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告白一日目
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高校二年男子、細谷高志は学校の屋上で油汗を流していた。
目の前には大好きな先輩、広阪恵美さん。壁際に立ち、自分を見つめている。
横には右手にビデオカメラを構えた幼馴染の井杉遥。
「壁ドン、告白」と書かれたサインボードを左に掲げ、早くしろと言わんばかりに振っている。
その周辺にはレフ板を持った生徒たち。
春の日差しが暖かく、風も心地よい。
抜けるような青空を仰ぎ見る。
絶好の撮影日和だと遥が主張した結果、こういう状況になっている。
高志は背が高くて見た目も悪くない。
だが恋愛から縁遠い生活を送ってきた。
告白が苦手でたまらないからだ。
それが今、大好きな先輩への告白を撮影されようとしている。
胃が縮こまり、心拍数は増加、油汗はだらだらと服を濡らす。
壁際に立っている広阪恵美先輩。
この石同高校でも有名な美女であり、モデルとして雑誌の表紙を飾ったことも数回。
皆と同じ制服のブレザーなのに、着こなしがたおやかに美しく見えるのはどうしてなのだろう。
完璧な曲線を描くスタイルゆえか、性格が輝いているからか。
優しく面倒見がいい、しかし確固たる考えを持って生徒会を率いる会長である彼女は、その性格でも尊敬を集めている。
その顔は菩薩のように強さと優しさを兼ね備えたありがたさ、拝見するだけで幸せな気分になってくる高志である。
その先輩が高志のアクションをじっと待っている。
そう、壁ドンをやらねばならない。
高志は手順を反芻する。
ネットで調べた情報を遥がまとめ上げたプリントによると、
1.相手を壁際まで追い込む。
2.相手を囲うように片手もしくは両手で壁をドンして、相手が逃げられないようにする。
3.相手はときめく。
高志の頭は疑問符でいっぱいになる。
これって不良がカツアゲするために相手を追い込む暴力的手順ではないのか。
どうして最後に相手がときめくのだ?
しかし世間的にそうなのだと遥に力説され、確かに見せられた少女マンガでは壁ドンが流行っているようだった。
壁ドンには魔法の力があるのだ、そうに違いないのだ、捻り込むようにやるべし。
遥は高志たちの横からビデオカメラを構えている。
映画研究部で監督をやっている同級生の井杉遥。高志とは小学生以来の長い付き合いだ。
面白くてたまらないといった表情を浮かべながらファインダーを見ている。
元気が有り余っている遥にいつも高志は振り回されてきた。
高志は陸上部所属なのだが、遥の映画撮影にしょっちゅう駆り出されている。
陸上部員たちからは、かわいい遥に呼ばれるなんてうらやましいと言われることもある。だが中身をよく見てみろよと高志はいつも思っている。大変だぞ。
遥がサインボードをぶんぶん振って、すぐ始めろ今始めろとジェスチャー。
高志は覚悟を決めた。
面白そうな目で高志を見上げてくる先輩の視線を避け、斜め四十五度上、先輩に決して当たらないよう三十センチ離れた位置の壁をターゲット。
脳裏に浮かぶは、ボクシングマンガの必殺パンチシーン。
高志は右拳を掲げ、指を開き、右腕を大きく後ろに引く。そこから斜め上へと右ストレート掌底を全力で打ち込む。
力を緩めることなくまっすぐに加速させた掌底は屋上入口横のコンクリート壁に直撃。
ドン!という音を、壁は立てなかった。手抜き無しの工事による分厚いコンクリート壁だ。
代わりにゴキリという音が高志の掌から発生。
全力を込めたストレートの力がそのまま掌に返ってきた。
声にならない叫びを上げて高志は悶絶、くずおれる。
敗北したボクサーのダウンシーンが頭をよぎる。
「大丈夫?」
広阪先輩が柔らかく暖かな手で高志の頭をなでる。
高志は涙目でぷるぷると頭を振る。
「カ、カットーーーッ!」
遥が叫んだ。
保健室の椅子に座って、高志は治療を受けている。
隣の椅子に座っている遥から掌の擦り傷に消毒液をかけられて、
「染みる!」
「がまんがまん」
もっとかけられる。
遥から大きな絆創膏を渡されて、高志はぺたりと貼り付ける。
遥は今日の撮影内容をビデオカメラでチェックし始める。
掌底シーンを再生して、これは見どころだとつぶやく。
高志は指を動かしてみた。傷がすれて痛い。
「骨が折れてないだろうなあ」
「腫れ上がらなきゃ大丈夫、折れてても撮影はできるでしょ」
「気楽に言ってくれるよ」
遥は高志に目をやって、ちょっと真剣な表情で言った。
「この映画が先輩とのラストでしょ。がんばらなくっちゃ」
