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第22話・明け方(探偵・ヤクザ)
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とうとう薫は完全に気を失ってしまい、いつまで経っても自分一人のものにならない極道気取りのあどけないような寝顔を恭介は暫し眺めた。だがこのままではない。自分の周りが動き出す。勿論、薫も含めてだ。
それがかつての上司から電話で伝えられたオーダーであり、全てが終焉と始まりに向けて射程距離に入ったことで僅かな満足と、自分を含めた関係者の命に不安を覚えていた。
他人の命をゴリゴリ削るプランを夜中より朝方に近い時間だというのに、爽やかに告げたかつての上司は何を何処まで知っているのか分からず、恭介ですら可能なら付き合いたくない、妖怪じみた人物だった。
まさか自分の爺さんが残した様々に奇怪なモノの中でも、個人が持つ博物館クラスの代物、イコール、所有しているだけで何らかの罪に問われかねないブツを何故にあの元上司は知っているのか謎すぎた。
とにかくこちらはこちらで実働部隊として計画を練らなければならない。梅谷組と珍宝楼も多少の危険は覚悟の上で総動員するとして、自分と薫は……生きて戻れるのだろうか。だからといって薫だけ安全圏に置いておく気など恭介にはカケラもなかった。
そもそもが何故にヤクザ撲滅キャンペーンなど民間人が任され、薫とつるんでいるというだけで俺が元上司から、その総指揮を押し付けられたのか。そいつはそれこそ警察の組織犯罪対策本部の仕事だ。どうせ失敗しても、あの元上司は反社会的集団同士の小競り合いとでも言ってのけて終わりに違いない。
「んー、恭介?」
「何だ、もう起きたのか。調子は――」
「――サイテーだよ。絶対、血ぃ飲み過ぎたでしょ?」
「カードが使える店が開いたら焼肉でもステーキでも食わせてやる」
「ホント!? ラッキィ、いい店、知ってるんだ」
ぱあっと顔を明るくした薫にも既に組対・薬物銃器対策課長の企みは話してあるのだが、命懸けの無謀な計画よりも目前の焼肉が嬉しいのは、恭介にしてみれば非常に羨ましい性格だった。これでも『足らない』訳ではないのだから、足して二で割れない関係を築くとすれば他を当たる気はもう無い。
だったらさっさと薫をヤクザの沼から引き抜いて完全に自分のものにしてしまうのが一番だ。
――とでも思わなければ、到底やる気が出ない。ここいら一帯を仕切る指定暴力団・滝本組の壊滅作戦など。
一次団体の滝本組をクスリその他で幹部全員引っ括ったら、二次団体の梅谷組は滝本から貰った杯もチャラになって元市役所職員の弱腰組長の口癖である『組を畳む』ことに何の障害もなくなる訳だ。この世知辛い時勢でも、まさか大の男たちの就職先が、また反社会的集団しかない訳ではあるまい。
それこそ、その辺りは言い出しっぺの妖怪、もとい元上司に口利きでもさせるべきだと思われた。現時点では反対勢力だが組対の課長が受け皿か身許引受人になれば、ヤクザの部屋住みよりはマシな就職先も見つかる筈だ。
そこまですれば薫がヤクザでいる理由は無くなる。
しかし恭介は自分がそんなに石動薫に対して執着している事実に誰よりも自身が驚いていたし、逆に薫の方が心得て恭介の感情を上手く利用している気がして少々癪ではあった。若さから出るハングリーさの違いかと考えかけて、薫による恭介への『オジサン』扱いを思い出し、急に腹が立って煙草を吸い始めると、寝ている薫に紫煙を吹きかけ続けた。
「ん……焼肉?」
「ああ、カルビの脂が焦げてるぞ」
「冗談、ゲホゲホ!」
「そういやお前、喘息は治ったのか?」
「煙たっぷり吸わせてから言うかなあ……あれから発作もないよ」
「ふん。鉄筋コンクリート製メンタルのヤクザが、そいつは宜しい事だな」
「好きで発作起こしたんじゃないもん。それに鉄筋コンクリートのメンタルは恭介じゃん、身体の造りも」
「そうかもな、ヤクザの造るビルなんかまともに建築基準法を守っている訳ないだろう? どうせロクに材料も入っていないシャブコンだ」
「シャブコンなんて何時の時代の話……ほら、焼肉の前にシャワー!」
何故か下僕扱いで恭介は薫を丁重に抱いたままシャワーを浴びさせ、身体を拭い、髪までドライヤーで乾かしてから服を着せつける羽目になった。本能的に分かる吸血許容量をオーバーしたツケだ、仕方ない。
