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第3話
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上司二人はまだ言い争いを続けていたが、部下二人を見て口を噤んだ。
「試射するヒマなんて……ないですよね?」
一応京哉が訊いてみたが黙殺される。本来なら銃も簡易分解して組み直し、今日のコンディションで試射をして弾道を確かめるべきだった。
だが京哉のPSG1も小田切のSSG3000も前回自分で調整し、自分で撃って整備してから誰も使用していないので、そのまま撃てるという判断である。
黙ったままの寺岡に顎で指示されて射場から出た。駐車場に置かれた覆面のワンボックスカーに乗り込む際には、また一戦やらかしてから霧島が運転席に収まる。助手席にソフトケースを抱いた京哉が座り、小田切と寺岡は後部に陣取った。
車載の基幹系無線機が賑やかで、未だ人質立て籠もりが続いているのが分かった。
霧島はワンボックスを出しオフィス街にある地検が入った合同庁舎ビルに向かう。表通りに出るなり京哉が無線で指令部と交信しパトライトと緊急音を出した。
爆走すること十分ほどでオフィス街に入りパトライトと緊急音を下げる。立て籠もり犯を刺激するのを避けるためだ。そのまま合同庁舎ビルの周囲を巡りながら霧島が訊く。
「狙撃ポイントは何処を予定しているんだ?」
「立て籠もっているのは南側八階の第五取調室だ。右三枚目から六枚目の窓になる」
それを聞いた京哉と小田切はサイドウィンドウから外を仰ぎ見て、同時に一棟のビルを指差した。高層ビルの間から僅かに見える、少し奥まった場所にあるポツポツと窓の明かりが灯った十階建てほどの雑居ビルである。
「さすがは人殺し、慣れたものだな。あの第二トカワビルだ」
人殺し呼ばわりを止めない寺岡に霧島は不愉快な思いを隠さず「ふん」と鼻を鳴らし、合同庁舎ビルから大通りを挟んだ第二トカワビルに向かうべくワンボックスをUターンさせた。
反対車線に入ると脇道に乗り入れ、第二トカワビルの傍の路肩に寄せて路上駐車する。京哉が警察車両を示すプレートを出しダッシュボードの上に載せた。
大事にPSG1のソフトケースを抱えたまま振り向いて首を傾げる。
「もうビルの使用許可も下りているんですよね?」
「当然だ。さっさと屋上に行くぞ、人殺しども」
京哉は目が合った小田切と肩を竦め合いながら、ソフトケースを担いでワンボックスから降りた。弾薬や気象計にレーザースコープの入ったショルダーバッグは霧島が担当してくれる。雑居ビルのエントランスはノーチェックで出入りができた。
入ってすぐのエレベーターホールからエレベーターで最上階に上がり、残りは階段を使って誰に会うこともなくスムーズに屋上に出る。
屋上は周囲の高層ビルの窓明かりで割と見通しが良かった。京哉が眺め渡すにいっそ潔いほど何もなかったが、ふちに高さ五十センチほどのささやかな落下防止の囲いがあり、一番安定する伏射は無理だと知れる。
「でも膝射か座射でいくなら、もってこいの条件かも」
呟いて京哉は屋上面に踏み出した。集中し始めた今は真冬の寒風も気にならず、ふちまで歩いて高層ビル二棟の間から見える合同庁舎ビルを眺める。
高層ビル二棟の鈴なりの窓明かりが少々邪魔だったが、合同庁舎八階の右三枚目から六枚目の窓は視認可能だった。そこで霧島がレーザースコープを渡してくれたのでアイピースに目を当てる。
「ふうん。マル被は二名でも人質も二ヶ所に分けてる辺り、結構プロっぽいですね」
「背の高い方と低い方、京哉くんはどっちがいいんだい?」
「じゃあ僕、左で。小田切さんは背の低い方、お願いします」
「了解、了解。レーザー反射で距離は……五百二十五か。楽勝だな」
全員がレーザースコープで現場の状況を確認すると、スポッタたる霧島が気象計で計った各種条件を読み上げ始めた。
スポッタは観測手ともいい、スナイパーに掛かる多大なストレスを軽減するためのアシスト役である。ときにスナイパーの護衛でもあり、スナイパーが負傷した際のスペアを務めることもあった。
携帯を出した京哉は海外サイトからダウンロードしてある弾道計算アプリを立ち上げ、霧島が低く通る声で読み上げる緯度・経度・標高・風向・風速・温度・湿度・気圧などの数値を入力していく。例えば湿度が変わると火薬の燃焼速度が変わって弾丸の飛び方が変化するため、それに合わせてスコープも調整しなければならない。
狙撃は単にスコープのレティクルの十字に目標を捉え、トリガを引けば当たるというものではないのだ。そこでスポッタの存在が重要視される。
本来ならスナイパーよりもスポッタの方を経験豊富な狙撃手が務めるくらいだ。
だがこの県警SATでは人材不足で、たった二名の狙撃要員が非常勤という有様である。事実、霧島も大いに役立っていた。
弾道計算アプリの計算結果を小田切にも見せ、それぞれ銃に付属したスコープのダイアルを微調整した。勿論これにはスナイパーとしての経験と勘も加えられている。
「真正面からのビル風が強いぞ、気を付けろ」
「アイ・サー」
応えておいて京哉は伊達眼鏡を外し、ヒップホルスタのシグ・ザウエルP226も抜くと両方を霧島に預けた。そしてその場で膝射姿勢を取る。
右膝を立てて座り、立てた膝に右肘を載せて上体を乗り出した。銃口から僅か内側の銃身を高さ約五十センチのふちに依託する。両手でしっかりと銃を保持し、右肩にストックを押しつけた。
ここは十階建ての屋上、ターゲットがいるのは八階なので俯角を狙う。右側では小田切が同様に膝射姿勢を取っていた。
スナイパーの位置が決まったところで背後から寺岡が声を投げてくる。
「まだ狙撃逮捕の本部長見解が降りん。別命あるまで待機!」
「試射するヒマなんて……ないですよね?」
一応京哉が訊いてみたが黙殺される。本来なら銃も簡易分解して組み直し、今日のコンディションで試射をして弾道を確かめるべきだった。
だが京哉のPSG1も小田切のSSG3000も前回自分で調整し、自分で撃って整備してから誰も使用していないので、そのまま撃てるという判断である。
黙ったままの寺岡に顎で指示されて射場から出た。駐車場に置かれた覆面のワンボックスカーに乗り込む際には、また一戦やらかしてから霧島が運転席に収まる。助手席にソフトケースを抱いた京哉が座り、小田切と寺岡は後部に陣取った。
車載の基幹系無線機が賑やかで、未だ人質立て籠もりが続いているのが分かった。
霧島はワンボックスを出しオフィス街にある地検が入った合同庁舎ビルに向かう。表通りに出るなり京哉が無線で指令部と交信しパトライトと緊急音を出した。
爆走すること十分ほどでオフィス街に入りパトライトと緊急音を下げる。立て籠もり犯を刺激するのを避けるためだ。そのまま合同庁舎ビルの周囲を巡りながら霧島が訊く。
「狙撃ポイントは何処を予定しているんだ?」
「立て籠もっているのは南側八階の第五取調室だ。右三枚目から六枚目の窓になる」
それを聞いた京哉と小田切はサイドウィンドウから外を仰ぎ見て、同時に一棟のビルを指差した。高層ビルの間から僅かに見える、少し奥まった場所にあるポツポツと窓の明かりが灯った十階建てほどの雑居ビルである。
「さすがは人殺し、慣れたものだな。あの第二トカワビルだ」
人殺し呼ばわりを止めない寺岡に霧島は不愉快な思いを隠さず「ふん」と鼻を鳴らし、合同庁舎ビルから大通りを挟んだ第二トカワビルに向かうべくワンボックスをUターンさせた。
