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三章

魔女、穴を掘る

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 私はすっかり閉口していた。
 さびれた砦の道具屋に薬を求めてひっきりなしに客が訪れてくる。

 道具屋の主ペトロナは確かに約束を守って錬金術の実験室を与えてくれた。
 道具屋の奥にある部屋と鍛冶場をくっつけた広い部屋だ。鍛冶もできれば薬品の実験もできる。寝たり食事したりする場所も用意してある。
 悪い場所じゃないよ? 頻繁なノックさえなければ。

 奇跡の薬を作った錬金術士に会いたいとか、他の病気も見てほしいとか、家族が骨を折ったから接いでくれとか、あまつさえ人を集めて大儲けしようとか本当に勘弁。

 ペトロナに頼んで、人を取り次いでくるのは止めてもらった。さすがにアブリルは除いて。
 それでも私目当ての客は引きも切らず、ペトロナがお断りしても、なかなか諦めて帰ってはくれない。

 ちなみにペトロナは私への対応がすっかりひっくり返って、今は先生扱いだ。食事も三食出してくれるし、おかずも付いてくる。勘定はきっちりしてるけど。

 さて、問題は錬金術の材料が切れたってことだった。
 希少金属の素材をナバリア島まで取りに行きたい。
 島までの道をてくてく歩いていくのもきついし、かといって飛龍に変身して飛んでったらアブリルに狙撃される。

 私はこっそり部屋から穴を掘り始めた。
 砦からナバリア島まで地下道を通って行こうという算段だ。
 飛龍に変身し、焔を噴いたり爪で削ったりして床から掘り抜いていくんだけど、思ったよりも難しい。

 まず音がうるさい。いくらペトロナが優しくなったからって、砦中に響き渡るような音を立てるのはまずい。音を消すような魔法は無いし、もしあったとしても私には使えないから、代わりにできるだけそっと削る。

 出てきた土や石は海に流すことにしたんだけど量が多いとごまかしにくい。これは海につながるトンネルを先に掘ることで一応解決した。

 最後は穴を隠す方法。
 ベッドを上に置いてみたら穴の方が大きかった。それに穴から風のような音が響く。
 仕方ないから穴の上に大きな錬金炉を作った。
 普段は炉の蓋を閉めておくし、錬金術では深い穴を使うんだとか言ったらアブリルも信じた。
 ちょっと胸が痛んだけど、広い意味では嘘じゃないし。

 あ、問題はもう一つあった。
 ナバリア島までは意外と遠い。浸水しないように深く穴を掘っていったこともあって、なかなか島までたどり着かない。これはもうがんばるしかないか。

 そんなこんなで今日も引きこもりらしく穴掘り生活にまい進していた。

 扉が激しくノックされている。なにやら聖騎士アブリルが叫んでいるようだ。
 穴の中に入っていると、いくら飛龍の感覚が鋭いからって気づきにくい。
 遠くから聞こえてくる音はえらく激しい勢いだ。何かあったのかと急いで穴から出て飛龍の変身を解く。
 また扉を蹴り破って入ってこられるとまずい。

「シュガ姉! ナバリア島が大変なことになっている! 早く見に来て!」
 アブリルが扉の向こうで叫んでいる。

「わかったから、着替えてるから、入ってこないでよ!」
 聖騎士ともあろう者がもうちょっと落ち着いてほしいよね。
 
 私は何枚もの服を着終わった。ちなみにかなり暑い。
 扉を開けるとアブリルが血相を変えている。
 手を引かれて私は砦の上、塔の屋上へ。

「そんなに慌てるようなことなんてーー」
 私はナバリア島を見て、
「あるね」

 ナバリア島には海岸から細い岩橋が通じている。岩橋と島がつながっているあたりに、これまで見たこともない物が存在している。

 白い岩に茶色い岩、いろんな岩と、金色に銀色に鉄色、白色などの結晶を大ざっぱに寄せ集めたような細長く高い建造物らしきもの。塔というべきだろうか。塔の上には大きな透明水晶がはめ込まれている。
 高さはこの砦ぐらいかな。
 よく見ると塔はゆっくり伸びている。生き物のように成長しているのだ。
 さらに塔はこれだけではないようだ。密林のあちこちから似たような物が突き出している。

 不気味だ。悪意を感じる。
 こんな感じのものについて、何かで読んだことがあるような。
 私は記憶の中から本を探して、ぱらぱらとめくっていく。
 確か翻訳物の本で、「構造図解クグツ」だったかな……

