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第21話
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「ふう。ニコチン切れで脳ミソが出奔するかと思いましたよ」
「だがもう四本目は吸いすぎだぞ、京哉」
「はいはい、これで一旦節煙に励みます。それにしても遅いですね」
国外では日本ほど早く注文したものが運ばれてくると思わない方がいい。そう霧島がアドバイスする寸前で霧島自身の腹が豪快に鳴り、周囲の客すら振り向かせる。
「ああ、もう、僕が何にも食べさせていないみたいじゃないですか!」
「仕方なかろう、機内食はパンが二個だけだったんだ。私の胃袋が出奔しそうだぞ」
二人のやり取りを聞いていた瑞樹が吹き出し大笑いしていた。
「霧島さん、貴方ってばそれじゃ百年の恋も醒めちゃうよ」
そこでやっと注文した料理が運ばれてくる。三人はそれぞれ違うメニューセットを前にして行儀良く手を合わせて食べ始めた。あまり時間はないが胃袋に素早く重石をした霧島は余裕でレストラン内を見回す。平日の昼間だからかスーツ姿のビジネスマンが多い。
「意外に旅行客が少ないな」
フォークで茹で野菜サラダを食していた京哉も、霧島につられ周囲を見回してみる。
「本当ですね、スーツ着て商用のサラリーマンばっかりみたい」
「アールでのサファリツアーは結構流行りそうな気がするんだが」
パンをちぎる手を止めて瑞樹が首を横に振る。
「違うんだよ。アール島はそんな所じゃないんだ。学術的に貴重な生きた遺産なんだよ。浮ついた観光客なんて入れやしないんだから」
「それじゃあ瑞樹の夢は叶わぬ夢だったんですか?」
訊いた京哉に瑞樹はまた首を振って見せた。
「条件をクリアすれば一般人も入れるよ」
「条件って?」
「講習を受けて勉強して試験にパスして、パークレンジャーの資格を取るんだよ」
「パークレンジャーって自然保護官でしたっけ。指定公園で動植物を護る?」
「そうだね。だからって別にアール島でパークレンジャーをやる訳じゃなくって、それだけの知識を持った人間以外には開放しないことで、あそこを護っているんだ」
「ふうん……あ、もしかして」
ナイフとフォークを置いて京哉はショルダーバッグを探る。確か簡単な資料と共に何かの免許証らしきものを一ノ瀬本部長から預かってきた筈だ。
引っ張り出してみるとパークレンジャーの証明書だった。おそらく某国の機密に関わる各国の要請を受けた形で、陸自の情報幹部である堂本一佐たちが巧妙に偽造したのだろう。
「これを見せてアール島に入るんですね?」
「そう。僕の方も今は偽造だよ、悔しいけれど」
昼間から豪快にステーキを頬張りながら霧島は瑞樹に訊いた。
「で、瑞樹はパークレンジャーを取るつもりなのか?」
「五科目中の三科目は取ったよ。残りも今年中にチャレンジするつもり」
こちらもチキンソテーを食べながら瑞樹は文字通り目を輝かせていた。
陸自の諜報機関の、それも決して表に名前を出せない黒組ともなれば行動に制約は多いだろうに、この情熱とバイタリティは大したものだとパスタに載ったハンバーグをナイフで切り分け口に運びつつ京哉は素直に感心する。
三人共さっさと食べてしまい、セットについてきた飲み物だけになると京哉はまた一服だ。一方でホットコーヒーのスプーンを弄びつつ霧島は眉間にシワを寄せる。
「似非パークレンジャーが大自然に放り込まれて大丈夫なのか?」
「ですよね。鳥を探す前にこっちがライオンのエサになるなんてご免ですよ」
不安を溜めた二人を見て瑞樹は大らかに笑った。
「こっちがルールを護っていれば動物は襲ってなんかこないって」
「寡聞にしてそのルールとやらを私は聞いたことがないのだがな」
「右に同じです」
「サバンナでは誰もが同等、人も動物もね。常識的行動を取ってさえいれば平気」
夢見る目で言われ、二人は密かに溜息をつく。
