48 / 49
第48話
しおりを挟む
「は、ハックシュン! 課長、『出張』から只今戻りました……ヘックショイ!」
増血剤と胃薬の瓶を前にヴィンティス課長はハンカチを口に当てた。
「う、ご苦労だった。だが帰ってきたその足で出勤とはどうかして……いや、もう十七時二十五分、あと五分で定時だ。今日はもういいから帰りたまえ」
体調はともかく嫌がらせ成功にシドは心で快哉を叫び、自分のデスクに着いてどっかりと椅子に腰掛け、煙草に火を点ける。ハイファが懐かしの泥水を運んできた。
「そんなに具合が悪いのにワープラグを押してまで出勤するなんて」
「俺の趣味にケチをつけるな……ハックシュン!」
「貴方の体調考えて、せっかくユーフェがゼナス製薬の宙艦で高陽宙港直行便を都合つけてくれたのにサ。早く帰れたのに寝てなきゃ一緒じゃない」
「ハックシュン、ずびび……そいつは単なる下心、結局タイタンまでくっついてきやがって、振り切っちまうまでにどれだけ俺が繊細な神経をすり減らしたと、ずびび」
「繊細ねえ。いいからもう、さっさと帰るからね。買い物もしなきゃだし」
「へいへい……ヘックショイ!」
先日来の熱に加え雨に濡れ、すっかり風邪を引いてしまったシドは他星の悪性感冒をデカ部屋に撒き散らしてからハイファにせっつかれて腰を上げた。
ちなみにハイファは宇宙を駆け巡るスパイ時代に免疫チップを躰に埋めているので風邪を引かない。シドも一度はチップを埋めたが体質に合わず弾き出してしまった。
くしゃみを連発しつつ単身者用官舎ビルまで歩き、地下ショッピングモールでもテロ並みに風邪の細菌だかウイルスだかを振り撒いて、けれど何とかノーストライクで自室へと帰り着く。
「ゲホゲホ、ゴホッ……ハイファ、晩メシは何だ? ゲホッ!」
「そんなのでちゃんと食べられるの?」
「ゲホ、ずびび……食う食う、大丈夫、ハックシュン!」
「ん、もう。大丈夫を言い張るならタマを回収してリフレッシャ浴びてきて」
ヨロヨロとシドは廊下に出て隣室のパネルの音声素子に向かって声を張り上げた。
「先生、マルチェロ先生……ヘックション! ゲホゴホ」
十秒もしないうちにドアが開けられ、マルチェロ医師がのっそりと顔を出す。
「おう、帰ってきたのか。胸の具合はどうだ?」
「お蔭様で上々だ……ハックシュン! これ、土産で、ゲホゴホ」
「ほう、シンノー星系産の煙草ですか。有難いですねえ……って、お前さん本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって……ゲホゲホ、ゴホッ、ずびび」
顔をしかめたマルチェロ医師から煙草のカートンと引き換えに、豪華尾頭付き鍋になり損ねたタマ入りキャリーバッグを受け取った。タマは猫袋から顔を出すと、ばりばりとシドの綿のシャツに爪を立てて肩に這い昇る。
「世話になった。んじゃ、またな……ゲホゲホゴホ」
「ああ、お大事に」
ヨロヨロと自室に戻り、タマに夕食の猫缶を与えてからリフレッシャを浴びた。
全身を乾かし寝室でグレイッシュホワイトのパジャマを身に着けてキッチンに出て行くと、既に夕食の準備は整っていた。いつも通りにシドはカトラリーを出してから着席する。
人間様の夕食はショートパスタのアラビアータとベーコンレタスサラダにスープだった。食してコーヒーを一杯ずつ飲むとハイファはリフレッシャを浴びに一時帰宅である。
一人になったシドはホロTVで不在中のニュースをチェックしつつ、キッチンの椅子に前後逆に腰掛けて灰皿を片手に煙草タイムだ。
珍しく機嫌のいいタマが足にじゃれついてくる。茫洋とTVを眺めているうちに紺色のパジャマを身に着けたハイファが戻ってきた。
「あっ、また吸ってる。煙は喉に悪いよ。熱はどう?」
「ん……ああ……何か、地面が揺れて――」
頬を滑らかな指で包まれてするりと撫でられた瞬間、シドの天地が逆転する。
「わっ、わあっ、シド!」
物凄い音が湧いた。シドは椅子ごと引っ繰り返っていた。タマが驚いてすっ飛んで逃げた。すんでのところで煙草と灰皿をキャッチしたハイファが覗き込む。
「ちょっと、シド、大丈夫?」
「……に、見えるか?」
「見えないよ。うわあ、すんごい熱じゃない。何で言わないのサ! 全くもう!」
寝室に連行され、ベッドに寝かしつけられて毛布をキッチリ被せられる。ファーストエイドキットからハイファが体温計の試験紙を出し、シドの口に突っ込んだ。
「うーん、また四十度クラスだよ。ちょっと待ってて」
踵を返そうとするハイファの上衣の裾をシドは掴む。
「離して。風邪薬も効かないんだから、マルチェロ先生に点滴貰ってくるよ」
「一番効く薬はお前が持ってるだろうが」
「またそんな、根本的な解決に……や、あっ!」
細い腰に腕を巻き付けて引き寄せ、シドはハイファをベッドに引きずり込んだ。
のしかかり、襟元から覗いた肩口に顔を埋める。抗う手を軽くいなし、華奢な鎖骨から耳の下までを舐め上げた。口づけ柔らかな舌を吸い上げる頃には抵抗も止む。
「んっ……シド、だめっ! 今日こそ僕がしてあげるんだから!」
