5 / 51
第5話
しおりを挟む
武器庫に銃を置くと手を洗い、ロッカールームで元のスーツに着替える。警官グッズ付きの帯革も締め、ショルダーホルスタにシグも収めてジャケットを羽織った。
小田切と一緒に射場に出て行くと、寺岡の姿は見当たらず霧島が一人で待っていた。
「お待たせしました、帰りましょう。ところで小田切さんはどうするんですか?」
「俺はそこの駐車場の白いセダンの後部座席かな」
「誰が貴様を乗せてやると言った? 白タクは違法行為だぞ」
「いいじゃないか、官舎まで乗せてくれても。っていうか、カネを取る気かい?」
「忍さん、乗せて行ってあげましょうよ。何なら僕が運転しますから」
そこまで京哉が小田切の味方をしたのが霧島は気に食わなかったようで、眉間に不機嫌を溜めたままさっさと射場を出る。京哉は小田切と共に長身の背を追った。
結局は霧島が運転し京哉は助手席、小田切もちゃっかり後部座席に収まっている。官舎は郊外にあり、空いた道を走ること二十分足らずでマンションの建つ地区に辿り着いた。小田切の住む官舎前の道路でセダンを停止させた霧島は、それでも小田切に声をかけた。
「貴様も今日はご苦労だったな」
「大した苦労はしていないけど、労いは有難く受け取っておくよ」
「香坂警視に宜しく伝えてくれ、副隊長」
「ああ。送ってくれてサンキュ。気を付けて帰ってくれ。京哉くんもご苦労さん」
ラフな挙手敬礼をして小田切は踵を返すと官舎に向かって走って行く。それを見送った京哉は年上の愛し人をそっと窺い、まだご機嫌斜めなのを見取って申し出た。
「帰りは僕が運転しますから交代しましょう」
「何を言っている、お前がまだ足腰を庇っているのを私が見逃すとでも思ったか?」
「あ、はあ。それはそうなんですけど……すみません」
「それについては謝らなくていい、原因は私にあるからな」
言ったきり黙って霧島は車を出す。ここからなら真城市のマンションまで四十分と掛からないと思われた。その間に微妙な空気を回避しようと京哉は思考を巡らせる。
「確かにスナイパー同士で話が合う部分もありますけど、小田切さんには香坂警視もいることですし、僕が他の男性に興味を持たないのは、誰より忍さんが知ってるでしょう?」
「私と違ってお前は女性がだめではないからな。大体、県警制服婦警軍団で結成された『鳴海巡査部長を護る会』がとうとう会員六十名を超えたという話をお前は知っているのか?」
何だか藪蛇になりそうな気配だったが、自分の与り知らないことで責められて京哉も黙っていられずに唇を尖らせて言い返した。
「そういう忍さんこそ『県警本部版・抱かれたい男ランキング』では数期連続してトップ独走態勢じゃないですか。バレンタインデーのオッズも追随を許さないダントツですし」
「だから私は元々女性がだめなんだ。それにもうお前しか抱けん。何なら証拠を見せてやりたいが昨夜の今だからな、お前を壊しても困る。明日まで我慢しよう」
「珍しく優しいことを。まあ、僕が壊れるより貴方が擦り剥けそうですけど」
「ふん、私はいつでも優しいぞ?」
「そうですね、毎回僕を失神させるくらいには優しいですよね」
もう嫉妬から来る霧島の不機嫌も払拭されたようだ。二人して微笑み合う。機捜隊員たちにまつわる無責任な噂話などをネタに雑談しつつ、マンション近くの月極駐車場に辿り着いた。
途中のコンビニで京哉の煙草を買い、顔馴染みの店長におでんまでサーヴィスして貰って、機嫌よくマンション五階の五〇一号室に帰り着く。
まずは寝室でスーツのジャケットを脱ぎ、各種装備を外すとベッドサイドにあるライティングチェストの引き出しに収めた。次に手洗いとうがいをしてリビングのエアコンをつけ、キッチンの電気ポットに浄水器を通した水を張ってスイッチを入れる。
「お腹空いたー。今週の食事当番としては冷凍庫の作り置きカレーがお勧めです」
「ああ、腹が減ったな。何でもいいから食わせてくれ。それと飲んでもいいか?」
「何かあったら僕が運転するからいいですよ。このおでんでも肴にして」
箸とからしを添えてリビングのロウテーブルに置いてやった。
早速霧島はウィスキーとカットグラスを出して二人掛けソファに座り、TVを見ながら一杯やり始める。最初から景気のいい飲み方をしていたが、霧島は非常にアルコールに強く殆ど酔ったのを見たことがないため、京哉もさほど心配していない。
