとうございました」店主の声を背に、雄大は引戸を開けた。肩から振り返ると、黒スリップ姿の悟実が笑顔で手を振っていた。
「雄大君、また来てね」悟実の送り言葉に、雄大はその気なく頷いた。
壮年の夫婦は、肩を寄せ合うようにし、外灯が弱い光を照射する道を歩いている。その一帯には、人気も音も、鳴き声もなく、誰かの声もなかった。ナイロンジャンパーの傷んだ生地が、灯りを悲しく反射させている。
雄大は歩みを速め、二人を追った。
待って、という声に。まず夫が振り向いた。それに倣うようにして、妻も振り返り、雄大を見た。
「水に入るって、すごい、苦しい。飛び降りるって、すごい、怖い」言った雄大に、二人は一瞬、怪訝な目を向けた。
「何だ。じゃあ、お兄ちゃんが私達のことを楽にしてくれるの?」夫が体向きを後ろに直し、問い返した。
一帯には、雄大、壮年夫婦のもの以外の声も、音も立っていなかった。光は、貧弱な外灯のみだった。
宗教公社の教舗は、割れた窓から炎を噴き上げ、燃え盛っていた。一帯は橙色に染まっている。ハーレーダビッドソンに跨った鹵は、フォンを耳に当てていた。
「俺はてめえの命があるたったの一日でも、一分、コンマの時間も無駄にすることなく、日本鬼子を殺し続ける。一人も多くだ。日本人は、爺い、婆あ、女もガキも、みんな鬼子だ」「こっちに来たら、篠総業と組むのがいいよ。あそこで兵隊まとめてるのは朝鮮の人だから。英朋君の思ってることが、すごく早く叶うと思うよ」通話口からは、童調の残る、高い女の声が流れた。
「君がそう言うなら、間違いねえ」鹵は言い、炎に包まれた宗教公社をもう一度、背中ごと振り返り、憎悪の念を改め刺すように睨んだ。
通話を終わらせた鹵は、行くぞと手勢達に眼で命じ、ギアを蹴り、スロットルを絞った。ハーレーダビッドソンに率いられた数十台が、一斉に南へと移動を始めた。
壮年夫婦は雄大を、小さな神社へ案内した。建物が熱線と爆風を遮蔽したために焼失を免れた神社だが、紅漆塗の鳥居は、項垂れるように前へと傾いている。
石畳の上、小さな祠の前。夫婦は語った。旧私鉄沿いの地域に拠点を置くカルテルを現在率いている、ピラニアの顔をした男と、その手勢の男らに、当時二十代だった一人息子を遊び殺された。自分達の目の前で。デストラクションから三年目、のちに黒手と呼称されるようになる組織は、まだ活動拠点などが定まっておらず、入り乱れて抗争を繰り返していた。
銃声と蛮声、下卑た笑い声が遠くから響く中、辛うじて開いていた医院に、感染症で高熱を出した息子を車で連れて行く途中、車道の真中にぞろりと立っていた、刃物やバット、拳銃を提げた十数人の男達に包囲され、車を揺らされた。息子が病気で、これから医者に診せに行くから、通してくれと頼んだところ、鈍器類でガラスを割られて、三人で車から引きずり降ろされた。俺らで手術してやる、と、あのピラニアの顔をした男は言った。私達は三人で全裸にされ、躰を押さえつけられた。顔が発赤し、咳の止まらない息子は、尻を突き出す恰好に躰を組み敷かれ、やめてくれ、と叫ぶ私達の前で、奴らは柄付きの鉄の棒を、息子の肛門に突っ込み、出し入れを始めた。それを数十回繰り返してから、ピラニアは、息子の頭をアーミーブーツで何度も蹴った。私達は、息子の名を呼びながら泣き叫ぶことしか出来なかった。
男らが笑いを撒きながら、肩を揺すって去った時、息子は頭部を変形させ、すでに死んでいた。
因果応報というものが、あいつらに一矢を報いてくれるなら、それでいい。だが、あれから十年と少し経過した今も、あの男は、女を転がすカルテルの頭目として、贅を貪る暮らしを送っている。
「家内と一緒に、息子の所へ行かせてよ、お兄ちゃん」夫は言って、石畳の上に妻と二人で正座した。
太刀銘国宗が、雄大の頭上高くに振り上げられた。
やまもとに、一人の銅貨労働者風の男が入ってきた。
