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第17話・ここからは「理不尽な命令(怒)」<「相棒が人質(更に倍)」

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 だが今日はワイア格子を挟んだポリカーボネート張りの、どれだけ汚染されていても主が土足厳禁を言い張る三メートル四方の部屋は、ハイファの努力の甲斐あってまだ床が見えていた。

 硬い寝台に並んで腰掛け、シドは掌サイズの灰皿を傍に置き、煙草を咥えて火を点ける。その目前に有料オートドリンカのコーヒーのボトルが差し出された。ハイファがご機嫌取りに買っておいた品である。熱い保温ボトルを受け取ったシドは、半分ほどを一気飲みした。

「さあて、別室任務のお時間ですよ~」
「……チクショウ」

 寝起きで罵倒語が出てこないのもあるが、最初の頃は『俺は軍人でもスパイでもねぇ、刑事だ!』などとゴネたシドも、今はそれほど抵抗しない。どうせハイファを独りで送り出せはしないのだ。だからといって任務を喜ぶ脳天気でもなく、テンションも低く黙り込んでいる。

「じゃあ、いい? 三、二、一、ポチッと」

 嫌々ながらハイファのカウントでシドもリモータ操作し、小さな画面に浮かんだ緑色に光る文字を読み取った。

【中央情報局発:ルフタス星系第六惑星ブラートに於いて、新型ウイルス・コードネーム『F4』を生産しテラ本星を含む他星系に密輸する組織がある模様。①組織の所在確定、②潜入して首謀者を確認、③首謀者を暗殺して今後の『F4』製造密輸の阻止に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

 紫煙を吐きつつシドは気の抜けたような声で言った。 

「へえ、ロニアじゃねぇんだな」
「てっきり僕もここ暫くの流れからいってロニアかと思ってたよ、良かった~っ!」

 マフィア天国であり、現在は彼らが一斉に活動を活発にしているというだけで二人はロニアに抵抗を示しているのではない。かつての別室任務でもロニアで活動した挙げ句、生死問わずデッド・オア・アライヴの賞金首にされて命からがら逃げ回ったり、他にも不愉快な想い出がいっぱいなのである。

「確かにロニアマフィアの武闘派ファミリーに潜入なんてのじゃなくて良かったよな」
「チンピラに混じってカチコミ部隊なんて、お洒落すぎるよね」
「ンなこと、恥ずかしくて誰にも言えねぇよ」

「それに貴方はチンピラ向きじゃないもん。ドンか、ドンの片腕クラスじゃないと」
「どういう意味だよ。んで、お前はルフタスとやらに行ったことはあるのか?」
「ないよ。聞いたこともないし」

「ふうん。目立たねぇ田舎惑星ってことか」
「かも知れないね。資料ファイルがついてるけど、薄っぺらいなあ」

 リモータアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げ、ハイファがファイルを映しだす。

「ルフタス星系第六惑星ブラートはタイタンからワープ三回だって」
「ふうん、結構遠いな。自転周期が二十六時間三分五秒は、そう変わらなくていいかもな」
「上手くすればワープラグは免れるかも」

 ワープラグは他星に行ったときの時差ぼけのことである。

「ルフタス星系は第六惑星ブラートの他に、第七惑星アダがテラフォーミングされて人間が住んでいる、と」
「二十五世紀前に発見・テラフォーミングして入植、そのあと各星系で同時多発的に起こった第二次主権闘争で星系政府が主権を獲得してるよ」
「政治形態は王政だが、民間選出の議会を王が承認する形か」

「王侯貴族は殆どお飾りっていう、よくあるパターンだね」
「星系政府代表は王じゃなくて首相か。んで、そいつはいいが、その組織とやらのヒントはねぇのかよ、惑星一個を二人で一生探し回るなんてごめんだぜ」
「だからこそのイヴェントストライカが――」

 と、切れ長の目でじっと見つめられ、ハイファは慌ててファイルを繰った。

「ほら、ここに別室戦略コンが推定した、最有力関係者と思しき人物が載ってるし」

 シドは男二人のポラを眺める。一人はコーディー=カーライズ、もう一人はエリック=モーリスとあった。ファイルのポラはマグショット、つまり身長が分かるよう背後に目盛りが描かれていて、コーディーが金髪碧眼の長身、エリックが黒髪に緑の瞳をして鍛えられた体つきである。コーディーはシドたちと同じくらいの歳、エリックは三十前後だろうか。

 そして別室戦略コンが八十六パーセントの確率で今回の件の最有力関係者と弾いた二人は、一年半前に軍を辞めた元・中央情報局員で最終階級が一等陸尉とあった。

「ふ……ん。元々が身内、さっさと始末しねぇとメディアの吊し上げを食らうってか」
「そういうことなんだろうね。それも元の所属は中央情報局第六課、対テロ課だよ」

「ふん、なるほどな。こいつらを捜し出してぶち殺してこいってか」
「そういう……ことだよね」

 毎日靴底を減らし、寝る間も惜しんで歩き回っては事件に間に合おう、人の命を救おうとしている刑事のシドに殺人命令だ。それがどんな人物であろうと、抵抗がない筈がない。
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