毎日告白

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告白四日目

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 木曜日になった。広阪先輩にディナーをご馳走すると約束した日である。
 場所や時間は遥が先輩に連絡済みだ。
 遥のアパートに午後六時。
 はたしてその五分前、アパートで準備していた高志と遥の耳に、自動車の停まる音が聞こえてきた。

 高志は扉を開いて迎えに出た。
 黒い高級車が停まっている。
 スーツに白手袋の運転手が降りてきて、後席のドアを開く。
 広阪先輩が優美な動きで降りてきた。
 明るい笑顔で高志に手を振ってくる。

 先輩の服装は大人びたブルーレースのワンピースに黒のパンプス、落ち着いたグレージュ色のチェスターコートを羽織っていた。
 高級なディナーによく似合いそうな服装だ。

 高志は見とれかけたが、外の寒さに気付いて急いで迎えに行く。
「こんなところまで、わざわざすみません」
 先輩は微笑んで、
「井杉監督の家に御招きされるのは初めてなの。昨日からとても楽しみにしていたのよ」
「どうぞ、こちらに」
 高志は先輩をアパートの部屋に招き入れる。

 先輩はパンプスを脱いで、用意されていたスリッパに履き替えた。
 スリッパが要ることに今日気付いて高志が急ぎ買ってきた新品だ。間に合ってよかったと高志は胸をなでおろす。

「先輩、ようこそ!」
 灯りが落とされた暗い居間、そこでビデオカメラをチェックしていた遥が先輩に挨拶。
「御招きいただいて感謝しますわ」

 居間に転がっていた機材の山には暗幕がかけられて隠されている。
 映画DVDのパッケージなどが詰まった棚はジャンル別に整理されていた。

 窓にはプロジェクター用のスクリーンが架けられ、街の夜景シーンが投影されている。空撮で捉えた夜の街には無数の光が輝いている。
 ディナーシーンは夜景がセットだと遥が主張して用意したものだった。

 ダイニングのテーブル席に高志は先輩を案内する。
 テーブルは新品の白いクロスをまとっている。
 しかしそんなものよりも、先輩が着座しただけでテーブルは美しい芸術品に昇格していた。
 なんて絵になる光景だと高志は魅惑される。

 着座した先輩はわくわくした様子で、高志に注目している。
「まずは熱いお茶をどうぞ」
 高志は急須からお湯飲みにお茶を注ぎ、テーブルにお湯飲みを置く。
 お湯飲みには定食山海のロゴ。遥がバイト先から借りてきたものだ。

「ありがとう」
 先輩が細い指先でそっとお湯飲みを持ち上げてその艶やかな唇を触れさせる。
 喉をお茶が通っていく。
「香ばしい…… これは大豆を焙煎したお茶ね」
「その通りです!」
「ふふっ この後の料理も楽しみね」
 先輩はどうも料理に詳しそうだ。高志の緊張が高まる。

 最初の料理を準備する。
 高志が小鉢に盛り付け、遥がテーブルに供する。高志は直ちに次の料理を準備。

 芝居がかった言い方で、遥が広阪先輩に料理を説明する。
「こちら、冷や奴、山海風、ネギたっぷりと共に、でございます。味はついておりますので醤油はかけずにそのままお召し上がりください」
 昨日見た料理映画に出てきたセリフの言い回しそっくりだ。

 テーブルに箸はなく、フォークとナイフ。
 先輩は豆腐にそっとナイフを入れてみる。
「しっかりした手ごたえなのね?」
 フォークを刺して、豆腐を口へ上品に運ぶ。
 先輩に驚きの表情。
 二口、三口。食べ進んで冷や奴は全て先輩の口中へと消えた。

 先輩は楽しそうな声で、
「シェフを呼んでくださるかしら」
「ただいま!」
 遥が返事して、
「お客様がシェフをお呼びです」
 セリフを高志にパス。

 高志は料理の手を止めて先輩の横に立つ。
「どうなさいましたか」
「この冷や奴、湯通してあるのね。ダシを使った優しい味付けが素敵だわ。次のメニューを邪魔しないようにしているのね」
「全てお見通しなんですね!」
 先輩はいたずらっ子っぽい表情を浮かべた。
「この先の趣向が楽しみだわ」

「お次のスープでございます」
 深い皿とスプーンをテーブルに並べる。
 皿に入っているのは透明なスープ、皿の底には定食山海のロゴ。
 食器はなにもかも定食山海からの借り物だ。しばらくは山海の主人に頭が上がりそうにない。
 
 先輩が音を立てずにスープをスプーンで口に運ぶ。
 ゆっくりと味わってから先輩は微笑んだ。
「これは透明なお味噌汁なのね」
「そんなすぐに分かります!?」
 高志は驚く。少なくとも自分だったら他の料理だと思い込む。
「お味噌汁の上澄みを濾して味わいだけを残したのは、味噌の香りを抑える狙いね。面白いわ」
 高志は恐縮する。
 遥が自慢げに、
「高志がいろいろ工夫したんですよ」
「いや、アイディアは遥で」
 先輩が微笑まし気に二人を眺めて、
「仲がいいのね」
「「そんなことは」」
 二人の返事がハモる。
「今回の料理はそれぞれに趣向が隠されているのね。もし私に見つけられない趣向がひとつでもあったら…… そのときは今日こそ高志君のお話をゆっくり聞いてあげるわ」
「「ありがとうございます!」」
 高志はつばを飲み込んだ。先輩が勝負を挑んできたのだ。
 これが撮影シーンを盛り上げるための仕掛けなのか先輩の心遣いなのか分からないが、とにかく告白までこぎつけるチャンスだ。

