暗黒騎士の大逆転

モト

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第2章

お空の上と暗黒騎士

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 猛速度で上昇していく塔にしがみついている暗黒騎士ザニバル。
 塔は底の穴から焔を噴出し、その反動で飛翔している。
 塔は激しく揺れる。ザニバルは必死にしがみつく。

 塔が雨雲を抜けると星空が広がる。
 ザニバルはしかしその美しさを眺めるどころではない。
 塔はより加速している。このままではどこまで飛んでいってしまうのか。ザニバルはあまりにも怖くて気が遠くなりそうだ。

<ザニバル、怖がるのを止めな! 恐怖の瘴気を出せば出すほど速度が上がっちまうんだよ!>
 ザニバルの魔装に宿る悪魔バランが叫ぶ。
<この「アルテムの杖」とやらは魔力変換集束器だ! 瘴気を魔力に変えて、焔の魔法に集束して飛んでいるんのさ! 瘴気がある限り止まりゃしないよ!>

<で、でも!>
 上を見ても下を見ても怖い。
 上昇し続けて蒼空が黒い空に変わってきた。星を離れようとしているのだ。
 下には茶色い大陸とそれを覆う白い雲の模様、そして青い海が広がっている。

 ザニバルの恐怖は瘴気を生み出す。塔はその瘴気を吸い込んで力に変えて飛んでいる。怖がるほどに瘴気が塔に供給されてしまう。

 ザニバルはなんとか恐怖を抑えようと意識を集中する。状況がよく認識できるようになって、むしろもっと怖くなる。

 明瞭になってきた心に、塔の中からの恐怖も伝わってくる。このアルテムの杖を使っていた者たちが遺した恐怖。何があったのかはよく分からない。でも最期の気持ちは感じ取れる。

 圧倒的な死が迫る。
 杖を使いこなせない恐怖。
 仲間を守れない恐怖。
 仲間を喪う恐怖。
 マヒメが逃げようとしない恐怖。
 せめて最年少のマヒメだけでも助けたいのに。

 ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルト。
 七人の恐怖、そしてマヒメを逃がしたいという想いがこの杖に込められている。

 ザニバルには分かった。
 彼らのマヒメを逃がしたいという想いが逃避の悪魔ボウマを召喚したのだ。
 かつて自分の抱いた恐怖が悪魔バランを呼んだように。

 ザニバルは怖がらないのを止めた。
 バランが何か叫んでいるのは無視する。
 恐怖こそが自分なのだ。 
 もっともっと怖くなろう。

 杖の中の恐怖を迎え入れる。
 ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトの恐怖が心の奥底にまで入ってくる。

 ザニバルは魔装を解く。暗黒の瘴気が拡散する。幼い少女の姿が露わになる。
 使用者との接続が切れて、塔が杖に戻る。
 少女は杖を抱きかかえる。

 高空の凍気がたちまちザニバルの髪や肌を凍りつかせていく。
 上空への加速が止まり、推力を失った杖と共にザニバルは重力に引かれて落ち始める。
 
 身体が凍りつき、息もできない恐怖。
 落ちていくにつれて熱が高まり焼かれる恐怖。
 激しい乱流に身体をばらばらにされる恐怖。
 恐怖がザニバルを襲う。
 
 なによりも恐ろしいのは、このまま無駄死にしてお父さんやお母さんやお姉ちゃんの仇をとれないこと。
 そこにユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトの恐怖も加わっている。

 怖い、怖い!

 ザニバルは極限の恐怖を直視する。
 恐怖から生まれる瘴気の全てを杖に注ぎ込む。
 あらんかぎりの恐怖で杖を支配する。
 杖が再び塔に変わろうとするのを抑え、望む形に導く。
 ザニバルが杖に求めるのは飛ぶことじゃない。走ることだ。

 杖は枝を伸ばす。
 二本の枝が渦巻いて輪を作る。車輪だ。
 また別の枝が杖に水平な棒を成す。取っ手だ。ザニバルは取っ手を握る。
 杖は膨らみ、ザニバルがまたがる車体に変化する。
 車体は中央に瘴気を蓄積し、そこで生み出される力が車輪を回転させる。
 車体の側面に突き出た杖の後端から余剰の瘴気が噴き出す。

 ザニバルの身体を魔装が覆っていく。いつもよりも薄く滑らかで流線形。風を切り裂くための形だ。


 雨が降り続けている神社。
 マヒメの母ミシカは、ザニバルが打ち上がっていった後もただ空を見上げていた。

 強い魔力の接近を感じる。
 ミシカは己の杖を掲げて、光の魔法を全開にする。

 雲に穴が開いた。
 何かが雲を突き抜けて落ちてくるのだ。

 それは黒い傘のようなものを広げて空気に抗いながら降下してくる。ミシカの目前に着地した。地面に溜まった水が跳ね上がる。それの車輪が深く沈みこんでから元に戻る。

 黒い傘が吸い込まれるように閉じていき、それの姿が明かされた。

「アルテムの…… 馬……!?」
 ミシカは目を見開く。

 二輪の車に暗黒騎士がまたがっている。
 車は振動していて、低く唸るような音を立てている。
 車からはアルテムの杖の力が感じられる。しかしその色は白ではない。黒く闇に染まっていた。

「いいね、これ。ボウマをこてんぱんにしてやれるよ」
 暗黒騎士の兜から覗く赤い眼が炎のように燃えている。

 ミシカは顔色を変えた。
「それでは約束が違います! 娘を守っていただくためにさしあげたのです!」

「最初に約束したのはマヒメだもん。他の約束はまた後の話だよ」
 ザニバルは言い放った。
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