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第19話
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バスで白藤市駅まで出て特急に乗り、都内に出て食事をしてから乗り換えて成田国際空港に着いたのは十五時過ぎだった。
「何時の飛行機でしたっけ?」
「十八時三十分発だ」
「じゃあまだ結構時間がありますね」
「だが十七時にはチェックインカウンター前で瑞樹と待ち合わせだからな。その前にお前はたっぷり煙とニコチンを充填しておきたいだろう?」
「お気遣い、感謝します」
出先がアフリカ大陸というのを考慮し、コートをコインロッカーに預けると、早速京哉は売店で煙草を買い足して喫煙ルームに足を向ける。
「しかし離島ひとつに鳥一羽か。盲亀の浮木、優曇華の花というところだな」
「まあ、見つけられたら大金星ですからね」
暢気に喋っているうちに時間は経ち、十七時十分前になって京哉は煙草を消した。チェックインカウンターに移動して辺りを見回していると、霧島と殆ど同時に京哉は瑞樹の姿を見つける。
京哉と同様にショルダーバッグを肩に掛け、長い赤毛の襟足を縛ってしっぽにしていた。自衛隊でも部署が部署なので髪型の規定も緩いのだろう。
服装は随分とラフでノータイのサファリジャケットにカーゴパンツである。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「いいえ、こちらもチェックインはまだですから」
そう返しつつ二人に微笑みかけた瑞樹に屈託の欠片も見つけられなかった京哉は、ある言葉を思い浮かべた。『開き直り』……直後に自分が嫌になる。
「待っていたのはこちらの都合だ。まだ約束の時間まで二分ある。気にするな」
僅かに息を切らせて目の前にやってきた瑞樹は霧島を眩しそうに見たのち、京哉の方に向き直った。色の薄い瞳で真っ直ぐ見つめられ京哉も黒い目を向ける。
「改めて、県警機動捜査隊の鳴海京哉巡査部長です」
「陸自幕僚監部調査部第二別室所属の逢坂瑞樹二等陸尉です。ご承知でしょうが以前は潜入任務で警察の警備畑にいました。ラフにして瑞樹と呼んで貰えたら嬉しいな」
「じゃあ僕も京哉と呼んで下さい」
握手はしない。五年間のスナイパー生活で周囲を欺いてきた微笑みも完璧だった。
チェックインのために並びながら瑞樹が霧島に対してトーンを落とした声を出す。
「……驚いたよね」
「ん、ああ、そうだな」
「信じていなかった訳じゃないんだ……なんて、陳腐な言い訳だよね」
「もういい、気にするな。私も気にしてはいない」
「許してくれるの?」
「お前も仕事だったのだ。法で罰せられる訳でもなし、私が許すも許さないもない」
「ごめんなさい」
「もういいと言っている。ほら、しっかり前を向いていないと危ないぞ」
と、言うなり霧島は手を伸ばし、赤毛の前髪がかき上げられて露わとなった瑞樹の額に指を当てた。すっと息を呑んで瑞樹は動きを止める。そのまま額を軽く突いた霧島は手を下ろし、瑞樹は長い吐息を震わせてカウンターの方に顔を向けた。
銃を持つ霧島と京哉はチェックインカウンターで政府発行の武器所持許可証を見せ、瑞樹と三人して専属の係員に先導される。お蔭で出国手続きやセキュリティチェックもごく簡単にクリアし飛行機に搭乗することができた。そこで京哉が勇気を出す。
「あのう、訊きたくないんですが、何時間掛かるんでしょうか?」
「まずは約四時間で上海空港。ここでトランジットまで一時間四十五分待ちだ」
「それで?」
「パリのシャルル・ド・ゴール空港まで十二時間四十五分。一時間十五分待ってから乗り換えてモロッコのカサブランカにあるムハンマド五世国際空港まで三時間。あとは一時間半でユラルト王国の首都タブリズ国際空港。更に小型機で離島のアールまでは確か三時間だったか」