反対車線に入ると脇道に乗り入れ、第二トカワビルの傍の路肩に寄せて路上駐車する。京哉が警察車両を示すプレートを出しダッシュボードの上に載せた。
大事にPSG1のソフトケースを抱えたまま振り向いて首を傾げる。
「もうビルの使用許可も下りているんですよね?」
「当然だ。さっさと屋上に行くぞ、人殺しども」
京哉は目が合った小田切と肩を竦め合いながら、ソフトケースを担いでワンボックスから降りた。弾薬や気象計にレーザースコープの入ったショルダーバッグは霧島が担当してくれる。雑居ビルのエントランスはノーチェックで出入りができた。
入ってすぐのエレベーターホールからエレベーターで最上階に上がり、残りは階段を使って誰に会うこともなくスムーズに屋上に出る。
屋上は周囲の高層ビルの窓明かりで割と見通しが良かった。京哉が眺め渡すにいっそ潔いほど何もなかったが、ふちに高さ五十センチほどのささやかな落下防止の囲いがあり、一番安定する伏射は無理だと知れる。
「でも膝射か座射でいくなら、もってこいの条件かも」
呟いて京哉は屋上面に踏み出した。集中し始めた今は真冬の寒風も気にならず、ふちまで歩いて高層ビル二棟の間から見える合同庁舎ビルを眺める。
高層ビル二棟の鈴なりの窓明かりが少々邪魔だったが、合同庁舎八階の右三枚目から六枚目の窓は視認可能だった。そこで霧島がレーザースコープを渡してくれたのでアイピースに目を当てる。
「ふうん。マル被は二名でも人質も二ヶ所に分けてる辺り、結構プロっぽいですね」
「背の高い方と低い方、京哉くんはどっちがいいんだい?」
「じゃあ僕、左で。小田切さんは背の低い方、お願いします」
「了解、了解。レーザー反射で距離は……五百二十五か。楽勝だな」
全員がレーザースコープで現場の状況を確認すると、スポッタたる霧島が気象計で計った各種条件を読み上げ始めた。
スポッタは観測手ともいい、スナイパーに掛かる多大なストレスを軽減するためのアシスト役である。ときにスナイパーの護衛でもあり、スナイパーが負傷した際のスペアを務めることもあった。
携帯を出した京哉は海外サイトからダウンロードしてある弾道計算アプリを立ち上げ、霧島が低く通る声で読み上げる緯度・経度・標高・風向・風速・温度・湿度・気圧などの数値を入力していく。例えば湿度が変わると火薬の燃焼速度が変わって弾丸の飛び方が変化するため、それに合わせてスコープも調整しなければならない。
狙撃は単にスコープのレティクルの十字に目標を捉え、トリガを引けば当たるというものではないのだ。そこでスポッタの存在が重要視される。
本来ならスナイパーよりもスポッタの方を経験豊富な狙撃手が務めるくらいだ。
だがこの県警SATでは人材不足で、たった二名の狙撃要員が非常勤という有様である。事実、霧島も大いに役立っていた。
弾道計算アプリの計算結果を小田切にも見せ、それぞれ銃に付属したスコープのダイアルを微調整した。勿論これにはスナイパーとしての経験と勘も加えられている。
「真正面からのビル風が強いぞ、気を付けろ」
「アイ・サー」
応えておいて京哉は伊達眼鏡を外し、ヒップホルスタのシグ・ザウエルP226も抜くと両方を霧島に預けた。そしてその場で膝射姿勢を取る。
右膝を立てて座り、立てた膝に右肘を載せて上体を乗り出した。銃口から僅か内側の銃身を高さ約五十センチのふちに依託する。両手でしっかりと銃を保持し、右肩にストックを押しつけた。
ここは十階建ての屋上、ターゲットがいるのは八階なので俯角を狙う。右側では小田切が同様に膝射姿勢を取っていた。
スナイパーの位置が決まったところで背後から寺岡が声を投げてくる。
「まだ狙撃逮捕の本部長見解が降りん。別命あるまで待機!」
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