暗黒騎士の大逆転

モト

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第4章

二時限目 その二

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 体育の授業を受けるために、生徒たちは男女それぞれ更衣室へとぞろぞろ向かう。

 普段から魔装をまとっている暗黒騎士ザニバルは着替えるつもりがない。教室に残り、家から持ってきた絵本に読みふける。この絵本、黒猫剣士の大冒険は何度読んでも面白い。だけどそれだけに続きが読みたい。

<ザニバル、こんな学校なんかに通ってどうするつもりだい? さっきだってバランが助けてあげなきゃ恥をかくところだったろ>
 ザニバルの魔装に宿る悪魔バランが不満げに言う。

 絵本に集中していたザニバルは少し間を置いてから、
<だって、続きが読みたいもん。授業で困ったらまたバランは助けてくれるでしょ。バランは頭いいもんね>

<そりゃあまあ、バランには古文なんて楽勝さね! そもそも悪魔っていうのは叡智の結晶であって、原初の基底魔法言語で構築され……>

 バランが得意そうに語り始めたところで、
<誰か来るよ>
 ザニバルが人の気配を察知した。

 教室にパトリシアがおずおずと入ってくる。
 パトリシアはしばし逡巡していたが思い切った様子で、
「その…… 体育が始まりますのよ! 黒猫剣士なんか読んでる場合じゃないですわ!」
 言った端から、言い方をしくじったという顔をする。

「黒猫剣士?」
 ザニバルの赤い眼が強く輝き、パトリシアは思わず後ずさりかけて机にぶつかる。

「ねえ、読んだことあるの?」
 地獄の底から響くような低い声でザニバルが問う。

 パトリシアの視線はザニバルの持つ絵本に吸い寄せられている。
「何十回も読みましたわよ! 大好きな話ですもの!」
 パトリシアは勇気を振り絞るように答えた。

 ザニバルの眼が瞬く。
「読んでる人に会ったのは初めてだもん。ザニバルしか読んでいないと思ってたもん」

 パトリシアは二、三歩近づく。
「わ、私、黒猫剣士を読んでいる人と話をしたくて。私、黒猫剣士を助けてくれる白鼠がお気に入りなの。あなたは?」

 ザニバルの眼が爛々と輝き始める。
「白鼠も好き、でも三毛の魔法使いに会ってみたいもん」

 パトリシアは机をぱしりと叩いた。
「私もですわよ! ああ、三毛の正体が知りたい! イザベル・デル・アブリルの他の本にも出てきますけど、やっぱり黒猫剣士と三毛が冒険する話をもっと読みたかったですわ」

「他の本…… 読んだことあるの?」
「ええ、どれも面白いでしょう?」

 ザニバルは少しうつむく。
「ザニバルは絵本しか読めないから、本を読んだり書いたりできるように勉強しに来たんだもん」
 言いながらザニバルは丁寧に絵本を閉じた。

 パトリシアは絵本の装丁を見て、目を見開いた。
「……その絵本、手作りなのかしら!」
 絵本の表紙には作者の名前が「イザベル・デル・アブリル」、絵本のタイトルが「黒猫剣士の大冒険 第一巻」と手書きで記されている。

 パトリシアはごくりと唾を飲む。
「まさかイザベル・デル・アブリルが書いた原本……? 第一巻!? 私が読んだ本にはそんなこと書かれていませんでしたのに」

「……続きを書くはずだったんだもん」
 ザニバルは絵本をカバンにしまう。

 パトリシアは、はっとする。
「イザベル・デル・アブリルは夭折の天才作家ですわ…… 亡くなったのはあの大事件、黒き虐殺のとき…… そうですわ、あ、暗黒騎士が、反乱魔族を一人残らず…… つまり、あなたが」

 暗黒騎士が急に立ち上がった。魔装が全開になり、赤い眼が焔のように燃え上がる。握り締められた籠手がぎりぎりと金属のこすれる音を立てる。

 パトリシアは恐怖に凍りつく。言ってはならないことを言ってしまったのだ。

 そのとき、窓の外からクレシータ先生の声が響いてきた。
「みんな待っていますよ! パトリシアさん! ザニバルさん! 早く来なさい!」

 ザニバルは大きく肩を上下させていたが、気を落ち着けて、魔装を閉ざし直す。
「……違うもん」
 それだけ言い残してザニバルは教室を出ていった。

 立ち尽くしていたパトリシアだったが、先生がさらに大声を出してきたので自分も慌てて教室を出る。

 
 芒星城の外にある広場が体育の授業をする場所だった。
 クレシータ先生が口をへの字にして腰に手を当て、芒星城の出入口をにらみつけている。

 集まっている生徒たちは誰もが半袖半ズボン姿だ。しかし服の生地にはずいぶんと差がある。金持ちが着ているのは高級な布を丁寧に縫製したオーダーメイドの服。一般人の子弟は使い古した布を使ったお下がりの服ばかり。

 種族も様々だ。人間、耳の尖ったエルフ、小柄なゴブリン、がっしりしたドワーフ、半魚人と揶揄されるサイレンもいる。

 帝国は人間至上主義だが、ここナヴァリア州は昔から魔族が多く住み着いており、代々の領主が融和策を進めてきたこともあって、人間と魔族の関係は比較的良い。

 とはいえやはり普段の付き合いもあってか、生徒たちは種族ごとにまとまっている。
 授業が始まるのを待ちながら私語に勤しんでいた生徒たちの前に、ザニバル、次いでパトリシアが姿を現した。

 クレシータ先生は大きく息を吸い込んでから、
「では皆さん、授業を始めますよ! 二人組を作ってください!」
 大きく叫んだ。

 生徒たちはがやがやと騒ぎながら、周りの仲間たちと二人組を作り始める。
 いつものことなのか、そう時間もかからずに二人組がそろった。ザニバルを除いては。

 広場にぽつんと立つザニバル。
 取り巻きのドゥルセと組んだパトリシアは不安げにその姿を見つめ、ドゥルセはざまあみやがれという顔をしている。

 そしてクレシータ先生は勝ち誇った表情だ。
「おやまあ、ザニバルさんにはお相手がいないようです。子どもと大人では合いませんし、他に大人はいませんし、仕方のないことですね。授業に参加できないようなら帰ったほうがよいのでは」

 ザニバルは先生にまっすぐ近づいていく。

「な、なんですか、暴力はいけませんよ!」
 怯えて逃げかけた先生の手をザニバルはつかむ。

「先生と組むもん。先生は大人だもん」
 ザニバルの言葉にクレシータ先生は反論できない。

「ぐむむむむ…… ともかく! 体育をします!」
 クレシータ先生はごまかすように叫ぶ。
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