 窓のスクリーンに映されていた夜景シーンが、いつの間にかアメコミ原作アクション映画の市街乱闘シーンに変わっている。夜の街で殴り合うマッチョたち、まったくロマンチックではない光景だ。
 遥的には盛り上がるシーンということらしい。高志はそっと見なかったことにする。

 高志は次の料理を鍋から移して広い丸皿に盛りつける。
 遥がテーブルに運んでフォークとナイフも並べる。
「魚介のメインディッシュ、鯖の味噌煮でございます」
「ふふっ ディナーコースで鯖の味噌煮をいただくのは初めて」
 先輩は試すようにナイフを入れてサバの味噌煮を切る。
「とても柔らかいのね!」
 フォークで身を刺して唇の中へ。
 ゆっくりと味わってから、
「上品な白味噌仕立て…… このために今までの香りはあえて抑えてきたのね。でも、それだけじゃないわ、味わいの奥にあるコク……」
 先輩は高志に目をやる。
「これはわずかにトウチーがブレンドされているわ。中国の味噌納豆を使って深みのあるコクを醸し出している」
 遥が口をあんぐりと空ける。
「山海の秘伝なのに一瞬で見抜かれるなんて!」
 この勝負、このまま全敗するのではないかと高志はあせる。

 先輩がフォークとナイフで丁寧に鯖味噌を食べ終わると、
「いよいよお肉のメインディッシュ、肉豆腐でございます」
 テーブルには小鍋作りの肉豆腐が置かれる。たった今まで火にかけられていて熱々だ。
 先輩が小首をかしげる。
「豆腐は二回目ね……?」
 小鍋の中には牛肉や白菜に白滝も煮えているが、先輩はまず豆腐を口へ。
 驚いた表情になった。
 きれいにいただいてから先輩は、
「ご馳走様でした。この豆腐は重しで水抜きしてから、しっかり味を煮含めてあるのね。同じ豆腐でも全く味わいが違う。この肉豆腐の主役は肉ではなくてこのお豆腐なのでしょう?」
 高志が深く頷き、
「次の料理ですが」
「ごめんなさい、もうお腹いっぱいになっちゃったの」
 先輩は満足げな表情だ。
 高志は失礼を承知で、
「残りを召し上がらないということは、全部の趣向を見抜けなかったということでいいですか?」
「そうね」
「お話をゆっくり聞いてもらえるんですね?」
 先輩は楽しそうな顔で、
「ふふっ でも、お話はもうたっぷり聞かせてもらったわ」
「「えっ?」」

 先輩はゆっくり語り始める。
「冷や奴に、お味噌汁に、ドウチー入りの鯖味噌、そして肉豆腐。豆尽くしなのね。まめまめしくて、いろんな魅力があるって伝えたいんじゃないかしら」
 高志ははっとした表情。遥は照れた顔をしている。
 先輩は高志と遥に目をやって、
「遥ちゃんが考えて、高志君が料理して、二人で力を合わせて料理を作ってくれて、とても美味しかったわ。本当に、二人にはたっぷりご馳走様でした」
 
 先輩は立ち上がる。
「お帰りですね」
 高志は先輩のコートを差し出す。
 扉を開けて、先輩を待っている高級車のところまでエスコート。

「今日はありがとうございました」
 礼をする高志に先輩は、
「高志君が本当にお礼を言うべき相手は別にいるんじゃないかしら?」
 いたずらっぽく言うと車に乗り込み、中から手を振りつつ去っていった。
 また告白できなかったというのに、高志はなぜか妙にさっぱりした気分だ。

 アパートに戻ると、遥がビデオカメラで撮影映像をチェックしている。
「今のが映画になるのかよ?」
「それがねえ、先輩はご飯を食べてるだけで映画になるのよ」

 高志は茶碗二つに豆ごはんをよそい、味噌汁や鯖味噌、肉豆腐もテーブルに並べる。
「晩飯にしようぜ」
「うん、いただきまあす!」
 遥は元気にご飯をぱくつく。
「よくできてるね、この豆ご飯。やはり教える先生の腕が良かったか!」
 遥が自慢する。
「教えられる生徒が良かったんだろ」
 そう言いつつも、高志には遥への感謝の気持ちと、なにか説明しがたい感情もこみあげてくる。
 なんとかうまく作れたのは、遥が定食山海の主人に聞き込んで作ってくれたマニュアルと、手ずから一晩かけて指導してくれた成果だ。

「また告白できなかったね。映画的にはそろそろ欲しいシーンだぞ」
「うん、それなんだけど……」

 遥が高志のほうにぐっと身を乗り出し、高志は思わず少し身を引く。
「明日は先輩の都合で撮影お休みだからさ、告白の練習に行ってみようよ」
 ぐっと拳を握りしめて遥が提案。
「二人で?」
「うん、二人で」
 高志は拳を作って遥の拳と合わせた。
 遥はちょっとドキリとした表情を浮かべる。
「よし、行こう!」
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