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第4章
昼休み
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二時限目が終わると昼休みだ。
いつもなら教室で幾つもの輪になって楽しく弁当をとっている生徒たちだが、今はバラバラに座って感情をこもらせている。
仲良し同士なはずの者たちが言葉も交わさずに、ねめつけるような視線をぶつけ合う。
クレシータ先生が宣言したとおり、嫉妬の実習が始まってしまったのだ。
教室まで戻る道すがら、暗黒騎士ザニバルの魔装に宿る悪魔バランはずっと文句を言っていた。ザニバルはゆっくり歩きながらそれを聞いている。
<ペリギュラのやつめ、クレシータの自我を完全支配して好き放題だよ。まったくしてやられた……>
<バランも失敗するんだねえ>
<ザニバルもだよ! ぐうう…… 自分らはまったくなんて間抜けなんだ。学校は奴の支配する結界だよ。その中に自分から入ったら先生と生徒って上下関係に従わされちまう。奴は思いのままに悪魔の契約を押し付けられるってもんさ>
<別にいいもん>
<ちっともよかないだろうが! ザニバルともあろうものが、ほいほい契約されちまって! 見なよ、ペリギュラの魔言にすっかり絡みつかれちまって!>
ザニバルの全身に青い魔法の言葉が絡みついて見える。ペリギュラの契約魔法だ。
<バランは知らないだろうけどねえ、悪魔に契約されるのってすごく怖いんだよ。契約したら自分を縛られちゃうんだよ>
<む? そりゃあまあ>
<でもねえ、契約したのはペリギュラも同じだもん。逃げられないよ。ついに見つけた二つ目だもんね>
<ザニバル……?>
<それより今はパトリシアに言いたいことがあるもん>
遅れて教室に入ってきたザニバルを生徒たちが一斉に見る。
ザニバルも見返す。生徒たちの皆がペリギュラの青い契約魔法に絡みつかれている。
生徒たちの目には様々な嫉妬が浮かんでいる。強いのはずるい、大人はずるい、背が高くてうらやましい、走るのが速くてうらやましい、そして、パトリシアに近くて妬ましい。
ドゥルセからはとりわけ強い嫉妬の炎が燃え上がっている。パトリシアの一の取り巻きとして、パトリシアに近づいたザニバルを許せないのだ。
無論、燃えているのは本当の炎ではない。ペリギュラの契約魔法が嫉妬をそう見せている。
「お前ごときがパトリシア様のお隣に座るだなんておこがましいんです!」
ドゥルセはどっかとザニバルの席に座り込む。
<こいつら、ザニバルを恐れないのか。ペリギュラが作った空気のせいかね>
バランが嘆息する。
そのとき、ドゥルセの隣に座っていたパトリシアから猛烈な嫉妬の炎が噴き上がった。
パトリシアとザニバル、二人の間には青い魔言が絡まり合っている。契約によって定められた勝負の相手だ。普通の人間には魔言や嫉妬の炎そのものは見えていないが、力のようなものを感じてはいる。それがパトリシアを突き動かす。
「ザニバルさん、お話がありますわ」
パトリシアは立ち上がり、ザニバルに迫る。
ザニバルとパトリシアはにらみ合う。
ザニバルからもまた嫉妬の炎が噴き上がる。
「こっちも話があるんだよ」
「だったら覚悟はいいですわね」
「空気悪いからここは嫌だもん。ついてきて」
ザニバルとパトリシアは二人で教室を出ていこうとする。
ドゥルセは慌ててパトリシアについていこうとして、パトリシアからにらみつけられた。
「ドゥルセさんは来なくて結構ですわ」
「そ、そんな!」
突き放されたドゥルセから嫉妬の炎が高く舞い上がる。
そんなドゥルセを置いて、ザニバルとパトリシアは教室を出ていく。
ザニバルが先導して階段を降り、芒星城を出る。そこから芒星城の外周を回っていくとザニバルの暗黒塔だ。
「ここなら空気がいいもんね」
ザニバルは塔の扉を開けて入る。
「ここはザニバルさんのお家……?」
パトリシアは少しためらってから続く。
暗黒塔の一階は広間になっていて、テーブルや椅子が並べられてある。床には白猫のキトがくつろいでいる。
テーブルには巫女マヒメが食事を並べているところだった。
「お帰り、ザニバル。今昼ご飯ができたところ…… その子、誰? ザニバルに友達!?」