そんなに簡単ではなさそうな気がひしひしとしていた。始まる前から機捜の詰め所が、自宅マンションの部屋が恋しくなった霧島と京哉だった。
「だがもう四本目は吸いすぎだぞ、京哉」
「はいはい、これで一旦節煙に励みます。それにしても遅いですね」
国外では日本ほど早く注文したものが運ばれてくると思わない方がいい。そう霧島がアドバイスする寸前で霧島自身の腹が豪快に鳴り、周囲の客すら振り向かせる。
「ああ、もう、僕が何にも食べさせていないみたいじゃないですか!」
「仕方なかろう、機内食はパンが二個だけだったんだ。私の胃袋が出奔しそうだぞ」
二人のやり取りを聞いていた瑞樹が吹き出し大笑いしていた。
「霧島さん、貴方ってばそれじゃ百年の恋も醒めちゃうよ」
そこでやっと注文した料理が運ばれてくる。三人はそれぞれ違うメニューセットを前にして行儀良く手を合わせて食べ始めた。あまり時間はないが胃袋に素早く重石をした霧島は余裕でレストラン内を見回す。平日の昼間だからかスーツ姿のビジネスマンが多い。
「意外に旅行客が少ないな」
フォークで茹で野菜サラダを食していた京哉も、霧島につられ周囲を見回してみる。
「本当ですね、スーツ着て商用のサラリーマンばっかりみたい」
「アールでのサファリツアーは結構流行りそうな気がするんだが」
パンをちぎる手を止めて瑞樹が首を横に振る。
「違うんだよ。アール島はそんな所じゃないんだ。学術的に貴重な生きた遺産なんだよ。浮ついた観光客なんて入れやしないんだから」
「それじゃあ瑞樹の夢は叶わぬ夢だったんですか?」
訊いた京哉に瑞樹はまた首を振って見せた。
「条件をクリアすれば一般人も入れるよ」
「条件って?」
「講習を受けて勉強して試験にパスして、パークレンジャーの資格を取るんだよ」
「パークレンジャーって自然保護官でしたっけ。指定公園で動植物を護る?」
「そうだね。だからって別にアール島でパークレンジャーをやる訳じゃなくって、それだけの知識を持った人間以外には開放しないことで、あそこを護っているんだ」
「ふうん……あ、もしかして」
ナイフとフォークを置いて京哉はショルダーバッグを探る。確か簡単な資料と共に何かの免許証らしきものを一ノ瀬本部長から預かってきた筈だ。
引っ張り出してみるとパークレンジャーの証明書だった。おそらく某国の機密に関わる各国の要請を受けた形で、陸自の情報幹部である堂本一佐たちが巧妙に偽造したのだろう。
「これを見せてアール島に入るんですね?」
「そう。僕の方も今は偽造だよ、悔しいけれど」
昼間から豪快にステーキを頬張りながら霧島は瑞樹に訊いた。
「で、瑞樹はパークレンジャーを取るつもりなのか?」
「五科目中の三科目は取ったよ。残りも今年中にチャレンジするつもり」
こちらもチキンソテーを食べながら瑞樹は文字通り目を輝かせていた。
陸自の諜報機関の、それも決して表に名前を出せない黒組ともなれば行動に制約は多いだろうに、この情熱とバイタリティは大したものだとパスタに載ったハンバーグをナイフで切り分け口に運びつつ京哉は素直に感心する。
三人共さっさと食べてしまい、セットについてきた飲み物だけになると京哉はまた一服だ。一方でホットコーヒーのスプーンを弄びつつ霧島は眉間にシワを寄せる。
「似非パークレンジャーが大自然に放り込まれて大丈夫なのか?」
「ですよね。鳥を探す前にこっちがライオンのエサになるなんてご免ですよ」
不安を溜めた二人を見て瑞樹は大らかに笑った。
「こっちがルールを護っていれば動物は襲ってなんかこないって」
「寡聞にしてそのルールとやらを私は聞いたことがないのだがな」
「右に同じです」
「サバンナでは誰もが同等、人も動物もね。常識的行動を取ってさえいれば平気」
夢見る目で言われ、二人は密かに溜息をつく。
そんなに簡単ではなさそうな気がひしひしとしていた。始まる前から機捜の詰め所が、自宅マンションの部屋が恋しくなった霧島と京哉だった。
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