「あれは…… たぶん呪眼塔…… 対象の生命を吸収して稼働する、機械仕掛けのアンデッド」
 私は言葉を漏らす。

「古き龍の仕業なのか!?」
「呪眼塔は錬金術仕掛けの建物で、創造者の命令がなければ動かない。古き龍かどうかは分からないけど誰かが命令しているのは確かね」

 屋上に村長も上がってきた。
 老いた足で階段を上がってくるのはきつかったようでよろよろしていたが、塔を見るとそのまま倒れそうになった。アブリルが支える。

「悪夢じゃ……! 五十年前の悪夢がまた……!」
 村長はうめく。

「悪夢? 五十年前に何があったの?」
 アブリルに問われて、村長はぽつぽつと語り出す。

「島に入ることは禁じられておる。古き龍…… かつてこの地を支配していた龍魔女王エウリック=ナバリアに呪われてしまうからじゃ。じゃが、五十年前…… ナバリアの宝を狙った強欲な冒険者共が集まってきたのじゃ……」
 村長は説明する。
 どこからか島の話を聞きつけて宝探しにやってきた冒険者たちは、砦村を拠点にしてナバリア島に乗り込んでいった。
 村人は止めようとしたが、荒くれた冒険者たちは剣で村人を脅し、乱暴まで働いた。
 島から宝石や鉱石が見つかったとかで景気の良い話が広まり、さらに冒険者が集まってきて砦村は大変な騒ぎになった。
 島から戻ってこない者もいたが、欲深な冒険者たちはそんなことを気にしなかった。

 そしてある日。島にあの一ツ眼の塔が現れた。
 如何なる魔法か、塔に近づいた者は闇に打たれて死んだ。
 それだけではなかった。死んだ者たちは起き上がり、魔物となって、生きた冒険者たちに襲いかかってきたのだ。倒された冒険者もまた魔物の列に加わった。
 今までに島で死んだ全ての者たちが魔物の群れとなり、遂には島からあふれて砦村に押し寄せてきた。

 大事件とあって地方領主の軍隊も派遣されてきたが、その兵士たちも魔物の群れに加わる結果となった。
 砦はとうとう破られ、魔物たちは村に広がっていった。
 だが島から離れた魔物たちにはもはや蘇る力や仲間を増やす力がなかった。
 多くの兵士や村人を犠牲にしながら魔物は狩られていき、遂に滅び去ったのだった。
 人々が島に上陸しなくなると、塔もいつの間にか崩れて消えていた。

 魔物の黒い血が流れた土地は呪われ、作物は育たなくなり、今も畑からはわずかな収穫しか得られない。
 魔法の恐ろしさを知った人々は魔法を嫌うようになった。
 砦には兵士が駐屯して魔物の再来に備えていたが、時は流れて島の出来事も忘れ去られ、もはや兵士も一人しか残っていない。

 だが龍が再び現れて島に降り立った。また龍の呪いが始まろうとしている。
 あの一ツ眼の塔はその現れなのだ……

「なるほど…… 僕が上陸して古き龍を怒らせたのかも……」
 アブリルは申し訳なさそうな顔をする。
「でも責任は取るよ。龍は僕が必ず倒す!」
 切り替えが早いね。でも龍を狙うのは止めてくれないかな。

 呪眼塔の近くを鳥の群れが飛んでいる。
 塔の最上部に据えられた水晶に目玉が浮かび上がる。呪眼だ。
 呪眼は鳥をにらむ。呪眼から黒い線が伸びて鳥を貫き、鳥はたちまち落ちる。
 鳥の群れは次々に黒い線を受けてとうとう一羽残らず落ちてしまった。

 私の額を冷や汗が流れる。
 この呪眼塔が現れたのって、私が島に降りたのがきっかけだよね。つまり、私のせい。
 でもピンチはチャンスだっていうよね!
 あの呪眼塔、見るからに希少金属の塊。壊すことができれば宝の山だ。
 こんな考え方って悪いかな。でも私が目指すのは悪い魔女なのだ。

「あの塔は危なすぎる。壊しちゃおうよ、アブリル」
 アブリルは目を輝かせる。
「シュガ姉はいつもみんなのことを考えてるんだね。よし、やろうよ!」
 え、いや、私のためなんだけど。

 その時、妙なものが見えた。
「あれ? 塔の上に誰かいない……?」
「人……?」
 アブリルと顔を見合わせる。

 人影らしきものはすぐに見えなくなってしまった。
 二人そろってみたのだから幻ではないはず。
 まさか、今のが呪眼塔を作った古き龍魔女王とか……?
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みんなの感想(1件)

底に
2021.08.03 底に

ルビの使い方が上手ですね!私も最近投稿始めたので勉強になります!頑張ってください!

モトシモダ
2021.08.05 モトシモダ

ご感想ありがとうございます!

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