じろじろ見てくるマヒメに、パトリシアは頭を下げて丁寧なあいさつをする。
「パトリシア・パリエ・ナヴァスと申します。ザニバルさんとは芒星学園の同級生で、さきほど運命の宿敵となりました」
「私は巫女のマヒメ・シンジュ。そう、パトリシアちゃんは同級生で、運命の宿敵……? え、友達じゃないの!?」
マヒメは困惑する。
「違います」
「違うもん。敵だもん」
ザニバルとパトリシアが同時に返事して、訳が分からないマヒメは首をひねる。
「二人だけで話しに来たから、マヒメはちょっと上に行ってて」
「ええ? 私は仲間外れなの? ……ああ、そう、分かったわよ、行けばいいんでしょ、行けば。キトは行かなくていいの?」
「いい」
ぶつくさ言いながらマヒメは階段を上っていく。
一階の広間で二人っきりになったザニバルとパトリシアは、立ったまま向かい合う。二人から嫉妬の蒼白い炎がめらめらと立ち昇る。
ザニバルから戦いの口火を切った。
「パトリシアだけ、黒猫剣士の他にも読んでてずるいもん!」
「ザニバルさんだけ、黒猫剣士の原本を持ってるなんてずるすぎますわ!」
「パトリシアは本を読めてずるい!」
「ザニバルさんは本を好きなだけ読んでも怒られなくてずるい!」
「パトリシアはお話を書いたりできるの?」
「作文はできましてよ?」
「ザニバルだって書きたいのに! パトリシアは前から勉強していて、ずるすぎる!」
「ザニバルさんは勉強をさぼってきたのでしょう。ずるすぎる!」
「「ふん!」」
パトリシアは室内を見回す。
「ああ、ザニバルはこんな場所で自由に暮らせてうらやましい! 私の家ではお父様もお母様も、パティはあれやっちゃいけない、これやっちゃいけないって小言ばっかり!」
「……パティにはお父さんもお母さんもいて、うらやましい……」
ザニバルはうつむく。白猫のキトがザニバルの足にすり寄ってきて、小さく鳴く。
嫉妬に任せて気持ちよく言い争ってきたのに、いきなり風向きが変わってしまってパトリシアはおろおろする。
「あ、あの、ザニバルにはマリベルがいてうらやましいですわ! あんなにかわいらしくて、あの耳が揺れるところなんて、もう」
パトリシアは風向きを戻そうと試みる。
ザニバルはきょとんとする。
「マリベル?」
「ええ、家族なんでしょう?」
「かわいいの?」
「かわいいでしょう!」
ザニバルは大きく首をかしげ、パトリシアを眺める。
「パティのほうがずっとかわいいもん」
「な、なにをおっしゃるのかしら!」
パトリシアは顔を真っ赤にする。
そこに上からマヒメの声が降ってきた。
「もうそろそろいいかしら、食べないとご飯がさめちゃうわよ」
「うん、今行くもん」
返事をしたザニバルは階段を上っていく。
少ししてから華奢な女の子が階段を下ってきた。マリベルだ。
パトリシアは驚いて、
「え! え、ザニバルは?」
「座って。マヒメのご飯おいしいよ」
かわいらしいマリベルの声に促されて、ぽかんとしながらもパトリシアは席につく。
マリベルも座り、
「いただきます。ほら、パティもちゃんと言わないとマヒメに怒られるよ」
「は、はい、いただきます」
二人は食事を始める。
キトも猫用の食事にありつく。
パトリシアはマリベルの示す親しさとザニバルの不在に戸惑いつつも食べる。
根菜類の温かいスープに炊きたてのご飯。干魚を焼いたもの。東方系エルフらしい昼食だ。
パトリシアには食べなれない料理だが、マリベルが美味しそうに食べているのを見て悔しくなり、おっかなびっくり食べてみる。優しい味のスープにふっくらと絶妙な炊き加減のご飯、それに香ばしくて脂の乗った干魚。丁寧に料理された美味しさにパトリシアはたちまち魅了された。
向かいの席でマリベルが小さな口で頑張って食べているのを見ると、パトリシアは微笑ましい気分になる。そして嫉妬に燃える。
「ザニバルがうらやましいですわ。マリベルと暮らせるなんて」
口に出してしまう。
パトリシアはそんな自分の物言いに驚いていた。
普段だったらそんなに率直な物言いはできないのに、さっきクレシータ先生から嫉妬がどうとか言われてからは妙にはっきり話すことができている。胸の中でちくちくする気持ちに煽られているのだろうか。