「総行程二十七時間十五分って、嘘でしょう?」
「向こうでの乗り換えに時間が掛からなければ、それで済むのだがな。禁煙ご苦労」
「何時の飛行機でしたっけ?」
「十八時三十分発だ」
「じゃあまだ結構時間がありますね」
「だが十七時にはチェックインカウンター前で瑞樹と待ち合わせだからな。その前にお前はたっぷり煙とニコチンを充填しておきたいだろう?」
「お気遣い、感謝します」
出先がアフリカ大陸というのを考慮し、コートをコインロッカーに預けると、早速京哉は売店で煙草を買い足して喫煙ルームに足を向ける。
「しかし離島ひとつに鳥一羽か。盲亀の浮木、優曇華の花というところだな」
「まあ、見つけられたら大金星ですからね」
暢気に喋っているうちに時間は経ち、十七時十分前になって京哉は煙草を消した。チェックインカウンターに移動して辺りを見回していると、霧島と殆ど同時に京哉は瑞樹の姿を見つける。
京哉と同様にショルダーバッグを肩に掛け、長い赤毛の襟足を縛ってしっぽにしていた。自衛隊でも部署が部署なので髪型の規定も緩いのだろう。
服装は随分とラフでノータイのサファリジャケットにカーゴパンツである。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「いいえ、こちらもチェックインはまだですから」
そう返しつつ二人に微笑みかけた瑞樹に屈託の欠片も見つけられなかった京哉は、ある言葉を思い浮かべた。『開き直り』……直後に自分が嫌になる。
「待っていたのはこちらの都合だ。まだ約束の時間まで二分ある。気にするな」
僅かに息を切らせて目の前にやってきた瑞樹は霧島を眩しそうに見たのち、京哉の方に向き直った。色の薄い瞳で真っ直ぐ見つめられ京哉も黒い目を向ける。
「改めて、県警機動捜査隊の鳴海京哉巡査部長です」
「陸自幕僚監部調査部第二別室所属の逢坂瑞樹二等陸尉です。ご承知でしょうが以前は潜入任務で警察の警備畑にいました。ラフにして瑞樹と呼んで貰えたら嬉しいな」
「じゃあ僕も京哉と呼んで下さい」
握手はしない。五年間のスナイパー生活で周囲を欺いてきた微笑みも完璧だった。
チェックインのために並びながら瑞樹が霧島に対してトーンを落とした声を出す。
「……驚いたよね」
「ん、ああ、そうだな」
「信じていなかった訳じゃないんだ……なんて、陳腐な言い訳だよね」
「もういい、気にするな。私も気にしてはいない」
「許してくれるの?」
「お前も仕事だったのだ。法で罰せられる訳でもなし、私が許すも許さないもない」
「ごめんなさい」
「もういいと言っている。ほら、しっかり前を向いていないと危ないぞ」
と、言うなり霧島は手を伸ばし、赤毛の前髪がかき上げられて露わとなった瑞樹の額に指を当てた。すっと息を呑んで瑞樹は動きを止める。そのまま額を軽く突いた霧島は手を下ろし、瑞樹は長い吐息を震わせてカウンターの方に顔を向けた。
銃を持つ霧島と京哉はチェックインカウンターで政府発行の武器所持許可証を見せ、瑞樹と三人して専属の係員に先導される。お蔭で出国手続きやセキュリティチェックもごく簡単にクリアし飛行機に搭乗することができた。そこで京哉が勇気を出す。
「あのう、訊きたくないんですが、何時間掛かるんでしょうか?」
「まずは約四時間で上海空港。ここでトランジットまで一時間四十五分待ちだ」
「それで?」
「パリのシャルル・ド・ゴール空港まで十二時間四十五分。一時間十五分待ってから乗り換えてモロッコのカサブランカにあるムハンマド五世国際空港まで三時間。あとは一時間半でユラルト王国の首都タブリズ国際空港。更に小型機で離島のアールまでは確か三時間だったか」
「総行程二十七時間十五分って、嘘でしょう?」
「向こうでの乗り換えに時間が掛からなければ、それで済むのだがな。禁煙ご苦労」
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