「いらっしゃいませ」カウンターの中央席に座った男に、まず悟実が接客挨拶を掛け、店主が同じ言葉を繋げた。
「ウイスキーのダブル。つまみは適当に見繕って。あと、打ち」「了解しました」店主が言い、バカラグラスに注いだストレートのオンザロック、サラミ、ポテトサラダをカウンターに置いた。その客の隣にちょこんと座る悟実の手には、忍ばせるように、粗製濫造のフォンが持たれていた。コンポからは、クラッシュの「白い暴動」が流れている。
まず夫を一瞬で逝かせるために、宙気を切って振り下ろされた刀身は、その頸の手前で止まった。
壮年の夫妻は、静かに瞑目し、廃墟の街の食堂で先しがた出会って間もない、見知らぬ若者の手で首を打たれ、生きながら地獄に身があるような生の時間に終了印を捺されることを待っていた。
雄大がその希望に応えなかった理由には、これまでのことへの後悔があったためだった。
半月前、橋の崩落した運河近くで、一組の父子と出会い、雑談をする中、邪悪なものに牛耳られたこの世界で、羅刹達の手で妻を凌辱の上に惨殺され、その挙句に自分は不具の躰にされ、安銅貨労働と公社の配給で、来る日も来る日も、恐怖と悲しみの中、まだ幼い子供と二人で糧を繋ぐ暮らしを送るその先に、希望と呼べるものが見つからず、この先の生などに意味を見出せない、という訴えを聞き、それなら僕が楽にしてあげる、という流れになった。
その父親を哀れに思う気持ちを覚え、その子供も、生きていくがために邪悪の道へと進む人生を振られるかもしれない将来を、自分の良心から摘んでやったつもりだった。
物理的距離を、少しでも明座に近づける目的を持って、この湊の街に来て、口入れ業者から紹介されて入り、隷働させられていたメディシン工場。そのオーナー、工場長、監視役の男を斬り捨てた際、同じく、今後の生にはもう希望がないから、自分達も、と拙い言葉で要請してきた、自分と同じくハンディキャップを抱える同僚達も、やはり良心から、その命を処理した。
つい今しがたも、同じ気持ちで、壮年夫婦の夫の首を断つべく、国宗を振り上げ、構えた。
それを寸でのところで止めた心的理由には、自分が執り行った、運河前とメディシン工場の二件は、結局は、黒手の者達がまさに生業とする、哀れな人達を害することの幇助ではなかったか、という思い質しが働いたことによるものだった。
静かな黙がしばし流れたのち、瞑られていた夫、妻の目が、そっと開けられた。
それから、また黙が流れた。
「やってくれないの?」夫が、先にその黙を破った。
「僕」雄大は国宗をぱちりと鞘に収め、重い言葉を搾り出した。
「僕、思ったんだ。今、おじさん、おばさん、ここで死んじゃったら、息子さん、喜ばないって」雄大が言い、夫妻は顔を斜め上げて彼を見た。
「世界が、こんなことに、なっちゃって、悪い、奴らのせいで、可哀想な、死に方、した、人、たくさん、いる。でも、僕達が、何が何でも、生きてくことで、その人達も、浮かばれる。だから、負けちゃ、駄目。おじさん、おばさん、ここで、死んじゃったら、あいつ、明座に、負けた、ことになる。あんな、人間の屑、糞野郎に、負けちゃ、駄目」
夫妻は、重大なことに気がついた顔で立ち上がった。
「僕も、あいつに、お父さん、殺されてる。あいつ、殺すまで、僕、死ねない」
雄大の打ち明けに、夫妻は目を見張った。
この旧市で勢力を二分する篠総業、明座商会の構成員達が、相次いで、玄人のやり方で殺されている。それを双方の仕業だとすることにより、今、二組織の全面戦争が始まりかけている。湊、旧私鉄沿いに棲む者達は、皆、それを察知し、恐怖に慄いている。
外灯の薄灯りにほんのりと照らされる夜の神社で、壮年の夫婦は、それが誰によって仕掛けられたものであるかを、今、雄大の口述によって完全に理解している。
「僕が、あいつ、倒す。だから」雄大は宣言し、脇に置いていた雑簔に、紅の袋に包んだ国宗を差した。
