大好物はお兄ちゃん

モト

文字の大きさ
1 / 9
プロローグ

プロローグ 1

しおりを挟む
プロローグ

 家は不気味に静まり返っていた。
 もう日は暮れているのに窓は真っ暗だ。
 留守番をしているはずの義妹はどうしているのか。
 嫌な予感が俺を襲う。

 学校からの帰り、義妹から頼まれた買い物を済ませるのにずいぶん時間がかかってしまった。
 ずっしりと重い買い物袋のビニールが手に食い込んで痛い。

 扉を開き、ただいまと叫ぶ。
 義妹からの応えはない。
 廊下のところどころに付着しているのは茶色い染みだ。
 まさか、あいつが。

 暗闇に目が慣れてきた俺は慎重に歩を進める。
 魔物の気配を感じる。
 あいつは必ずどこかに潜んで俺を狙っているのだ。
 それでも自分の家から逃げるわけにはいかない。

 暗く寒々しい廊下はまるで敵意に満ちたダンジョン。
 あいつはどこだ。
 罠があるのではないか。
 俺は強い緊張を強いられる。

 歴史の授業で習ったところによると、昔々の冒険者たちは剣や魔法の杖を手に迷宮の地下深く潜っては魔物と戦っていたそうだ。
 科学が発展した現代にもなって同じような体験をするとは。
 ただし俺の手にあるのは武器ではなくただの買い物袋だが。 

 俺は廊下を進む。
 床板に足をゆっくりと下ろしたつもりだったが、ぎしりと軋む音が響く。建付けが悪い。
 音に反応する気配。
 空気が張り詰める。
 
 ごくりと唾を飲み込む。
 床に買い物袋を置き、リビングに通じる扉をできるだけ静かに開く。

 リビングはほとんど真っ暗だった。
 今日は月夜だというのに、なぜ光は窓から差し込んでいないのか。

 照明のスイッチを押すが反応はなく部屋は暗いままだ。
 スマホをライトのモードにして、リビングの入口に置く。手持ちしていると明かりを目印にして狙われる恐れがある。

 スマホの光に照らされてリビングの有様が浮かび上がった。
 窓には紙らしきものが貼り付けられていて光を塞いでいた。
 テーブルがあるはずの場所には平らな段ボールが散乱している。
 段ボールの上には点々と染み。
 いったいここでなにがあったのか。俺は戦慄する。

 小さくかわいらしい花のようだった義妹の姿が脳裏に浮かぶ。
 あまりにも可憐で、臆病で、出会ったときには俺を怖がって隠れてしまった。
 なんとか本当の兄妹らしくなりたいと努力した日々が走馬灯のように脳裏を巡る。

 ともかく窓を元に戻して外光を少しでも取り込もう。
 俺は散乱する段ボールを踏み通って窓に近づこうとした。
 肩にごく軽い衝撃。生ぬるく濡れる感触。集中していたから気付けた。

 上からだ!

 俺は全力で飛び込み前転。
 そこにあいつが落ちてきた。俺をかすめて段ボール上に着地。
 あいつめ、天井に張り付いてきたのか!

「きゃっ!」
 めりめりと音がして段ボールと共にあいつが沈む。
 段ボールの下には穴があった。あいつは自分で掘った落とし穴に落ちたのだ。
 リビングに穴を掘るとは……
 あいつは深い穴にすっぽりとはまってしまって、手を伸ばしても上まで届かないようだ。
  
 窓にガムテープで貼られていた段ボールを俺はべりべりとはがす。
 月明かりが入ってきて部屋の中が少し明るくなる。

「ねえ、お兄ちゃん、出れないよお」
 穴の中からかわいい声。

 俺は穴の中をのぞいてため息をついた。
 少女が困り顔で俺を見上げている。困りたいのは俺のほうだ。

「早く引き上げてよお」
 俺をたった今襲撃したばかりだというのに、さも当然と言わんばかりに俺の方へと手を伸ばしてくる。

 俺は仕方なくその手を掴んで引き上げる。少女の白くきれいな手が土に汚れてしまっている。

「お前なあ…… 床に大穴を開けやがって。無茶苦茶だ」
「なんで落ちてくれないの。板をはがして穴を掘るの大変だったのに」
「落ちたらお前に血を吸われるだろうが!」
「だって…… お兄ちゃんはあたしの大好物なんだもん」

 這い上がってきた少女は口からよだれをたらし、布地の切れ端を咥えている。
 どこかで見た布地だ。
 はっとして俺は自分の肩を見る。着ていたパーカーとシャツの肩部分がきれいに丸く抜けていた。噛み取られたのだ。
 あと少し避けるのが遅ければ、俺の肩に食らいつかれていただろう。俺の背筋に冷たい汗が流れる。

「もうちょっとだったのに」
 少女はそう言いながら布地をもしゃもしゃと咀嚼する。

 少女は長くつややかな黒髪に妖しい美しさの顔立ち、緋色に光る瞳で俺をにらみながら口からは大きく鋭い犬歯をのぞかせる。白く透き通るような肌がなまめかしい。
 そう、これが我が義妹の美夜。人間からヴァンパイアに変わり果てた姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...