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第46話
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刑事とスパイは警戒しつつ四十分近く歩き、大通りを挟んだ右手に公園を眺めた。
辺りはショッピング街でそれなりに賑わってはいたが、雨の予報のせいか普段より人波がやや薄いのをシドは見取る。
それでもここでサイキ戦は拙すぎるが最悪のパターンに陥ったとしても被害を最小に食い止められるかも知れない。
いや、一般市民を巻き込むことなど絶対にあってはならない。
あらゆる想定をしておくべきだと分かっているが、市民に被害は論外だ。刑事である自分のせいで市民が血を流すなど本末転倒で、ならば唯一のアドバンテージを捨ててでも余所に行くべきだったか。
つらつら考えては臍を噛む思いをしながらも、シドはここまで来てしまった以上、もし自分とハイファでも察知できないような敵に既に捕捉されていた場合、却って迷走する方が危険だと判断して、そのまま涼しい顔で予定通りに進んだ。
小径に入って裏通りの歓楽街に出ると、夜遊び専門の裏通りはいよいよ人影が少なく、これならと少々安堵する。耳を澄ませ見渡しても僅かにゲームセンターからBGMが流れてくるだけ、あとは何軒かの合法ドラッグ店に人の出入りがあるくらいだ。
そんなファイバの道を五分ほど歩いた場所にバー・リンデンバウムはあった。
店の前には小さなイーゼルが立っていて、本日のお勧めメニューが手書きされたボードが立て掛けられている。けれどそれを注視することなくシドは無造作に合板のドアを開けた。座ったのは先日の晩と同じカウンター席、奥から三番目のスツールだ。ハイファはその更に奥のスツール、シドの隣に腰掛けて店内を見回す。
テーブル席もあるが殆ど客はおらずガラガラだ。これで採算が合うのかとハイファは要らぬ心配をする。そう思った直後にドアが開き、新たな客が二人やってきた。
やや大ぶりのショルダーバッグを持った女性と、その女性の子供にしては少し大きい、テラ標準歴で十五、六歳くらいの少年だった。二人共に同じ色目のプラチナブロンドなので係累だろうか。喋り、笑いさざめきながら入り口近くのテーブル席に着地する。
その二人のお蔭で少しは賑やかになった気がハイファにはした。そんなことを考えている間に隣でシドが無造作にデカい声を発する。
「マスター、ランチ」
「あ、じゃあ僕もそれで」
常連のシドにハイファが倣うと、マスターは黙ってフライパンを温め始める。早速シドはポケットから煙草を出して一本咥え、オイルライターで火を点けた。
「お前、ここのカレーは絶品だぞ?」
「ふうん。でもいいや、今度で。ガッツリ食べると感覚が鈍りそうだしね」
などと言いながらも、先程のプラチナブロンドの客二人が頼んだカレーの匂いは、卑怯なくらいの魅力で男二人の胃袋に刺激を与える。それでハイファも僅かに空腹を感じた。
寡黙なマスターがカウンター越しにプレートを差し出す。
「ありがとう」
礼を言いつつプレート類を次々と受け取ったハイファは、プレートやカップにカトラリーをシドの分までセッティングした。
並べながらまじまじ観察したがここもオートクッカーは使っていないらしい。だが手作りだからといって美味しいとは限らないのが手作りの所以で、オートクッカーは間違いなく一定水準の味を作り出すのだ。
目前のメインメニューは和風おろしソースをかけたハンバーグで、ワンプレートに目玉焼きとサラダも載っている。あとはクルトンが浮いたカップ入りスープとライスだった。
「いただきます。ん、お店で今どき手作りもすごいのに、これ美味しいかも」
「だろ? あとで飲み物もつく。コーヒーか紅茶かオレンジジュースが選べるが、コーヒーか紅茶だとサーヴィスでウィスキーかブランデー垂らして貰えるぞ」
「職務中にまあ、この人は。いい加減呆れるよ」
「お前だって仕事中に色々、それこそ色々あるだろうが」
「それだって仕事です、『色々』を強調しないでよね。失礼しちゃうな、もう」
僅かしかなかった食欲も口に入れてみれば復活したようで、ハイファは優雅にマナーを守りながらも、自身でも意外な早さでプレートのものを全て食してしまう。
ハイファがフォークを置くのを待ってシドは飲み物にコーヒーを、ハイファは紅茶を頼んだ。シンプルなカップで熱い液体を啜ってみると、言われた通りにブランデーが香っていて、ひととき肩の力が抜けていくようだった。
食後の一本を吸い始めたシドにハイファは訊く。
「んでサ、ここは確かに薬屋さんにも近いけど、実際どうする気なの?」
「迷ったんだがな……ここを右に一時間も行けば、七分署管内でも最末端に出る」
「もしかして倉庫街?」
「ああ。人のいない場所を他に思いつかねぇからな」
「そっか、そうだよね……」
涼しい顔をしながらも、どうしたら一般市民巻き込まずに済むかをシドは考え、結果として真っ向勝負に持ち込む気だったのだ。
決して平気な訳ではない、怖いだろうに刑事としてのシドの最優先は自分より他人なのである。
あまりの『らしさ』に苦笑させられたハイファは口元に微笑を浮かべたまま立ち上がった。シドが目顔で訊く。
「ちょっとお手洗い」
そう言ってハイファが消えたときだった。テーブル席に座っていたプラチナブロンドの少年が近づいてきて、煙草を消しているシドの右手首を掴んだのは。
「何だ、どうした――」
それ以上シドは声を発せなかった。尋常でない力で掴まれた手首だけでなく、全身が石の如く重く硬く固まってしまい、身を押し潰されるように感じたのだ。
まるで高重力惑星に突然投げ込まれたかのようだった。
(こいつ……何処からつけていやがったんだ!?)
