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第2話
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渡されたマグカップ半分のコーヒーを飲み干すと、京哉はホッと溜息をつく。それぞれコートに袖を通して玄関で靴を履いた。そして互いに左薬指に嵌めたプラチナのペアリングに口づける。微笑み合って玄関を出るとロックした。
ここは五階建てマンションの最上階だ。誰もが眠っている時間なので廊下を密やかに歩き、エレベーターで一階へ。オートロックを抜けるなり霧島は小柄な京哉を担ぎ上げた。
「あっ、ちょっ、降ろして下さい!」
「大人しくしていろ。走るどころか、まともに歩けんくせにどうする」
「う……すみません、お願いします」
百九十近い長身でスリムに見える霧島だが、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っているほど躰を鍛え上げていて、小柄で薄っぺらな京哉を担いで走るくらい造作もない。白い息を吐きながら三分ほどで月極駐車場に駐めた愛車の白いセダンに辿り着く。
降ろされた京哉はコートを脱いで助手席に滑り込んだ。急を要するため運転はより巧みな霧島だ。すぐさま出発し、パネルの時刻表示を京哉が見ると午前二時十八分だった。
「二時間と眠らせてやれなかったが、大丈夫か?」
「ええ、寒さでしっかり目は覚めました。忍さんこそ殆ど眠っていないでしょう?」
「だが気分は爽快だぞ。あんなにお前が気持ち良くてだな――」
「わああ、忍さん、前見て、前!」
婀娜っぽいような流し目で見られて嬉しくもあったが、運転しながらそれは拙い。深夜の街道で極端に交通量は少ないが、その分、僅かな車は結構なスピードで走っている。
「煙草、吸ってもいいぞ」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えます」
一本咥えてオイルライターで火を点け、サイドウィンドウを僅かに開けるとカーラジオをつけた。地方局のニュースに合わせると聞きながら窓外を眺める。
ここは真城市で県警本部もある隣の白藤市のベッドタウンだ。辺りは住宅街が広がっている。
バイパスに乗ると周囲は田畑と郊外一軒型の店舗がポツポツと建つだけになり、やがて背の高い建物が増えてきて気が付くと高低様々なビルの谷間を走っていた。
いつも出勤時はラッシュを避けて裏道を行くが、この時間は大通りを走った方が早い。機捜のある県警本部も通り過ぎる。機動隊がありSAT本部が設置された警察学校は白藤市内の郊外にあった。あと五分くらいかと京哉が思っているとニュースが速報を伝える。
《白藤市内の地方検察庁にて人質立て籠もり事件が発生しました。銃らしきものを持った二名の男が職員五名を人質にして地検内に立て籠もり、先日警視庁に逮捕された被疑者二名の釈放を要求しているとのことです》
チラリと京哉が霧島を見ると怜悧さすら感じさせる端正な横顔が引き締まり、灰色の目が煌くのが分かった。ニュースを聞いたのも理由のひとつだが目的地が近くなって、ある意味戦闘態勢に入ったのだ。白いセダンを警察学校の敷地内に滑り込ませる。
出発してから約四十分で到着し、駐車場に駐めた車から二人は飛び出した。張り番をする機動隊員を顔パスでクリアし、開けられた重たいスライドドアから射場に駆け込む。
その途端、煌々と蛍光灯で照らされた射場に怒号が響いた。
「遅いぞ、人殺し! 何をやっていた!」
喚いたのはSAT隊長の寺岡警視だ。叩き上げの寺岡と犬猿の仲の霧島が涼しい鉄面皮のまま返す。
「機捜は二十四時間交代勤務だが、内勤の隊長と副隊長に秘書は土日が休みでな」
「そんなことは知っている! だがその副隊長はとっくに着いているぞ!」
