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第13話
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「ほら、またやってますよ」
目を上げて店内に置かれたTVを見ると、ニュース映像では特報として公開自殺を放映していた。繰り返し男が倒れるまでを部分的にモザイクを掛けて流している。
鼻を鳴らして霧島は再び箸を動かし始めた。
ここはマンション近くのスーパーカガミヤの裏通りにある『ブラウニー』という店だった。二十時までは喫茶店でそれ以降は閉店の二時までバーになるが、京哉と暮らす前は常連だった霧島が顔を出すと、何時であっても寡黙なマスターが夕食を作ってくれるという非常に有難い店である。
高谷レジャーランドに行った翌日の晩だった。三連休の最終日で霧島の食事当番初日だったが、せっかくの休みでたまには外食でもしようと二人して繰り出したのだ。
だがいつもなら静かな店内なのに、他の客が公開自殺映像を目当てにTVを点けたのが少々気に食わず、霧島は言葉少なに本日のマスターお任せ定食のメインディッシュである味噌カツに噛みついているのである。それでも銃絡みの事件は気になるところだった。
「でも薬物反応は一切出なかったんですよね」
「薬物幻覚説が消えて病気か自殺の線が残ったということだな」
「どうせ高谷署は自殺で収めるんじゃないですか?」
「どうした、いきなり投げやりだな」
「自殺ならそれでいいじゃないですか、どっちにしても僕らには関係ないんだし」
「お前がそこまで薄愛主義者だったとは新発見だ」
「僕は元カレを気遣って事件に首を突っ込んだ挙げ句、さりげなくもしっかり相手のレヴェルを褒め称えるような博愛主義者の誰かさんとは違いますから」
思わず箸に噛みついてしまい、霧島は味噌カツの衣を吸い込んでむせ返る。
「うっ……ゲホゲホ、ゴホッ。昨日の私はそんなことまで言ったのか?」
「気障を気取ってたならともかく、意識してもいない発言だったなんて、そっちの方が始末に負えませんよ。僕の前でいい度胸ですよね」
「それを言うなら五人もの元カノと会って、気落ちしていたお前はどうなんだ?」
お互いにムッとしてTVに気を取られたふりをしながらトレイのものを黙々と食した。それでも嫉妬されているのが嬉しくて二人共に内心は気分も悪くないという複雑さである。
綺麗に食し終えるとマスターからホットコーヒーを受け取って味わい緩んだ。京哉は煙草タイムだ。吸いながら何気なく霧島のシャープな横顔に訊いてみる。
「どうして逢坂さんと別れちゃったんですか? 僕を相手に『男しか受け付けない事実公言作戦』をやるよりも、逢坂さんと付き合い続けてた方が良かったんじゃないですか?」
僅かにカウンターに身を乗り出した京哉に霧島は仕方なく口を開く。
「特に理由はない。県警警備部の瑞樹が所轄の白藤署に異動になった、それだけだ」
「ふうん。それで会う回数が減っちゃったとか?」
「まあ、そうだな。自然消滅といったところか」
「そっか。すみません、余計なことを聞いちゃって」
「いや、他人に興味のないお前が珍しく私の過去に嫉妬してくれるのも悪くない」
微笑み合って煙草二本とコーヒーを消費すると、食事当番の霧島が二人分の千三百六十円をカウンターに置いた。ブラウニーを出ると十分ほども歩いてマンションに帰り着く。
コートとジャケットを脱ぎ、手錠ホルダーその他のくっついた帯革を緩め、ショルダーホルスタの銃も外すと京哉は躰が軽くなってホッとした。
「僕はあと一本だけ吸いたいんで、忍さん、先にバスルームいいですよ」
「では、言葉に甘えて先に頂こうか」
と、その時、霧島の携帯が振動し始めて二人は顔を見合わせる。振動パターンからそのメールが県警本部長からと分かったからだ。思い切り嫌な顔をしながら霧島は操作する。
「【明朝十時にパスポートを持参で本部長室に来られたし】、だそうだ」
