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第10話
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「檻に閉じ込めていては、見かけん筈だな」
「『さよならセレモニー』ですって。見逃したら一羽になっちゃいますよ」
それでは行くしかない。
「Dケージはこの先のようだぞ」
「十五時十分、きっといい場所は早い者勝ちです」
今度は京哉から手を差し出した。自然と握ってくれた霧島に微笑みが洩れる。
小径は枝分かれした上にうねっていたが配置図を見なくても迷うことはなかった。同じく餌付けとセレモニー目当ての客がぞろぞろと移動していたからだ。
「ハシビロコウって何を食べるんでしょうか?」
「さあな。あの顔つきは肉でも食いそうじゃないか、小鳥とか」
「あんまり残虐なシーンは見せないと思いますけどね」
辿り着いたDケージは二人が想像していたような狭い檻とは違った。大きな池ごとフェンスで覆った広い沼沢地で、百羽近いベニイロフラミンゴの群れが佇み、数百人の霊長目ヒト科を収容しても充分余裕があった。
向かって右に飼育小屋、左が池のふちという場所に、幅十五メートルはあるベンチが階段状に五段組まれている。目の前の灌木をバックにした草地で餌付けをやるらしい。草地には造花で飾られた門が作られ、『ご苦労さま、アーヴィン君』と書いてあった。
早めに着いた京哉と霧島はベンチの三段目に位置することができたが、あとからやってきた人々で、あっという間に身動きが取れなくなる。
「広くてカフェテリア以外は空いてた気がしたけど、ここはそうもいかないですね」
「昨日のニュースが効いているのだろう」
恐るべしメディアの力、何処にこんなにいたのかと思えるほどの人々は既にベンチを埋め尽くした上に、左右には立ち見もできていた。一番下にはTVカメラとクルーもいる。
「こんな日は却って近くで見れんな」
「今更動けないし生で見られたらそれでいいですよ。大体、主目的は忍さんとデートだったんだし、こうしてるだけで僕は満足ですから」
一方で霧島も、元カノ五名を確認した上に牽制球も投げたし……などとは言わないが、京哉の彼女たちとの思い出を、自分とのデートで上書きした気がして密かに満足していた。
《それでは皆様お待たせ致しました。ハシビロコウのアーヴィン君とヨーゼフ君の登場です。静かにお迎え下さい》
霧島は辺りを見渡したが観客は千人を下らない。これで静かというのはどだい無理な話だが、多少はざわめきが収まったところで、バケツを持った男女二名の飼育員がハシビロコウを追い立てるようにして現れた。
かつて元カレたちと何度も見た二羽の青い鳥は、体長一メートル二十センチくらいだろうか。細い脚でのっさのっさと歩いているが、昨日のニュース映像で京哉と話した通り、体と顔が不自然なまでに大きく、目つきも悪かった。周囲を威嚇するように睨みつけている。
やや身を乗り出した京哉が騒がしさの中で囁いた。
「うーん、飼育員の人がお供に見えるような貫禄ですよね」
「鳥のクセに三白眼というのがキモなのだろうな」
「あの睨みの効き方は、貴方に匹敵するかも知れませんよ」
「乙女の産毛のような神経を持つ私を捕まえて失敬だな」
「最近の乙女は産毛もワイアブラシ並みなんですね」
「心臓に針金の生えたスナイパーに言われたくはない」
囁き合っている間にアナウンスが入り、アーヴィンは推定四十歳だの、今後は残るヨーゼフに嫁を貰う方向で海外の動物園と交渉しているなどという説明がなされた。
「エサは生きた鯉の赤ちゃんなんですって」
「踊り食いか。ある意味、それも残酷ショーのような気がするのは気のせい……ああ?」
言いかけて不自然に黙った霧島を京哉は見る。草地のステージを見つめて端正な横顔が呆然としたまま固まっていた。京哉もそちらを注視すると、男女の飼育員が二羽のハシビロコウの前で帽子を脱ぎ、ハシビロコウとお辞儀をし合っている。
「まさか……瑞樹?」
「えっ、あの飼育員の女性と知り合いなんですか?」
「違う、男の方だ。逢坂瑞樹、私がお前と出会う前、最後に付き合っていた男だ」
「何それ、すごい偶然。ってゆうか、忍さんも知らなかったんですよね?」
「当然だ。付き合っていた当時は白藤署警備課の制服巡査部長だったのだからな」
「じゃあ転職したんでしょう。すごく思い切った転身ですけど」
「まあ、あの頃から無類の動物好きではあったが、転職するまでとは思わなかった」
年上の愛し人がこのレジャーランドで動物好きの元カレと仲睦まじくしている画を想像し、勿論京哉は面白くない。この距離では霧島のように『パートナー宣言』もできず、代わりに霧島の手を握り締めたまま、二羽の青い鳥ではなく逢坂瑞樹をスナイパーの目で観察した。
歳は霧島と京哉の間くらいか。それでかつて巡査部長だったということは、決して馬鹿ではない筈である。身長は京哉と変わらないくらいだが、飾り気の一切ない作業服のベルトで絞ったウェストは非常に細かった。顔立ちも結構整っているがやや女性的だ。一番目立つ特徴は赤っぽい後ろ髪を伸ばし、襟足を縛ってしっぽにしている点だろう。
面白くない思いを抱いたまま京哉は仕方なく目的だったハシビロコウに目を移す。
草地ではハシビロコウが上を向き、カポカポとクラッタリングをしている。瑞樹たちの手にしたバケツのエサをねだっているのだ。ちょっと可愛い。
勿体をつけた瑞樹たちがバケツを草の上に置くと、二羽の青い鳥による生きた魚の丸呑みが始まり、観客席のあちこちから溜息が聞こえた。何となくつられて京哉と霧島も深い吐息を洩らす。食事風景としては殺伐としすぎていた。
そんな客の反応は計算済みらしく数分でバケツは片付けられ、場は『さよならアーヴィン君セレモニー』へと移る。
《このあとアーヴィン君は、ユラルト王国の離島アールへと旅をし、ラティス湖畔で自由な一生を送ることになります》
「忍さんはユラルト王国なんて知っていますか?」
「ん、ああ。確かモロッコの近くにある小国だと思ったが。離島のアールは様々な動物愛護団体がカネを出し合って『種の保存委員会』とかいう団体を作って管理していた筈だ」
「『種の保存委員会』ですか。ネーミングは格好いいけど何なんです、それは?」
「詳しくは知らん」
「ふうん。忍さんが殆ど知らないなんて、マイナーな団体なんですね」
「『さよならセレモニー』ですって。見逃したら一羽になっちゃいますよ」
それでは行くしかない。
「Dケージはこの先のようだぞ」
「十五時十分、きっといい場所は早い者勝ちです」
今度は京哉から手を差し出した。自然と握ってくれた霧島に微笑みが洩れる。
小径は枝分かれした上にうねっていたが配置図を見なくても迷うことはなかった。同じく餌付けとセレモニー目当ての客がぞろぞろと移動していたからだ。
「ハシビロコウって何を食べるんでしょうか?」
「さあな。あの顔つきは肉でも食いそうじゃないか、小鳥とか」
「あんまり残虐なシーンは見せないと思いますけどね」
辿り着いたDケージは二人が想像していたような狭い檻とは違った。大きな池ごとフェンスで覆った広い沼沢地で、百羽近いベニイロフラミンゴの群れが佇み、数百人の霊長目ヒト科を収容しても充分余裕があった。
向かって右に飼育小屋、左が池のふちという場所に、幅十五メートルはあるベンチが階段状に五段組まれている。目の前の灌木をバックにした草地で餌付けをやるらしい。草地には造花で飾られた門が作られ、『ご苦労さま、アーヴィン君』と書いてあった。
早めに着いた京哉と霧島はベンチの三段目に位置することができたが、あとからやってきた人々で、あっという間に身動きが取れなくなる。
「広くてカフェテリア以外は空いてた気がしたけど、ここはそうもいかないですね」
「昨日のニュースが効いているのだろう」
恐るべしメディアの力、何処にこんなにいたのかと思えるほどの人々は既にベンチを埋め尽くした上に、左右には立ち見もできていた。一番下にはTVカメラとクルーもいる。
「こんな日は却って近くで見れんな」
「今更動けないし生で見られたらそれでいいですよ。大体、主目的は忍さんとデートだったんだし、こうしてるだけで僕は満足ですから」