「その時、まで、おじさん、おばさん、生きて、下さい。その時、もう近い、から」雄大は、傾いた鳥居のほうへ踵を向けた。
「生きて」雄大は残し、鳥居を潜って神社を出た。
神社を離れ、音のない廃墟の道を歩き出した雄大に、感謝の念が届いていた。
次の目標はもう定まっている。これから日々寝る場所を確保した上で、襲撃、確実に命を奪う計画を立てなくてはならない。
雄大は肚を決めている。
門柱の前には、二人の男が、ともに真一文字に掻かれた頸部から血潮を湧き立たせて崩れ斃れているが、その前後には、竹刀と木刀が一本づつ落ちている。この二人の男は元より、これを持って立っていろと指示した者も、技術も持たない男二人が携えていたこの棒一本で、門柱表札にある、この宗教公社を守れると堅く信じていたらしい。
銅の釈迦如来像を挟むようにして、正装の老紳士と和服の媼の大号数近影写真が飾られた、広い経堂。その釈迦像に取り縋るようにして、数人の老若男女が身を寄せ合い、それを衛るように二人の男が立ち、それを詰めるように立つ、フライトジャケットに獣革パンツ、頸に巻いた雑布から顔を出した男と、その左右に控える同じ獣革ウエアの数人と向かい合っていた。フライトジャケットの男は背中から、片手で操作出来る大渡刀の柄を覗かせ、左右の男達は、それぞれ自動小銃を腰溜めにしていたり、短機関銃の銃口を床に向けて提げている。
「目的、理由を教えてくれませんか」左側に立つ中年域の男が、大渡刀を背中に差したフライトジャケットの若者に大陸語で訊ねた。
「言葉は大丈夫だ。日本語は普通以上に話せる。日本語で討論、交渉も出来る」若者、鹵は、全く訛りのない日本語で答えた。
「そうか。それなら良かった。話をしよう」「お前ら鬼子とは、談判など成立する余地はねえ」鹵は答え、背中から青龍刀をすらりと抜き、刃身を男の目の前にかざした。
「先も訊いたけど、君らがここに押し入って、会員を殺した理由と、こういう活動を続ける目的を教えてほしいんだ」
経堂の中にも、頸を掻き切られ、または腹部を割られて腸を露出させられた死体が転げている。
外からのコールは、その支部の壁を叩き、窓枠を震わせるように響き続けている。
「俺達がここに来た目的は、およそ百年前の、お前らの近い先祖の言葉で言うところの、徴発、だ。つまり、略奪さ。海外の公社がここに送った物資をいただくのと、それにここの日本姑娘に俺達の慰安をしてもらうためだよ」
釈迦像前の女達の顔に覚悟が籠った。
「復讐か」「そうだ」「名前は。私は斎藤だ」「俺は、鹵英朋だ」「鹵君か。覚えておくよ」もう一人の男が言い、前に進み出た。
「僕は内堀です」進み出た男が名乗り、引き攣りを苦しく直した笑顔を作った。
「事実上、日本最後の内閣となった是政新党政権の時に、日本人が君らの同胞に対して行った仕打ちの復讐だよね。だけどね、よく聞いてほしいんだ。古代のインドに、王である父を謀殺された王子がいたんだ。だけど、その王子は、争いが起こって庶民が苦しむことを回避するために、父親を殺したその政敵を赦したんだよ。これを、忍従の心っていうんだ。これさえあれば、戦争も暴力もこの世から根絶することが出来るっていう信念を持って、僕達は、あの十五年前の仏試のあとも、こうして活動を続けてるんだ。あの時、日本人が君達にやったことは、確かに酷かった。だけど今、こうして出逢えて、話が出来たことは本当に良かった。いつか機会があれば、君らとはまた他の、黒手って言われる人達とも話が出来たらな、と思う。どんな人にも、仏権っていうものがあるんだ。これは、この世界に生きる人全てが漏れなく持ってる、仏様になる権利のことなんだよ。どんな人の心にも、仏様がいるんだよ」
鹵の口許に微かに浮いた嘲笑に、内堀と名乗った男は気づいていないと見えた。
