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第6話
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その京哉は冷凍庫からタッパーウェアに入ったカレーとラップで包んだライスを出してレンジで温め始めた。その間に換気扇の下で数時間ぶりの煙草タイムだ。
吸いながら改めて見回すと、壁紙が白で床のオーク、調度が黒でラグなどの差し色がブルーという四色で構成された、なかなかにスタイリッシュな部屋だと思う。
だが調度の殆どは部屋の備品であり、元々一人で住んでいた霧島が選ぶのを面倒臭がって、買い足したものも同じ色にしたという真相も知っていた。
二本吸って満足した京哉は黒いエプロンを着け、簡単にハムとレタスとトマトでサラダも作る。レンジで解凍し熱々にしたライスをカレー皿に盛り、これも熱くしたカレーをかけるとお手軽でボリュームのある夜食の出来上がりだ。出来たものをリビングに運ぶ。
「おっ、旨そうだな。頂きます」
「頂きまーす。もう七時前、殆ど朝ご飯ですけれどね。昼夜逆転しちゃいそう」
「昼間はなるべく起きていてペースを戻した方がいいかも知れんな」
喋りながら食べ進めるうちにTVはニュースを報じ始めた。今朝方の狙撃逮捕も既にニュースになっており、倒れた人質の男性も心臓の手術で蘇生したと伝えられる。
一通りの話題を報じ終えると朝のニュース番組はトピックスに変わった。
「ふうん、動物園特集ですか。県西の高谷市の動物園ですって」
「ん、ああ、高谷レジャーランドの動物園だろう?」
さらりと霧島は言ったが、そのイントネーションから京哉は事実を嗅ぎつけている。
「まさか忍さんがレジャーランドに行ったことがあるなんて思いませんでしたよ。自発的に行くなんて考えられないから、どなたかとご一緒だったんですね?」
「二、三年も前の話だぞ。もう終わった、過去の話だ」
「そんなに焦らなくても責めてませんよ。でも何人目の彼氏と行ったんですか?」
責めないと言いつつ京哉に身を乗り出され、霧島はカレーでゲホゴホとむせ返った。
「急に人の古傷を抉るんじゃない」
「へえ、一人じゃないと。それこそ忍さんのデートの黄金パターンだったんだ」
女性がだめでも霧島の相手となれば立候補者は過去、数多くいた。その詳細をこれまで殆ど語ったことがなかったのは、京哉があまり他人に興味を示すタイプではないと知っていたからである。
恋愛感情抜きで躰だけの付き合いをしていた時期が長かったことくらいは伝えてあったが、それも深くは突っ込んで訊かれなかった。
それが今に限って京哉は興味津々といった風に目を輝かせていて、霧島は口撃の端緒を与えまいとカレーに逃避した。幸い京哉の興味はTV画面の動物たちに移っていった。
高谷レジャーランドは動物園だけでなく、遊園地や淡水魚水族館などが併設された総合レジャーパークになっている。TVではそれらを大雑把に説明したのち、今日は動物園の鳥類にスポットを当てて特集を組んでいた。
TV画面に映る動物園に霧島は記憶を鮮明にする。時間の潰せるデートコースをいちいち考えるのが面倒なばかりに幾人もの彼氏と訪れた場所だ。忘れようがない。そこにサファリルックを着た女性リポーターが登場して突撃取材とやらを始めた。
《今回、高齢ということで、このアーヴィン君が自然に放されることになりました。動物の聖地ユラルト王国のアール島に放されるのは、このハシビロコウ――》
「うわあ、ハシビロコウだ!」
唐突に京哉が大声を出し、霧島は何事かと年下の恋人を振り返る。
「飯の最中に大きな声を出すな。で、何なんだ?」
「あまりに変な鳥だからって、以前ネットで大ブームになってたんです」
「ほう、奇妙なものが流行るのだな」
「動いてるの、ライヴで初めて見ましたよ。わあ、すごいすごい!」
「確かに妙な鳥ではあるな。広角レンズで撮ったように顔が大きすぎるんだ」
「ナチュラルに変ですよね」
言いつつ京哉は画面の青い鳥を食い入るように見つめた。青い鳥ははっきり言って怖かった。幾ら青くても幸福の鳥の印象からは遠くかけ離れている。大体、鳥のクセに白目があるのだ。そんな目で画面からこちらを睨んでいる。
睥睨していると言う方がしっくりくる貫禄があった。年季が入りすぎて虫食いのような痕のあるクチバシがやたらとデカい。