「あああ、また特別任務で国外、機内禁煙地獄だ~っ!」
目を上げて店内に置かれたTVを見ると、ニュース映像では特報として公開自殺を放映していた。繰り返し男が倒れるまでを部分的にモザイクを掛けて流している。
鼻を鳴らして霧島は再び箸を動かし始めた。
ここはマンション近くのスーパーカガミヤの裏通りにある『ブラウニー』という店だった。二十時までは喫茶店でそれ以降は閉店の二時までバーになるが、京哉と暮らす前は常連だった霧島が顔を出すと、何時であっても寡黙なマスターが夕食を作ってくれるという非常に有難い店である。
高谷レジャーランドに行った翌日の晩だった。三連休の最終日で霧島の食事当番初日だったが、せっかくの休みでたまには外食でもしようと二人して繰り出したのだ。
だがいつもなら静かな店内なのに、他の客が公開自殺映像を目当てにTVを点けたのが少々気に食わず、霧島は言葉少なに本日のマスターお任せ定食のメインディッシュである味噌カツに噛みついているのである。それでも銃絡みの事件は気になるところだった。
「でも薬物反応は一切出なかったんですよね」
「薬物幻覚説が消えて病気か自殺の線が残ったということだな」
「どうせ高谷署は自殺で収めるんじゃないですか?」
「どうした、いきなり投げやりだな」
「自殺ならそれでいいじゃないですか、どっちにしても僕らには関係ないんだし」
「お前がそこまで薄愛主義者だったとは新発見だ」
「僕は元カレを気遣って事件に首を突っ込んだ挙げ句、さりげなくもしっかり相手のレヴェルを褒め称えるような博愛主義者の誰かさんとは違いますから」
思わず箸に噛みついてしまい、霧島は味噌カツの衣を吸い込んでむせ返る。
「うっ……ゲホゲホ、ゴホッ。昨日の私はそんなことまで言ったのか?」
「気障を気取ってたならともかく、意識してもいない発言だったなんて、そっちの方が始末に負えませんよ。僕の前でいい度胸ですよね」
「それを言うなら五人もの元カノと会って、気落ちしていたお前はどうなんだ?」
お互いにムッとしてTVに気を取られたふりをしながらトレイのものを黙々と食した。それでも嫉妬されているのが嬉しくて二人共に内心は気分も悪くないという複雑さである。
綺麗に食し終えるとマスターからホットコーヒーを受け取って味わい緩んだ。京哉は煙草タイムだ。吸いながら何気なく霧島のシャープな横顔に訊いてみる。
「どうして逢坂さんと別れちゃったんですか? 僕を相手に『男しか受け付けない事実公言作戦』をやるよりも、逢坂さんと付き合い続けてた方が良かったんじゃないですか?」
僅かにカウンターに身を乗り出した京哉に霧島は仕方なく口を開く。
「特に理由はない。県警警備部の瑞樹が所轄の白藤署に異動になった、それだけだ」
「ふうん。それで会う回数が減っちゃったとか?」
「まあ、そうだな。自然消滅といったところか」
「そっか。すみません、余計なことを聞いちゃって」
「いや、他人に興味のないお前が珍しく私の過去に嫉妬してくれるのも悪くない」
微笑み合って煙草二本とコーヒーを消費すると、食事当番の霧島が二人分の千三百六十円をカウンターに置いた。ブラウニーを出ると十分ほども歩いてマンションに帰り着く。
コートとジャケットを脱ぎ、手錠ホルダーその他のくっついた帯革を緩め、ショルダーホルスタの銃も外すと京哉は躰が軽くなってホッとした。
「僕はあと一本だけ吸いたいんで、忍さん、先にバスルームいいですよ」
「では、言葉に甘えて先に頂こうか」
と、その時、霧島の携帯が振動し始めて二人は顔を見合わせる。振動パターンからそのメールが県警本部長からと分かったからだ。思い切り嫌な顔をしながら霧島は操作する。
「【明朝十時にパスポートを持参で本部長室に来られたし】、だそうだ」
「あああ、また特別任務で国外、機内禁煙地獄だ~っ!」
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