「だから、もし君が日本人への復讐の心をまだ捨てられずにいるなら、日本人への怒りで心がいっぱいになった時は、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経って、口の中でお題目を唱えてごらん。そうすれば、不思議なことに、怒りがすーっと収まるよ」
鹵の脳裏に、一枚の絵のような記憶が蘇っていた。ダブル・デストラクションの二年前。その冬の夜。
てめえらみてえな便所服は、日本に棲むな。その一団のリーダー格の男は言って、痰をせせり、父の亡骸に吐きかけた。
「さあ、一緒ご供儀しよう。その刀をお数珠に持ち替えて、僕達と一緒に、仏様の道を歩み出そうよ」蒼褪めた引き攣りの中に懸命な笑いを作った内堀の頭部が、さくり、という音とともに、畳の上に落ちたのは、その時だった。
女達の表情は変わらなかった。盛大な悲鳴を上げた者らは、老若の男だった。
内堀の首の顔は無表情で、残された躰は、切断面から噴出する血で足許の畳を汚し、踵を滑らせて仰臥した。
「女を犯せ」鹵は、血を滴らせる青龍刀を持ち、左右の部下達に命を発した。その時になり、斎藤の顔が悲しく弛緩し、目鼻から、同じ塩質のものを流し始めた。スラックスの股間からは、尿滴が落ちた。
「百年前の三光作戦をそっくり返すように、嬲るように犯せ」鹵が命令を足し、釈迦像前の女達に、獣革ウエアの男達が踊りかかった。
釈迦像の前で、三人の若い女のセーターがたくし上げられ、下着が剥かれ、乳房、陰毛、膣孔までが露わになった。それでも女達が抵抗する様子はなかった。
皆、悲愴な覚悟を表情に刻んでいた。その中で、男達は、悲しげな顔をしながらも、隣であからさまになった裸の躰に、欲望を含んだ眼差しを送っていた。
一人の女が四つ這いにされ、膣と肛門、口腔で、鹵の配下の陰茎を受けていた。もう一人の女は、畳みに寝かされ、髪を掴まれて、口に陰茎を押し込まれ、乳房と性器を手で玩ばれている。もう一人の女は、躰を海老のように畳まれ、肛門に指を挿入されている。
悲鳴は聞こえない。
残りの配下達は、水、食糧の入った段ボールを運び出す作業を行っている。
「助けて! 殺さないで! 何でもするから!」跪いた斎藤が、鹵の脚に縋り、泣きながら懇願した。鹵は斎藤の躰を蹴り倒し、「終わったら適当に火を放て」という大陸語の命を配下達に発した。
雄大は、街道沿いの丘地に、酒、飯、やまもと、という屋号が据えつけ照明に照らされる店を見つけ、足を止めた。首にマフラーを巻いた彼が背負う大雑簔の端からは、袋に包まれた棒状物の柄が突き出している。
護身用。勢力の人間が番を掛けてきた時には、こう答えるつもりでいる。取り上げられそうになる場合は、野、山、だ。
今の時点では、鼓動と呼吸のある生を刻みつつ、行動する拠点を、この旧市から移動することは出来ない。袋の中の銅貨も、限られている。最悪は、犬を斬り殺して食う覚悟も持っている。だが、今日だけでも、比較的まともな飯が食いたい。
引戸を開けると、立てたモヒカンの髪をし、片耳に安全ピンを刺した初老の店主が、カウンターの中から、いらっしゃい、と声を掛けてきた。隅のコンポからは、怒涛のようなギターリフに叫び声の英語ボーカルが載る、雄大には、一応、ロックである程度の認識の曲が流れている。英語歌詞は分からないが、曲調を聴く限りでは、穏やかなことは歌われていないのだろう。
「今日は、ラーメンとハンバーグが出来ますが」店主が言い、決めかねた雄大の答えが詰まった。
「それとも、お酒ですか」「いや、ご飯、です。ラーメン、下さい」「分かりました。前代の民間防災施設の備蓄品流れで、お味は保証出来ませんが、すぐにお作りします」短いやり取りが交わされた時、カウンター奥の襖が、そろ、と開き、肩口までの髪、睫毛の長い、瞳の大きな目をした女の顔半分が覗いた。それだけで、だいぶ小さな身丈の女で、そして、その身の丈、顔の感じに、雄大は、この女が自分と医学的分類上の発達具合を同じくする人間だと察した。
