大好物はお兄ちゃん

モト

文字の大きさ
2 / 9
プロローグ

プロローグ 2

しおりを挟む
 白いブラウスに細いリボンをつけてハイウェストのスカートをはいた美夜の姿は、いわゆるなんとかを殺す服装というやつか。
「美夜、お前、そんな服持ってなかったよな」
 俺の詰問に美夜は小首を傾げて、
「通販。こういう服を着ればお兄ちゃんみたいな人を殺せるって聞いた」
「お金はどうしたんだ」
「お兄ちゃんのクレカ」
「俺のクレカを勝手に使うな! それと殺すな!」

 確かに土で汚れてはいるものの、美夜の格好はかわいらしく目を引くかもしれない。思わずどきりとしてしまい、目を引かれたことも否定はできない。だが義兄としてそんなものに殺されるわけにはいかないのだ。

 それに見た目は華奢な少女だが中身はかわいいなんてものじゃない。この細腕と細足で天井に張り付いていたのだ。人間の常識は通用しない。

「そういうものを食べるのは止めろ。汚いし消化に悪い」
 俺の注意も聞かず、美夜は布地をごくりと飲み込んだ。
 全く、こんなこともあろうかと服は清潔な洗濯を心がけてはいるものの、また異物を食べさせてしまうだなんて。
 
「お兄ちゃん、おいしいんだもん」
 そう言いながら美夜は赤い舌でピンク色の唇をぬらりと舐める。その姿は艶めいて、人ならざる者の美しさだ。

 ヴァンパイアとは血を吸うものだとばかり思っていたが、どうしたことか、美夜は服だろうが本だろうが俺の物をぺろりと平らげてしまって俺は頭が痛い。
 それにしても俺が着ている服なんぞを義妹に食べさせるのは気が引ける。だいたいなんでそんなゲテモノを食べたがるのか。
 もっと大きな問題は俺自身を食べようとすることだが。

 美夜は俺を上から下までおいしそうに眺めながら、とことこと自然な調子で寄ってきた。
「ねえ、お腹減った。お兄ちゃん、もう食べていい?」
 言うや、飛びかかってくる。

 動きを読んでいた俺は素早くかわす。
 お腹をすかせた美夜の動きは鈍くて助かる。
「俺はご飯じゃない!」
 ああ、どうしてこんなことになってしまったんだ……

 我が義妹の美夜は不幸な事故に会い、アンデッドと化した。アンデッドは肉体が死んだ状態でも活動できる魔法術式生物、いわゆる魔物の一種であり、かつては鬼とも呼ばれていた。
 アンデッドにもいろいろ種類があって、美夜を担当した医者によると美夜にはいくつかの因子が発現しかけているらしい。
 最も強く発現しているヴァンパイア因子は人類の血を吸って自らの魔力に変えることができ、様々な能力を行使するんだとか。

 現代科学におけるヴァンパイアの分類は、ヒト科、ヒト魔族、ヴァンパイア属。社会の授業で習ったところだと、この国では平等の理念に基づいてヴァンパイアも人間という扱いになっている。

 冒険者時代のヴァンパイアは人類の強敵だったそうだ。それが今やすっかり数を減らしてレッドリスト入りの絶滅危惧種I類、絶滅の危機に瀕しているらしい。

 美夜が血を吸おうとするのは俺だけで、今のところ俺は血を吸われていない。血を吸ったことがないから因子を完全発現できなくて、美夜はまだ半人前のハーフヴァンパイアだ。もしかしたらまだ人間に戻せるかもしれないと俺は日々努力している。
 義妹から血を吸われたあげく下僕のアンデッドにされて、魂まで支配されてしまうのは断じてお断りだ。

 その美夜はまだ俺を諦めきれないのか、じりじりと迫ってくる。上半身が強調される服を着て、胸を突き出してくるのはあざとい手口だ。俺もつい目がいきそうになるが相手は義妹。

「ねえ、似合うでしょ?」
 美夜はくるりと回ってみせる。
 スカートがひるがえって、ちらちらと白いものが覗く。見せ下着というやつだろうか。
 反射的に目がいきかけるのを制する。美夜が回ると服についていた土が周囲に飛び散ってリビングが大変な有様になっていく。そちらの方が問題だ。

「ああ、似合ってるぞ」
 俺はそう言いながらも後退して、床置きしていた買い物袋にたどりつく。

 美夜は俺の隙を見てまた襲い掛かるつもりだったのだろう。俺の冷静な反応にむっとして頬を膨らませる。

「ほら、頼まれてたもの買ってきたから。血の滴るようなヒレ肉。高かったんだぞ」

 美夜は鼻をくんくんさせた。
「血の匂い? そんなの全然しないじゃん」
「おいしいステーキ肉の形容詞なんだよ!」

 じっとりした目で買い物袋を眺めた美夜は、手を伸ばして買い物袋を奪おうとした。
 美夜の動きを読んでいた俺はすばやく買い物袋を引っ込める。美夜との生活で鍛えられたこの勘がなければ生き延びることはできない。美夜の長い爪でビニールに数条の切り口が走る。