マリベルは食事に一息ついてから、
「マリベルはダメな子なのに? マリベルはとっても弱いんだよ」
「弱くてよろしくってよ!?」
「……弱いから、マリベルは学校に一日しか行けなかったもん」
マリベルにそう言われて、パトリシアは胸を突かれた思いだった。周りからああも騒がれたら自分だって行きたくもなくなる。
「私のせいですわ…… 教室を仕切っている女王だなんてドゥルセからおだてられているのに、新入生を守ることもできないなんて」
パトリシアはうなだれる。
マリベルは不思議そうな顔をする。
「ねえ、マリベルにまた来てほしかったの?」
「ええ!」
「じゃあ、ザニバルはどうなの?」
「もちろん来てほしいですわ!」
マリベルはきょとんとした。
「ザニバルは敵じゃないの?」
パトリシアは目を輝かせて答える。
「私が遠慮なく言い合える相手なんて初めてでしてよ。お父様やお母様には、はいと言うことしか許されない。召使いはその逆。同級生もご機嫌をとってくるだけ。ザニバルは何を言っても言い返してくれるのですわ!」
マリベルは恥ずかしそうな顔をする。
「でも、でも、一か月したらどちらか負けたほうが学校を去らなきゃいけないんだよ」
「そういう決まりですけど…… 勝つのも負けるのも嫌ですわ……」
パトリシアはクレシータ先生から言われた奇妙な条件を疑いもしていない。破ろうという気もない。契約に縛られきっているのだ。
食事は終わった。そろそろ三時限目も近い。
「私、行かなくては。ザニバルは来ないのかしら」
「すぐ行くよ」
「では、私は先に行ったと伝えていただけまして」
パトリシアは元気そうに塔を出ていく。
広間で一人になったマリベルの身体から暗黒の瘴気が噴き出す。瘴気はたちまち魔装を形成する。マリベルは暗黒騎士の姿に戻ってザニバルとなる。
魔装に宿る悪魔バランは感心していた。
<嫉妬の契約を結ばされたっていうのに、あの子もザニバルも楽しそうじゃないかい>
<契約があるから、怖がらずに話しかけてくれるんだよ>
ザニバルは赤く燃える眼を瞬かせる。
<ペリギュラの力、ザニバルが使わせてもらうもん>
「私、そろそろ降りていい?」
上の階からマヒメの声が響いてきた。
いつもなら教室で幾つもの輪になって楽しく弁当をとっている生徒たちだが、今はバラバラに座って感情をこもらせている。
仲良し同士なはずの者たちが言葉も交わさずに、ねめつけるような視線をぶつけ合う。
クレシータ先生が宣言したとおり、嫉妬の実習が始まってしまったのだ。
教室まで戻る道すがら、暗黒騎士ザニバルの魔装に宿る悪魔バランはずっと文句を言っていた。ザニバルはゆっくり歩きながらそれを聞いている。
<ペリギュラのやつめ、クレシータの自我を完全支配して好き放題だよ。まったくしてやられた……>
<バランも失敗するんだねえ>
<ザニバルもだよ! ぐうう…… 自分らはまったくなんて間抜けなんだ。学校は奴の支配する結界だよ。その中に自分から入ったら先生と生徒って上下関係に従わされちまう。奴は思いのままに悪魔の契約を押し付けられるってもんさ>
<別にいいもん>
<ちっともよかないだろうが! ザニバルともあろうものが、ほいほい契約されちまって! 見なよ、ペリギュラの魔言にすっかり絡みつかれちまって!>
ザニバルの全身に青い魔法の言葉が絡みついて見える。ペリギュラの契約魔法だ。
<バランは知らないだろうけどねえ、悪魔に契約されるのってすごく怖いんだよ。契約したら自分を縛られちゃうんだよ>
<む? そりゃあまあ>
<でもねえ、契約したのはペリギュラも同じだもん。逃げられないよ。ついに見つけた二つ目だもんね>
<ザニバル……?>
<それより今はパトリシアに言いたいことがあるもん>
遅れて教室に入ってきたザニバルを生徒たちが一斉に見る。
ザニバルも見返す。生徒たちの皆がペリギュラの青い契約魔法に絡みつかれている。
生徒たちの目には様々な嫉妬が浮かんでいる。強いのはずるい、大人はずるい、背が高くてうらやましい、走るのが速くてうらやましい、そして、パトリシアに近くて妬ましい。
ドゥルセからはとりわけ強い嫉妬の炎が燃え上がっている。パトリシアの一の取り巻きとして、パトリシアに近づいたザニバルを許せないのだ。