そして三十分後には時間にそぐわぬ焼肉臭に二人して塗れていた。小さな夜の街の半地下で珍宝楼と変わらぬ立地ながら二十四時間営業している怪しげな店だが、シマを知る薫の言う通りの『いい店』かどうかはともかく、非常に肉の質も良く旨い店で恭介も文句はなかった。
二人でしっかりと出した分のタンパク質を補給し、恭介がカードで支払った額は予想より一桁少なく、シマを守る立場の薫に遠慮したのかと思えば、そうでもないらしい。ここはリピート確定だなと思いつつ薫の後から油染みた階段を上がると、空は薄曇りで風は狭い通りを吹き抜け、そこそこ気持ち良かった。
「お前は組に帰るのか?」
「当たり前じゃん、ヘボ探偵より忙しいんだよ、これでも」
「ふん。電話かメールで指示しておけ。今からお前は俺と山登りだ」
「はあ? 恭介、あんたアタマ大丈夫!?」
「ジョーク抜きでコウモリになって飛べりゃいいんだがな。俺だけ難儀するのはフェアじゃない」
「何それ、意味分かんないよ……ヤマって何処かの銀行に強盗に入るんじゃないよね?」
「そんなヤマを誰が踏むか。死んだジジイの残した山だ。今は俺の土地らしいが」
「疲れそうでヤダなあ。んで、何しに行くって?」
「俺の元上司がふっかけてきたプラン、あれを実行可能かどうか得物を見に行く」
得物と聴いて薫の表情はやや持ち直した。かつてはグロック一丁で上位団体の樫原組の幹部十名を独りで殺ろうとしていたくらいで、銃を持たせて貰える、あわよくば撃たせて貰えるとなると男の子に還ってしまうのである。
「なになに、今度は。前は第二次世界大戦中の遺物の機関銃と対戦車地雷に、恭介の狩猟用散弾銃だったよね? 次はロケット砲? それともミサイルかな?」
「期待を裏切って申し訳ないが、地上部隊は梅谷のお前の部下たちだ。おそらく面も割れてる俺たち二人は滝本組を空から急襲する」
「え……空って、飛ぶの?」
恭介は駅方向に歩きだしながら曇った空を仰いで溜息交じりに吐き出した。
「飛ぶらしい……飛べるのか?」
「僕に訊かれてもね……」
「何れにせよ付き合って貰うぞ」
「あ、僕、お腹痛い気が。さっきの焼肉でカンピロバクターかも――」
「俺はO157で入院したい気分だ」
「まさかと思うけど飛行機……だよね?」
「さあな。ガキの頃に見たきりだが、俺にもアレが飛行機には思えなかった」
「そこは誇張して欲しかったなあ。あああ、この若さで散るなんて!」
「そうだよなあ」
まるで否定しない恭介の横顔を見上げつつ歩いていた薫は逆方向にダッシュをかまし、ジャケットの襟首を恭介に掴まれて、猫の如く電車の最寄り駅まで運ばれた。
それがかつての上司から電話で伝えられたオーダーであり、全てが終焉と始まりに向けて射程距離に入ったことで僅かな満足と、自分を含めた関係者の命に不安を覚えていた。
他人の命をゴリゴリ削るプランを夜中より朝方に近い時間だというのに、爽やかに告げたかつての上司は何を何処まで知っているのか分からず、恭介ですら可能なら付き合いたくない、妖怪じみた人物だった。
まさか自分の爺さんが残した様々に奇怪なモノの中でも、個人が持つ博物館クラスの代物、イコール、所有しているだけで何らかの罪に問われかねないブツを何故にあの元上司は知っているのか謎すぎた。
とにかくこちらはこちらで実働部隊として計画を練らなければならない。梅谷組と珍宝楼も多少の危険は覚悟の上で総動員するとして、自分と薫は……生きて戻れるのだろうか。だからといって薫だけ安全圏に置いておく気など恭介にはカケラもなかった。
そもそもが何故にヤクザ撲滅キャンペーンなど民間人が任され、薫とつるんでいるというだけで俺が元上司から、その総指揮を押し付けられたのか。そいつはそれこそ警察の組織犯罪対策本部の仕事だ。どうせ失敗しても、あの元上司は反社会的集団同士の小競り合いとでも言ってのけて終わりに違いない。
「んー、恭介?」
「何だ、もう起きたのか。調子は――」
「――サイテーだよ。絶対、血ぃ飲み過ぎたでしょ?」
「カードが使える店が開いたら焼肉でもステーキでも食わせてやる」
「ホント!? ラッキィ、いい店、知ってるんだ」
ぱあっと顔を明るくした薫にも既に組対・薬物銃器対策課長の企みは話してあるのだが、命懸けの無謀な計画よりも目前の焼肉が嬉しいのは、恭介にしてみれば非常に羨ましい性格だった。これでも『足らない』訳ではないのだから、足して二で割れない関係を築くとすれば他を当たる気はもう無い。
だったらさっさと薫をヤクザの沼から引き抜いて完全に自分のものにしてしまうのが一番だ。