充分に警戒していた筈のシドの感覚さえ謀ったサイキ持ちの少年は、手首を掴まれたまま苦痛に耐えているシドの顔を覗き込んでニィと嗤った。
「一応、自己紹介させて貰おうかな。僕はユージィンであっちはサキ。宜しくね、刑事サン。たぶんすっごく短いお付き合いだと思うけどさ」
自己紹介されても嬉しくなかった。少年を睨みつけるどころか冷や汗を流すことすらできず、手首の骨が砕けそうな痛みにシドはただひたすら耐えるしかない。
「無駄に抵抗すると手首が折れるよ。僕のサイキはこれだからさ」
少年は空いた右手でシドが使っていたフォークを取った。それを目の高さに上げる。するとフォークはお辞儀をするように曲がってぐるりと回転、その柄で結び目を作った。
「そう。僕は念動力者、PK使いさ」
呼吸もままならないシドは少年の傲慢な口調にはらわたが煮えくりかえる思いがしていた。こちらを馬鹿にしきった様子は同じ人類とも思っていないようである。
サイキ持ちだろうが半魚人だろうが差別はしない主義のシドだがこいつは別だ。
辺りはショッピング街でそれなりに賑わってはいたが、雨の予報のせいか普段より人波がやや薄いのをシドは見取る。
それでもここでサイキ戦は拙すぎるが最悪のパターンに陥ったとしても被害を最小に食い止められるかも知れない。
いや、一般市民を巻き込むことなど絶対にあってはならない。
あらゆる想定をしておくべきだと分かっているが、市民に被害は論外だ。刑事である自分のせいで市民が血を流すなど本末転倒で、ならば唯一のアドバンテージを捨ててでも余所に行くべきだったか。
つらつら考えては臍を噛む思いをしながらも、シドはここまで来てしまった以上、もし自分とハイファでも察知できないような敵に既に捕捉されていた場合、却って迷走する方が危険だと判断して、そのまま涼しい顔で予定通りに進んだ。
小径に入って裏通りの歓楽街に出ると、夜遊び専門の裏通りはいよいよ人影が少なく、これならと少々安堵する。耳を澄ませ見渡しても僅かにゲームセンターからBGMが流れてくるだけ、あとは何軒かの合法ドラッグ店に人の出入りがあるくらいだ。
そんなファイバの道を五分ほど歩いた場所にバー・リンデンバウムはあった。
店の前には小さなイーゼルが立っていて、本日のお勧めメニューが手書きされたボードが立て掛けられている。けれどそれを注視することなくシドは無造作に合板のドアを開けた。座ったのは先日の晩と同じカウンター席、奥から三番目のスツールだ。ハイファはその更に奥のスツール、シドの隣に腰掛けて店内を見回す。
テーブル席もあるが殆ど客はおらずガラガラだ。これで採算が合うのかとハイファは要らぬ心配をする。そう思った直後にドアが開き、新たな客が二人やってきた。
やや大ぶりのショルダーバッグを持った女性と、その女性の子供にしては少し大きい、テラ標準歴で十五、六歳くらいの少年だった。二人共に同じ色目のプラチナブロンドなので係累だろうか。喋り、笑いさざめきながら入り口近くのテーブル席に着地する。
その二人のお蔭で少しは賑やかになった気がハイファにはした。そんなことを考えている間に隣でシドが無造作にデカい声を発する。
「マスター、ランチ」
「あ、じゃあ僕もそれで」
常連のシドにハイファが倣うと、マスターは黙ってフライパンを温め始める。早速シドはポケットから煙草を出して一本咥え、オイルライターで火を点けた。
「お前、ここのカレーは絶品だぞ?」
「ふうん。でもいいや、今度で。ガッツリ食べると感覚が鈍りそうだしね」
などと言いながらも、先程のプラチナブロンドの客二人が頼んだカレーの匂いは、卑怯なくらいの魅力で男二人の胃袋に刺激を与える。それでハイファも僅かに空腹を感じた。
寡黙なマスターがカウンター越しにプレートを差し出す。
