forget me not~Barter.19~

志賀雅基

文字の大きさ
7 / 51

第7話

しおりを挟む
 しっかりと躰を休めた翌日、二人は六時前に起きて準備をしマンションを出てバスに乗った。腰に締めた帯革に色々ぶら下げているのと銃を携行しているので、それらをコンシールドするために格好は出勤時と変わらずスーツにコート姿である。
 
 意外に空いていた休日運行のバスで真城市駅に着くと特急電車に乗り換えた。
 高谷市駅に到着すると、今度は駅前からシャトルバスに乗る。

「現在時、十時五分。いいペースだな、十時半には着けるぞ。禁煙ご苦労」
「もしかして園内は全面禁煙じゃないですよね?」
「喫煙コーナーはあるんだが、ただ『動物を救え』という名目で寄付を要求される」
「なるほど、厳しいですね」

 笑いながら京哉はシャトルバスの車内を見回した。

「やっぱり家族連れが多いみたい。あとはカップルに学生の集団旅行でしょうか」
「外国人も結構いるようだな」
「それなのに貴方は目立ちますよね。顔も売れてるから仕方ないですけど」

 京哉を暗殺から助けた一件で、当時の県警本部長が暗殺肯定派だったことから、霧島は独断で機捜を動かした責任を問われて減給に停職という厳しい懲戒処分を食らっていた。普通は懲戒を食らうと以降の昇任が不可能となるために誰もが依願退職するが、霧島は辞めなかった。懲戒より辞めなかった事実に皆が驚いたくらいだ。

 辞めたら京哉と同じく『知りすぎた男』として何が身に降り掛かるか分からなかっただけでなく、自分はやましいことなどしていないという信念があったからだ。
 というのは表向きの理由で、本当は自分の企んだ暗殺肯定派一斉検挙までの行程を内側から監視し、イレギュラーな要素が発生したら対処するためでもあった。
 
 自らが企み動かした計画の中で、自分が懲戒を食らうことまでが計算済みだったのである。

 そんな霧島も更に特別任務で『知る必要のないこと』を知り、『上』と渡り合えるまでに秘密を共有していて、懲戒を食らった事実は殆どなかったことにされている状態だ。キャリア同期の中でも警視正昇任トップとして霧島の名が囁かれている。

 それはともかく懲戒の停職中に京哉と密会しているのを週刊誌にスクープされたのだ。辛うじて京哉は写真が不鮮明だったのと名前が伏せ字で助かったが『霧島カンパニー御曹司のお相手は男性だった!』なるキャプションで霧島の顔は一気に売れた。

 そのあとも警察の記者会見や霧島カンパニー御曹司として何度もメディアを沸かせてきた霧島である。お蔭で国内の暴力団への潜入などの場合は非常に面倒なのだ。

「こちらは相手を知らんのに、相手はこちらを知っているのはフェアではないな」

 などと愚痴を垂れながらも、本人は生まれた時から霧島カンパニーの社長の椅子とセットで見られ慣れてきたので、口ほどには気にしていない涼しい顔だ。却って京哉の方が衆目を集める霧島を自分だけが知る場所に閉じ込め鍵を掛けておきたくなる。

「貴方はたぶんメディア報道がなかったとしても目立ちますよ」
「そういうお前は自分が目立たないとでも思っているのか?」

 言うなり霧島は京哉の伊達眼鏡を外させ、自分のスーツの胸ポケットに入れた。

「あっ、ちょ、返して下さい」
「だめだ。今日一日は夫たる私にその綺麗な顔を見せてくれ」
「綺麗な顔が見たいなら鏡でも見てればいいのに。ったく、仕方ないなあ、もう」

 そんなやり取りをしているうちにシャトルバスはうねる山道をゆっくり上り始めていた。そうして『あと五分で到着』のアナウンスが入り、前方を見ると山間の土地が切り拓かれた高谷レジャーランドが一望できる場所に差し掛かっていた。

「うわあ、すごく良く見えるかも。ここから下って行くんですね」
「なかなかの劇場効果ではあるな」

 坂を下ったシャトルバスはまもなく停止し他の乗客と共に霧島と京哉も降車した。右側に人が列を成したチケット売り場がある。二人も行列に並んだ。チケット売り場は十列ほどで客を受け入れていたため、思ったほど待たず五分ほどで入場券を手に入れる。

 入り口で制服のお姉さんに半券をちぎって貰うと、いよいよ入場だ。
 差し出された霧島の手を握って思い切り嬉しくなった京哉は、足取りも軽く歩き始める。楽しみで昨日はパソコン検索しレジャーランド内の主要施設はチェック済みだ。それに駅で手に入れたパンフレットにも電車内でじっくりと目を通していた。

 だがここは何度も来たことのある霧島に任せる手である。

「何処に行きたいんだ?」
「遊園地はパスします。元気のあるうちに動物を見て、それから水族館ですね」
「メインの鳥は最後か?」

「アーヴィン君が見られる最終日で混み合っちゃうでしょうか?」
「何とでもなるだろうが、好きなものを最後に取っておくのはお前らしいな」
「忍さんは真っ先に食べるタイプですよね」

 広い道は石畳で両側が芝生の丘になっていた。冬だというのに丘のふちには色鮮やかな花々が植えてある。その花壇沿いにカーブした道を歩いてゆくと、突然視界が開けた。シャトルバスから遠目に見えた光景が間近で望めて京哉は思わず立ち止まる。
 楽しみにしていたパンフレットの案内図が巨大な3D配置図となって目前に展開されていた。

「わあ、広ーい。ずっと向こうが遊園地、左の大きいあれが淡水魚水族館ですね」
「動物園は左右に分かれているが、鳥類は左の奥になるな」
「右側、あそこの丘に羊が放してある、草食べてますよ。あっ、ウサギもいる」

 スナイパーらしく京哉は抜群の視力を披露していたが、このままでは何処にも行かずに終わってしまう。そこで霧島は京哉の手を引っ張って右側の動物園エリアに向かった。

 レジャーランド内にはあちこちに低額で利用可能な小さなオープンカーが停まっていたが、今のところ元気フルチャージの二人には不要である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...