「う、うん。そうだな」
遥は立ち上がった。
「今日は告白できなかったじゃない。明日こそはがんばろう」
そう言って片腕を高く突き出した。
「毎日告白!」
そもそもの発端は映画研究部が次の文化祭に出す映画をどうするかだった。
いつものように部長の遥が脚本を考えることになり、陸上部なのになぜか映研の部室に呼び出されていた高志も交えてテーマがいくつもホワイトボードに書かれていく。
映研の部室は狭く薄暗い。
撮影用のビデオカメラやライト、レフ版などの機材が置かれ、棚には過去作品のフィルムや映画のDVDが乱雑に並んでいる。
テーブルには部員たちが集まり、炭酸飲料のペットボトルとプラスチックのコップが置かれている。
「やっぱり、広阪先輩には出てほしい。先輩を撮影できるラストチャンスだし」
遥が言いながら、広阪先輩とホワイトボードに記す。
今は二月、先輩は三月には卒業してしまう。
卒業までのわずかな期間に撮影協力してもいいとの約束を遥は先輩と取り付けてあった。
「先輩をドアップ撮影できる見せ場で固めたい」
遥はそう言いながら思いつきをホワイトボードに並べていく。
他の部員たちは口を出さない。強引な遥がいつもどおり全部決めてしまうに決まっているからである。
「アクション…… 違う。ホラー…… 時間的に無理。恋愛…… 告白…… これだッ!」
遥はホワイトボードに告白と大書してから、ペンでびしりと高志を指した。
「高志が先輩に告白し続けて成功するまでを撮る!」
高志は飲みかけの炭酸飲料を噴き出した。
「な、なに言っとるんじゃあ! そんなことやれるかあ! 俺が告白とかまじダメなの知ってるだろう!」
高志の顔が朱に染まる。
遥はペンを左右に振って、
「チッチッチッ、そういう映画、そういうフィクションだよ、君。カメラの嘘は全てを許す。殺人だろうとゾンビだろうと、そこにカメラがあって撮影していればそれは映画の一シーンになる。そう、告白も」
カメラの嘘は全てを許す、遥が口癖のように言っているセリフだ。
遥は続ける。
「嘘なんだから気軽にやればいい。こんな経験、そうそうできないぞお?」
遥はノリノリに楽しそうだ。
高志はぐるぐると考え込む。
こいつ、俺が先輩を好きなことに気付いていて、こんな話を持ちかけてきたのか?
撮影にリアリティが出て面白くなるとか狙っているに違いない。
いやしかし、このまま先輩が説業してしまったら縁が切れてしまうことも事実。
先輩に撮影で会えるだけでも御の字、ましてや大の苦手な告白も練習できる。そのまま本当の告白にまで持っていけたら。
高志が、
「まあ、その、先輩の気持ちも……」
そこまで言ったところで、
「はい、決定!」
遥が花丸をホワイトボードに描き、他の部員たちが拍手。
告白映画を撮ることが決定したのであった。
そうして二月最後、告白の週が始まった。
目の前には大好きな先輩、広阪恵美さん。壁際に立ち、自分を見つめている。
横には右手にビデオカメラを構えた幼馴染の井杉遥。
「壁ドン、告白」と書かれたサインボードを左に掲げ、早くしろと言わんばかりに振っている。
その周辺にはレフ板を持った生徒たち。
春の日差しが暖かく、風も心地よい。
抜けるような青空を仰ぎ見る。
絶好の撮影日和だと遥が主張した結果、こういう状況になっている。
高志は背が高くて見た目も悪くない。
だが恋愛から縁遠い生活を送ってきた。
告白が苦手でたまらないからだ。
それが今、大好きな先輩への告白を撮影されようとしている。
胃が縮こまり、心拍数は増加、油汗はだらだらと服を濡らす。
壁際に立っている広阪恵美先輩。
この石同高校でも有名な美女であり、モデルとして雑誌の表紙を飾ったことも数回。
皆と同じ制服のブレザーなのに、着こなしがたおやかに美しく見えるのはどうしてなのだろう。
完璧な曲線を描くスタイルゆえか、性格が輝いているからか。
優しく面倒見がいい、しかし確固たる考えを持って生徒会を率いる会長である彼女は、その性格でも尊敬を集めている。
その顔は菩薩のように強さと優しさを兼ね備えたありがたさ、拝見するだけで幸せな気分になってくる高志である。
その先輩が高志のアクションをじっと待っている。
そう、壁ドンをやらねばならない。
高志は手順を反芻する。
ネットで調べた情報を遥がまとめ上げたプリントによると、
1.相手を壁際まで追い込む。
2.相手を囲うように片手もしくは両手で壁をドンして、相手が逃げられないようにする。
3.相手はときめく。
高志の頭は疑問符でいっぱいになる。
これって不良がカツアゲするために相手を追い込む暴力的手順ではないのか。
どうして最後に相手がときめくのだ?
