楽園の方舟~楽園1~

志賀雅基

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第45話

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 まずは暴走コイルと建設重機の反重力装置に叩き込んで減ったフレシェット弾を補充する。
 次にフィールドストリッピングをして制御部の電流・電圧を計り、電磁石と絶縁体の摩耗度合いをマイクロメータでチェックした。
 納得して組み直すと右腰のヒップホルスタに収め、位置の微調整と大腿部に巻いたバンドの締め直しをする。

 それらを手早く終えたシドはオイル臭く狭い武器庫内を改めて見回した……。

「遅かったね」
「お前こそ何だよ、こんなにピカピカじゃ却って落ち着かねぇぞ」

 ハイファは寝台に腰掛けていた。シドはその隣に座り買ってきたコーヒーを渡す。

 先日ゴミだけ処分した留置場のシドの巣は衣類もきちんと畳んで積み重ねられ、ポリアカ時代の寮内の如くベッドの毛布も角を揃えて畳まれていた。
 その上には多数の総監賞略綬と特級射撃手徽章が胸に輝く制服が伸べてある。床ではクリーナーが静かに稼働中だ。クリーナーを作動させられる程度までハイファが掃除をしたのだろう。
 クリーナーを目で追いながら二人並んでコーヒーを味わった。

「立つ鳥跡を濁さずっていうでしょ?」
「お前ってそんなに悲観主義者ペシミストだったか? 今日じゃないかも知れないんだぜ」
「シドこそ、そんなに楽天家オプチミストでしたっけ?」
「相手にサイキがあるように、俺には地の利がある……っても、実際どうするかだ」

「郊外のお屋敷地区なら多少壊しても罪悪感が薄いんじゃない?」
「そいつは楽しそうだが、七分署管内じゃねぇと唯一のアドバンテージすら失うぞ」
「うーん、そっか。でもどうやって向こうは僕たちを見つけるんだろうね?」
「そりゃあ面割りだろ。ってことは悩むだけ無駄だ。俺はいつものパターンで行く」

「こんな時にまで足での捜査する訳? 堪んないなあ、それ」
「ムハンマド=マハルシ、あの爺さんの裏取り。薬屋と魚屋、中学教師にそもそもの取引の始まりからをもう一度聴取する。絶対にルートを割り出してやる」

 あっという間に本業に思考がシフトしたらしい刑事に、ハイファはハイファで戦争よりも想い人の異常なまでのワーカホリックぶりの方が心配になってきた。
 脳内で本日の仕事を組み立てているらしいシドを横目に、ハイファはショルダーホルスタから銃を抜き出すとマガジンキャッチを押してマガジンを手の中に落とす。

「何発だ?」
「チャンバ込みで十八。スペア二本で、五十二発」

 今回持ってきた品も火薬カートリッジ式セミ・オートマチック・ピストルだ。
 コンマ四十五インチ口径より小さい九ミリ口径で装弾数はダブルカーラムマガジンに十七発プラス薬室チャンバに一発の計十八発である。戦闘服の腰に巻いた弾帯にはマガジンパウチを着け、中には弾薬を満タンにした二本のスペアマガジンが入っていた。

「このテラ本星セントラルエリアで五十二発もの重装備なんて、他星系任務もこなしてきた僕でさえ信じがたいよ。それでもまだ不安に駆られる自分がいるのは、もっと信じがたいんだけど、シドってやっぱり図太いよねぇ」
「図太い言うな、自然体と言え」

 けろりとして言うのだからやはり図太いとハイファは思う。そもそも何度も撃たれるようなイヴェントストライカ刑事をしているシドにとっては敵が何者であろうが、うろたえていては仕事にならないのかも知れない。

 だが昨日、意識のないシドを着替えさせた時、躰のあちこちに傷痕があったのを見た。
 たった数日間、再生槽入りすれば痕など残らないだろうに、やはり今回と同じように入院も拒否してこの街を、この楽園の方舟のような世界を護るために、独りで歩き続けてきたのだろう。
 己の胸に疑問を投げかけながら、ずっと歩いては身を挺して……。