周囲と比較類推するに体長は一メートルくらいか。脚はさすがに鳥らしく細いが、その上に乗っかっている体がもっさりと大きい。だが何といってもバランス的におかしいのは顔だった。デカい、デカすぎる……。
「あれ? 放送事故でしょうか、映像が止まっちゃいましたよ」
「放送事故ではない、この鳥が動いていないんだ。あまりに動かないものだからクチバシに苔が生えたりすると解説されていた」
「へえ、そんなのでよく絶滅せずに生き残ってますよね」
「まあ、この顔を見て誰が襲うのかという気もするが。おまけに二メートルもある羽を広げて気弱な客を脅すんだ。子供は泣くぞ」
だが置物と化していない活動するハシビロコウが映ると、京哉は愛嬌のある部分も発見していた。後頭部にポヤポヤと生えた何の意味もなさそうな、ささやかに跳ねた羽毛などだ。まるで起き抜けの霧島の寝ぐせのようで見慣れると可愛く思えてくる。
それに女性リポーターと向かい合い、『クラッタリング』なる上を向いて大きなクチバシをカポカポと鳴らし挨拶をしている姿も斬新だ。更にはお辞儀をすることもあるという。気が向けば接客態度も良くなるということか。
《――ということで残るハシビロコウはヨーゼフ君だけになります。淋しくなりますね。皆さん、アーヴィン君に会えるのは明日までですよ~っ!》
朝番組のニューストピックス『ホッと一息』コーナーが終わると京哉は霧島の横顔をじーっと見つめた。暫し霧島は気付かないふりで目前のカレーの器をさらえる作業に取り組んでいたが、いい加減に黒い瞳を無視できなくなって、おでんの大根を食い終え、汁まで綺麗に胃袋に流し込むと振り向いてやる。
「お前、高谷レジャーランドに行きたくなったんだな?」
「だめですか? 貴方とデートなんて殆どしたことがないし」
「だが今更という気もするのだがな」
「忍さんは今更でも僕は初めてなんですよ? それに明日を過ぎたらハシビロコウが一羽になっちゃう。貴方ばっかり生ハシビロコウを二羽も見て、ずるいですよ」
そこで霧島の中に鳥の二羽くらい、見せてやらなくてどうするという思いが湧いた。
「では、今日はゆっくり休んで明日の電車とバスの片道三時間に備えろ」
「本当につれて行ってくれるんですか? わあい、デートだ!」
吸いながら改めて見回すと、壁紙が白で床のオーク、調度が黒でラグなどの差し色がブルーという四色で構成された、なかなかにスタイリッシュな部屋だと思う。
だが調度の殆どは部屋の備品であり、元々一人で住んでいた霧島が選ぶのを面倒臭がって、買い足したものも同じ色にしたという真相も知っていた。
二本吸って満足した京哉は黒いエプロンを着け、簡単にハムとレタスとトマトでサラダも作る。レンジで解凍し熱々にしたライスをカレー皿に盛り、これも熱くしたカレーをかけるとお手軽でボリュームのある夜食の出来上がりだ。出来たものをリビングに運ぶ。
「おっ、旨そうだな。頂きます」
「頂きまーす。もう七時前、殆ど朝ご飯ですけれどね。昼夜逆転しちゃいそう」
「昼間はなるべく起きていてペースを戻した方がいいかも知れんな」
喋りながら食べ進めるうちにTVはニュースを報じ始めた。今朝方の狙撃逮捕も既にニュースになっており、倒れた人質の男性も心臓の手術で蘇生したと伝えられる。
一通りの話題を報じ終えると朝のニュース番組はトピックスに変わった。
「ふうん、動物園特集ですか。県西の高谷市の動物園ですって」
「ん、ああ、高谷レジャーランドの動物園だろう?」
さらりと霧島は言ったが、そのイントネーションから京哉は事実を嗅ぎつけている。
「まさか忍さんがレジャーランドに行ったことがあるなんて思いませんでしたよ。自発的に行くなんて考えられないから、どなたかとご一緒だったんですね?」
「二、三年も前の話だぞ。もう終わった、過去の話だ」
「そんなに焦らなくても責めてませんよ。でも何人目の彼氏と行ったんですか?」
責めないと言いつつ京哉に身を乗り出され、霧島はカレーでゲホゴホとむせ返った。
「急に人の古傷を抉るんじゃない」
「へえ、一人じゃないと。それこそ忍さんのデートの黄金パターンだったんだ」
女性がだめでも霧島の相手となれば立候補者は過去、数多くいた。その詳細をこれまで殆ど語ったことがなかったのは、京哉があまり他人に興味を示すタイプではないと知っていたからである。