「あたしのご飯なんでしょ。よこして」
「ちゃんと焼いてあげるから! 人間らしい食事をしなさい!」

 美夜はわざとらしく大きなため息をついて、
「じゃあレアレア」
「レアレアってなんだよ」
「火をゼロ秒通す」
「そりゃただの生肉だろうが!」

 俺は警戒しながら台所に向かう。
 美夜は肩を上げて攻撃に入りかけたが、
「ま、さっきので少しお腹が膨れたからいっか」
 肩を下ろしてついてくる。
 あんな布切れを食べてお腹が膨れるとか、いったいヴァンパイアはどうなってるんだ。

 なんだかんだステーキが楽しみだったのか、美夜はダイニングのテーブルについた。
「お肉♬ お肉♪」
 適当な歌詞をでっちあげて歌っていたが、ネタ切れしたのかすぐ鼻歌に切り替わった。

 緋色の瞳は楽し気にきらきらしている。美夜はテーブルに腕をつけてあごを支え、ふんふんと歌いながら頭を左右に振る。黒くつややかな長髪が合わせて揺れる。
 かわいいと言えば大変かわいらしいのだが、猫科の大型肉食獣が舌なめずりしている様のようでもある。
 出会った頃の、草食どころか小さな草花みたいだった義妹とは似ても似つかない。

 美夜がくつろいでいる間に、まず天井の照明を復旧した。段ボールが天井の照明にも貼り付けられていたのを剥がす。照明を使えなくしたければブレーカーを落としたほうが楽だったと思うのだが、そういう頭はないらしい。

 ようやく明るくなった台所で、俺はステーキ肉を焼き始める。
 フライパンに乗せた肉が焼ける音と香ばしい匂いを立てて、リビング一杯にまで広がる。
 肉の表面だけを焦がしたら軽く火を通してからひっくり返し、同じ作業を繰り返してからブランデーを注ぐ。フライパンから勢いよく炎が上がった。
 あとはフライパンから出してアルミホイルに包み、肉の内部まで熱が通れば出来上がりだ。

「ステーキ! ステーキ!」
 待ちかねていた美夜は手づかみで食べようとしたが、俺からステーキを取り上げられそうになって仕方なくフォークとナイフを握った。

 美夜は一口食べて、
「おいしい。けどレアレアじゃない」
「そりゃあ焼いたからな」
「生肉がいいのに」
 そう言いながらも一枚目をすぐに食べ終わり、お代わりを注文してくる。

 吸血ではなく肉食をしてくれるのはありがたい。ただ高い肉をたくさん食べないと満足してくれないのは難点だ。事故の保険金があるにせよ、あまりにも金がかかる。

 合間に俺も自分用のステーキを食べる。肉しか食べない美夜と違ってサラダやご飯も付け合わせて、焼き加減はミディアムレアだ。

 結局、美夜は文句を言いながらも高いステーキ肉を五キロ分もぺろりと平らげた。いったいこの細い身体のどこに詰め込めるのか。三日は持たせるつもりだったのに……

 食事を終えた後、俺にうるさく言われて歯を磨いてきた美夜は、
「おなかいっぱい……」
 と言うやソファに倒れ込み、たちまち寝息を立て始めた。

 本来のヴァンパイアは生きた血を介して魔力を得るものらしい。しかし美夜は吸血していないので魔力がすぐに枯渇してしまう。そのせいか睡眠時間が長くて猫のようによく眠っている。

「おい、そんなところで寝たら風邪ひくぞ」
 本当にヴァンパイアが風邪をひくのかは知らないが、ソファにだらしなく寝ている義妹は見ちゃいられない。

 俺は美夜をそっと抱え上げ、彼女の部屋に運んだ。
 ブラウスにスカート姿のままなのは気になるが、さすがに着替えさせるのは抵抗がある…… そのままでいいだろう。
 抱きかかえていた美夜を俺はベッドに下ろす。顔が間近に迫る。手を放して離れようとしたところで美夜の目が少し開いた。

 美夜は寝ぼけまなこでぼんやりと見まわし、しばらくしてから目前の俺に焦点を合わせた。きゅっと瞳孔がすぼまる。

 俺は慌てる。この体勢で噛みつかれたら逃げられない。

 状況を認識したらしい美夜は激しく反応した。
「お、お、お兄ちゃんのヘンタイ!」
 美夜は赤い顔で手をばたばたと振り回して、俺の胸を殴りつけようとする。
 俺は慌てて退避。部屋から出て扉を閉める。

「お兄ちゃん嫌い! 部屋に入っちゃダメ!」
 部屋の中から美夜の叫びとじたばたする音が聞こえてくる。
 俺を食べようとするときはあんなに近づいてくるくせに、美夜の気持ちはさっぱり分からない。

 ともかくもう夜も遅い。明日はリビングの穴埋めで忙しいし、そろそろ俺も寝ることにしよう。

 これが俺たち義兄妹の日常だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...