楽園の方舟~楽園1~

志賀雅基

文字の大きさ
48 / 62

第46話

しおりを挟む
 刑事とスパイは警戒しつつ四十分近く歩き、大通りを挟んだ右手に公園を眺めた。
 辺りはショッピング街でそれなりに賑わってはいたが、雨の予報のせいか普段より人波がやや薄いのをシドは見取る。
 それでもここでサイキ戦は拙すぎるが最悪のパターンに陥ったとしても被害を最小に食い止められるかも知れない。

 いや、一般市民を巻き込むことなど絶対にあってはならない。
 あらゆる想定をしておくべきだと分かっているが、市民に被害は論外だ。刑事である自分のせいで市民が血を流すなど本末転倒で、ならば唯一のアドバンテージを捨ててでも余所に行くべきだったか。

 つらつら考えては臍を噛む思いをしながらも、シドはここまで来てしまった以上、もし自分とハイファでも察知できないような敵に既に捕捉されていた場合、却って迷走する方が危険だと判断して、そのまま涼しい顔で予定通りに進んだ。

 小径に入って裏通りの歓楽街に出ると、夜遊び専門の裏通りはいよいよ人影が少なく、これならと少々安堵する。耳を澄ませ見渡しても僅かにゲームセンターからBGMが流れてくるだけ、あとは何軒かの合法ドラッグ店に人の出入りがあるくらいだ。

 そんなファイバの道を五分ほど歩いた場所にバー・リンデンバウムはあった。 

 店の前には小さなイーゼルが立っていて、本日のお勧めメニューが手書きされたボードが立て掛けられている。けれどそれを注視することなくシドは無造作に合板のドアを開けた。座ったのは先日の晩と同じカウンター席、奥から三番目のスツールだ。ハイファはその更に奥のスツール、シドの隣に腰掛けて店内を見回す。

 テーブル席もあるが殆ど客はおらずガラガラだ。これで採算が合うのかとハイファは要らぬ心配をする。そう思った直後にドアが開き、新たな客が二人やってきた。
 やや大ぶりのショルダーバッグを持った女性と、その女性の子供にしては少し大きい、テラ標準歴で十五、六歳くらいの少年だった。二人共に同じ色目のプラチナブロンドなので係累だろうか。喋り、笑いさざめきながら入り口近くのテーブル席に着地する。

 その二人のお蔭で少しは賑やかになった気がハイファにはした。そんなことを考えている間に隣でシドが無造作にデカい声を発する。

「マスター、ランチ」
「あ、じゃあ僕もそれで」

 常連のシドにハイファが倣うと、マスターは黙ってフライパンを温め始める。早速シドはポケットから煙草を出して一本咥え、オイルライターで火を点けた。

「お前、ここのカレーは絶品だぞ?」
「ふうん。でもいいや、今度で。ガッツリ食べると感覚が鈍りそうだしね」

 などと言いながらも、先程のプラチナブロンドの客二人が頼んだカレーの匂いは、卑怯なくらいの魅力で男二人の胃袋に刺激を与える。それでハイファも僅かに空腹を感じた。
 寡黙なマスターがカウンター越しにプレートを差し出す。

「ありがとう」

 礼を言いつつプレート類を次々と受け取ったハイファは、プレートやカップにカトラリーをシドの分までセッティングした。
 並べながらまじまじ観察したがここもオートクッカーは使っていないらしい。だが手作りだからといって美味しいとは限らないのが手作りの所以で、オートクッカーは間違いなく一定水準の味を作り出すのだ。

 目前のメインメニューは和風おろしソースをかけたハンバーグで、ワンプレートに目玉焼きとサラダも載っている。あとはクルトンが浮いたカップ入りスープとライスだった。

「いただきます。ん、お店で今どき手作りもすごいのに、これ美味しいかも」
「だろ? あとで飲み物もつく。コーヒーか紅茶かオレンジジュースが選べるが、コーヒーか紅茶だとサーヴィスでウィスキーかブランデー垂らして貰えるぞ」
「職務中にまあ、この人は。いい加減呆れるよ」
「お前だって仕事中に色々、それこそ色々あるだろうが」
「それだって仕事です、『色々』を強調しないでよね。失礼しちゃうな、もう」

 僅かしかなかった食欲も口に入れてみれば復活したようで、ハイファは優雅にマナーを守りながらも、自身でも意外な早さでプレートのものを全て食してしまう。
 ハイファがフォークを置くのを待ってシドは飲み物にコーヒーを、ハイファは紅茶を頼んだ。シンプルなカップで熱い液体を啜ってみると、言われた通りにブランデーが香っていて、ひととき肩の力が抜けていくようだった。

 食後の一本を吸い始めたシドにハイファは訊く。

「んでサ、ここは確かに薬屋さんにも近いけど、実際どうする気なの?」
「迷ったんだがな……ここを右に一時間も行けば、七分署管内でも最末端に出る」
「もしかして倉庫街?」
「ああ。人のいない場所を他に思いつかねぇからな」
「そっか、そうだよね……」

 涼しい顔をしながらも、どうしたら一般市民巻き込まずに済むかをシドは考え、結果として真っ向勝負に持ち込む気だったのだ。
 決して平気な訳ではない、怖いだろうに刑事としてのシドの最優先は自分より他人なのである。
 あまりの『らしさ』に苦笑させられたハイファは口元に微笑を浮かべたまま立ち上がった。シドが目顔で訊く。

「ちょっとお手洗い」

 そう言ってハイファが消えたときだった。テーブル席に座っていたプラチナブロンドの少年が近づいてきて、煙草を消しているシドの右手首を掴んだのは。

「何だ、どうした――」

 それ以上シドは声を発せなかった。尋常でない力で掴まれた手首だけでなく、全身が石の如く重く硬く固まってしまい、身を押し潰されるように感じたのだ。
 まるで高重力惑星に突然投げ込まれたかのようだった。

(こいつ……何処からつけていやがったんだ!?)

 充分に警戒していた筈のシドの感覚さえ謀ったサイキ持ちの少年は、手首を掴まれたまま苦痛に耐えているシドの顔を覗き込んでニィと嗤った。

「一応、自己紹介させて貰おうかな。僕はユージィンであっちはサキ。宜しくね、刑事サン。たぶんすっごく短いお付き合いだと思うけどさ」

 自己紹介されても嬉しくなかった。少年を睨みつけるどころか冷や汗を流すことすらできず、手首の骨が砕けそうな痛みにシドはただひたすら耐えるしかない。

「無駄に抵抗すると手首が折れるよ。僕のサイキはこれだからさ」

 少年は空いた右手でシドが使っていたフォークを取った。それを目の高さに上げる。するとフォークはお辞儀をするように曲がってぐるりと回転、その柄で結び目を作った。

「そう。僕は念動力者、PK使いさ」

 呼吸もままならないシドは少年の傲慢な口調にはらわたが煮えくりかえる思いがしていた。こちらを馬鹿にしきった様子は同じ人類とも思っていないようである。

 サイキ持ちだろうが半魚人だろうが差別はしない主義のシドだがこいつは別だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

月の綺麗な夜に終わりゆく君と

石原唯人
恋愛
ある日、十七才の春に僕は病院で色のない少女と出会う。 それは、この場所で出会わなければ一生関わる事のなかった色のない彼女とモノクロな僕の 秘密の交流。 彼女との交流によって諦観でモノクロだった僕の世界は少しずつ色づき始める。 十七歳、大人でも子どもでもないトクベツな時間。 日常の無い二人は限られて時間の中で諦めていた当たり前の青春へと手を伸ばす。 不器用な僕らの織り成す物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ち、ソラ。 彼はレベル1の無能として蔑まれ、魔王討伐を目前に「お前のようなゴミはいらない」と追放を言い渡される。 だが、傲慢な勇者たちは知らなかった。 自分たちが人間最高峰の力を維持できていたのは、すべてソラの規格外のステータスを『借りていた』からだということを。 「……わかった。貸していた力、すべて返してもらうよ」 契約解除。返還されたレベルは9999。 一瞬にして力を失い、ただの凡人へと転落しパニックに陥る勇者たち。 対するソラは、星を砕くほどの万能感を取り戻しながらも、淡々と宿を去る。 静かな隠居を望むソラだったが、路地裏で「才能なし」と虐げられていた少女ミィナを助けたことで、運命が変わり始める。 「借金の利息として、君を最強にしてあげよう」 これは、世界そのものにステータスを貸し付けていた最強の『貸与者』が、不条理な世界を再定義していく物語。 (本作品はAIを活用して構成・執筆しています)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...