「小田切は市内の官舎住まいだ、当然だろう」
「遅れた言い訳にならん! 大体、何故貴様までついてきた!」
「私は出張スポッタと何度も言っている。人員不足を補ってやるんだ、有難く思え」
「何だと? 好きで人殺しに加担する貴様になど誰が頭を下げると――」
相変わらずいい勝負をしているなあと思いながら、京哉は跳弾防止のため射場に敷き詰められた砂を踏みロッカールームに入ると黒いアサルトスーツに着替えた。銃を右腰のヒップホルスタに入れ替え、ロッカーを閉めると隣の武器庫に入る。そこには先客がいた。
「おっ、京哉くん、ご苦労さん」
「ご苦労様です、小田切さん」
同じく機捜で副隊長をしている小田切は警部でキャリア、霧島の二期後輩に当たる人物だ。霧島に少し足らないくらいの長身で茶色い目が特徴の自称・他称『人タラシ』であり、人間関係で上に睨まれて機捜に流れてきた経緯がある。
配属初日に霧島から京哉を奪う宣言をした、ツワモノというよりも、ある種の無謀な馬鹿とも云えた。
だが、昔馴染みで県警生活安全部の生活保安課長を務める香坂警視と縒りを戻してから随分と落ち着きを見せるようになっていた。
霧島と京哉が特別任務で不在の間もしっかり機捜を副隊長として預かり、様々な書類も書いたり山ほど滞らせたりと結構好き勝手にやっているらしい。
その小田切が手にしているのがシグ・ザウエルSSG3000なる狙撃銃だと見取った京哉は、有効射程が同じく八百メートル前後のPSG1という銃を取り出す。
両方とも7.62ミリNATO弾をチャンバ一発ボックスマガジン五発の計六発撃ち出せるが、SSG3000はボルトアクションでPSG1はセミオートという違いがあるため、前者はスコープ込みで六千二百グラムだが後者は約八キロもの重さがあった。
だが狙撃銃は軽ければいいというものではない。あまり軽いと撃発時の衝撃を吸収せずに、射手が後方に吹っ飛ばされてしまうのだ。京哉は体重が軽いので限度はあるが却って重たい方が有利に働くとも云えた。
それぞれの得物に弾薬を装填してソフトケースに入れると担ぐ。予備の弾薬や気象計にレーザースコープなどを入れたショルダーバッグを京哉が持って射場に出た。
ここは五階建てマンションの最上階だ。誰もが眠っている時間なので廊下を密やかに歩き、エレベーターで一階へ。オートロックを抜けるなり霧島は小柄な京哉を担ぎ上げた。
「あっ、ちょっ、降ろして下さい!」
「大人しくしていろ。走るどころか、まともに歩けんくせにどうする」
「う……すみません、お願いします」
百九十近い長身でスリムに見える霧島だが、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っているほど躰を鍛え上げていて、小柄で薄っぺらな京哉を担いで走るくらい造作もない。白い息を吐きながら三分ほどで月極駐車場に駐めた愛車の白いセダンに辿り着く。
降ろされた京哉はコートを脱いで助手席に滑り込んだ。急を要するため運転はより巧みな霧島だ。すぐさま出発し、パネルの時刻表示を京哉が見ると午前二時十八分だった。
「二時間と眠らせてやれなかったが、大丈夫か?」
「ええ、寒さでしっかり目は覚めました。忍さんこそ殆ど眠っていないでしょう?」
「だが気分は爽快だぞ。あんなにお前が気持ち良くてだな――」
「わああ、忍さん、前見て、前!」
婀娜っぽいような流し目で見られて嬉しくもあったが、運転しながらそれは拙い。深夜の街道で極端に交通量は少ないが、その分、僅かな車は結構なスピードで走っている。
「煙草、吸ってもいいぞ」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えます」
一本咥えてオイルライターで火を点け、サイドウィンドウを僅かに開けるとカーラジオをつけた。地方局のニュースに合わせると聞きながら窓外を眺める。