――とでも思わなければ、到底やる気が出ない。ここいら一帯を仕切る指定暴力団・滝本組の壊滅作戦など。
一次団体の滝本組をクスリその他で幹部全員引っ括ったら、二次団体の梅谷組は滝本から貰った杯もチャラになって元市役所職員の弱腰組長の口癖である『組を畳む』ことに何の障害もなくなる訳だ。この世知辛い時勢でも、まさか大の男たちの就職先が、また反社会的集団しかない訳ではあるまい。
それこそ、その辺りは言い出しっぺの妖怪、もとい元上司に口利きでもさせるべきだと思われた。現時点では反対勢力だが組対の課長が受け皿か身許引受人になれば、ヤクザの部屋住みよりはマシな就職先も見つかる筈だ。
そこまですれば薫がヤクザでいる理由は無くなる。
しかし恭介は自分がそんなに石動薫に対して執着している事実に誰よりも自身が驚いていたし、逆に薫の方が心得て恭介の感情を上手く利用している気がして少々癪ではあった。若さから出るハングリーさの違いかと考えかけて、薫による恭介への『オジサン』扱いを思い出し、急に腹が立って煙草を吸い始めると、寝ている薫に紫煙を吹きかけ続けた。
「ん……焼肉?」
「ああ、カルビの脂が焦げてるぞ」
「冗談、ゲホゲホ!」
「そういやお前、喘息は治ったのか?」
「煙たっぷり吸わせてから言うかなあ……あれから発作もないよ」
「ふん。鉄筋コンクリート製メンタルのヤクザが、そいつは宜しい事だな」
「好きで発作起こしたんじゃないもん。それに鉄筋コンクリートのメンタルは恭介じゃん、身体の造りも」
「そうかもな、ヤクザの造るビルなんかまともに建築基準法を守っている訳ないだろう? どうせロクに材料も入っていないシャブコンだ」
「シャブコンなんて何時の時代の話……ほら、焼肉の前にシャワー!」
何故か下僕扱いで恭介は薫を丁重に抱いたままシャワーを浴びさせ、身体を拭い、髪までドライヤーで乾かしてから服を着せつける羽目になった。本能的に分かる吸血許容量をオーバーしたツケだ、仕方ない。
そして三十分後には時間にそぐわぬ焼肉臭に二人して塗れていた。小さな夜の街の半地下で珍宝楼と変わらぬ立地ながら二十四時間営業している怪しげな店だが、シマを知る薫の言う通りの『いい店』かどうかはともかく、非常に肉の質も良く旨い店で恭介も文句はなかった。
二人でしっかりと出した分のタンパク質を補給し、恭介がカードで支払った額は予想より一桁少なく、シマを守る立場の薫に遠慮したのかと思えば、そうでもないらしい。ここはリピート確定だなと思いつつ薫の後から油染みた階段を上がると、空は薄曇りで風は狭い通りを吹き抜け、そこそこ気持ち良かった。
「お前は組に帰るのか?」
「当たり前じゃん、ヘボ探偵より忙しいんだよ、これでも」
「ふん。電話かメールで指示しておけ。今からお前は俺と山登りだ」
「はあ? 恭介、あんたアタマ大丈夫!?」
「ジョーク抜きでコウモリになって飛べりゃいいんだがな。俺だけ難儀するのはフェアじゃない」
「何それ、意味分かんないよ……ヤマって何処かの銀行に強盗に入るんじゃないよね?」
「そんなヤマを誰が踏むか。死んだジジイの残した山だ。今は俺の土地らしいが」
「疲れそうでヤダなあ。んで、何しに行くって?」
「俺の元上司がふっかけてきたプラン、あれを実行可能かどうか得物を見に行く」
得物と聴いて薫の表情はやや持ち直した。かつてはグロック一丁で上位団体の樫原組の幹部十名を独りで殺ろうとしていたくらいで、銃を持たせて貰える、あわよくば撃たせて貰えるとなると男の子に還ってしまうのである。
「なになに、今度は。前は第二次世界大戦中の遺物の機関銃と対戦車地雷に、恭介の狩猟用散弾銃だったよね? 次はロケット砲? それともミサイルかな?」
「期待を裏切って申し訳ないが、地上部隊は梅谷のお前の部下たちだ。おそらく面も割れてる俺たち二人は滝本組を空から急襲する」
「え……空って、飛ぶの?」
恭介は駅方向に歩きだしながら曇った空を仰いで溜息交じりに吐き出した。
「飛ぶらしい……飛べるのか?」
「僕に訊かれてもね……」
「何れにせよ付き合って貰うぞ」
「あ、僕、お腹痛い気が。さっきの焼肉でカンピロバクターかも――」
「俺はO157で入院したい気分だ」
「まさかと思うけど飛行機……だよね?」
「さあな。ガキの頃に見たきりだが、俺にもアレが飛行機には思えなかった」
「そこは誇張して欲しかったなあ。あああ、この若さで散るなんて!」
「そうだよなあ」
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