小田切と一緒に射場に出て行くと、寺岡の姿は見当たらず霧島が一人で待っていた。
「お待たせしました、帰りましょう。ところで小田切さんはどうするんですか?」
「俺はそこの駐車場の白いセダンの後部座席かな」
「誰が貴様を乗せてやると言った? 白タクは違法行為だぞ」
「いいじゃないか、官舎まで乗せてくれても。っていうか、カネを取る気かい?」
「忍さん、乗せて行ってあげましょうよ。何なら僕が運転しますから」
そこまで京哉が小田切の味方をしたのが霧島は気に食わなかったようで、眉間に不機嫌を溜めたままさっさと射場を出る。京哉は小田切と共に長身の背を追った。
結局は霧島が運転し京哉は助手席、小田切もちゃっかり後部座席に収まっている。官舎は郊外にあり、空いた道を走ること二十分足らずでマンションの建つ地区に辿り着いた。小田切の住む官舎前の道路でセダンを停止させた霧島は、それでも小田切に声をかけた。
「貴様も今日はご苦労だったな」
「大した苦労はしていないけど、労いは有難く受け取っておくよ」
「香坂警視に宜しく伝えてくれ、副隊長」
「ああ。送ってくれてサンキュ。気を付けて帰ってくれ。京哉くんもご苦労さん」
ラフな挙手敬礼をして小田切は踵を返すと官舎に向かって走って行く。それを見送った京哉は年上の愛し人をそっと窺い、まだご機嫌斜めなのを見取って申し出た。
「帰りは僕が運転しますから交代しましょう」
「何を言っている、お前がまだ足腰を庇っているのを私が見逃すとでも思ったか?」
「あ、はあ。それはそうなんですけど……すみません」
「それについては謝らなくていい、原因は私にあるからな」
言ったきり黙って霧島は車を出す。ここからなら真城市のマンションまで四十分と掛からないと思われた。その間に微妙な空気を回避しようと京哉は思考を巡らせる。
「確かにスナイパー同士で話が合う部分もありますけど、小田切さんには香坂警視もいることですし、僕が他の男性に興味を持たないのは、誰より忍さんが知ってるでしょう?」
「私と違ってお前は女性がだめではないからな。大体、県警制服婦警軍団で結成された『鳴海巡査部長を護る会』がとうとう会員六十名を超えたという話をお前は知っているのか?」
何だか藪蛇になりそうな気配だったが、自分の与り知らないことで責められて京哉も黙っていられずに唇を尖らせて言い返した。
「そういう忍さんこそ『県警本部版・抱かれたい男ランキング』では数期連続してトップ独走態勢じゃないですか。バレンタインデーのオッズも追随を許さないダントツですし」
「だから私は元々女性がだめなんだ。それにもうお前しか抱けん。何なら証拠を見せてやりたいが昨夜の今だからな、お前を壊しても困る。明日まで我慢しよう」
「珍しく優しいことを。まあ、僕が壊れるより貴方が擦り剥けそうですけど」
「ふん、私はいつでも優しいぞ?」
「そうですね、毎回僕を失神させるくらいには優しいですよね」
もう嫉妬から来る霧島の不機嫌も払拭されたようだ。二人して微笑み合う。機捜隊員たちにまつわる無責任な噂話などをネタに雑談しつつ、マンション近くの月極駐車場に辿り着いた。
途中のコンビニで京哉の煙草を買い、顔馴染みの店長におでんまでサーヴィスして貰って、機嫌よくマンション五階の五〇一号室に帰り着く。
まずは寝室でスーツのジャケットを脱ぎ、各種装備を外すとベッドサイドにあるライティングチェストの引き出しに収めた。次に手洗いとうがいをしてリビングのエアコンをつけ、キッチンの電気ポットに浄水器を通した水を張ってスイッチを入れる。
「お腹空いたー。今週の食事当番としては冷凍庫の作り置きカレーがお勧めです」
「ああ、腹が減ったな。何でもいいから食わせてくれ。それと飲んでもいいか?」
「何かあったら僕が運転するからいいですよ。このおでんでも肴にして」
箸とからしを添えてリビングのロウテーブルに置いてやった。
早速霧島はウィスキーとカットグラスを出して二人掛けソファに座り、TVを見ながら一杯やり始める。最初から景気のいい飲み方をしていたが、霧島は非常にアルコールに強く殆ど酔ったのを見たことがないため、京哉もさほど心配していない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる