暗黒騎士の大逆転

モト

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第4章

二時限目

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 教室は緊迫していた。
 かわいい獣耳少女マリベルの代わりになぜか登校してきた恐怖の暗黒騎士ザニバル。
 そしてクレシータ先生を伴って現れた領主のアニス。

 領主のアニスは教室を見回してから、ザニバルに明るい表情で問うた。
「マリベルちゃんではなく、勇者様が通われるのですか?」

 ザニバルがまとう魔装の隙間から暗黒の瘴気が噴き出す。
「……そうじゃないと本を読めないもん」
 瘴気が教室中へとみるみる広がって闇に包んでいく様に、生徒たちが恐怖で顔を蒼くする。

 クレシータ先生は眉根を寄せて、
「アニス様、これでは授業になりません。追い出して」

 そこでアニスが割って入った。
「そうですわね、分かりましたわ! ザニバル様、教室での瘴気は抑えていただけますかしら。黒板が見えなくなりますから」

「え?」
 クレシータ先生はぽかんとする。

「分かったもん、我慢するもん……」
 ザニバルは兜をがちゃりと鳴らして頷く。
 魔装の隙間が閉ざされて、瘴気が収まる。

「そんな、アニス様!」
 クレシータ先生がとりすがろうとするも、
「後はよろしくお願いしますね」
 言い残してアニスはすたすたと教室を出ていってしまった。

 扉の向こうから、アニスの側近であるゴニの「ザニバルに好き勝手させすぎではないのですか」という文句に「勇者様には深いお考えがあるのですわ」というアニスの返答が聞こえた。そして足音が遠ざかり、静かになる。

 クレシータ先生は立ち尽くし、教室は息の詰まるような緊張感に襲われる。
 ザニバルだけは平然として、持ってきていたカバンを開き、机に筆記具を並べ始める。

 クレシータ先生は顔をきつくしかめ、隠すように両手で顔を覆った。
 皆に向き直って両手を外すとクレシータ先生は満面の笑顔だった。

「いいでしょう! 授業の内容は先生に任されているのです! 好きにやらせていただきますよ!」
 クレシータ先生がテンション高く叫ぶ。
 生徒たちはただ聞いているしかない。

 読み書きの授業が始まった。
 ザニバルの後ろに座っている生徒たちは巨躯にさえぎられて黒板が見えず、左右に大きく席をずらしている。

 クレシータ先生は白墨を取るや、たちまち黒板を長文で埋め尽くした。凄まじい早業だ。
「誰か読める人!」
 先生は教室を見回し、皆は目をそらす。

 ザニバルの隣に座っているパトリシアはいろいろと困惑していた。
 気になっていたマリベルは来なかった。
 代わりに暗黒騎士が隣で黒板を睨んでいる。赤い焔のような眼を爛々と輝かせて怖い。
 クレシータ先生は興奮した様子だ。黒板にはいつもの授業とはまるで違う異様に難しい文章が書かれている。
 黒板の文章が古文だということぐらいはパトリシアにも分かる。しかし意味はさっぱりだ。古文を何も習っていないのだから当然ではある。いったい先生はどうしてしまったのだろう。

 クレシータ先生は指を生徒たちに突きつけ、リズミカルに動かしていってザニバルを指したところでぴたりと止めた。

「ザニバルさんに読んでもらいましょう。こんなものも読めないようであれば暗黒騎士失格、読めるようであれば学校に通うこともありませんね!」
 クレシータ先生はうれしそうだ。

 パトリシアは気付いた。読めても読めなくてもクレシータ先生はザニバルを追い出そうとしているのだ。私たち生徒のためにがんばってくれているのだろうか。なんだか様子が妙だけれども。

 ザニバルはおもむろに立ち上がった。魔装の多重装甲がこすれて、静かな教室に金属音が響く。

 ザニバルと真正面に向かい合ったクレシータ先生は、
「ひっ!」
 叫び声を上げて後ずさり、黒板にぶつかった。白墨が白い煙を上げる。

 ザニバルはかき分けるように腕を振り、
「どいて。黒板が見えないもん」
「は、はいいっ!」
 クレシータ先生はよろけながら慌てて黒板の前をどく。

 ザニバルは黒板を凝視した。ゆっくりと読み上げ始める。
「……せいきし……は……せいなる……ぞくせい……をもて……ちからと……する……ものなり…… あんこくきし……は……やみなる……ぞくせい……をもて……よを……そめる……ものなり……」