無論、燃えているのは本当の炎ではない。ペリギュラの契約魔法が嫉妬をそう見せている。
「お前ごときがパトリシア様のお隣に座るだなんておこがましいんです!」
ドゥルセはどっかとザニバルの席に座り込む。
<こいつら、ザニバルを恐れないのか。ペリギュラが作った空気のせいかね>
バランが嘆息する。
そのとき、ドゥルセの隣に座っていたパトリシアから猛烈な嫉妬の炎が噴き上がった。
パトリシアとザニバル、二人の間には青い魔言が絡まり合っている。契約によって定められた勝負の相手だ。普通の人間には魔言や嫉妬の炎そのものは見えていないが、力のようなものを感じてはいる。それがパトリシアを突き動かす。
「ザニバルさん、お話がありますわ」
パトリシアは立ち上がり、ザニバルに迫る。
ザニバルとパトリシアはにらみ合う。
ザニバルからもまた嫉妬の炎が噴き上がる。
「こっちも話があるんだよ」
「だったら覚悟はいいですわね」
「空気悪いからここは嫌だもん。ついてきて」
ザニバルとパトリシアは二人で教室を出ていこうとする。
ドゥルセは慌ててパトリシアについていこうとして、パトリシアからにらみつけられた。
「ドゥルセさんは来なくて結構ですわ」
「そ、そんな!」
突き放されたドゥルセから嫉妬の炎が高く舞い上がる。
そんなドゥルセを置いて、ザニバルとパトリシアは教室を出ていく。
ザニバルが先導して階段を降り、芒星城を出る。そこから芒星城の外周を回っていくとザニバルの暗黒塔だ。
「ここなら空気がいいもんね」
ザニバルは塔の扉を開けて入る。
「ここはザニバルさんのお家……?」
パトリシアは少しためらってから続く。
暗黒塔の一階は広間になっていて、テーブルや椅子が並べられてある。床には白猫のキトがくつろいでいる。
テーブルには巫女マヒメが食事を並べているところだった。
「お帰り、ザニバル。今昼ご飯ができたところ…… その子、誰? ザニバルに友達!?」
じろじろ見てくるマヒメに、パトリシアは頭を下げて丁寧なあいさつをする。
「パトリシア・パリエ・ナヴァスと申します。ザニバルさんとは芒星学園の同級生で、さきほど運命の宿敵となりました」
「私は巫女のマヒメ・シンジュ。そう、パトリシアちゃんは同級生で、運命の宿敵……? え、友達じゃないの!?」
マヒメは困惑する。
「違います」
「違うもん。敵だもん」
ザニバルとパトリシアが同時に返事して、訳が分からないマヒメは首をひねる。
「二人だけで話しに来たから、マヒメはちょっと上に行ってて」
「ええ? 私は仲間外れなの? ……ああ、そう、分かったわよ、行けばいいんでしょ、行けば。キトは行かなくていいの?」
「いい」
ぶつくさ言いながらマヒメは階段を上っていく。
一階の広間で二人っきりになったザニバルとパトリシアは、立ったまま向かい合う。二人から嫉妬の蒼白い炎がめらめらと立ち昇る。
ザニバルから戦いの口火を切った。
「パトリシアだけ、黒猫剣士の他にも読んでてずるいもん!」
「ザニバルさんだけ、黒猫剣士の原本を持ってるなんてずるすぎますわ!」
「パトリシアは本を読めてずるい!」
「ザニバルさんは本を好きなだけ読んでも怒られなくてずるい!」
「パトリシアはお話を書いたりできるの?」
「作文はできましてよ?」
「ザニバルだって書きたいのに! パトリシアは前から勉強していて、ずるすぎる!」
「ザニバルさんは勉強をさぼってきたのでしょう。ずるすぎる!」
「「ふん!」」
パトリシアは室内を見回す。
「ああ、ザニバルはこんな場所で自由に暮らせてうらやましい! 私の家ではお父様もお母様も、パティはあれやっちゃいけない、これやっちゃいけないって小言ばっかり!」
「……パティにはお父さんもお母さんもいて、うらやましい……」
ザニバルはうつむく。白猫のキトがザニバルの足にすり寄ってきて、小さく鳴く。
嫉妬に任せて気持ちよく言い争ってきたのに、いきなり風向きが変わってしまってパトリシアはおろおろする。
「あ、あの、ザニバルにはマリベルがいてうらやましいですわ! あんなにかわいらしくて、あの耳が揺れるところなんて、もう」
パトリシアは風向きを戻そうと試みる。
ザニバルはきょとんとする。
「マリベル?」
「ええ、家族なんでしょう?」