前代なら、療育手帳が交付される人。雄大もそれを持っていたが、デストラクションで焼失した。だが、世界中の政府機関が壊滅し、自転の止まった世界では、そんなものは持っていたところで、それこそ、排便後の尻を拭く紙の代わりにもなりはしないのだ。
「打てますよ。もし、お兄さんが良ければ、お食事のあとにでも」店主が言いばな、襖が全開になり、黒のスリップ一枚を着た女の姿が現れた。
女は、カウンターの中からとことこと雄大の前に歩み出て、顔を下から見上げて満面の笑みを見せ、正面から、自分の手を彼の手に重ね合わせた。互いの指が、指の股に絡んだ。
「ねえ、遊べる?」生まれ立ての仔猫を思わせる声で言った女が見せているものは、まさに生まれの不利を背負っているからこそ醸し出すことの出来る、天性の媚態、と呼ぶべきものか。語彙を成さない考察が、雄大の思考に巡った。
男女間のそういった行為は自分は嫌だと、粉うことなく、雄大の心は呟いていた。だが、彼の肉体は、性別を持つが故の生理が確かに働き始めていた。
「ねえ、お名前は?」「僕、雄大」名を訊ねてきた女に、雄大は戸惑いながら答え、女は躰を寄せてきて、鳩の胸で彼の胸を押しながら、私は山本悟実、と名乗った。
その時、引戸が弱い力加減で開かれ、一組の男女が入ってきた。ともに初老域にあるその男女は、並んで回転椅子に座った。
「お酒を下さい。常温のでいいです。それが、私達が最後に口にするものになります。お願いします」夫らしい男が訴えかけるように言い、店主は無言で厨房端の一升瓶を取り、コップを置き、二人分の酒を注いだ。
壮年の夫婦は、コップの酒を前に項垂れているだけだった。
その夫婦を半ば避けるように、右端の椅子に座った雄大に、ラーメンは三分程度で提供された。彼の生まれるはるか前の時代から販売されていた、北海道の道都が商品名である即席麺の醤油味で、トッピングは葱とわかめ、煮卵だった。
それを有り難く頬に含み、食堂から胃に落とす雄大を、やまもとさとみ、と名乗った女は、カウンター前に掌を重ねて立ち、頼もしいものを見る目で見ていた。
壮年の夫婦は、ただ俯いて、コップに組まれた酒を口に運んでいた。
「ごちそう、さま、でした」食後挨拶を述べて、丼をカウンターに置いた雄大の手を、悟実の手がそっと引いた。
「行こう」手を引かれた雄大は、不本意が露骨に顔に出た腰付きで、回転椅子から立った。
「あの時、出来なかった、息子の通夜だと思っています」妻が言い、夫が声を震わせて咽び始めた。
その声を背に、雄大は悟実に引かれ、厨房奥の部屋に導き入れられた。
「姦りてえんだろ。面に書いてあるぜ」血濡れの青龍刀を提げた鹵が言った時、斎藤の目前では、まだ稚さを留める年齢域の女が、下と後ろから膣と肛門を男の性器に繋がれ、躰を前後に揺らしていた。
やがて、下から膣を貫き上げていた男の躰から力が抜け、それに乗じるように、肛門を犯していた男も体を震わせた。
男達の射精を受け、躰の繋ぎを解かれた稚い女は、蛙のように両脚を拡げたまま、畳に背中を着けた。
両眼の毛細血管を浮き出させた斎藤は、おもむろに、スラックスとブリーフを脱ぎ払い、勃起した陰茎を手に握り、女に歩を詰めた。
膣孔を露わにして仰臥している女の後ろの釈迦像前では、三人の男が、一人の女の口腔、膣、肛門を犯し、粘膜の音が一定のリズムを刻んでいる。
横たわる女にのしかかると思われた斎藤は、利き手に握った陰茎を擦り始めた。しゅう、しゅう、という喉鳴り混じりの呼吸を漏らし、しごき続けた陰茎から白濁が迸るまでの時間は、ものの一分程度だった。
「いつまでも汚えもん見せつけて突っ立ってんじゃねえ」言った鹵が、萎えていく陰茎を出したまま、虚ろな顔で立ち尽くす斎藤の前に回り込んで言い、青龍刀を振り上げた。斎藤の陰茎が、跳ねて飛び、畳の上に落ち、うおっという号が口から上がった。斎藤は畳の上に這った。股間を押さえながら、脚だけが畳を掻く動きを見せていた。畳が血を吸い、斎藤の声は、うえ、を連呼するものに変わった。
