forget me not~Barter.19~

志賀雅基

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第20話

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 急激に機嫌を悪化させた京哉は、出航してまもなく出された機内食を無言で食し終えると毛布を被って不貞寝の態勢に入る。だがまだ宵の口で眠れない。

「ところで瑞樹、何故お前は自衛官のクセして飼育員なんぞやっているんだ?」

 ふいの霧島の問いに京哉も瑞樹を注視した。

「ああ、希望半分左遷半分。何処で間違ったのか調別に放り込まれたけれど、別に潜入が上手い訳じゃないから。『あの情報を盗ってこい』なんて言われても困るよ」

 聞いて霧島と京哉は苦笑いする。まるで特別任務並みの無茶振りだ。

「随分と荒っぽい職場みたいですね」
「そうなんだ。お蔭で今回も含めて失敗も多くて参っちゃって」
「もう半分は何なんだ?」
「僕、動物が好きなんだよ」

 まるで子供のような答えに霧島は笑いつつも首を捻った。

「それは知っている。だが日がな鳥の世話にどっぷり浸かるほどだったか?」
「可笑しいかなあ? だってハシビロコウの世話ができるなんて聞いたらこれは立候補するしかないじゃないか。はっきり言って足環での情報交換なんてどうでも良かったんだよね」

「だがしかし、あの情報の受け渡し手段はふざけているだろう」
「調査部第二別室・略して調別の中でも決して表に出ることのない、いわゆる黒組と言われる水面下で動く人員の伝統でね。他にも毎朝買うフランスパンにメモリを仕込むとか、とある薬屋さんのポストにガムで貼り付けるとか……」

 まさかの話に霧島と京哉は顔をしかめる。

「汚いな。それに間違って食ってしまったらどうするんだ?」
「確かにあのときのヤマダ君はとっても悲惨だったな」

 本気か冗談か分からない口調で瑞樹が言い三人は揃って笑った。笑いながら京哉は瑞樹を観察する。国家機密を扱う職場の威を借り、かさに着た様子は一切見受けられない。

 瑞樹の額に霧島が触れた時こそどうしてくれようかと思ったが、あれを瑞樹のせいにするのは筋違いだろう。それに話している分には気さくで充分愉しく、これなら任務中は何とかやっていけそうだと安堵していた。腹が立つのは博愛主義者のバディである。

 怒りに燃えながらも表面上は和やかに話を続け、時折うとうとしながらトランジットの上海浦東国際空港に辿り着いた。だが機内待機で煙草を吸えず京哉は更に凹む。

 出航すると早々に霧島は毛布を被って寝てしまい、暫く喋っていた京哉と瑞樹も時差ぼけ防止で眠ることにした。京哉は霧島の被った毛布に自分も潜り込むと、瑞樹の視線を感じつつも霧島の手に触れる。その手を霧島が握り返してくれて思い切り安堵した。

 寝たり起きたりを繰り返し、やっとムハンマド五世国際空港に到着する。日本と時差が九時間で現地時間は九時十五分だった。そこからまたトランジットで二時間近く待ち、飛行機で一時間半をかけ、ユラルト王国の首都タブリズの国際空港にランディングする。

 だがボーディングブリッジの窓から外を眺めて京哉は驚いた。アフリカは暑いという先入観からは思いも寄らない光景が展開されていたのだ。そう、雪景色である。

「何これ。あそこの表示、外気温がマイナス四度になってますよ?」
「確かにすごいな、これは。だがモロッコ辺りは砂漠に雪が降ることもあるらしい」
「忍さん、それを知ってて成田でコートをコインロッカーに放り込んだんですね?」
「すまん、失念していた」

 八つ当たり気味に物申した京哉に瑞樹は笑って説明した。

「雪が降ってるとは思わなかったよね。でも離島のアールは海流の関係で温暖だよ」
「ふうん。瑞樹はアールに行ったことがあるんですか?」

「ううん、初めて。アールに行くのは長年の夢だったんだけれど、まさかこんな風に叶うとは思ってなかったよ。夢の大地がもうすぐなんて、ああ、本当に楽しみ!」
「アールは夢の大地とまで評するような場所なのか?」

「あれっ、言ったことなかったっけ?」
「アーヴィンのニュースで聞いたのが初耳だな」

「そう? 様々な自然保護・動物愛護団体が資金を出し合って『種の保存委員会』を設立し、その『種の保存委員会』がユラルト王国から買い上げる形で離島のアールは存在してるんだ。温暖なそこはサバンナに似せた土地が多く動物たちの楽園で、絶滅危惧種もあそこで沢山保存管理されて暮らしているんだよ」

 瑞樹の動物好きは筋金入りらしい。本当に夢見るような目をして語っている。
 それを聞きながら入国審査その他の手続きを終わらせた。ターミナルビルの中は暖房が効いていてホッとする。ここからは小型機で離島のアール入りをする予定だ。

 小型機の出航まで約二時間というタイトなスケジュールで、チケットだけ押さえると哀れな依存症患者は喫煙可のレストランを目敏く発見し駆け込む。食事も摂っておかなければならない。
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