「かわいいの?」
「かわいいでしょう!」
ザニバルは大きく首をかしげ、パトリシアを眺める。
「パティのほうがずっとかわいいもん」
「な、なにをおっしゃるのかしら!」
パトリシアは顔を真っ赤にする。
そこに上からマヒメの声が降ってきた。
「もうそろそろいいかしら、食べないとご飯がさめちゃうわよ」
「うん、今行くもん」
返事をしたザニバルは階段を上っていく。
少ししてから華奢な女の子が階段を下ってきた。マリベルだ。
パトリシアは驚いて、
「え! え、ザニバルは?」
「座って。マヒメのご飯おいしいよ」
かわいらしいマリベルの声に促されて、ぽかんとしながらもパトリシアは席につく。
マリベルも座り、
「いただきます。ほら、パティもちゃんと言わないとマヒメに怒られるよ」
「は、はい、いただきます」
二人は食事を始める。
キトも猫用の食事にありつく。
パトリシアはマリベルの示す親しさとザニバルの不在に戸惑いつつも食べる。
根菜類の温かいスープに炊きたてのご飯。干魚を焼いたもの。東方系エルフらしい昼食だ。
パトリシアには食べなれない料理だが、マリベルが美味しそうに食べているのを見て悔しくなり、おっかなびっくり食べてみる。優しい味のスープにふっくらと絶妙な炊き加減のご飯、それに香ばしくて脂の乗った干魚。丁寧に料理された美味しさにパトリシアはたちまち魅了された。
向かいの席でマリベルが小さな口で頑張って食べているのを見ると、パトリシアは微笑ましい気分になる。そして嫉妬に燃える。
「ザニバルがうらやましいですわ。マリベルと暮らせるなんて」
口に出してしまう。
パトリシアはそんな自分の物言いに驚いていた。
普段だったらそんなに率直な物言いはできないのに、さっきクレシータ先生から嫉妬がどうとか言われてからは妙にはっきり話すことができている。胸の中でちくちくする気持ちに煽られているのだろうか。
マリベルは食事に一息ついてから、
「マリベルはダメな子なのに? マリベルはとっても弱いんだよ」
「弱くてよろしくってよ!?」
「……弱いから、マリベルは学校に一日しか行けなかったもん」
マリベルにそう言われて、パトリシアは胸を突かれた思いだった。周りからああも騒がれたら自分だって行きたくもなくなる。
「私のせいですわ…… 教室を仕切っている女王だなんてドゥルセからおだてられているのに、新入生を守ることもできないなんて」
パトリシアはうなだれる。
マリベルは不思議そうな顔をする。
「ねえ、マリベルにまた来てほしかったの?」
「ええ!」
「じゃあ、ザニバルはどうなの?」
「もちろん来てほしいですわ!」
マリベルはきょとんとした。
「ザニバルは敵じゃないの?」
パトリシアは目を輝かせて答える。
「私が遠慮なく言い合える相手なんて初めてでしてよ。お父様やお母様には、はいと言うことしか許されない。召使いはその逆。同級生もご機嫌をとってくるだけ。ザニバルは何を言っても言い返してくれるのですわ!」
マリベルは恥ずかしそうな顔をする。
「でも、でも、一か月したらどちらか負けたほうが学校を去らなきゃいけないんだよ」
「そういう決まりですけど…… 勝つのも負けるのも嫌ですわ……」
パトリシアはクレシータ先生から言われた奇妙な条件を疑いもしていない。破ろうという気もない。契約に縛られきっているのだ。
食事は終わった。そろそろ三時限目も近い。
「私、行かなくては。ザニバルは来ないのかしら」
「すぐ行くよ」
「では、私は先に行ったと伝えていただけまして」
パトリシアは元気そうに塔を出ていく。
広間で一人になったマリベルの身体から暗黒の瘴気が噴き出す。瘴気はたちまち魔装を形成する。マリベルは暗黒騎士の姿に戻ってザニバルとなる。
魔装に宿る悪魔バランは感心していた。
<嫉妬の契約を結ばされたっていうのに、あの子もザニバルも楽しそうじゃないかい>
<契約があるから、怖がらずに話しかけてくれるんだよ>
ザニバルは赤く燃える眼を瞬かせる。
<ペリギュラの力、ザニバルが使わせてもらうもん>
「私、そろそろ降りていい?」
上の階からマヒメの声が響いてきた。
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