外からのコールと斎藤の呻きが響く中、男達は射精を終え、犯していた女達を投げ伏せた。女達は、釈迦像に見下ろされながら、引き裂かれた衣類、下着を辺りに散乱させ、それぞれ、乳房と陰毛を高い天井に向けた仰向けで倒れていたり、座り込んだ姿勢で項垂れていたり、這うようなうつ伏せになっていたりした。
一緒に固まっていた男達は、すでに全員が首と胴体が離れた死体となり、血の池に沈んでいた。
物資の運び出しは終わったようだった。やがて、点火された布片が方々に落とされ、銃器、刃類を提げた鹵らがピロティに向かって踵を返した時、炎は畳からカーテンに燃え移り始めていた。
犯された女達は、火柱に囲まれても、姿勢を変えることはなく、斎藤も血の股間を押さえて、両脚で床を掻いているだけだった。
女達は、この場でこのまま焼かれ、その躰が骨骸と化すことを受け入れているのだろう。
「雄大君には、夢とか目標はある?」褥の上で、両掌を雄大の掌に重ね、女上位で躰を結合させながら腰を揺する悟実が、顔の上から問うてきた。
心はそれを拒みながらも、肉体は確かな酒池の快感を得ている雄大は、返答に詰まるばかりだった。
粘膜の音に、カウンターから聞こえてくる嗚咽が重なる。
「私にはね、その夢と目標、一緒に叶えようって約束してる人がいるの」
雄大には、自分の上で、鳩乳房を揺らす悟実の打ち明けに、返す相槌は思い浮かばなかった。
自分の持つ目標は、誰かに語ることで周囲に流れた場合、それを為す前に、そのために在るも同じである命が脅かされる。夢、と問われたら、それも夢かもしれない。だが、きらきらした、希望へと繋がるような夢ではない。
「いろいろな面白いお話してくれるの。でも、その人と一緒に叶えようとしてる夢は、まだ誰にも話しちゃいけないの。話すと叶わなくなっちゃうから」
悟実は言い、はあ、と、歯の間から吐息を漏らした。彼女が上位となって繋がり、十分前後の時間を経て、雄大の分身部にも爆ぜのエクスタシーが走った。性を別にする者と、初めて肉体同士が繋がったことによる感慨は、特になかった。
そして、裸体になっても、二桁の数字が焼印された頸からマフラーを取ることはなかった。
また、悟実の語った夢、目標も、概要は不明だが、どのみち自分には関心外だった。
服を着て、褥の部屋を出ると、壮年夫婦がちょうど席を立ったところだった。
「お金、いくらですか?」「お食事の分だけで結構ですよ。今回は、初回無料キャンペーンとさせていただきます」店主は答え、雄大は食事分である「釘」銅貨一枚をカウンターに置いた。
「青酸カリのアンプルなら楽に逝けるんですが」嗚咽を収めた夫婦の夫が声を沈めて言い、隣の妻は、ただ深く顔を俯けている。
「あれは今、買い争いで手に入りづらくなっていて、とても手に入るものじゃありません。ですので、干潟に入るか、焼け残りのビルから飛び降りる、辺りを選ぼうかと思っています。それでは、お世話になりました。私達は行きます」夫婦は頭を下げて、カウンターに背を向け、引戸を開けた。
生きよ。誰一人として、それを強くは言えない世界。雄大とて、自分の生命は、隣に死を携えている。その行先も、老いを理由とすることのない散華。
「ありがとうございました」店主の声を背に、雄大は引戸を開けた。肩から振り返ると、黒スリップ姿の悟実が笑顔で手を振っていた。
「雄大君、また来てね」悟実の送り言葉に、雄大はその気なく頷いた。
壮年の夫婦は、肩を寄せ合うようにし、外灯が弱い光を照射する道を歩いている。その一帯には、人気も音も、鳴き声もなく、誰かの声もなかった。ナイロンジャンパーの傷んだ生地が、灯りを悲しく反射させている。
雄大は歩みを速め、二人を追った。
待って、という声に。まず夫が振り向いた。それに倣うようにして、妻も振り返り、雄大を見た。
