暗黒騎士の大逆転

モト

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第2章

幕間

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 蒼龍の魔女フレイアは、マルメロの実をごっそり袋に詰めて背負い、王国へと飛び立っていった。
 現金を持ち合わせていなかったフレイアは担保に鍬を差し出した。側近のゴニは難色を示したものの、フレイアによればこの鍬は特別な魔道具であって高い価値があるらしい。領主の少女アニスはそれを信じた。
  
 これからナヴァリア州と王国の貿易が再び始まる。
 空に消えていく蒼龍を見つめながらアニスが明るい声で言う。
「すぐに大きな商いとはいきませんけれど、ここからですわ。マルメロ以外も売っていきますわよ」

 ゴニも一息つく。
「もう借金取りが来ても怖くないです」

「フレイア、行っちゃった……」
 暗黒騎士ザニバルはぽつりと言う。
 ヘルタイガーのキトがザニバルにすり寄ってきて、ふわふわな毛が生えた頭をザニバルの足にこすりつける。
 
 ザニバルはさびしい。
 家族はとうに死んでしまった。友達なんていなかった。戦えば相手はすぐに斃れた。
 そうしてずっと一人で過ごしてきたけど、やっつけた相手がまた現れてくれた。フレイアだ。
 フレイアは怒らせればすぐ突っかかってくれるし、神眼にぶっつけても元気だった。いくらやっつけてもずっと側に居てくれるような気がしていたのに帰ってしまった。それも自分が要塞を壊してあげたからだ。誰でもない、自分のせいだ。

 キトを連れて、ザニバルはとぼとぼと芒星城の自室に向かう。

 魔装に宿る悪魔バランは一安心している。
<商売繁盛なのは助かるってもんさ。借金塗れの領地じゃあ王国に攻め込むこともできないからねえ>

<え? ナヴァリアに戦争なんかできっこないよ。ゴブリンおばちゃんたちだよ? それよりマルメロ作ってて欲しいな。おいしいから>
<はあ? 恐怖の暗黒騎士が日和ってるのかい。そんなことで復讐ができるのかい>

<できるもん! やっと手がかり見つけたんだもん! ヴラドはきっとナヴァリアにいるよ、絶対探してやっつけるもん!>
<ふん。気になるのはあいつがどの悪魔を召喚したかさね>

 心で会話しているうちにザニバルは自室へとたどり着いた。ゴニがまたいきなり侵入してきたりしないように扉をしっかり施錠して、さらに椅子やテーブルで押えておく。

 ザニバルは魔装を解いて幼い少女の姿に戻り、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。バランはザニバルの心の中にひっこんで消える。
 ひとりぼっちだ。
 アニスは親切だけどいつも忙しそう。ゴニはずっとアニスに仕えている。二人はザニバルの相手をしてはくれないだろう。

 ちょっと涙が流れたザニバルの頬をざらざらの舌が舐めた。小さな猫の姿になったキトだった。
「……ごめんね、キトは大好きな友達だよ」

 ザニバルは仰向けに寝転がってキトを持ち上げる。にゃあとキトは鳴く。

 そこでザニバルはぎょっとした。
 天井の板が少しずれている。そこから視線を感じる。

「か、かわいいです!」
 興奮したゴニの声が降ってくる。天井の板が大きく開いて、そこからゴニ自身も降ってくる。

 ベッドにふわりと着地したゴニはすばやく左右を警戒。
「暗黒騎士はいませんね?」
 そして、とろんとした目つきでにじり寄ってくる。
「猫と戯れるマリベルちゃん、なんというかわいらしさでしょうか! あ、いけない、アニス様もお呼びしないと!」

 ゴニはベッドを飛び降りるや、扉を押えていた椅子やテーブルを速やかにずらし、扉を開錠する。
 部屋を飛び出したゴニはアニスを連れてすぐに戻ってきた。

 ベッドの上でキトを抱きしめて怯えているマリベル=ザニバルに、新品の服を抱えたアニスが迫ってくる。
「マリベルちゃん、今度はお古じゃない服を仕立ててみましたわ。私の手縫いですのよ! さあ着替えましょうね」

 ザニバルは後ずさるが逃げられそうもない。大きな獣耳がぺしょんと垂れる。アニスとゴニの二人が相手してくれないと思ったのは間違いだったと悟った。確かに暗黒騎士とは遊んでくれないかもしれないが、マリベルでめいっぱい遊ぼうとしている。
「ううう、一人がいいもん……」


 翌朝。
 まだ陽が上ったばかりの時間に、暗黒騎士ザニバルはヘルタイガーのキトにまたがってそっと芒星城を出ようとしていた。

「待ってください」
 ゴニの厳しい声で呼び止められる。

「早く探しに行くんだもん」
「……あなたにも事情があるようですが、勇者係の仕事を忘れないでください。ナヴァリアを守るための大事な任務です」
 ゴニは紙の束を差し出した。

 ザニバルは紙を読んでみる。困りごとの内容と地図が書かれていた。ヴラドを探そうと思っていたが特にあてがあるわけでもない。ひたすら走り回るつもりだったが、それよりはこの地図が役に立つだろう。困りごとの話を聞きに回ればヴラドの話も聞き込みしやすい。

「やってみるもん」
 ザニバルは一番上の紙を受け取って装甲の隙間にしまう。
「行こう、キト」
 ザニバルを乗せて、キトは街道へと駆け出す。

「いってらっしゃい、気を付けてください」
 後ろからはゴニの優しい声。
 それはゴニがマリベルの正体だと勘違いしているキトにかけた言葉かもしれなかったが、ザニバルは少しさびしさが減ったような気がした。

「いってきます」
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