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第2章
法皇
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◆神聖ウルスラ帝国帝都 アトポシス神聖教団 法皇庁
アトポシス神聖教団は世界中に根を張る宗教組織である。帝都に本部の法皇庁を置いている。その教義では、尊い神に仕える人間の正しさと神に逆らう魔族の邪さが説かれる。
穏健な聖教団からの分離で成立したこの新興教団は、魔族への攻撃的な活動でよく知られている。魔族と戦争してきた帝国においては、なぜ魔族を滅ぼさねばならないのかという理論構築と精神指導を担ってもいた。このため神聖教団を導く法皇は帝国で強い権力を持ち、皇帝ですら頭が上がらないほどだ。
今日も皇帝を筆頭に帝国の重鎮が法皇庁の議場に集められ、法皇の前で報告をやらされている。
皇帝らが座っているテーブルの後ろには一段高い上座があり、そこから法皇が見下ろしている。法皇の前には御簾がかけられており、その姿はおぼろげだ。
今日の議題は帝国の治安だった。
大臣の一人が立ち上がり、財政悪化による警務予算の不足とそれに伴う都市の治安悪化を報告する。
「給与を支払えなくなったために警務隊自体が犯罪組織と化しておりして、どうにも止めようがない次第でして」
「そのようなもの、暗黒騎士を派遣すれば直ちに……」
皇帝はそう言いかけたところで、暗黒騎士は軍から追放したことを思い出す。
将軍の一人が報告する。
「軍の一部に大規模な反乱の兆候が出ております」
「なぜ鎮圧しない」
「鎮圧命令を出せば、それが反乱のきっかけになると分析しております。暗黒騎士が出動できれば抑えるのは容易だったのですが……」
また別の大臣が立ち上がる。
「古代遺跡の発掘現場にて魔獣の自動召喚機構を発動してしまい、一帯が魔獣に占拠されました。現地からは暗黒騎士の派遣を求められております」
「あやつはもうおらぬのだ!」
皇帝は額の汗を拭いてから気を取り直すように、
「その、ナヴァリア州に送った暗黒騎士はどうなった」
別の大臣が立ち上がる。
「報告によりますと、ナヴァリア州の関所を破ったとのことです」
「なに? どうして与えられた領地の関所を破るのだ?」
皇帝は眉根を寄せる。
また別の大臣が立つ。
「州都に暗黒騎士デス・ザニバルが現れ、前領主から追い払われたようです」
「なんだと? まさかあの暗黒騎士を追い払うようなことができるのか? 誰がやったのだ」
「黒騎士デル・アブリルとのことですが」
一同は顔を見合わせる。
「誰だ?」
「聞いたことがありません」
「……ザニバルの偽物か?」
「偽物があの本物を追い払えるわけがあるまい」
「ともかく調べさせろ」
そこで議場に軍人が飛び込んできた。
「緊急報告であります」
「述べよ」
皇帝の許しを受けて軍人は話し始める。
「ガイレン山脈の国境要塞が壊滅、完全破壊されました」
一同は大きくざわめく。
御簾の向こうで法皇が口を開く。まだ若い女の声だ。
「国境要塞には我ら教団が奇跡の神眼を与えたのであるぞ。神眼はいかがした」
「要塞司令官によりますと、暗黒騎士ザニバルが要塞を突如訪れまして、しかしその正体はメロッピでありまして、メロッピが巨大化して神眼を破壊したとのことなのですが……」
説明している軍人も自信なさそうだ。
一同は大きく首をかしげる。
「ザニバルが要塞を破壊したのか? なぜ?」
「いや、正体はメロッピだったのだろう? そのザニバルは偽物だ」
「しかしメロッピとは?」
軍人が紙を広げて、そこに描かれているメロッピを見せる。
黄色い果実を滑稽に擬人化した絵だ。
そこに御簾の向こうから怒声が飛んだ。