しかし世間的にそうなのだと遥に力説され、確かに見せられた少女マンガでは壁ドンが流行っているようだった。
壁ドンには魔法の力があるのだ、そうに違いないのだ、捻り込むようにやるべし。
遥は高志たちの横からビデオカメラを構えている。
映画研究部で監督をやっている同級生の井杉遥。高志とは小学生以来の長い付き合いだ。
面白くてたまらないといった表情を浮かべながらファインダーを見ている。
元気が有り余っている遥にいつも高志は振り回されてきた。
高志は陸上部所属なのだが、遥の映画撮影にしょっちゅう駆り出されている。
陸上部員たちからは、かわいい遥に呼ばれるなんてうらやましいと言われることもある。だが中身をよく見てみろよと高志はいつも思っている。大変だぞ。
遥がサインボードをぶんぶん振って、すぐ始めろ今始めろとジェスチャー。
高志は覚悟を決めた。
面白そうな目で高志を見上げてくる先輩の視線を避け、斜め四十五度上、先輩に決して当たらないよう三十センチ離れた位置の壁をターゲット。
脳裏に浮かぶは、ボクシングマンガの必殺パンチシーン。
高志は右拳を掲げ、指を開き、右腕を大きく後ろに引く。そこから斜め上へと右ストレート掌底を全力で打ち込む。
力を緩めることなくまっすぐに加速させた掌底は屋上入口横のコンクリート壁に直撃。
ドン!という音を、壁は立てなかった。手抜き無しの工事による分厚いコンクリート壁だ。
代わりにゴキリという音が高志の掌から発生。
全力を込めたストレートの力がそのまま掌に返ってきた。
声にならない叫びを上げて高志は悶絶、くずおれる。
敗北したボクサーのダウンシーンが頭をよぎる。
「大丈夫?」
広阪先輩が柔らかく暖かな手で高志の頭をなでる。
高志は涙目でぷるぷると頭を振る。
「カ、カットーーーッ!」
遥が叫んだ。
保健室の椅子に座って、高志は治療を受けている。
隣の椅子に座っている遥から掌の擦り傷に消毒液をかけられて、
「染みる!」
「がまんがまん」
もっとかけられる。
遥から大きな絆創膏を渡されて、高志はぺたりと貼り付ける。
遥は今日の撮影内容をビデオカメラでチェックし始める。
掌底シーンを再生して、これは見どころだとつぶやく。
高志は指を動かしてみた。傷がすれて痛い。
「骨が折れてないだろうなあ」
「腫れ上がらなきゃ大丈夫、折れてても撮影はできるでしょ」
「気楽に言ってくれるよ」
遥は高志に目をやって、ちょっと真剣な表情で言った。
「この映画が先輩とのラストでしょ。がんばらなくっちゃ」
「う、うん。そうだな」
遥は立ち上がった。
「今日は告白できなかったじゃない。明日こそはがんばろう」
そう言って片腕を高く突き出した。
「毎日告白!」
そもそもの発端は映画研究部が次の文化祭に出す映画をどうするかだった。
いつものように部長の遥が脚本を考えることになり、陸上部なのになぜか映研の部室に呼び出されていた高志も交えてテーマがいくつもホワイトボードに書かれていく。
映研の部室は狭く薄暗い。
撮影用のビデオカメラやライト、レフ版などの機材が置かれ、棚には過去作品のフィルムや映画のDVDが乱雑に並んでいる。
テーブルには部員たちが集まり、炭酸飲料のペットボトルとプラスチックのコップが置かれている。
「やっぱり、広阪先輩には出てほしい。先輩を撮影できるラストチャンスだし」
遥が言いながら、広阪先輩とホワイトボードに記す。
今は二月、先輩は三月には卒業してしまう。
卒業までのわずかな期間に撮影協力してもいいとの約束を遥は先輩と取り付けてあった。
「先輩をドアップ撮影できる見せ場で固めたい」
遥はそう言いながら思いつきをホワイトボードに並べていく。
他の部員たちは口を出さない。強引な遥がいつもどおり全部決めてしまうに決まっているからである。
「アクション…… 違う。ホラー…… 時間的に無理。恋愛…… 告白…… これだッ!」
遥はホワイトボードに告白と大書してから、ペンでびしりと高志を指した。
「高志が先輩に告白し続けて成功するまでを撮る!」
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「な、なに言っとるんじゃあ! そんなことやれるかあ! 俺が告白とかまじダメなの知ってるだろう!」
高志の顔が朱に染まる。
遥はペンを左右に振って、
「チッチッチッ、そういう映画、そういうフィクションだよ、君。カメラの嘘は全てを許す。殺人だろうとゾンビだろうと、そこにカメラがあって撮影していればそれは映画の一シーンになる。そう、告白も」
カメラの嘘は全てを許す、遥が口癖のように言っているセリフだ。
遥は続ける。
「嘘なんだから気軽にやればいい。こんな経験、そうそうできないぞお?」
遥はノリノリに楽しそうだ。
高志はぐるぐると考え込む。
こいつ、俺が先輩を好きなことに気付いていて、こんな話を持ちかけてきたのか?
撮影にリアリティが出て面白くなるとか狙っているに違いない。
いやしかし、このまま先輩が説業してしまったら縁が切れてしまうことも事実。
先輩に撮影で会えるだけでも御の字、ましてや大の苦手な告白も練習できる。そのまま本当の告白にまで持っていけたら。
高志が、
「まあ、その、先輩の気持ちも……」
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