増血剤と胃薬の瓶を前にヴィンティス課長はハンカチを口に当てた。
「う、ご苦労だった。だが帰ってきたその足で出勤とはどうかして……いや、もう十七時二十五分、あと五分で定時だ。今日はもういいから帰りたまえ」
体調はともかく嫌がらせ成功にシドは心で快哉を叫び、自分のデスクに着いてどっかりと椅子に腰掛け、煙草に火を点ける。ハイファが懐かしの泥水を運んできた。
「そんなに具合が悪いのにワープラグを押してまで出勤するなんて」
「俺の趣味にケチをつけるな……ハックシュン!」
「貴方の体調考えて、せっかくユーフェがゼナス製薬の宙艦で高陽宙港直行便を都合つけてくれたのにサ。早く帰れたのに寝てなきゃ一緒じゃない」
「ハックシュン、ずびび……そいつは単なる下心、結局タイタンまでくっついてきやがって、振り切っちまうまでにどれだけ俺が繊細な神経をすり減らしたと、ずびび」
「繊細ねえ。いいからもう、さっさと帰るからね。買い物もしなきゃだし」
「へいへい……ヘックショイ!」
先日来の熱に加え雨に濡れ、すっかり風邪を引いてしまったシドは他星の悪性感冒をデカ部屋に撒き散らしてからハイファにせっつかれて腰を上げた。
ちなみにハイファは宇宙を駆け巡るスパイ時代に免疫チップを躰に埋めているので風邪を引かない。シドも一度はチップを埋めたが体質に合わず弾き出してしまった。
くしゃみを連発しつつ単身者用官舎ビルまで歩き、地下ショッピングモールでもテロ並みに風邪の細菌だかウイルスだかを振り撒いて、けれど何とかノーストライクで自室へと帰り着く。
「ゲホゲホ、ゴホッ……ハイファ、晩メシは何だ? ゲホッ!」
「そんなのでちゃんと食べられるの?」
「ゲホ、ずびび……食う食う、大丈夫、ハックシュン!」
「ん、もう。大丈夫を言い張るならタマを回収してリフレッシャ浴びてきて」
ヨロヨロとシドは廊下に出て隣室のパネルの音声素子に向かって声を張り上げた。
「先生、マルチェロ先生……ヘックション! ゲホゴホ」
十秒もしないうちにドアが開けられ、マルチェロ医師がのっそりと顔を出す。
「おう、帰ってきたのか。胸の具合はどうだ?」
「お蔭様で上々だ……ハックシュン! これ、土産で、ゲホゴホ」
「ほう、シンノー星系産の煙草ですか。有難いですねえ……って、お前さん本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって……ゲホゲホ、ゴホッ、ずびび」
顔をしかめたマルチェロ医師から煙草のカートンと引き換えに、豪華尾頭付き鍋になり損ねたタマ入りキャリーバッグを受け取った。タマは猫袋から顔を出すと、ばりばりとシドの綿のシャツに爪を立てて肩に這い昇る。
「世話になった。んじゃ、またな……ゲホゲホゴホ」
「ああ、お大事に」
ヨロヨロと自室に戻り、タマに夕食の猫缶を与えてからリフレッシャを浴びた。
全身を乾かし寝室でグレイッシュホワイトのパジャマを身に着けてキッチンに出て行くと、既に夕食の準備は整っていた。いつも通りにシドはカトラリーを出してから着席する。
人間様の夕食はショートパスタのアラビアータとベーコンレタスサラダにスープだった。食してコーヒーを一杯ずつ飲むとハイファはリフレッシャを浴びに一時帰宅である。
一人になったシドはホロTVで不在中のニュースをチェックしつつ、キッチンの椅子に前後逆に腰掛けて灰皿を片手に煙草タイムだ。
珍しく機嫌のいいタマが足にじゃれついてくる。茫洋とTVを眺めているうちに紺色のパジャマを身に着けたハイファが戻ってきた。
「あっ、また吸ってる。煙は喉に悪いよ。熱はどう?」
「ん……ああ……何か、地面が揺れて――」
頬を滑らかな指で包まれてするりと撫でられた瞬間、シドの天地が逆転する。
「わっ、わあっ、シド!」
物凄い音が湧いた。シドは椅子ごと引っ繰り返っていた。タマが驚いてすっ飛んで逃げた。すんでのところで煙草と灰皿をキャッチしたハイファが覗き込む。
「ちょっと、シド、大丈夫?」
「……に、見えるか?」
「見えないよ。うわあ、すんごい熱じゃない。何で言わないのサ! 全くもう!」
寝室に連行され、ベッドに寝かしつけられて毛布をキッチリ被せられる。ファーストエイドキットからハイファが体温計の試験紙を出し、シドの口に突っ込んだ。
「うーん、また四十度クラスだよ。ちょっと待ってて」
踵を返そうとするハイファの上衣の裾をシドは掴む。
「離して。風邪薬も効かないんだから、マルチェロ先生に点滴貰ってくるよ」
「一番効く薬はお前が持ってるだろうが」
「またそんな、根本的な解決に……や、あっ!」
細い腰に腕を巻き付けて引き寄せ、シドはハイファをベッドに引きずり込んだ。
のしかかり、襟元から覗いた肩口に顔を埋める。抗う手を軽くいなし、華奢な鎖骨から耳の下までを舐め上げた。口づけ柔らかな舌を吸い上げる頃には抵抗も止む。
「んっ……シド、だめっ! 今日こそ僕がしてあげるんだから!」
0
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる