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第46話
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当然ながら部屋に瑞樹の姿はなかった。
残っていたのは京哉のショルダーバッグと飲みかけのコーヒーの紙コップ、煙草の吸い殻だけだった。立ち上がった霧島が躰をふらつかせた。
左腕はアームホルダーで吊ったまま、バランスを崩して床に片膝をつく。慌てて京哉が手を貸し、再びソファに座らせた。
「さっきの後遺症ですよ。僕が見てくるから座って待ってて下さい」
結果として室内の何処にも瑞樹はいなかった。瑞樹のショルダーバッグもない。
「捜しに行くぞ」
「行くって何処にですか?」
応えず立ち上がり出て行こうとする霧島はぎこちない足取りだ。京哉は自分のショルダーバッグを担ぐと霧島の傍に寄り添って部屋を出た。霧島が焦る気持ちも分かった、捜せばまだ間に合うかも知れないのだ。
現在時、零時五十五分。電脳世界では朝方かと思わされていたが、あれからまだ一時間半ほどしか経っていない計算だった。故に霧島は却って焦っているのだ。
「空港再開のメールは入ってないですけど、捜すとすれば外せませんね」
「そうだな」
苛立ちすぎて寡黙になった霧島とエレベーターに乗り、京哉は電脳世界でチェンジしたマガジンをベルトパウチから抜いてみる。発射した十二発が減っていなくて不思議な感じだった。あれだけの経験が一時間足らずのこととは、まだ信じがたかった。銃をしまう。
一階に降りてフロントでチェックアウトをした。中途半端な時間に休憩だけで出て行こうとする客にもフロントマンはプロの顔を崩さない。そのスマイルを崩さぬ夜勤のホテルマンに霧島が訊いてみる。
「連れの男のことなんだが、ここから出て行ったのを見なかったか?」
「少し髪の長い男性ですね。お連れの方がお迎えにこられましたが」
「連れがどんな奴だったか覚えているか?」
慣れた霧島の口調に警察臭でも感じたか、フロントマンは笑顔を忘れて答えた。
「金髪で体格のいい……アンバーの瞳で、白いセーターに黒のコートをお召しになっていらっしゃいました。お名前はラングレー様だと仰って」
「いつここを出て行った?」
「つい一時間ほど前だったかと」
「協力に感謝する」
外に出てアーケードを少し歩くとタクシーを捕まえる。乗り込むと霧島が英語でドライバーに指示を出した。目的地は空港だ。タクシーは発車した。
目抜き通りに出ると霧島は背後を振り返った。つられて京哉もリアウィンドウから雪の降りしきる外を透かし見る。通りの向こうに尖塔のシルエットがあった。
自分たちは先程まで確かにあの中にいた。これも不思議な感覚だった。
市街地を走り抜け、二十分もせずに空港施設が見えてくる。
外部からの送電で明かりの幾つかを灯した空港は、遠目には薄明かりが余計に頼りなく、その機能の瀕死度合いを表しているようでもあった。
やがてタクシーはロータリーに滑り込んで停止した。
空港ターミナルビルの内部は京哉が思ったよりも寒くはなかった。大質量の建物そのものが蓄熱していたのか、気温はまだ二桁を維持しているようだ。
僅かに外部から電力供給されているのは一階と二階のロビーフロアだけで、上階の休憩室やショッピングモールに空港ホテルは全滅らしい。新たな客も一切受け入れてはいないことを天井から下がったインフォメーションのデジタル表示で知る。
「カフェテリアも閉店、ロビー以外は立ち入りも禁止ですって」
「ウィザードはまだ力を残しているのか?」
「仕掛けたのはウィザードでしょうけど、書き換えてシステムプログラムをクラックする人は、もういないんじゃないでしょうか。復旧は時間の問題だと思いますよ」
「そうか。では、すまんが付き合ってくれ」
「すまなくはないですよ、僕らの任務は瑞樹のガードなんですから」
分かれて捜した方が効率的だと思ったが霧島の不調を考えた京哉は敢えて口にしなかった。それに敵は国家を背負った催眠術師とウィザードだ。舐めてはかかれない。
一階を隅から隅まで捜した。喫煙ルームや医務室まで覗き、空港側が配布した毛布を被るソファの人々まで一人一人チェックしたが、瑞樹の姿は見当たらない。
二階へと階段で上がる時は京哉がさりげなく寄り添って霧島に肩を貸した。霧島の躰は熱を帯びていて相変わらずのポーカーフェイスだが何処か痛むのか息が荒い。
なるべくゆっくり上らせ辿り着いたロビーフロアは、一階より多くの人々が毛布を被り空港の再開を待っていた。嫌がられるのを承知でまた利用客の顔を確かめてゆく。
まもなく結果は出た。ここに求める人物はいない。
「忍さん、一休みしましょうよ」
だが霧島は黙って二度、三度と同じコースを巡り、一人一人チェックし続けた。やがて浅い眠りを邪魔された客と悶着を起こすに至って、京哉は半ば強引に喫煙ルームへと引っ張ってゆく。一ヶ所だけ蛍光灯の灯ったそこで腕時計を見ると既に四時過ぎだった。
霧島は深い溜息をつき京哉と一緒に煙草を咥える。京哉がオイルライターで火を点けた。
ここは最低レヴェルながらエアコンが利いていて暖かかった。それも他と比べればの話だが自販機も活きていて京哉はいそいそとホットレモンティーを手に入れる。
温かい紅茶に口をつけながら京哉は訊いた。
「で、張り込みするんですか?」
「それしかないな。それこそレンタルヘリでよその空港に飛ばれたらアウトだが」
「悲観的になってもいいことはないですから、糖分でも摂ってから考えましょうよ」
一旦煙草を消した霧島に紅茶の缶を渡してやる。半分ほどを一気飲みした霧島はロビーフロアの方を注視して僅かに表情を動かした。京哉も振り向く。
そこには意外な人物が佇んでいた。二人を認めて喫煙ルームに入ってくる。
「サムソン、どうしてここに?」
残っていたのは京哉のショルダーバッグと飲みかけのコーヒーの紙コップ、煙草の吸い殻だけだった。立ち上がった霧島が躰をふらつかせた。
左腕はアームホルダーで吊ったまま、バランスを崩して床に片膝をつく。慌てて京哉が手を貸し、再びソファに座らせた。
「さっきの後遺症ですよ。僕が見てくるから座って待ってて下さい」
結果として室内の何処にも瑞樹はいなかった。瑞樹のショルダーバッグもない。
「捜しに行くぞ」
「行くって何処にですか?」
応えず立ち上がり出て行こうとする霧島はぎこちない足取りだ。京哉は自分のショルダーバッグを担ぐと霧島の傍に寄り添って部屋を出た。霧島が焦る気持ちも分かった、捜せばまだ間に合うかも知れないのだ。
現在時、零時五十五分。電脳世界では朝方かと思わされていたが、あれからまだ一時間半ほどしか経っていない計算だった。故に霧島は却って焦っているのだ。
「空港再開のメールは入ってないですけど、捜すとすれば外せませんね」
「そうだな」
苛立ちすぎて寡黙になった霧島とエレベーターに乗り、京哉は電脳世界でチェンジしたマガジンをベルトパウチから抜いてみる。発射した十二発が減っていなくて不思議な感じだった。あれだけの経験が一時間足らずのこととは、まだ信じがたかった。銃をしまう。
一階に降りてフロントでチェックアウトをした。中途半端な時間に休憩だけで出て行こうとする客にもフロントマンはプロの顔を崩さない。そのスマイルを崩さぬ夜勤のホテルマンに霧島が訊いてみる。
「連れの男のことなんだが、ここから出て行ったのを見なかったか?」
「少し髪の長い男性ですね。お連れの方がお迎えにこられましたが」
「連れがどんな奴だったか覚えているか?」
慣れた霧島の口調に警察臭でも感じたか、フロントマンは笑顔を忘れて答えた。
「金髪で体格のいい……アンバーの瞳で、白いセーターに黒のコートをお召しになっていらっしゃいました。お名前はラングレー様だと仰って」
「いつここを出て行った?」
「つい一時間ほど前だったかと」
「協力に感謝する」
外に出てアーケードを少し歩くとタクシーを捕まえる。乗り込むと霧島が英語でドライバーに指示を出した。目的地は空港だ。タクシーは発車した。
目抜き通りに出ると霧島は背後を振り返った。つられて京哉もリアウィンドウから雪の降りしきる外を透かし見る。通りの向こうに尖塔のシルエットがあった。
自分たちは先程まで確かにあの中にいた。これも不思議な感覚だった。
市街地を走り抜け、二十分もせずに空港施設が見えてくる。
外部からの送電で明かりの幾つかを灯した空港は、遠目には薄明かりが余計に頼りなく、その機能の瀕死度合いを表しているようでもあった。
やがてタクシーはロータリーに滑り込んで停止した。
空港ターミナルビルの内部は京哉が思ったよりも寒くはなかった。大質量の建物そのものが蓄熱していたのか、気温はまだ二桁を維持しているようだ。
僅かに外部から電力供給されているのは一階と二階のロビーフロアだけで、上階の休憩室やショッピングモールに空港ホテルは全滅らしい。新たな客も一切受け入れてはいないことを天井から下がったインフォメーションのデジタル表示で知る。
「カフェテリアも閉店、ロビー以外は立ち入りも禁止ですって」
「ウィザードはまだ力を残しているのか?」
「仕掛けたのはウィザードでしょうけど、書き換えてシステムプログラムをクラックする人は、もういないんじゃないでしょうか。復旧は時間の問題だと思いますよ」
「そうか。では、すまんが付き合ってくれ」
「すまなくはないですよ、僕らの任務は瑞樹のガードなんですから」
分かれて捜した方が効率的だと思ったが霧島の不調を考えた京哉は敢えて口にしなかった。それに敵は国家を背負った催眠術師とウィザードだ。舐めてはかかれない。
一階を隅から隅まで捜した。喫煙ルームや医務室まで覗き、空港側が配布した毛布を被るソファの人々まで一人一人チェックしたが、瑞樹の姿は見当たらない。
二階へと階段で上がる時は京哉がさりげなく寄り添って霧島に肩を貸した。霧島の躰は熱を帯びていて相変わらずのポーカーフェイスだが何処か痛むのか息が荒い。
なるべくゆっくり上らせ辿り着いたロビーフロアは、一階より多くの人々が毛布を被り空港の再開を待っていた。嫌がられるのを承知でまた利用客の顔を確かめてゆく。
まもなく結果は出た。ここに求める人物はいない。
「忍さん、一休みしましょうよ」
だが霧島は黙って二度、三度と同じコースを巡り、一人一人チェックし続けた。やがて浅い眠りを邪魔された客と悶着を起こすに至って、京哉は半ば強引に喫煙ルームへと引っ張ってゆく。一ヶ所だけ蛍光灯の灯ったそこで腕時計を見ると既に四時過ぎだった。
霧島は深い溜息をつき京哉と一緒に煙草を咥える。京哉がオイルライターで火を点けた。
ここは最低レヴェルながらエアコンが利いていて暖かかった。それも他と比べればの話だが自販機も活きていて京哉はいそいそとホットレモンティーを手に入れる。
温かい紅茶に口をつけながら京哉は訊いた。
「で、張り込みするんですか?」
「それしかないな。それこそレンタルヘリでよその空港に飛ばれたらアウトだが」
「悲観的になってもいいことはないですから、糖分でも摂ってから考えましょうよ」
一旦煙草を消した霧島に紅茶の缶を渡してやる。半分ほどを一気飲みした霧島はロビーフロアの方を注視して僅かに表情を動かした。京哉も振り向く。
そこには意外な人物が佇んでいた。二人を認めて喫煙ルームに入ってくる。
「サムソン、どうしてここに?」
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