forget me not~Barter.19~

志賀雅基

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第39話

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「二人だと鍋も美味しそうで羨ましいな」
「一人だと何を食っているんだ?」
「殆どコンビニ。でも寒いときは鍋もするよ、簡単だからね。でも味気ないな」

「自炊か、意外にマメだな」
「僕といた時はずっと外食ばかりだったっけ、霧島さんは飲んでばかりでさ」
「ふうん、その頃からアルコール好きだったんですね。これ、少し食べます?」
「ああ。お前もここから少し食え」

 結局三人でシェアして味を確かめ、暫し煮込み料理談議に花を咲かせた。

「ところで今も飲み続けなんて、何でそんなに霧島さんはやさぐれてるのかな?」
「別に飲み続けても、やさぐれてもいない。それに瑞樹、お前だって飲むだろうが」
「そうだね。独りで鍋をつついて、やさぐれてるよ」

「何処に住んでいるんだ?」
「今も白藤市内の官舎だけど」
「変わっていないんだな。出勤が遠くて大変じゃないのか?」

「少しくらい遠くても、動物たちが待ってるから」
「なるほど」
「それに僕だって捨てたものじゃないんだよ」
「ふむ、そうか」

 霧島と京哉はそれぞれにホッとしたのを悟られまいと食事に専念したが、瑞樹の口元が笑いを浮かべたのを見ると、どうやら不首尾に終わったらしかった。

 食事を終えてしまうとやはりヒマで、ゆっくりインスタントコーヒーを味わいながら、またも地元局のお化け屋敷探訪を三人で眺める。

「外部電源を引き込んで施設内は少し明るくなったみたいですけど」
「復旧はまだまだみたいだね」
「出航可能になるのは明日の昼以降の見通しか。どうするんだ?」

「うーん、どうしましょうね?」
「こういう時こそ軍同士の横の繋がりではないのか?」
「あ、そういう手もあるんですね。ユラルト王国と日本政府は仲良しの筈ですし」

 と、京哉はショルダーバッグから両政府発行の武器所持許可証を出して振った。そこで警察官組は自衛官の瑞樹を見たが、見られた瑞樹は肩を竦めただけだった。確かにこんな所で個人に可能な選択手段など殆どありはしないだろう。

 仕方なく京哉が携帯でネット検索すると一番近いこの国の軍基地は第二の国際空港のあるノアの都市に存在することが分かった。
 精確には空港の隣でここから五百キロも離れていることが明らかになり、三人は落胆する。考えを巡らせた挙げ句に霧島が過去にも利用した手を思い出し、思いついたままを口にした。

「ならば個人的にヘリをチャーターしたらどうだ?」
「夜間に吹雪の中を僕に三時間近く操縦しろとでも言うんですか?」
「あの堂本一佐や日本政府に恩を売るチャンスだぞ?」

「もう恩なんてとっくに完売しちゃいましたよ」
「だが選択肢のひとつとしてヘリに当たりだけ付けておくのも悪くあるまい」
「気は進まないですけど。大体、夜中にヘリのレンタルなんかありますかね?」

 首を捻りながらノートパソコンをロウテーブルに置いてブートした。霧島と瑞樹は珍しいタイプの機器に興味津々といった感で身を乗り出す。だが京哉は試してみせる前に霧島の興味を無視するどころか取り上げるような言い方をした。

「忍さん、僕が調べておきますから、貴方は少し昼寝でもしてたらどうですか?」
「ケチ臭いことを言わずにやって見せてくれてもいいだろう」

 勿論京哉は霧島の体調を心配しただけなのだが、ケチと言われて少々ムッとする。

「ゲームなんかじゃない、入力デバイスが珍しいだけの、ただのパソコンですよ。やりたければ瑞樹とやったらどうです?」
「何故そこで……ふん。デバイスもふたつ同時入力可能か。瑞樹、私たちでやろう」

 売り言葉に買い言葉でその気になった霧島は片耳用ヘッドセット型入力装置に手を伸ばす。ひとつを瑞樹に差し出した。けれど瑞樹は苦笑して首を横に振る。

「僕はやめておくよ。情けないけれど、この手のものを上手く扱えた試しのないオールドタイマーなんだ。二人して笑われるのも哀しいからね」

 デバイスを返された京哉は、瑞樹に余計な気遣いをさせる一言を放ったことをすぐさま反省した。片や大きな図体で男の子に還った霧島はデバイスを左耳に装着すると、京哉とついさっきやらかしたやり取りも忘れたように京哉に肩を寄せ、ディスプレイを覗き込んで右目のセンサ位置を調節する。

 自然と微笑まされながら京哉もデバイスを耳に引っ掛けた。

「じゃあ接続しますよ。まずは画面上でダブルクリックするだけでいいですから」
「よし……おっ、ポインタが表示されたぞ。何だか超能力者の気分だな」
「遊びじゃないですよ。ほら、早くクリックしないと僕が先行しちゃいますからね」

 初期画面はこのノートルダムホテルのインフォメーションで、京哉はネットに繋いでしまうと傍で慣れぬ入力に四苦八苦している霧島に暫く練習がてら検索させる。

「個人用レンタルヘリ……四件ヒットだな。上から順に――」
「せめてタブリズ市内に絞ったらどうです?」
「分かっている……ふあーあ」

 ディスプレイに顔を突っ込みそうになりつつ、大欠伸した霧島を京哉は呆れて見た。

「なあに、もう飽きちゃったんですか?」
「まだ飽きてなどいない。だめだな、何処も営業時間外だ」
「まあ、そんなところでしょうね……あ、ふ」

 急に思考に霞が掛かり京哉まで噛み殺しきれずに欠伸する。隣から非難の視線を感じて耐えようとするも眩暈がするほどの眠気に躰が傾いだ。素早く霧島が支える。

「おい、どうした?」
「ん……何でも……ない」
「何でもないという顔ではないぞ。眠いなら……うっ」

 今度は支える霧島が上体を揺らがせた。京哉は何度も生欠伸を飲み込んで深呼吸する。非常な努力で目を開けて霧島を見つめた。霧島も眠気に抗い、切れ長の目を眇めている。

「正直に、忍さんも眠いですか?」
「ああ、やられたかも知れん。相当な量の睡眠薬……食事か?」

 必死で見開いた目に瑞樹の心配げな表情が歪んで映る。京哉は唇を噛み締め、強烈な眠気と戦った。だが意志に反して躰を霧島の腕に預けてしまう。
 一方の霧島も呼吸すら忘れそうな眠気に抗いながら、京哉を支えた腕だけには力を込め続けていた。絶対に離すまいと細い腕を思い切り掴む。

「……瑞樹……瑞樹、すまん――」

 それが声になったかどうかも分からないまま、右肩に凭れて目を閉じた京哉のあとを追うように霧島は意識を暗闇へと沈ませていった。
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