ここは真城市で県警本部もある隣の白藤市のベッドタウンだ。辺りは住宅街が広がっている。
バイパスに乗ると周囲は田畑と郊外一軒型の店舗がポツポツと建つだけになり、やがて背の高い建物が増えてきて気が付くと高低様々なビルの谷間を走っていた。
いつも出勤時はラッシュを避けて裏道を行くが、この時間は大通りを走った方が早い。機捜のある県警本部も通り過ぎる。機動隊がありSAT本部が設置された警察学校は白藤市内の郊外にあった。あと五分くらいかと京哉が思っているとニュースが速報を伝える。
《白藤市内の地方検察庁にて人質立て籠もり事件が発生しました。銃らしきものを持った二名の男が職員五名を人質にして地検内に立て籠もり、先日警視庁に逮捕された被疑者二名の釈放を要求しているとのことです》
チラリと京哉が霧島を見ると怜悧さすら感じさせる端正な横顔が引き締まり、灰色の目が煌くのが分かった。ニュースを聞いたのも理由のひとつだが目的地が近くなって、ある意味戦闘態勢に入ったのだ。白いセダンを警察学校の敷地内に滑り込ませる。
出発してから約四十分で到着し、駐車場に駐めた車から二人は飛び出した。張り番をする機動隊員を顔パスでクリアし、開けられた重たいスライドドアから射場に駆け込む。
その途端、煌々と蛍光灯で照らされた射場に怒号が響いた。
「遅いぞ、人殺し! 何をやっていた!」
喚いたのはSAT隊長の寺岡警視だ。叩き上げの寺岡と犬猿の仲の霧島が涼しい鉄面皮のまま返す。
「機捜は二十四時間交代勤務だが、内勤の隊長と副隊長に秘書は土日が休みでな」
「そんなことは知っている! だがその副隊長はとっくに着いているぞ!」
「小田切は市内の官舎住まいだ、当然だろう」
「遅れた言い訳にならん! 大体、何故貴様までついてきた!」
「私は出張スポッタと何度も言っている。人員不足を補ってやるんだ、有難く思え」
「何だと? 好きで人殺しに加担する貴様になど誰が頭を下げると――」
相変わらずいい勝負をしているなあと思いながら、京哉は跳弾防止のため射場に敷き詰められた砂を踏みロッカールームに入ると黒いアサルトスーツに着替えた。銃を右腰のヒップホルスタに入れ替え、ロッカーを閉めると隣の武器庫に入る。そこには先客がいた。
「おっ、京哉くん、ご苦労さん」
「ご苦労様です、小田切さん」
同じく機捜で副隊長をしている小田切は警部でキャリア、霧島の二期後輩に当たる人物だ。霧島に少し足らないくらいの長身で茶色い目が特徴の自称・他称『人タラシ』であり、人間関係で上に睨まれて機捜に流れてきた経緯がある。
配属初日に霧島から京哉を奪う宣言をした、ツワモノというよりも、ある種の無謀な馬鹿とも云えた。
だが、昔馴染みで県警生活安全部の生活保安課長を務める香坂警視と縒りを戻してから随分と落ち着きを見せるようになっていた。
霧島と京哉が特別任務で不在の間もしっかり機捜を副隊長として預かり、様々な書類も書いたり山ほど滞らせたりと結構好き勝手にやっているらしい。
その小田切が手にしているのがシグ・ザウエルSSG3000なる狙撃銃だと見取った京哉は、有効射程が同じく八百メートル前後のPSG1という銃を取り出す。
両方とも7.62ミリNATO弾をチャンバ一発ボックスマガジン五発の計六発撃ち出せるが、SSG3000はボルトアクションでPSG1はセミオートという違いがあるため、前者はスコープ込みで六千二百グラムだが後者は約八キロもの重さがあった。
だが狙撃銃は軽ければいいというものではない。あまり軽いと撃発時の衝撃を吸収せずに、射手が後方に吹っ飛ばされてしまうのだ。京哉は体重が軽いので限度はあるが却って重たい方が有利に働くとも云えた。
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