「まさか、古代文字を読めるのですか!?」
 クレシータ先生が目を剥く。

「あんこくきし……が……よに……あらわれたるは……こだい……うるすら……」
 ザニバルは延々と読み続ける。

 パトリシアは隣で聞いている。こうもゆっくりでは授業が終わってしまいそうだ。先生が焦った顔をして額に汗を浮かべている。ただ、ザニバルが読んでいる話はパトリシアにとって興味深かった。

 黒板に書かれていたのはウルスラ建国神話のようだ。その中で重要な役割を果たすのが暗黒騎士だった。
 パトリシアの好きな話だ。もっともパトリシアが読んだのは子ども向けの絵本。分かりやすく翻案してある。

 絵本の話はこうだった。
 悪い商人たちに支配されていたウルスラ大陸に、聖騎士と暗黒騎士が渡ってくる。暗黒騎士は暴れて商人たちを倒し、聖騎士は人々を守って平和な土地を切り拓く。
 最後に暗黒騎士と聖騎士は決闘し、破れた暗黒騎士は地獄へと旅立った。残った聖騎士は勇者王と呼ばれ、ウルスラ王国を建国するのだ。

 パトリシアが好きなのは暗黒騎士の方だ。地獄に行った暗黒騎士はそれからどんな冒険をするのだろうとわくわくしていたものだ。
 ザニバルが読み上げている建国神話は表現こそ激しいが大筋は同じのようだった。

 ザニバルの読み上げは続く。
 クレシータ先生は焦りと苛立ちの表情を浮かべている。
 話に割り込んで止めたさそうなのだが、地獄の底から響くようなザニバルの声に威圧されてそうもいかないようだ。

 皆はザニバルの話を聞かされ続けた。
 とはいえ黒板一枚に書ける範囲では、いくらクレシータ先生がびっしり文字を詰め込んだとて限界がある。
 建国神話の暗黒騎士が暴れ始めたあたりで黒板の文章は終わり、ザニバルの読み上げがようやく止まった。

 一時限目終了の鐘が鳴る。
 クレシータ先生はほっとした顔になり、手で額の汗をぬぐった。

「ザニバルさん、いくら読めてもこれでは遅すぎますね」
 クレシータ先生の嫌味に、
「だから習いに来たんだもん」
 ザニバルが返答してクレシータ先生は言葉に詰まる。

 パトリシアは内心で笑ってしまった。
 これではクレシータ先生がザニバルの出席にお墨付きを与えたも同然だ。

 クレシータ先生は顔をしかめて教室を出ていった。
 二時限目までの休み時間だ。
 暗黒騎士の存在に圧倒されたままの生徒たちは小声で話し始める。

 当の暗黒騎士は静かな様子だ。
 パトリシアは気になって、隣にそっと眼をやる。
 ザニバルは絵本を黙読していた。
 恐ろしい暗黒騎士と絵本。激しい違和感にパトリシアは好奇心を煽られる。

 絵本の挿絵はパトリシアの記憶にあるものだった。黒猫の剣士が活躍している。この絵本は黒猫剣士の大冒険だ。
 この本と同じものを屋敷に仕えている召使いの娘が持っていて、幼い頃のパトリシアは何度もこっそり借りては読んだものだった。

「なに?」
 ザニバルの低い声に詰問されてパトリシアは我に帰る。
 パトリシアは思わず絵本を覗き込んでしまっていたようだ。
 赤い焔の眼がパトリシアを見つめている。

「な、なんでもないですわ!」
 パトリシアは身体を震わせながら顔を正面に戻す。
 その絵本が好きなのかとか、シリーズの他の話も読んだのかなどと本当は聞きたかったのだが、怖くて言えなった。

 パトリシアはため息をつく。マリベルのときにも何も言えなかった。父に余計なことを言っては厳しく叱咤されたことを思い出して、話せなくなってしまうのだ。

 鐘が鳴って次の時限の始まりを知らせる。
 クレシータ先生が入ってきた。
 先生は動きやすそうな長袖と長ズボンに着替えている。

 気を取り直したのか、先生は明るい表情だ。
「皆さん、授業を運動に変更します。着替えて体育室に集まってください」

 そう言った後に先生は口角を釣り上げてから付け足した。
「全員、必ず二人組を作ってもらいます。ザニバルさんもですよ!」
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