「くだらぬ戯画の説明など無用! しかして要塞の喪失は重大問題であるぞ! なにゆえ帝国にガイレン山脈の国境封鎖を申しつけておったのか、よく理解しておらぬのではあるまいな!」
「はっ、王国からの魔族流入を防ぎ、王国による領土主張を否定するためでございます」
皇帝が頭を下げて答える。
「そうだ。ナヴァリアは王国とつながりが深い。それを断ち切るための神眼であった! その神眼を失いおってからに! 信仰が足りぬわ!」
「ははっ……」
皇帝は深々と頭を下げる。額には冷や汗が流れている。
「暗黒騎士をナヴァリアに送らせたのも魔族と争わせるためぞ! 役に立たせておらぬではないか! いったいどうなっているのだ!」
法皇から厳しい叱責が飛ぶ。
皇帝は激しい頭痛に襲われて額を指で押えながら、
「誠に申し訳ございませぬ…… 誰か報告を整理してくれぬか」
テーブルの末席に座っていた若い女が立ち上がった。神聖教団の実働部隊である神聖騎士団の服装をまとっている。
「神聖騎士団、突撃隊長、ミレーラ・ガゼットです。ザニバル殿の元副官です。ザニバル殿のことならお任せください!」
「よかろう。話せ」
「ザニバル殿はナヴァリア州への関所を破り、ナヴァリア州都で追い払われ、偽物が果樹園でマルメロ泥棒を働き、偽物が巨大メロッピになり、巨大メロッピによって国境の要塞を破壊して神眼が失われ、そしてナヴァリアの勇者にザニバル殿が就任されました」
「先ほどの報告にはなかった情報もあるようだが?」
「はい! 私は詳しいので」
ミレーラは張りきっている様子だ。
「しかし、やはりまるで意味が分からん。どうして州都から追い払われたザニバルがナヴァリアの勇者になるのだ……?」
「私にナヴァリア行きを命じていただけませんでしょうか。直接調査してきますので」
ミレーラが提案する。
御簾の奥から法皇が声をかける。
「ミレーラ・ガゼットよ。認める。調べてくるがよい」
「ありがとうございます!」
ミレーラは目を輝かせる。
「ザニバル殿、ひとり置いていかれた恨みを晴らさせてもらいますから!」
アトポシス神聖教団は世界中に根を張る宗教組織である。帝都に本部の法皇庁を置いている。その教義では、尊い神に仕える人間の正しさと神に逆らう魔族の邪さが説かれる。
穏健な聖教団からの分離で成立したこの新興教団は、魔族への攻撃的な活動でよく知られている。魔族と戦争してきた帝国においては、なぜ魔族を滅ぼさねばならないのかという理論構築と精神指導を担ってもいた。このため神聖教団を導く法皇は帝国で強い権力を持ち、皇帝ですら頭が上がらないほどだ。
今日も皇帝を筆頭に帝国の重鎮が法皇庁の議場に集められ、法皇の前で報告をやらされている。
皇帝らが座っているテーブルの後ろには一段高い上座があり、そこから法皇が見下ろしている。法皇の前には御簾がかけられており、その姿はおぼろげだ。
今日の議題は帝国の治安だった。
大臣の一人が立ち上がり、財政悪化による警務予算の不足とそれに伴う都市の治安悪化を報告する。
「給与を支払えなくなったために警務隊自体が犯罪組織と化しておりして、どうにも止めようがない次第でして」
「そのようなもの、暗黒騎士を派遣すれば直ちに……」
皇帝はそう言いかけたところで、暗黒騎士は軍から追放したことを思い出す。
将軍の一人が報告する。
「軍の一部に大規模な反乱の兆候が出ております」
「なぜ鎮圧しない」
「鎮圧命令を出せば、それが反乱のきっかけになると分析しております。暗黒騎士が出動できれば抑えるのは容易だったのですが……」
また別の大臣が立ち上がる。
「古代遺跡の発掘現場にて魔獣の自動召喚機構を発動してしまい、一帯が魔獣に占拠されました。現地からは暗黒騎士の派遣を求められております」