恋愛感情抜きで躰だけの付き合いをしていた時期が長かったことくらいは伝えてあったが、それも深くは突っ込んで訊かれなかった。
それが今に限って京哉は興味津々といった風に目を輝かせていて、霧島は口撃の端緒を与えまいとカレーに逃避した。幸い京哉の興味はTV画面の動物たちに移っていった。
高谷レジャーランドは動物園だけでなく、遊園地や淡水魚水族館などが併設された総合レジャーパークになっている。TVではそれらを大雑把に説明したのち、今日は動物園の鳥類にスポットを当てて特集を組んでいた。
TV画面に映る動物園に霧島は記憶を鮮明にする。時間の潰せるデートコースをいちいち考えるのが面倒なばかりに幾人もの彼氏と訪れた場所だ。忘れようがない。そこにサファリルックを着た女性リポーターが登場して突撃取材とやらを始めた。
《今回、高齢ということで、このアーヴィン君が自然に放されることになりました。動物の聖地ユラルト王国のアール島に放されるのは、このハシビロコウ――》
「うわあ、ハシビロコウだ!」
唐突に京哉が大声を出し、霧島は何事かと年下の恋人を振り返る。
「飯の最中に大きな声を出すな。で、何なんだ?」
「あまりに変な鳥だからって、以前ネットで大ブームになってたんです」
「ほう、奇妙なものが流行るのだな」
「動いてるの、ライヴで初めて見ましたよ。わあ、すごいすごい!」
「確かに妙な鳥ではあるな。広角レンズで撮ったように顔が大きすぎるんだ」
「ナチュラルに変ですよね」
言いつつ京哉は画面の青い鳥を食い入るように見つめた。青い鳥ははっきり言って怖かった。幾ら青くても幸福の鳥の印象からは遠くかけ離れている。大体、鳥のクセに白目があるのだ。そんな目で画面からこちらを睨んでいる。
睥睨していると言う方がしっくりくる貫禄があった。年季が入りすぎて虫食いのような痕のあるクチバシがやたらとデカい。
周囲と比較類推するに体長は一メートルくらいか。脚はさすがに鳥らしく細いが、その上に乗っかっている体がもっさりと大きい。だが何といってもバランス的におかしいのは顔だった。デカい、デカすぎる……。
「あれ? 放送事故でしょうか、映像が止まっちゃいましたよ」
「放送事故ではない、この鳥が動いていないんだ。あまりに動かないものだからクチバシに苔が生えたりすると解説されていた」
「へえ、そんなのでよく絶滅せずに生き残ってますよね」
「まあ、この顔を見て誰が襲うのかという気もするが。おまけに二メートルもある羽を広げて気弱な客を脅すんだ。子供は泣くぞ」
だが置物と化していない活動するハシビロコウが映ると、京哉は愛嬌のある部分も発見していた。後頭部にポヤポヤと生えた何の意味もなさそうな、ささやかに跳ねた羽毛などだ。まるで起き抜けの霧島の寝ぐせのようで見慣れると可愛く思えてくる。
それに女性リポーターと向かい合い、『クラッタリング』なる上を向いて大きなクチバシをカポカポと鳴らし挨拶をしている姿も斬新だ。更にはお辞儀をすることもあるという。気が向けば接客態度も良くなるということか。
《――ということで残るハシビロコウはヨーゼフ君だけになります。淋しくなりますね。皆さん、アーヴィン君に会えるのは明日までですよ~っ!》
朝番組のニューストピックス『ホッと一息』コーナーが終わると京哉は霧島の横顔をじーっと見つめた。暫し霧島は気付かないふりで目前のカレーの器をさらえる作業に取り組んでいたが、いい加減に黒い瞳を無視できなくなって、おでんの大根を食い終え、汁まで綺麗に胃袋に流し込むと振り向いてやる。
「お前、高谷レジャーランドに行きたくなったんだな?」
「だめですか? 貴方とデートなんて殆どしたことがないし」
「だが今更という気もするのだがな」
「忍さんは今更でも僕は初めてなんですよ? それに明日を過ぎたらハシビロコウが一羽になっちゃう。貴方ばっかり生ハシビロコウを二羽も見て、ずるいですよ」
そこで霧島の中に鳥の二羽くらい、見せてやらなくてどうするという思いが湧いた。
「では、今日はゆっくり休んで明日の電車とバスの片道三時間に備えろ」
「本当につれて行ってくれるんですか? わあい、デートだ!」
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