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第2章
動く塔と暗黒騎士
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暗黒騎士ザニバルは目を疑った。
村には各所に塔が点在している。その塔がザニバルに近づいてきたように見えるのだ。
ザニバルは谷の道を戻って、家の庭に入ってみた。
雑草が生い茂る庭に塔が立っている。塔周辺の雑草に乱れがあった。まるで塔から引きずられたかのように。
ザニバルが近づいてみると塔が揺れた。さらに近づくと塔が突然少し高くなる。塔の下から足のような根が現れて、持ち上げられていた。
ザニバルが迫ると、塔は根を動かして歩くように後退する。
塔からは恐怖の匂いが立ち昇ってくる。誰かが中にいて塔を操っているのだろう。
ザニバルがまとう魔装は鋭い刃のような装甲が重なっている。
「切り倒してみようかな」
肘の装甲が伸びて、長い刃と化す。
ザニバルが構えたときだった。
「「「「止めて」」」」
四方から女性の声がする。
四本の塔が根を足のように動かし、のしのし歩いて近づいてくる。
ザニバルは興味深く塔を眺める。
魔法で家を動かす話は聞いたことがあるし、魔道具で浮遊させてある石造防壁を皆で引っ張って前線まで運んだこともある。
しかし足を生やして生き物のように歩く塔は初めてだ。エルフの秘法だろうか。
塔の屋上からはそれぞれ顔が覗いている。いずれもエルフの女性だ。
「これがあの暗黒騎士……」
「見れば見るほど恐ろしい……」
「敵も味方も見境ない殺人鬼だとか……」
「……皆、静かに!」
「暗黒騎士殿」
最も高齢、といっても三十代前半ぐらいに見えるエルフが話しかけてくる。
「我はこの塔之村の長老だ。マヒメの母の母の母の母、高祖母でもある。どうかお願いだ、魔物退治の依頼を断ってほしい」
ザニバルは塔の上を見上げる。
「魔物が怖いからその塔に引きこもっているんだよね。魔物がいるほうがいいの? そんなにそこにいたいのかな?」
「違う! 魔物を傷つけないでほしいのだ!」
長老の声には必死さがにじんでいる。
ザニバルは小首を傾げる。魔装の装甲がこすれ合って金属音を立てる。
「マヒメは魔物の話を疑ってたよ。走り回る音なんか聞いたことないって。本当は魔物なんていないんじゃないの」
道に残された大きなくぼみや、屋根の上の引きちぎられた蔦。それらにザニバルは目を向けて、
「これ、魔物の通った跡じゃなくて、その塔が歩いた跡なんでしょ」
「そうではない、この塔は屋根に登ったりできないのだ! ただ、その……」
長老は口ごもる。
「まあいいや、魔物は自分で探してみるもん」
ザニバルは肘から伸ばした刃をひらひらと振ってみせる。
「何卒、何卒、退治は止めていただきたい」
長老が拝むように頼んでくる。
「襲ってきたらやっつけるから」
ザニバルがそう言うと長老の顔は真っ蒼になる。
そのときエルフ女性の一人が塔の屋上から叫んだ。
「長老、マヒメが戻ってきます!」
「いかん、急いで塔を戻すのだ」
長老が号令を下す。
塔はのしのし歩いて元の場所に戻っていく。
急いでいるわりには大した速度ではない。あの足の短さでは確かに屋根に登ったりもできないだろう。
「この村、へんてこ」
ぽつりと漏らしたザニバルのところへマヒメが駆けてきた。手には包みと竹筒を持っている。
マヒメはザニバルの前で急停止して、包みと竹筒をさしだした。
「悪魔でもご飯は食べるんじゃないかなと思って」
「ザニバルは悪魔じゃないもん!」
そう言いつつもザニバルは受け取って包みを開く。炊いた穀物を丸めたものと焼き魚が入っていた。竹筒は振るとちゃぷちゃぷ音がして、水が入っているらしい。お腹を減らしていたザニバルにはありがたい。
持ってきたマヒメ本人はしっかり食べていないのか顔に元気がないようだ。ご飯の準備で忙しすぎるのだろう。