「水に入るって、すごい、苦しい。飛び降りるって、すごい、怖い」言った雄大に、二人は一瞬、怪訝な目を向けた。
「何だ。じゃあ、お兄ちゃんが私達のことを楽にしてくれるの?」夫が体向きを後ろに直し、問い返した。
一帯には、雄大、壮年夫婦のもの以外の声も、音も立っていなかった。光は、貧弱な外灯のみだった。
宗教公社の教舗は、割れた窓から炎を噴き上げ、燃え盛っていた。一帯は橙色に染まっている。ハーレーダビッドソンに跨った鹵は、フォンを耳に当てていた。
「俺はてめえの命があるたったの一日でも、一分、コンマの時間も無駄にすることなく、日本鬼子を殺し続ける。一人も多くだ。日本人は、爺い、婆あ、女もガキも、みんな鬼子だ」「こっちに来たら、篠総業と組むのがいいよ。あそこで兵隊まとめてるのは朝鮮の人だから。英朋君の思ってることが、すごく早く叶うと思うよ」通話口からは、童調の残る、高い女の声が流れた。
「君がそう言うなら、間違いねえ」鹵は言い、炎に包まれた宗教公社をもう一度、背中ごと振り返り、憎悪の念を改め刺すように睨んだ。
通話を終わらせた鹵は、行くぞと手勢達に眼で命じ、ギアを蹴り、スロットルを絞った。ハーレーダビッドソンに率いられた数十台が、一斉に南へと移動を始めた。
壮年夫婦は雄大を、小さな神社へ案内した。建物が熱線と爆風を遮蔽したために焼失を免れた神社だが、紅漆塗の鳥居は、項垂れるように前へと傾いている。
石畳の上、小さな祠の前。夫婦は語った。旧私鉄沿いの地域に拠点を置くカルテルを現在率いている、ピラニアの顔をした男と、その手勢の男らに、当時二十代だった一人息子を遊び殺された。自分達の目の前で。デストラクションから三年目、のちに黒手と呼称されるようになる組織は、まだ活動拠点などが定まっておらず、入り乱れて抗争を繰り返していた。
銃声と蛮声、下卑た笑い声が遠くから響く中、辛うじて開いていた医院に、感染症で高熱を出した息子を車で連れて行く途中、車道の真中にぞろりと立っていた、刃物やバット、拳銃を提げた十数人の男達に包囲され、車を揺らされた。息子が病気で、これから医者に診せに行くから、通してくれと頼んだところ、鈍器類でガラスを割られて、三人で車から引きずり降ろされた。俺らで手術してやる、と、あのピラニアの顔をした男は言った。私達は三人で全裸にされ、躰を押さえつけられた。顔が発赤し、咳の止まらない息子は、尻を突き出す恰好に躰を組み敷かれ、やめてくれ、と叫ぶ私達の前で、奴らは柄付きの鉄の棒を、息子の肛門に突っ込み、出し入れを始めた。それを数十回繰り返してから、ピラニアは、息子の頭をアーミーブーツで何度も蹴った。私達は、息子の名を呼びながら泣き叫ぶことしか出来なかった。
男らが笑いを撒きながら、肩を揺すって去った時、息子は頭部を変形させ、すでに死んでいた。
因果応報というものが、あいつらに一矢を報いてくれるなら、それでいい。だが、あれから十年と少し経過した今も、あの男は、女を転がすカルテルの頭目として、贅を貪る暮らしを送っている。
「家内と一緒に、息子の所へ行かせてよ、お兄ちゃん」夫は言って、石畳の上に妻と二人で正座した。
太刀銘国宗が、雄大の頭上高くに振り上げられた。
やまもとに、一人の銅貨労働者風の男が入ってきた。
「いらっしゃいませ」カウンターの中央席に座った男に、まず悟実が接客挨拶を掛け、店主が同じ言葉を繋げた。
「ウイスキーのダブル。つまみは適当に見繕って。あと、打ち」「了解しました」店主が言い、バカラグラスに注いだストレートのオンザロック、サラミ、ポテトサラダをカウンターに置いた。その客の隣にちょこんと座る悟実の手には、忍ばせるように、粗製濫造のフォンが持たれていた。コンポからは、クラッシュの「白い暴動」が流れている。
まず夫を一瞬で逝かせるために、宙気を切って振り下ろされた刀身は、その頸の手前で止まった。