「ありがとう」
礼を言いつつプレート類を次々と受け取ったハイファは、プレートやカップにカトラリーをシドの分までセッティングした。
並べながらまじまじ観察したがここもオートクッカーは使っていないらしい。だが手作りだからといって美味しいとは限らないのが手作りの所以で、オートクッカーは間違いなく一定水準の味を作り出すのだ。
目前のメインメニューは和風おろしソースをかけたハンバーグで、ワンプレートに目玉焼きとサラダも載っている。あとはクルトンが浮いたカップ入りスープとライスだった。
「いただきます。ん、お店で今どき手作りもすごいのに、これ美味しいかも」
「だろ? あとで飲み物もつく。コーヒーか紅茶かオレンジジュースが選べるが、コーヒーか紅茶だとサーヴィスでウィスキーかブランデー垂らして貰えるぞ」
「職務中にまあ、この人は。いい加減呆れるよ」
「お前だって仕事中に色々、それこそ色々あるだろうが」
「それだって仕事です、『色々』を強調しないでよね。失礼しちゃうな、もう」
僅かしかなかった食欲も口に入れてみれば復活したようで、ハイファは優雅にマナーを守りながらも、自身でも意外な早さでプレートのものを全て食してしまう。
ハイファがフォークを置くのを待ってシドは飲み物にコーヒーを、ハイファは紅茶を頼んだ。シンプルなカップで熱い液体を啜ってみると、言われた通りにブランデーが香っていて、ひととき肩の力が抜けていくようだった。
食後の一本を吸い始めたシドにハイファは訊く。
「んでサ、ここは確かに薬屋さんにも近いけど、実際どうする気なの?」
「迷ったんだがな……ここを右に一時間も行けば、七分署管内でも最末端に出る」
「もしかして倉庫街?」
「ああ。人のいない場所を他に思いつかねぇからな」
「そっか、そうだよね……」
涼しい顔をしながらも、どうしたら一般市民巻き込まずに済むかをシドは考え、結果として真っ向勝負に持ち込む気だったのだ。
決して平気な訳ではない、怖いだろうに刑事としてのシドの最優先は自分より他人なのである。
あまりの『らしさ』に苦笑させられたハイファは口元に微笑を浮かべたまま立ち上がった。シドが目顔で訊く。
「ちょっとお手洗い」
そう言ってハイファが消えたときだった。テーブル席に座っていたプラチナブロンドの少年が近づいてきて、煙草を消しているシドの右手首を掴んだのは。
「何だ、どうした――」
それ以上シドは声を発せなかった。尋常でない力で掴まれた手首だけでなく、全身が石の如く重く硬く固まってしまい、身を押し潰されるように感じたのだ。
まるで高重力惑星に突然投げ込まれたかのようだった。
(こいつ……何処からつけていやがったんだ!?)
充分に警戒していた筈のシドの感覚さえ謀ったサイキ持ちの少年は、手首を掴まれたまま苦痛に耐えているシドの顔を覗き込んでニィと嗤った。
「一応、自己紹介させて貰おうかな。僕はユージィンであっちはサキ。宜しくね、刑事サン。たぶんすっごく短いお付き合いだと思うけどさ」
自己紹介されても嬉しくなかった。少年を睨みつけるどころか冷や汗を流すことすらできず、手首の骨が砕けそうな痛みにシドはただひたすら耐えるしかない。
「無駄に抵抗すると手首が折れるよ。僕のサイキはこれだからさ」
少年は空いた右手でシドが使っていたフォークを取った。それを目の高さに上げる。するとフォークはお辞儀をするように曲がってぐるりと回転、その柄で結び目を作った。
「そう。僕は念動力者、PK使いさ」
呼吸もままならないシドは少年の傲慢な口調にはらわたが煮えくりかえる思いがしていた。こちらを馬鹿にしきった様子は同じ人類とも思っていないようである。
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