 いつしか思いに耽りながらハイファは手にした銃上部のスライドを勢い良く引いていた。チャンバに装填されていた一発はガシャンという音と共に自動排夾される。
 宙に飛んだその弾薬は一瞬煌めいて、反射的に動いたシドの手の中へ。

「ほう、九ミリパラベラムってヤツですか。そこそこ人に優しく、環境にはもっと優しい生分解性の硬化プラじゃなくフルメタルジャケット、鉛玉を銅合金で被甲と。完全にルール・オブ・エンゲージメント違反、ご禁制の品ですねぇ、軍人さん」

 などとシドは違法ドラッグを責めたハイファの口調を真似る。

「これは百令ビャクレイ星系での拾いモノ。AD世紀末期にテラ本星でHK社がたった五百丁の限定販売してプレミアもついた名銃テミスM89……と言いたいけども残念ながらコピー品なんだよね。でも百発くらい撃ってみて結構手に馴染んだから」
「お前の私物ってか?」
「官品じゃないから私物になるね。サイキ持ちの別室員は他星系でこっちに回せないからって室長が手を回してくれたんだよ。『冥土の土産に持っていけ』だってサ」
「全く、お前んとこは何だってそんなに暗いんだか」
「忙しすぎるとジョークも荒んできちゃうんだよね」

 弾薬をリロードするハイファを横目に緊張の欠けたシドは大欠伸をかました。

「ふあーあ。俺はせっかく買ったこのジャケットの耐久試験ができるチャンス、お前はこの本星セントラルで堂々と有質量弾を撃てるチャンスなんだぜ?」
「本当にポジティブな人ですね、あーたは。真面目な話、戦争に行く気?」
「署にミサイルぶち込まれるのもご免だしな。職にあぶれて食いっぱぐれる」
「『取り敢えず数日間だけでも別室に逃げ込む手もある』って、室長からの伝言」
「ふうん。逃げ込みたいのは山々。だがな、俺は――」
「惑星警察の刑事でしょ。分かった、分かりました。何処までも付き合うけど今日と明日で何もなかったら……忘れてないよね?」
「ああ。ほら、行くぞ」

 促されてハイファも銃を仕舞い、空いたふたつの飲料ボトルを手にしようとした。

「いや、そいつはそこに置いとけよ」
「すぐに捨てないからゴミ溜めになっちゃうんだよ」
「いいんだ。そいつは俺たちが還ってきたら始末する」
「……そっか。そうだね」

 そして二人は街に出るべく階段を上ると、皆の注目を浴びつつデカ部屋を出た。
 いつもならイヴェントストライカの外回りを止める筈のヴィンティス課長は、何も言わずに窓外の超高層ビル群を眺めてこちらにはスーツの背を向けていた。

 痛い視線を逃れた二人は同時に見上げる。数日続いた好天の陽は隠れどんよりと曇って今にも何か降り出しそうな冷え込む日だった。靴底を通して冷気が感じられる。

「ウェザコントローラ情報、見た?」
「今、見る……コントロール対象にしない小雨、あと一時間ちょいで降り出すぞ」
「ちょっと運がいいかな。レーザーなら射線が見やすいし威力も減衰するから」

 喋りながらも二人は全方位警戒で神経を張り詰めていた。歩き始めて十五分も経たないうちに、もううんざりしてハイファは新たな展開を先輩刑事に求める。

「シド。『いつものパターン』だとまず貴方は?」
「そうだな……腹減った。メシにしようぜ」

 肩すかしを食ったハイファはオーバーなリアクションをしてみせた。

「だから朝ご飯作るって言ったのに」
「朝メシ食う習慣がねぇからな、俺は」
「それ良くないよ。却って太るし仕事中も頭が働かないし。それで何処行くの?」
「前に行ったあのバー。昼間は軽食も出してるんだ。結構旨いぞ」
「ああ、シドと僕の思い出の晩のお店だね」
「ぶっ! それ以上言うなよ、あそこの酒とランチは貴重、失くしたくねぇからな」
「常連なんだ?」
「まあな。五月蠅くねぇから落ち着けるし、捜査上でもあの辺りは便利だからな」
「ふうん。……で、今のところは大丈夫だと思うんだけど」
「ああ、俺も不審者だの尾行者だのの視線は感じねぇよ」


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