壮年の夫妻は、静かに瞑目し、廃墟の街の食堂で先しがた出会って間もない、見知らぬ若者の手で首を打たれ、生きながら地獄に身があるような生の時間に終了印を捺されることを待っていた。
雄大がその希望に応えなかった理由には、これまでのことへの後悔があったためだった。
半月前、橋の崩落した運河近くで、一組の父子と出会い、雑談をする中、邪悪なものに牛耳られたこの世界で、羅刹達の手で妻を凌辱の上に惨殺され、その挙句に自分は不具の躰にされ、安銅貨労働と公社の配給で、来る日も来る日も、恐怖と悲しみの中、まだ幼い子供と二人で糧を繋ぐ暮らしを送るその先に、希望と呼べるものが見つからず、この先の生などに意味を見出せない、という訴えを聞き、それなら僕が楽にしてあげる、という流れになった。
その父親を哀れに思う気持ちを覚え、その子供も、生きていくがために邪悪の道へと進む人生を振られるかもしれない将来を、自分の良心から摘んでやったつもりだった。
物理的距離を、少しでも明座に近づける目的を持って、この湊の街に来て、口入れ業者から紹介されて入り、隷働させられていたメディシン工場。そのオーナー、工場長、監視役の男を斬り捨てた際、同じく、今後の生にはもう希望がないから、自分達も、と拙い言葉で要請してきた、自分と同じくハンディキャップを抱える同僚達も、やはり良心から、その命を処理した。
つい今しがたも、同じ気持ちで、壮年夫婦の夫の首を断つべく、国宗を振り上げ、構えた。
それを寸でのところで止めた心的理由には、自分が執り行った、運河前とメディシン工場の二件は、結局は、黒手の者達がまさに生業とする、哀れな人達を害することの幇助ではなかったか、という思い質しが働いたことによるものだった。
静かな黙がしばし流れたのち、瞑られていた夫、妻の目が、そっと開けられた。
それから、また黙が流れた。
「やってくれないの?」夫が、先にその黙を破った。
「僕」雄大は国宗をぱちりと鞘に収め、重い言葉を搾り出した。
「僕、思ったんだ。今、おじさん、おばさん、ここで死んじゃったら、息子さん、喜ばないって」雄大が言い、夫妻は顔を斜め上げて彼を見た。
「世界が、こんなことに、なっちゃって、悪い、奴らのせいで、可哀想な、死に方、した、人、たくさん、いる。でも、僕達が、何が何でも、生きてくことで、その人達も、浮かばれる。だから、負けちゃ、駄目。おじさん、おばさん、ここで、死んじゃったら、あいつ、明座に、負けた、ことになる。あんな、人間の屑、糞野郎に、負けちゃ、駄目」
夫妻は、重大なことに気がついた顔で立ち上がった。
「僕も、あいつに、お父さん、殺されてる。あいつ、殺すまで、僕、死ねない」
雄大の打ち明けに、夫妻は目を見張った。
この旧市で勢力を二分する篠総業、明座商会の構成員達が、相次いで、玄人のやり方で殺されている。それを双方の仕業だとすることにより、今、二組織の全面戦争が始まりかけている。湊、旧私鉄沿いに棲む者達は、皆、それを察知し、恐怖に慄いている。
外灯の薄灯りにほんのりと照らされる夜の神社で、壮年の夫婦は、それが誰によって仕掛けられたものであるかを、今、雄大の口述によって完全に理解している。
「僕が、あいつ、倒す。だから」雄大は宣言し、脇に置いていた雑簔に、紅の袋に包んだ国宗を差した。
「その時、まで、おじさん、おばさん、生きて、下さい。その時、もう近い、から」雄大は、傾いた鳥居のほうへ踵を向けた。
「生きて」雄大は残し、鳥居を潜って神社を出た。
神社を離れ、音のない廃墟の道を歩き出した雄大に、感謝の念が届いていた。
次の目標はもう定まっている。これから日々寝る場所を確保した上で、襲撃、確実に命を奪う計画を立てなくてはならない。
雄大は肚を決めている。
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