「あやつはもうおらぬのだ!」
皇帝は額の汗を拭いてから気を取り直すように、
「その、ナヴァリア州に送った暗黒騎士はどうなった」
別の大臣が立ち上がる。
「報告によりますと、ナヴァリア州の関所を破ったとのことです」
「なに? どうして与えられた領地の関所を破るのだ?」
皇帝は眉根を寄せる。
また別の大臣が立つ。
「州都に暗黒騎士デス・ザニバルが現れ、前領主から追い払われたようです」
「なんだと? まさかあの暗黒騎士を追い払うようなことができるのか? 誰がやったのだ」
「黒騎士デル・アブリルとのことですが」
一同は顔を見合わせる。
「誰だ?」
「聞いたことがありません」
「……ザニバルの偽物か?」
「偽物があの本物を追い払えるわけがあるまい」
「ともかく調べさせろ」
そこで議場に軍人が飛び込んできた。
「緊急報告であります」
「述べよ」
皇帝の許しを受けて軍人は話し始める。
「ガイレン山脈の国境要塞が壊滅、完全破壊されました」
一同は大きくざわめく。
御簾の向こうで法皇が口を開く。まだ若い女の声だ。
「国境要塞には我ら教団が奇跡の神眼を与えたのであるぞ。神眼はいかがした」
「要塞司令官によりますと、暗黒騎士ザニバルが要塞を突如訪れまして、しかしその正体はメロッピでありまして、メロッピが巨大化して神眼を破壊したとのことなのですが……」
説明している軍人も自信なさそうだ。
一同は大きく首をかしげる。
「ザニバルが要塞を破壊したのか? なぜ?」
「いや、正体はメロッピだったのだろう? そのザニバルは偽物だ」
「しかしメロッピとは?」
軍人が紙を広げて、そこに描かれているメロッピを見せる。
黄色い果実を滑稽に擬人化した絵だ。
そこに御簾の向こうから怒声が飛んだ。
「くだらぬ戯画の説明など無用! しかして要塞の喪失は重大問題であるぞ! なにゆえ帝国にガイレン山脈の国境封鎖を申しつけておったのか、よく理解しておらぬのではあるまいな!」
「はっ、王国からの魔族流入を防ぎ、王国による領土主張を否定するためでございます」
皇帝が頭を下げて答える。
「そうだ。ナヴァリアは王国とつながりが深い。それを断ち切るための神眼であった! その神眼を失いおってからに! 信仰が足りぬわ!」
「ははっ……」
皇帝は深々と頭を下げる。額には冷や汗が流れている。
「暗黒騎士をナヴァリアに送らせたのも魔族と争わせるためぞ! 役に立たせておらぬではないか! いったいどうなっているのだ!」
法皇から厳しい叱責が飛ぶ。
皇帝は激しい頭痛に襲われて額を指で押えながら、
「誠に申し訳ございませぬ…… 誰か報告を整理してくれぬか」
テーブルの末席に座っていた若い女が立ち上がった。神聖教団の実働部隊である神聖騎士団の服装をまとっている。
「神聖騎士団、突撃隊長、ミレーラ・ガゼットです。ザニバル殿の元副官です。ザニバル殿のことならお任せください!」
「よかろう。話せ」
「ザニバル殿はナヴァリア州への関所を破り、ナヴァリア州都で追い払われ、偽物が果樹園でマルメロ泥棒を働き、偽物が巨大メロッピになり、巨大メロッピによって国境の要塞を破壊して神眼が失われ、そしてナヴァリアの勇者にザニバル殿が就任されました」
「先ほどの報告にはなかった情報もあるようだが?」
「はい! 私は詳しいので」
ミレーラは張りきっている様子だ。
「しかし、やはりまるで意味が分からん。どうして州都から追い払われたザニバルがナヴァリアの勇者になるのだ……?」
「私にナヴァリア行きを命じていただけませんでしょうか。直接調査してきますので」
ミレーラが提案する。
御簾の奥から法皇が声をかける。
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