「晩ご飯を作らないと」
またすぐに駆け戻ろうとするマヒメを、ザニバルは呼び止める。
「どうしてそんなに無理するの? みんな魔物のせいにして引きこもってるだけなんじゃないの。働かせればいいじゃない」
「こんなの全然無理していないもの。だって、ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトのやってた分を代わりにやってるだけ」
そう言って微笑むマヒメの瞳は昏い。
バチリと音がした。
マヒメから火花が散ったようだ。
「なに? 今の」
「なんのこと?」
ザニバルは火花の跡を見つめる。しかしもう何も起きない。マヒメも気が付いていないようだ。目の錯覚だろうか。
「さあ急がないと」
言い残してマヒメは駆けていく。
つんとする匂いが残る。空気の焼けた匂いだ。
魔装に宿る悪魔バランがつぶやく。
<あの女、匂うよ。ここに来たかいがあったというものさ>
やることもなくザニバルは石段を上って神社に戻る。
改めて神社の様子を眺める。
土地をしめ縄で四角く区切った一画がある。その中には苗木が植わっている。よく見れば、ゴブリンたちの果樹園で見たマルメロの木だ。ここでマルメロは育てられていたのだろうか。
神社の拝殿は古ぼけていて、柱や壁が朽ちかけている。マヒメが用意したらしき地味なお供え物だけが並んでいて、参拝者はほとんどいないようだ。
かつて行軍中の暇つぶしにザニバルが聞いた話によると、ウルスラ大陸のエルフはかつてアズマ群島から渡ってきた一族なのだという。トリイや神社などエルフ独特の文化もアズマから持ってきたのだそうだ。それを目の当たりにしている。
社務所に入ってみると、広い台所でマヒメが忙しなく働いていた。
かまどには蒸し器が置かれ、団子を蒸し上げている。
台所の卓には器代わりの竹皮が並んでいて、そこにマヒメの手で干した果物が置かれていく。
ザニバルは干しイチジクの籠を見つけて、それを竹皮に並べようとした。マヒメがそれを見て、バチリと音が響く。
「止めて! それはルシタの仕事だから!」
マヒメが叫び、ザニバルは手を止めた。
「ルシタ? 誰もいないよ」
「ここにいるでしょ」
そう言いながらマヒメは籠をザニバルから取り上げようとする。
ザニバルはひょいとかわして、干しイチジクを並べ続ける。
「ザニバルにだってできるもん」
バチバチと音がするや、一瞬でマヒメが籠をつかむ。驚くべき速度だ。
「ルシタに返して」
二人で籠を引っ張り合う。ザニバルの剛力で籠を引っ張ると中身の干しイチジクが弾けて宙に飛んだ。
マヒメは慌てて干しイチジクをつかみ取る。早業だった。
ため息をついてからマヒメは、
「とにかくこれはルシタがやるって決まってるの。……でも、まさかあの暗黒騎士が手伝ってくれるなんて思わなかった」
いつもお母さんを手伝ってたから当たり前なのになとザニバルは思う。このマヒメは手伝わせてくれない。悲しい気分でザニバルは見物する。
夕方になるとマヒメはまた村中にご飯を配る。
ザニバルも付いて回った。全然手伝わせてもらえなかった。
それが終わるとマヒメは社務所で服を繕ったり明日の食事の下ごしらえをしたりと仕事を続けた。こんな生活をずっと過ごしてきているらしい。
マヒメが世話をする対象に加えられたのか、社務所ではザニバルの夕ご飯も用意された。
顔を見られたくないザニバルは外に出て、隠れて夕ご飯を食べた。森から戻ってきたキトも一緒だ。キトは狩りをしてたらふく食べてきたらしい。
ザニバルが撫でるとキトは満足そうに鳴く。
マヒメはきちんとご飯を食べているのだろうかとザニバルは思う。誰かが叱ってあげなきゃいけないんじゃ。
とっぷり日が暮れる。
ザニバルはそろそろ魔物探しに出かけることにした。マヒメも見送りに出てくる。
「じゃあ探しに行ってくる」
「何もいないと思うけど確かめてきて」
ザニバルは谷を見回ってみる。キトを連れて歩く。