一方で霧島も、元カノ五名を確認した上に牽制球も投げたし……などとは言わないが、京哉の彼女たちとの思い出を、自分とのデートで上書きした気がして密かに満足していた。
《それでは皆様お待たせ致しました。ハシビロコウのアーヴィン君とヨーゼフ君の登場です。静かにお迎え下さい》
霧島は辺りを見渡したが観客は千人を下らない。これで静かというのはどだい無理な話だが、多少はざわめきが収まったところで、バケツを持った男女二名の飼育員がハシビロコウを追い立てるようにして現れた。
かつて元カレたちと何度も見た二羽の青い鳥は、体長一メートル二十センチくらいだろうか。細い脚でのっさのっさと歩いているが、昨日のニュース映像で京哉と話した通り、体と顔が不自然なまでに大きく、目つきも悪かった。周囲を威嚇するように睨みつけている。
やや身を乗り出した京哉が騒がしさの中で囁いた。
「うーん、飼育員の人がお供に見えるような貫禄ですよね」
「鳥のクセに三白眼というのがキモなのだろうな」
「あの睨みの効き方は、貴方に匹敵するかも知れませんよ」
「乙女の産毛のような神経を持つ私を捕まえて失敬だな」
「最近の乙女は産毛もワイアブラシ並みなんですね」
「心臓に針金の生えたスナイパーに言われたくはない」
囁き合っている間にアナウンスが入り、アーヴィンは推定四十歳だの、今後は残るヨーゼフに嫁を貰う方向で海外の動物園と交渉しているなどという説明がなされた。
「エサは生きた鯉の赤ちゃんなんですって」
「踊り食いか。ある意味、それも残酷ショーのような気がするのは気のせい……ああ?」
言いかけて不自然に黙った霧島を京哉は見る。草地のステージを見つめて端正な横顔が呆然としたまま固まっていた。京哉もそちらを注視すると、男女の飼育員が二羽のハシビロコウの前で帽子を脱ぎ、ハシビロコウとお辞儀をし合っている。
「まさか……瑞樹?」
「えっ、あの飼育員の女性と知り合いなんですか?」
「違う、男の方だ。逢坂瑞樹、私がお前と出会う前、最後に付き合っていた男だ」
「何それ、すごい偶然。ってゆうか、忍さんも知らなかったんですよね?」
「当然だ。付き合っていた当時は白藤署警備課の制服巡査部長だったのだからな」
「じゃあ転職したんでしょう。すごく思い切った転身ですけど」
「まあ、あの頃から無類の動物好きではあったが、転職するまでとは思わなかった」
年上の愛し人がこのレジャーランドで動物好きの元カレと仲睦まじくしている画を想像し、勿論京哉は面白くない。この距離では霧島のように『パートナー宣言』もできず、代わりに霧島の手を握り締めたまま、二羽の青い鳥ではなく逢坂瑞樹をスナイパーの目で観察した。
歳は霧島と京哉の間くらいか。それでかつて巡査部長だったということは、決して馬鹿ではない筈である。身長は京哉と変わらないくらいだが、飾り気の一切ない作業服のベルトで絞ったウェストは非常に細かった。顔立ちも結構整っているがやや女性的だ。一番目立つ特徴は赤っぽい後ろ髪を伸ばし、襟足を縛ってしっぽにしている点だろう。
面白くない思いを抱いたまま京哉は仕方なく目的だったハシビロコウに目を移す。
草地ではハシビロコウが上を向き、カポカポとクラッタリングをしている。瑞樹たちの手にしたバケツのエサをねだっているのだ。ちょっと可愛い。
勿体をつけた瑞樹たちがバケツを草の上に置くと、二羽の青い鳥による生きた魚の丸呑みが始まり、観客席のあちこちから溜息が聞こえた。何となくつられて京哉と霧島も深い吐息を洩らす。食事風景としては殺伐としすぎていた。
そんな客の反応は計算済みらしく数分でバケツは片付けられ、場は『さよならアーヴィン君セレモニー』へと移る。
《このあとアーヴィン君は、ユラルト王国の離島アールへと旅をし、ラティス湖畔で自由な一生を送ることになります》
「忍さんはユラルト王国なんて知っていますか?」
「ん、ああ。確かモロッコの近くにある小国だと思ったが。離島のアールは様々な動物愛護団体がカネを出し合って『種の保存委員会』とかいう団体を作って管理していた筈だ」
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