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第2章
暗黒二輪車と暗黒騎士
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朝になった。
巫女のマヒメは早くから起きて、いつものように台所で村中の朝食を準備中だ。
暗黒騎士ザニバルはその後ろで手持無沙汰にしている。
「ねえ、手伝うことないの」
「ないわよ」
マヒメは振り返りもせずに手を動かし続ける。
ザニバルは前に回り込んでマヒメの顔を覗き込む。露骨に顔色が悪い。栄養不足と疲労、それに心労が重なっているようだ。
「ねえ、ご飯食べてないでしょ」
「後で」
そう言いながらマヒメは朝食の包みを一つザニバルに押し付ける。
ザニバルは受け取って装甲の隙間にしまいつつ、
「ザニバルのお母さんもいっつも忙しそうにしてて、お姉ちゃんから叱られてご飯を食べてた…… ねえ、マヒメは誰も叱ってくれないでしょ。叱ってくれる怖い人がいないのはダメだよ」
マヒメは昏い目をする。
「……いつも叱られてるわ。ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトから、働きが足りないって」
大きな籠に朝食の包みを詰めてマヒメは社務所を出ていく。
ザニバルも外に出る。
雨はもう止んでいた。
神社の一画に並んで植えられていた苗木はほとんどが萎れている。
残ったわずかな苗木もひょろひょろと弱々しく伸びていて、その枝には白く小さなつぼみができていた。
マヒメはそのつぼみを見て絶望的な表情を浮かべた。
「このつぼみが花開くとき、海の宮に移植できていなければ、神樹は枯れる。神樹は育つ時に山の陰気が、花開くときには海の陽気が必要なのよ……」
マヒメは足取りも重く石段を降りて村の家々に向かう。
ザニバルは後ろをついていって、さらにその後ろをヘルタイガーのキトが歩く。
長老の塔にたどり着いたマヒメは叫ぶ。
「一刻の猶予もありません! 遷宮を始めないと神樹は全部枯れてしまいます!」
塔の上に姿を現した長老は諦めきった顔をしている。
「いいのですよ、マヒメ」
「なにがいいんですか! 魔物だったらこの暗黒騎士がやっつけてくれると約束しました!」
「だから、それはもういいのです」
長老はそれだけ言うと顔をひっこめてしまった。
マヒメは歯ぎしりして、他の塔に向かう。
しかしどこも同じ反応だ。
最後にマヒメが向かったのは母ミシカが住んでいる塔だった。ミシカが塔の上に顔を出す。静かな表情をしている。
「お母さん、どうして遷宮祭を始めないのよ! 村を守りたくないの?」
ミシカは無言だ。
「……こうなったら私一人でもやってやるわ!」
マヒメは言い放って神社へと向かう。
ここまでマヒメについて回っていたザニバルはとどまって、ミシカの塔を見上げる。ミシカと目が合う。
昨夜、ボウマをやっつけると宣言したザニバルは、続けてミシカに伝えた。ザニバルがマヒメを叱ると。
ミシカはザニバルに向けて両手を合わせて祈る。
ザニバルの兜の奥で赤い眼が燃えるように輝く。
マヒメは一人で神社に駆け戻ってきた。
社務所に入ってすぐにまた出てくる。その手には神具の幣がある。
「今度こそはやってやるわ!」
苗木が生えている一画でマヒメは幣を大きく振りかぶった。
「戻れええええっ!」
幣は白木の杖に白い紙が下がっている。その白木の杖がみるみる拡大しながら変形して、苗木の一本を内部に包み込んでいく。紙が周囲に飛び散る。
「大丈夫、やれるわ!」
マヒメは歓喜する。バチリと音がする。
杖はさらに膨らみ伸び続けていって、遂には数十メルにも達する塔と化した。
マヒメは見上げる。
その身体にバヂリと小さな稲妻が走る。
塔の周囲に無数の光点。光点は稲妻となり、走っては消え、消えてはまた現れる。塔を稲妻が包み込む。
それを見上げるマヒメの全身もまた稲妻をまとっていた。帯電した長い銀髪が浮かび上がる。
「走りの刻だ」
マヒメは大きく口角を上げてニヤリと笑う。悪魔のような笑いだ。青い瞳が今や白く光っている。
「この身体はいただきだよ」
塔からは稲妻が伸びていき、長大な蛇を象る。雷蛇だ。
マヒメは蛇身を駆け登って蛇頭に乗った。
「よっしゃああ! 今日も走り回るぜえ!」
それはもはやマヒメではなかった。悪魔ボウマだった。
バリラリラリラー
バビラビラビビラー
雷撃の音が重なり合うことで調子はずれなメロディを響かせながら、雷蛇は昼間の村を駆け回り始める。
「ヒャッハア!」
ボウマは楽しげに声を上げる。
雷蛇は長い尾の中に塔を抱えている。その塔の中には神樹の苗木がある。遷宮のために収められたはずの苗木のことを気に掛けるそぶりもなく、ただ雷蛇はぐるぐると村を走り回る。
村のエルフたちは己の塔の中にただ隠れ、恐怖にうち震えている。最後に残った若者も雷蛇に取り憑かれ、遷宮の祭りは行われない。村は終わるのだ。
村は恐怖の匂いに包まれた。
恐怖こそはザニバルとバランの力の源。
ザニバルは石段を上って神社の拝殿に至る。
「みんな、出番だよ」
低く唸るような轟きが拝殿の奥から響く。
扉が押し開かれて暗黒の二輪車が現れる。ザニバルが小さい頃にお父さんから買ってもらった木工の二輪車、それを大きく厳つく禍々しくしたような姿。
神宝であるアルテムの杖が変じた暗黒の二輪車だ。
ついてきていたキトの頭を撫でてから、ザニバルは二輪車にまたがる。
ザニバルの全身から暗黒の瘴気が噴き出す。それを吸い込んで二輪車の轟きが増す。
二輪車の車輪が回転を開始、濡れた砂利を跳ね上げる。
「行ってくるね」
二輪車は急加速。ザニバルの巨躯が後ろに振られる。ザニバルは二輪車の取っ手に力を込めて身体を支える。
石段に飛び出した二輪車はより加速しながら下っていく。身体がばらばらになりそうな猛振動をザニバルの強靭な四肢が押さえ込む。
石段を抜けて谷の道に入った二輪車は直線的に加速。高速で突き進む二輪車に、たちまち曲がり角が迫ってくる。先日、ザニバルが球になって転がり落ちたときに跳ね上げられて川に飛び込んでしまった場所だ。
ザニバルは全身の重みを使って深く車体を倒す。車輪が土を蹴散らし滑りながらも方向転換。曲がり角を駆け抜ける。
ザニバルの前方に雷蛇が見えてくる。みるみる近づいてくる。
雷蛇の頭に乗ったボウマが接近に気付いた。
雷蛇も加速しだす。
「また吠え面かきに来たかバラン!」
悪魔同士ということか、ボウマはバランを挑発してくる。
<ボウマ、貴様はぐるぐる回るしか能がない鼠さね!>
魔装に宿るバランも煽り返す。
雷蛇は低空を浮遊して進む。
二輪車は荒れた道を跳ねるように走る。
不利なのはザニバルの方だ。
ちょっとでもしくじれば二輪車は吹き飛んでしまうだろう。景色が一瞬で過ぎ去っていく。目が回るような速度の中でザニバルは怖さに訳が分からなくなりそうだ。
しかし雷蛇までの距離は縮まってきている。二輪車の速度が雷蛇を上回っているのだ。ザニバルは恐怖を瘴気に変え、瘴気は二輪車を駆動する力となる。速度が増すほどに恐怖も増して、増した恐怖が二輪車を加速させる。
じりじりと近づいていった二輪車は小さな段差を捉えて高くジャンプした。カーブで減速した雷蛇を飛び越して、二輪車はその先に降り立つ。遂に追い抜いた。
「ザニバルの勝ちだもん!」
「まだ走り始めたばかりだぜええ! ん?」
ボウマの白く輝く瞳が暗黒の二輪車を捉える。
「そいつは……! それは! その力は!」
ボウマの右瞳が青い色を取り戻していく。
「あああああ! その神宝は私たちの力なのよ! 返せえええ!」
それはボウマではなくマヒメの言葉だった。
「マヒメが勝ったら返してあげるもん。でもついてこれないでしょ」
ザニバルは分かれ道を見据える。
左に曲がればいつもの周回。右に曲がれば村を出て街道に至り、その先には海。
ザニバルは迷わず右に急旋回する。
いつもどおり左に曲がろうとしていた雷蛇は急減速。
マヒメは絶叫する。
「そっちじゃない! 村に戻れええええっ!」
「やだ! 競争するんだもん! 先に海の宮に着いたら勝ちね!」
マヒメは激しく頭を左右に振る。
「だめ、許されない、約束したの、遷宮はみんなと一緒にやるんだって!」
ザニバルは村の外へと走りながら叫び返す。
「みんな? ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルト? だったら、ここにいるもん!」
マヒメはその言葉を訝しむ。
みんなはどこにいる? そこに?
マヒメは必死でみんなを捉えようとする。
感覚域が拡大する。見えなかったものが見えてくる。感じられなかったものが感じ取れる。
初めて体感する悪魔バランの感覚だ。
その能力でザニバルと二輪車を見つめる。
そこからは恐怖が立ち昇っている。
二輪車、いやアルテムの杖に遺されていたみんなの恐怖が。
それが今やマヒメを置いて遷宮に去ろうとしている。
許せない。
逃がさない。
逃げるのは自分だ。
なぜならば自分こそは逃避の悪魔バランを宿す者。
ばらばらだったマヒメとボウマの意識が統合される。真の憑依がなされたのだ。
雷蛇の尾が二つに、三つに、四つに、五つに、六つに、七つに分かれる。七岐の雷蛇だ。
全ての尾から猛烈な放電。一気に旋回して急加速する。
雷蛇は村の外への道に飛び出した。
猛烈な速度で滑るように進む。
前方にザニバルの二輪車を捉えた。
「ヒャッハアアアアッ! 勝負よ、暗黒騎士ザニバル!」
マヒメは力強く叫ぶ。
「待ってたもん」
ザニバルが応える。
巫女のマヒメは早くから起きて、いつものように台所で村中の朝食を準備中だ。
暗黒騎士ザニバルはその後ろで手持無沙汰にしている。
「ねえ、手伝うことないの」
「ないわよ」
マヒメは振り返りもせずに手を動かし続ける。
ザニバルは前に回り込んでマヒメの顔を覗き込む。露骨に顔色が悪い。栄養不足と疲労、それに心労が重なっているようだ。
「ねえ、ご飯食べてないでしょ」
「後で」
そう言いながらマヒメは朝食の包みを一つザニバルに押し付ける。
ザニバルは受け取って装甲の隙間にしまいつつ、
「ザニバルのお母さんもいっつも忙しそうにしてて、お姉ちゃんから叱られてご飯を食べてた…… ねえ、マヒメは誰も叱ってくれないでしょ。叱ってくれる怖い人がいないのはダメだよ」
マヒメは昏い目をする。
「……いつも叱られてるわ。ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトから、働きが足りないって」
大きな籠に朝食の包みを詰めてマヒメは社務所を出ていく。
ザニバルも外に出る。
雨はもう止んでいた。
神社の一画に並んで植えられていた苗木はほとんどが萎れている。
残ったわずかな苗木もひょろひょろと弱々しく伸びていて、その枝には白く小さなつぼみができていた。
マヒメはそのつぼみを見て絶望的な表情を浮かべた。
「このつぼみが花開くとき、海の宮に移植できていなければ、神樹は枯れる。神樹は育つ時に山の陰気が、花開くときには海の陽気が必要なのよ……」
マヒメは足取りも重く石段を降りて村の家々に向かう。
ザニバルは後ろをついていって、さらにその後ろをヘルタイガーのキトが歩く。
長老の塔にたどり着いたマヒメは叫ぶ。
「一刻の猶予もありません! 遷宮を始めないと神樹は全部枯れてしまいます!」
塔の上に姿を現した長老は諦めきった顔をしている。
「いいのですよ、マヒメ」
「なにがいいんですか! 魔物だったらこの暗黒騎士がやっつけてくれると約束しました!」
「だから、それはもういいのです」
長老はそれだけ言うと顔をひっこめてしまった。
マヒメは歯ぎしりして、他の塔に向かう。
しかしどこも同じ反応だ。
最後にマヒメが向かったのは母ミシカが住んでいる塔だった。ミシカが塔の上に顔を出す。静かな表情をしている。
「お母さん、どうして遷宮祭を始めないのよ! 村を守りたくないの?」
ミシカは無言だ。
「……こうなったら私一人でもやってやるわ!」
マヒメは言い放って神社へと向かう。
ここまでマヒメについて回っていたザニバルはとどまって、ミシカの塔を見上げる。ミシカと目が合う。
昨夜、ボウマをやっつけると宣言したザニバルは、続けてミシカに伝えた。ザニバルがマヒメを叱ると。
ミシカはザニバルに向けて両手を合わせて祈る。
ザニバルの兜の奥で赤い眼が燃えるように輝く。
マヒメは一人で神社に駆け戻ってきた。
社務所に入ってすぐにまた出てくる。その手には神具の幣がある。
「今度こそはやってやるわ!」
苗木が生えている一画でマヒメは幣を大きく振りかぶった。
「戻れええええっ!」
幣は白木の杖に白い紙が下がっている。その白木の杖がみるみる拡大しながら変形して、苗木の一本を内部に包み込んでいく。紙が周囲に飛び散る。
「大丈夫、やれるわ!」
マヒメは歓喜する。バチリと音がする。
杖はさらに膨らみ伸び続けていって、遂には数十メルにも達する塔と化した。
マヒメは見上げる。
その身体にバヂリと小さな稲妻が走る。
塔の周囲に無数の光点。光点は稲妻となり、走っては消え、消えてはまた現れる。塔を稲妻が包み込む。
それを見上げるマヒメの全身もまた稲妻をまとっていた。帯電した長い銀髪が浮かび上がる。
「走りの刻だ」
マヒメは大きく口角を上げてニヤリと笑う。悪魔のような笑いだ。青い瞳が今や白く光っている。
「この身体はいただきだよ」
塔からは稲妻が伸びていき、長大な蛇を象る。雷蛇だ。
マヒメは蛇身を駆け登って蛇頭に乗った。
「よっしゃああ! 今日も走り回るぜえ!」
それはもはやマヒメではなかった。悪魔ボウマだった。
バリラリラリラー
バビラビラビビラー
雷撃の音が重なり合うことで調子はずれなメロディを響かせながら、雷蛇は昼間の村を駆け回り始める。
「ヒャッハア!」
ボウマは楽しげに声を上げる。
雷蛇は長い尾の中に塔を抱えている。その塔の中には神樹の苗木がある。遷宮のために収められたはずの苗木のことを気に掛けるそぶりもなく、ただ雷蛇はぐるぐると村を走り回る。
村のエルフたちは己の塔の中にただ隠れ、恐怖にうち震えている。最後に残った若者も雷蛇に取り憑かれ、遷宮の祭りは行われない。村は終わるのだ。
村は恐怖の匂いに包まれた。
恐怖こそはザニバルとバランの力の源。
ザニバルは石段を上って神社の拝殿に至る。
「みんな、出番だよ」
低く唸るような轟きが拝殿の奥から響く。
扉が押し開かれて暗黒の二輪車が現れる。ザニバルが小さい頃にお父さんから買ってもらった木工の二輪車、それを大きく厳つく禍々しくしたような姿。
神宝であるアルテムの杖が変じた暗黒の二輪車だ。
ついてきていたキトの頭を撫でてから、ザニバルは二輪車にまたがる。
ザニバルの全身から暗黒の瘴気が噴き出す。それを吸い込んで二輪車の轟きが増す。
二輪車の車輪が回転を開始、濡れた砂利を跳ね上げる。
「行ってくるね」
二輪車は急加速。ザニバルの巨躯が後ろに振られる。ザニバルは二輪車の取っ手に力を込めて身体を支える。
石段に飛び出した二輪車はより加速しながら下っていく。身体がばらばらになりそうな猛振動をザニバルの強靭な四肢が押さえ込む。
石段を抜けて谷の道に入った二輪車は直線的に加速。高速で突き進む二輪車に、たちまち曲がり角が迫ってくる。先日、ザニバルが球になって転がり落ちたときに跳ね上げられて川に飛び込んでしまった場所だ。
ザニバルは全身の重みを使って深く車体を倒す。車輪が土を蹴散らし滑りながらも方向転換。曲がり角を駆け抜ける。
ザニバルの前方に雷蛇が見えてくる。みるみる近づいてくる。
雷蛇の頭に乗ったボウマが接近に気付いた。
雷蛇も加速しだす。
「また吠え面かきに来たかバラン!」
悪魔同士ということか、ボウマはバランを挑発してくる。
<ボウマ、貴様はぐるぐる回るしか能がない鼠さね!>
魔装に宿るバランも煽り返す。
雷蛇は低空を浮遊して進む。
二輪車は荒れた道を跳ねるように走る。
不利なのはザニバルの方だ。
ちょっとでもしくじれば二輪車は吹き飛んでしまうだろう。景色が一瞬で過ぎ去っていく。目が回るような速度の中でザニバルは怖さに訳が分からなくなりそうだ。
しかし雷蛇までの距離は縮まってきている。二輪車の速度が雷蛇を上回っているのだ。ザニバルは恐怖を瘴気に変え、瘴気は二輪車を駆動する力となる。速度が増すほどに恐怖も増して、増した恐怖が二輪車を加速させる。
じりじりと近づいていった二輪車は小さな段差を捉えて高くジャンプした。カーブで減速した雷蛇を飛び越して、二輪車はその先に降り立つ。遂に追い抜いた。
「ザニバルの勝ちだもん!」
「まだ走り始めたばかりだぜええ! ん?」
ボウマの白く輝く瞳が暗黒の二輪車を捉える。
「そいつは……! それは! その力は!」
ボウマの右瞳が青い色を取り戻していく。
「あああああ! その神宝は私たちの力なのよ! 返せえええ!」
それはボウマではなくマヒメの言葉だった。
「マヒメが勝ったら返してあげるもん。でもついてこれないでしょ」
ザニバルは分かれ道を見据える。
左に曲がればいつもの周回。右に曲がれば村を出て街道に至り、その先には海。
ザニバルは迷わず右に急旋回する。
いつもどおり左に曲がろうとしていた雷蛇は急減速。
マヒメは絶叫する。
「そっちじゃない! 村に戻れええええっ!」
「やだ! 競争するんだもん! 先に海の宮に着いたら勝ちね!」
マヒメは激しく頭を左右に振る。
「だめ、許されない、約束したの、遷宮はみんなと一緒にやるんだって!」
ザニバルは村の外へと走りながら叫び返す。
「みんな? ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルト? だったら、ここにいるもん!」
マヒメはその言葉を訝しむ。
みんなはどこにいる? そこに?
マヒメは必死でみんなを捉えようとする。
感覚域が拡大する。見えなかったものが見えてくる。感じられなかったものが感じ取れる。
初めて体感する悪魔バランの感覚だ。
その能力でザニバルと二輪車を見つめる。
そこからは恐怖が立ち昇っている。
二輪車、いやアルテムの杖に遺されていたみんなの恐怖が。
それが今やマヒメを置いて遷宮に去ろうとしている。
許せない。
逃がさない。
逃げるのは自分だ。
なぜならば自分こそは逃避の悪魔バランを宿す者。
ばらばらだったマヒメとボウマの意識が統合される。真の憑依がなされたのだ。
雷蛇の尾が二つに、三つに、四つに、五つに、六つに、七つに分かれる。七岐の雷蛇だ。
全ての尾から猛烈な放電。一気に旋回して急加速する。
雷蛇は村の外への道に飛び出した。
猛烈な速度で滑るように進む。
前方にザニバルの二輪車を捉えた。
「ヒャッハアアアアッ! 勝負よ、暗黒騎士ザニバル!」
マヒメは力強く叫ぶ。
「待ってたもん」
ザニバルが応える。
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