家や塔、村中どこにも灯りがない。だが空には満月、ザニバルには十分すぎる明るさだ。風は無く、空気は生暖かい。
夏の谷には森から鳥の鳴き声が響く。道端では虫が鳴いている。ザニバルが道を進むと虫の跳ねる気配がする。
夜闇の中、月光に照らされた塔群が静かに浮かび上がる。
普通であれば美しい光景だったかもしれない。だがザニバルにとっては戦場だ。
点在する塔からは昼間よりもはるかに強く恐怖の匂いが立ち昇っている。塔に住む者たちが恐れおののいているのだ。
確かにここには何かが潜んでいるとザニバルは確信する。
風が吹き始めた。
風に乗って調子っぱずれな音楽のような騒音が聞こえてくる。
ザニバルは緊張を高める。
怖い。身体が震えそうだ。得体の知れない何かが現れようとしている。
逃げ出したくなる気持ちを悪魔バランが喰らう。
騒音は次第に大きく高くなってくる。
騒音の主が近づいてくるのだ。
風も強まっていく。
ババビララー
バビラビラビラー
騒音が轟き渡って谷の空気を圧する。
ザニバルは目を疑った。
眩しい光が村をくっきりと照らし出す。
稲妻を連ねたような長くてくねったものが谷の上から這ってくる。絶え間ない稲妻が大蛇のような形を成しているのだ。
長さは軽く数十メル以上、太さも数メルはあるだろう。人どころか塔を丸呑みできそうだ。
バラリラーリラー
白く輝く稲妻が走るたびにバヂリと音を立てる。その音が連なって音楽のような騒音を発している。
<こいつは雷蛇だよ! 悪魔ボウマが生み出す魔獣さね!>
悪魔バランが色めきたつ。
だがザニバルが驚いたのはそこではなかった。
雷蛇の頭とおぼしき箇所に乗っている者がいる。
雷蛇と同じく稲妻に包まれた者の姿はまるで丈や襟の長い白服を着ているかのようだ。
電光をまとわりつかせた長い銀髪は逆立ち、風になびいている。
マヒメだ。その顔は突き抜けたように晴れやかだった。
バリラー
バリラリラリラー
「ヒャッハアアアッ! ボウマ様のお通りだああっ! バリバリ走るぜええええっ!」
マヒメの叫びが轟く。
村には各所に塔が点在している。その塔がザニバルに近づいてきたように見えるのだ。
ザニバルは谷の道を戻って、家の庭に入ってみた。
雑草が生い茂る庭に塔が立っている。塔周辺の雑草に乱れがあった。まるで塔から引きずられたかのように。
ザニバルが近づいてみると塔が揺れた。さらに近づくと塔が突然少し高くなる。塔の下から足のような根が現れて、持ち上げられていた。
ザニバルが迫ると、塔は根を動かして歩くように後退する。
塔からは恐怖の匂いが立ち昇ってくる。誰かが中にいて塔を操っているのだろう。
ザニバルがまとう魔装は鋭い刃のような装甲が重なっている。
「切り倒してみようかな」
肘の装甲が伸びて、長い刃と化す。
ザニバルが構えたときだった。
「「「「止めて」」」」
四方から女性の声がする。
四本の塔が根を足のように動かし、のしのし歩いて近づいてくる。
ザニバルは興味深く塔を眺める。
魔法で家を動かす話は聞いたことがあるし、魔道具で浮遊させてある石造防壁を皆で引っ張って前線まで運んだこともある。
しかし足を生やして生き物のように歩く塔は初めてだ。エルフの秘法だろうか。
塔の屋上からはそれぞれ顔が覗いている。いずれもエルフの女性だ。
「これがあの暗黒騎士……」
「見れば見るほど恐ろしい……」
「敵も味方も見境ない殺人鬼だとか……」
「……皆、静かに!」
「暗黒騎士殿」
最も高齢、といっても三十代前半ぐらいに見えるエルフが話しかけてくる。
「我はこの塔之村の長老だ。マヒメの母の母の母の母、高祖母でもある。どうかお願いだ、魔物退治の依頼を断ってほしい」
ザニバルは塔の上を見上げる。
「魔物が怖いからその塔に引きこもっているんだよね。魔物がいるほうがいいの? そんなにそこにいたいのかな?」
「違う! 魔物を傷つけないでほしいのだ!」
長老の声には必死さがにじんでいる。
ザニバルは小首を傾げる。魔装の装甲がこすれ合って金属音を立てる。
