forget me not~Barter.19~

志賀雅基

文字の大きさ
13 / 51

第13話

しおりを挟む
「ほら、またやってますよ」

 目を上げて店内に置かれたTVを見ると、ニュース映像では特報として公開自殺を放映していた。繰り返し男が倒れるまでを部分的にモザイクを掛けて流している。
 鼻を鳴らして霧島は再び箸を動かし始めた。

 ここはマンション近くのスーパーカガミヤの裏通りにある『ブラウニー』という店だった。二十時までは喫茶店でそれ以降は閉店の二時までバーになるが、京哉と暮らす前は常連だった霧島が顔を出すと、何時であっても寡黙なマスターが夕食を作ってくれるという非常に有難い店である。 

 高谷レジャーランドに行った翌日の晩だった。三連休の最終日で霧島の食事当番初日だったが、せっかくの休みでたまには外食でもしようと二人して繰り出したのだ。

 だがいつもなら静かな店内なのに、他の客が公開自殺映像を目当てにTVを点けたのが少々気に食わず、霧島は言葉少なに本日のマスターお任せ定食のメインディッシュである味噌カツに噛みついているのである。それでも銃絡みの事件は気になるところだった。

「でも薬物反応は一切出なかったんですよね」
「薬物幻覚説が消えて病気か自殺の線が残ったということだな」
「どうせ高谷署は自殺で収めるんじゃないですか?」
「どうした、いきなり投げやりだな」

「自殺ならそれでいいじゃないですか、どっちにしても僕らには関係ないんだし」
「お前がそこまで薄愛主義者だったとは新発見だ」
「僕は元カレを気遣って事件に首を突っ込んだ挙げ句、さりげなくもしっかり相手のレヴェルを褒め称えるような博愛主義者の誰かさんとは違いますから」

 思わず箸に噛みついてしまい、霧島は味噌カツの衣を吸い込んでむせ返る。

「うっ……ゲホゲホ、ゴホッ。昨日の私はそんなことまで言ったのか?」
「気障を気取ってたならともかく、意識してもいない発言だったなんて、そっちの方が始末に負えませんよ。僕の前でいい度胸ですよね」
「それを言うなら五人もの元カノと会って、気落ちしていたお前はどうなんだ?」

 お互いにムッとしてTVに気を取られたふりをしながらトレイのものを黙々と食した。それでも嫉妬されているのが嬉しくて二人共に内心は気分も悪くないという複雑さである。

 綺麗に食し終えるとマスターからホットコーヒーを受け取って味わい緩んだ。京哉は煙草タイムだ。吸いながら何気なく霧島のシャープな横顔に訊いてみる。

「どうして逢坂さんと別れちゃったんですか? 僕を相手に『男しか受け付けない事実公言作戦』をやるよりも、逢坂さんと付き合い続けてた方が良かったんじゃないですか?」

 僅かにカウンターに身を乗り出した京哉に霧島は仕方なく口を開く。

「特に理由はない。県警警備部の瑞樹が所轄の白藤署に異動になった、それだけだ」
「ふうん。それで会う回数が減っちゃったとか?」
「まあ、そうだな。自然消滅といったところか」
「そっか。すみません、余計なことを聞いちゃって」
「いや、他人に興味のないお前が珍しく私の過去に嫉妬してくれるのも悪くない」

 微笑み合って煙草二本とコーヒーを消費すると、食事当番の霧島が二人分の千三百六十円をカウンターに置いた。ブラウニーを出ると十分ほども歩いてマンションに帰り着く。
 コートとジャケットを脱ぎ、手錠ホルダーその他のくっついた帯革を緩め、ショルダーホルスタの銃も外すと京哉は躰が軽くなってホッとした。

「僕はあと一本だけ吸いたいんで、忍さん、先にバスルームいいですよ」
「では、言葉に甘えて先に頂こうか」

 と、その時、霧島の携帯が振動し始めて二人は顔を見合わせる。振動パターンからそのメールが県警本部長からと分かったからだ。思い切り嫌な顔をしながら霧島は操作する。

「【明朝十時にパスポートを持参で本部長室に来られたし】、だそうだ」
「あああ、また特別任務で国外、機内禁煙地獄だ~っ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...