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第38話
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「ここにきて本気で仕掛けてくるかも知れんな」
「でもまあ、空港はコンピュータウイルスを仕込まれただけかも知れないですしね」
「何れにせよクラックされたのには違いあるまい」
「けどコンピュータウイルスに僕らは感染しませんし」
「敵を過大評価し過ぎるのも良くないということだな」
冷めかけた紙コップの液体を半分ほど飲んで霧島は小声になる。
「だが瑞樹に警告した方がいいんじゃないか?」
「悟ってなければおかしいですよ、本人も調別員で現役のスパイなんですから」
「なるほど。悟っていないなら余計な緊張をさせない方が、ガードはしやすいか」
「瑞樹から機密メモリを預かりますか?」
「いや、奪われるなら私たちの誰が持っていようが奪われるだろう。それなら瑞樹に持たせておいてやりたいが、どうだ?」
機密メモリを盗られるだけでなく拉致された際のことを霧島は言っているのだ。拷問にかけられても取引材料がなければ、あっさり殺されるだけである。
「忍さんがそう言うなら、僕はそれで構いませんよ」
「すまんな」
「いいですって。さあて、少し空港の様子でも探ってみましょうか」
そう言って京哉は立つとインターフォンでホテル側にパソコンを一台要求した。すぐにチャイムが鳴って出ると係員がノートパソコンを持っている。チップと引き換えに受け取った。抱えてきたパソコンを京哉が何気なくロウテーブルに置く。
だがそのノートパソコンに霧島が目を瞬かせた。見慣れぬものを目にしたのだ。
「おい、何だ、それは?」
「マウスの代わりですよ。珍しいタイプですよね、非接触型入力装置なんて」
ノートパソコン自体は何の変哲もない代物だったが、それにはUSB接続の入力装置がふたつ付属していて、片耳用のヘッドセットのように見えた。
「ヘッドセットを着けると丁度ほら、右目の位置にセンサがくるようになってます」
「目で見てまばたきしてクリックするのか?」
「そういうことです。誤入力も多いから一般にはさほど普及はしなかったんだけど、躰に障害を持ってたりすると、こういうのは便利ですから。寝たきりの方々が使ってるみたいですよ。誤入力したらこのヘッドセットで口頭入力できるらしいですね」
「ホテルで色んな客が使うからなんだろうな」
「かも知れませんね」
「個人用にカスタマイズしなくてもいいんだな?」
「ええ。普通にまばたき、イコール、クリックっていうだけですから」
早く試してみたそうな愛し人に笑いかけ、だが京哉はまだ電源も入れずにノートパソコンを放置する。そのとき瑞樹がバスルームの方から出てきた。長袖のTシャツにカーゴパンツのラフな格好をした瑞樹は備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を出し、ソファに着地して瓶の栓を開けながらリラックスしたように微笑む。
「お先。ゆっくりしちゃってごめん。お蔭で凍ってたのが融け出したよ」
「じゃあ、忍さんも入ってあったまってきて下さい」
「京哉、お前が先で……分かった、先に入ってくる」
霧島に続いて京哉もシャワーを浴び終えたが、空港からの連絡はなかった。
ヒマ潰しに点けたTVでは機能不全に陥り闇に包まれた空港施設を女性リポーターが恐る恐る潜入リポートしていた。まるでお化け屋敷のような扱いだ。
「うーん、復旧の目処は立たずですか」
「システムダウンも原因不明と。コンピュータプログラムから組むなんて大変だね」
「でもあれだけ寒ければアイスクリームも溶けないからいいだろう?」
「そうはいきませんよ、冷凍庫って普通はマイナス十八度以下ですから」
「相変わらず妙な知識を溜め込んでいるな。ならばアイスは雪に埋めればいい」
「アイスにこだわりますね。忍さん、お腹空いたんですか?」
三人が同時に腕時計を見た。二十二時四十八分だった。
「この時間だもんね、霧島さんじゃなくてもお腹が空くよ」
「じゃあルームサーヴィスでも取りましょうか」
備え付けのメニュー表と三人はにらめっこしてからインターフォンで注文した。料金はチェックアウトのときにルーム料金と一緒に支払うシステムである。
手洗いに瑞樹が立った隙に二人は目配せし合った。
「やはり気付いているらしいな」
「僕らがずっと銃吊ってても何も訊かないし食事に出るとも言わなかったですから」
少しでも狙われるリスクを減らすためには余計な行動を慎むべきだった。
「それよりも貴方、冷たいものが欲しいくらい熱、上がってるんじゃないですか?」
「アイスのことか? 別にあれは……」
「ちょっと何で避けるんですか!」
「いいからそう触るな!」
戻ってきた瑞樹の前で京哉は霧島から剥がれた。瑞樹は『お邪魔だったかな?』などと陳腐なことは言わなかったが、色の薄い瞳は霧島を眩しそうに見つめた。
少々居心地の悪さを三人が感じているうちに、ほどなくチャイムが鳴ってルームサーヴィスが届く。今度は瑞樹が立ってドアの外までトレイの載ったワゴンを取りに行った。トレイをロウテーブルに並べるとすぐに夕食に取り掛かった。
クリームシチューをスプーンですくいながら瑞樹は溜息と共に呟く。
「寒いときはこういうのが美味しいね」
こちらはビーフシチューを口に運んで霧島が暢気な発言に乗っかった。
「三人いるんだ、鍋物でも良かったかも知れんな」
「アフリカにきて鍋なんてメニューはなかったと思いますけどね」
京哉はボルシチを口に運ぶ。霧島という手本が常に傍にいるために所作は優雅だ。
「でもまあ、空港はコンピュータウイルスを仕込まれただけかも知れないですしね」
「何れにせよクラックされたのには違いあるまい」
「けどコンピュータウイルスに僕らは感染しませんし」
「敵を過大評価し過ぎるのも良くないということだな」
冷めかけた紙コップの液体を半分ほど飲んで霧島は小声になる。
「だが瑞樹に警告した方がいいんじゃないか?」
「悟ってなければおかしいですよ、本人も調別員で現役のスパイなんですから」
「なるほど。悟っていないなら余計な緊張をさせない方が、ガードはしやすいか」
「瑞樹から機密メモリを預かりますか?」
「いや、奪われるなら私たちの誰が持っていようが奪われるだろう。それなら瑞樹に持たせておいてやりたいが、どうだ?」
機密メモリを盗られるだけでなく拉致された際のことを霧島は言っているのだ。拷問にかけられても取引材料がなければ、あっさり殺されるだけである。
「忍さんがそう言うなら、僕はそれで構いませんよ」
「すまんな」
「いいですって。さあて、少し空港の様子でも探ってみましょうか」
そう言って京哉は立つとインターフォンでホテル側にパソコンを一台要求した。すぐにチャイムが鳴って出ると係員がノートパソコンを持っている。チップと引き換えに受け取った。抱えてきたパソコンを京哉が何気なくロウテーブルに置く。
だがそのノートパソコンに霧島が目を瞬かせた。見慣れぬものを目にしたのだ。
「おい、何だ、それは?」
「マウスの代わりですよ。珍しいタイプですよね、非接触型入力装置なんて」
ノートパソコン自体は何の変哲もない代物だったが、それにはUSB接続の入力装置がふたつ付属していて、片耳用のヘッドセットのように見えた。
「ヘッドセットを着けると丁度ほら、右目の位置にセンサがくるようになってます」
「目で見てまばたきしてクリックするのか?」
「そういうことです。誤入力も多いから一般にはさほど普及はしなかったんだけど、躰に障害を持ってたりすると、こういうのは便利ですから。寝たきりの方々が使ってるみたいですよ。誤入力したらこのヘッドセットで口頭入力できるらしいですね」
「ホテルで色んな客が使うからなんだろうな」
「かも知れませんね」
「個人用にカスタマイズしなくてもいいんだな?」
「ええ。普通にまばたき、イコール、クリックっていうだけですから」
早く試してみたそうな愛し人に笑いかけ、だが京哉はまだ電源も入れずにノートパソコンを放置する。そのとき瑞樹がバスルームの方から出てきた。長袖のTシャツにカーゴパンツのラフな格好をした瑞樹は備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を出し、ソファに着地して瓶の栓を開けながらリラックスしたように微笑む。
「お先。ゆっくりしちゃってごめん。お蔭で凍ってたのが融け出したよ」
「じゃあ、忍さんも入ってあったまってきて下さい」
「京哉、お前が先で……分かった、先に入ってくる」
霧島に続いて京哉もシャワーを浴び終えたが、空港からの連絡はなかった。
ヒマ潰しに点けたTVでは機能不全に陥り闇に包まれた空港施設を女性リポーターが恐る恐る潜入リポートしていた。まるでお化け屋敷のような扱いだ。
「うーん、復旧の目処は立たずですか」
「システムダウンも原因不明と。コンピュータプログラムから組むなんて大変だね」
「でもあれだけ寒ければアイスクリームも溶けないからいいだろう?」
「そうはいきませんよ、冷凍庫って普通はマイナス十八度以下ですから」
「相変わらず妙な知識を溜め込んでいるな。ならばアイスは雪に埋めればいい」
「アイスにこだわりますね。忍さん、お腹空いたんですか?」
三人が同時に腕時計を見た。二十二時四十八分だった。
「この時間だもんね、霧島さんじゃなくてもお腹が空くよ」
「じゃあルームサーヴィスでも取りましょうか」
備え付けのメニュー表と三人はにらめっこしてからインターフォンで注文した。料金はチェックアウトのときにルーム料金と一緒に支払うシステムである。
手洗いに瑞樹が立った隙に二人は目配せし合った。
「やはり気付いているらしいな」
「僕らがずっと銃吊ってても何も訊かないし食事に出るとも言わなかったですから」
少しでも狙われるリスクを減らすためには余計な行動を慎むべきだった。
「それよりも貴方、冷たいものが欲しいくらい熱、上がってるんじゃないですか?」
「アイスのことか? 別にあれは……」
「ちょっと何で避けるんですか!」
「いいからそう触るな!」
戻ってきた瑞樹の前で京哉は霧島から剥がれた。瑞樹は『お邪魔だったかな?』などと陳腐なことは言わなかったが、色の薄い瞳は霧島を眩しそうに見つめた。
少々居心地の悪さを三人が感じているうちに、ほどなくチャイムが鳴ってルームサーヴィスが届く。今度は瑞樹が立ってドアの外までトレイの載ったワゴンを取りに行った。トレイをロウテーブルに並べるとすぐに夕食に取り掛かった。
クリームシチューをスプーンですくいながら瑞樹は溜息と共に呟く。
「寒いときはこういうのが美味しいね」
こちらはビーフシチューを口に運んで霧島が暢気な発言に乗っかった。
「三人いるんだ、鍋物でも良かったかも知れんな」
「アフリカにきて鍋なんてメニューはなかったと思いますけどね」
京哉はボルシチを口に運ぶ。霧島という手本が常に傍にいるために所作は優雅だ。
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