「マヒメは魔物の話を疑ってたよ。走り回る音なんか聞いたことないって。本当は魔物なんていないんじゃないの」
道に残された大きなくぼみや、屋根の上の引きちぎられた蔦。それらにザニバルは目を向けて、
「これ、魔物の通った跡じゃなくて、その塔が歩いた跡なんでしょ」
「そうではない、この塔は屋根に登ったりできないのだ! ただ、その……」
長老は口ごもる。
「まあいいや、魔物は自分で探してみるもん」
ザニバルは肘から伸ばした刃をひらひらと振ってみせる。
「何卒、何卒、退治は止めていただきたい」
長老が拝むように頼んでくる。
「襲ってきたらやっつけるから」
ザニバルがそう言うと長老の顔は真っ蒼になる。
そのときエルフ女性の一人が塔の屋上から叫んだ。
「長老、マヒメが戻ってきます!」
「いかん、急いで塔を戻すのだ」
長老が号令を下す。
塔はのしのし歩いて元の場所に戻っていく。
急いでいるわりには大した速度ではない。あの足の短さでは確かに屋根に登ったりもできないだろう。
「この村、へんてこ」
ぽつりと漏らしたザニバルのところへマヒメが駆けてきた。手には包みと竹筒を持っている。
マヒメはザニバルの前で急停止して、包みと竹筒をさしだした。
「悪魔でもご飯は食べるんじゃないかなと思って」
「ザニバルは悪魔じゃないもん!」
そう言いつつもザニバルは受け取って包みを開く。炊いた穀物を丸めたものと焼き魚が入っていた。竹筒は振るとちゃぷちゃぷ音がして、水が入っているらしい。お腹を減らしていたザニバルにはありがたい。
持ってきたマヒメ本人はしっかり食べていないのか顔に元気がないようだ。ご飯の準備で忙しすぎるのだろう。
「晩ご飯を作らないと」
またすぐに駆け戻ろうとするマヒメを、ザニバルは呼び止める。
「どうしてそんなに無理するの? みんな魔物のせいにして引きこもってるだけなんじゃないの。働かせればいいじゃない」
「こんなの全然無理していないもの。だって、ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトのやってた分を代わりにやってるだけ」
そう言って微笑むマヒメの瞳は昏い。
バチリと音がした。
マヒメから火花が散ったようだ。
「なに? 今の」
「なんのこと?」
ザニバルは火花の跡を見つめる。しかしもう何も起きない。マヒメも気が付いていないようだ。目の錯覚だろうか。
「さあ急がないと」
言い残してマヒメは駆けていく。
つんとする匂いが残る。空気の焼けた匂いだ。
魔装に宿る悪魔バランがつぶやく。
<あの女、匂うよ。ここに来たかいがあったというものさ>
やることもなくザニバルは石段を上って神社に戻る。
改めて神社の様子を眺める。
土地をしめ縄で四角く区切った一画がある。その中には苗木が植わっている。よく見れば、ゴブリンたちの果樹園で見たマルメロの木だ。ここでマルメロは育てられていたのだろうか。
神社の拝殿は古ぼけていて、柱や壁が朽ちかけている。マヒメが用意したらしき地味なお供え物だけが並んでいて、参拝者はほとんどいないようだ。
かつて行軍中の暇つぶしにザニバルが聞いた話によると、ウルスラ大陸のエルフはかつてアズマ群島から渡ってきた一族なのだという。トリイや神社などエルフ独特の文化もアズマから持ってきたのだそうだ。それを目の当たりにしている。
社務所に入ってみると、広い台所でマヒメが忙しなく働いていた。
かまどには蒸し器が置かれ、団子を蒸し上げている。
台所の卓には器代わりの竹皮が並んでいて、そこにマヒメの手で干した果物が置かれていく。
ザニバルは干しイチジクの籠を見つけて、それを竹皮に並べようとした。マヒメがそれを見て、バチリと音が響く。
「止めて! それはルシタの仕事だから!」
マヒメが叫び、ザニバルは手を止めた。
「ルシタ? 誰もいないよ」
「ここにいるでしょ」
そう言いながらマヒメは籠をザニバルから取り上げようとする。
ザニバルはひょいとかわして、干しイチジクを並べ続ける。
「ザニバルにだってできるもん」
バチバチと音がするや、一瞬でマヒメが籠をつかむ。驚くべき速度だ。
「ルシタに返して」
二人で籠を引っ張り合う。ザニバルの剛力で籠を引っ張ると中身の干しイチジクが弾けて宙に飛んだ。
マヒメは慌てて干しイチジクをつかみ取る。早業だった。
ため息をついてからマヒメは、
「とにかくこれはルシタがやるって決まってるの。……でも、まさかあの暗黒騎士が手伝ってくれるなんて思わなかった」
いつもお母さんを手伝ってたから当たり前なのになとザニバルは思う。このマヒメは手伝わせてくれない。悲しい気分でザニバルは見物する。
夕方になるとマヒメはまた村中にご飯を配る。
ザニバルも付いて回った。全然手伝わせてもらえなかった。
それが終わるとマヒメは社務所で服を繕ったり明日の食事の下ごしらえをしたりと仕事を続けた。こんな生活をずっと過ごしてきているらしい。
マヒメが世話をする対象に加えられたのか、社務所ではザニバルの夕ご飯も用意された。
顔を見られたくないザニバルは外に出て、隠れて夕ご飯を食べた。森から戻ってきたキトも一緒だ。キトは狩りをしてたらふく食べてきたらしい。
ザニバルが撫でるとキトは満足そうに鳴く。
マヒメはきちんとご飯を食べているのだろうかとザニバルは思う。誰かが叱ってあげなきゃいけないんじゃ。
とっぷり日が暮れる。
ザニバルはそろそろ魔物探しに出かけることにした。マヒメも見送りに出てくる。
「じゃあ探しに行ってくる」
「何もいないと思うけど確かめてきて」
ザニバルは谷を見回ってみる。キトを連れて歩く。
家や塔、村中どこにも灯りがない。だが空には満月、ザニバルには十分すぎる明るさだ。風は無く、空気は生暖かい。
夏の谷には森から鳥の鳴き声が響く。道端では虫が鳴いている。ザニバルが道を進むと虫の跳ねる気配がする。
夜闇の中、月光に照らされた塔群が静かに浮かび上がる。
普通であれば美しい光景だったかもしれない。だがザニバルにとっては戦場だ。
点在する塔からは昼間よりもはるかに強く恐怖の匂いが立ち昇っている。塔に住む者たちが恐れおののいているのだ。
確かにここには何かが潜んでいるとザニバルは確信する。
風が吹き始めた。
風に乗って調子っぱずれな音楽のような騒音が聞こえてくる。
ザニバルは緊張を高める。
怖い。身体が震えそうだ。得体の知れない何かが現れようとしている。
逃げ出したくなる気持ちを悪魔バランが喰らう。
騒音は次第に大きく高くなってくる。
騒音の主が近づいてくるのだ。
風も強まっていく。
ババビララー
バビラビラビラー
騒音が轟き渡って谷の空気を圧する。
ザニバルは目を疑った。
眩しい光が村をくっきりと照らし出す。
稲妻を連ねたような長くてくねったものが谷の上から這ってくる。絶え間ない稲妻が大蛇のような形を成しているのだ。
長さは軽く数十メル以上、太さも数メルはあるだろう。人どころか塔を丸呑みできそうだ。
バラリラーリラー
白く輝く稲妻が走るたびにバヂリと音を立てる。その音が連なって音楽のような騒音を発している。
<こいつは雷蛇だよ! 悪魔ボウマが生み出す魔獣さね!>
悪魔バランが色めきたつ。
だがザニバルが驚いたのはそこではなかった。
雷蛇の頭とおぼしき箇所に乗っている者がいる。
雷蛇と同じく稲妻に包まれた者の姿はまるで丈や襟の長い白服を着ているかのようだ。
電光をまとわりつかせた長い銀髪は逆立ち、風になびいている。
マヒメだ。その顔は突き抜けたように晴れやかだった。
バリラー
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「ヒャッハアアアッ! ボウマ様のお通りだああっ! バリバリ走るぜええええっ!」
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