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第18話・助ける職務と殺す任務

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「ねえ、今回は僕一人で行ってきてもいいよ?」

 過剰なまでにハイファは切れ長の黒い目を真っ直ぐに見て言ったが、シドはそんな若草色の瞳にハイファだけが分かる笑みを投げ返した。

「一生、どんなものでも一緒に見ていくっていう誓いを、お前は俺に破らせるのか? 俺たちはいつでも、どんなときでもバディだろ。お前が行くなら俺も行く。当然だ」
「そっか。本当にごめんね」
「もう謝るな、俺がそうしたいんだからさ。二度とお前に独りでトリガは引かせねぇ、二人で引くんだからな。重すぎる荷物は半分背負ってやるって、何度も言ってるだろ」

 別室入りする前の二年間スナイパーだったハイファは、別室でも数多くスナイプでの暗殺を遂行してきた。それはシドも知っている。知っているどころか、別室任務に於いてシド自身もスナイパーの補助であるスポッタとして、ともにスナイプをこなしてきたのだ。
 ともにこなしてきたからこそ、シドはハイファの背負ったものの重さも知っている。

「うん、ありがと。シド、愛してる」
「ああ、俺もだ――」

 二人はキスを交わす。舌を、唾液を吸い合い、交互に舌先を甘噛みして離れた。

「じゃあ、行くか」

 機捜課に戻って課長に武器庫の解錠を申し出ると、ヴィンティス課長は今朝までと打って変わってブルーアイにチカラを漲らせ頷いた。その様子は既に二人に別室任務が下ったことを承知しているに違いなかった。イヴェントストライカなる部下がいない間に命の洗濯をするというのがこの課長だ。結構な鬼畜である。

 ふとシドが人員の動向を示すデジタルボードを見ると、既に二人の名前の欄には『出張』と入力されていた。期間は未入力だ。

「チクショウ、またヴィンティス課長の野郎は昨日の夜、居酒屋『穂足』で別室長ユアン=ガードナーの野郎と一緒に飲みやがったな!」

 武器庫内で唸りながらも、手元はそれぞれの愛銃を分解している。完全にバラバラにする訳ではなく、フィールドストリッピングという簡易分解だ。ハイファがニトロソルベントで銃口通しをし、ガンオイルでスラッグという金属屑や硝煙を取り除いている間に、シドは電磁石や絶縁体の摩耗具合をマイクロメータで測り、フレシェット弾を満タンに装填ロードした。

 予備弾三百発入りの小箱をポケットに入れる頃にはハイファも愛銃の整備を終えている。ここに九ミリパラはないのでハイファの予備弾は帰ってからだ。

 ストライクしているヒマがないので今回ばかりはシドも信念を枉げてスカイチューブを利用して帰宅する。機捜課を出てエレベーターで三十九階へ上がり、ビル同士を繋ぐスカイチューブのスライドロードに乗っかった。官舎側でリモータチェッカとX‐RAYをクリアしてビルを移ると、更に五十一階へ。

 まずは左右の自室に分かれ、シドが自室に入るとふいの帰宅にタマが驚いて「フーッ!」と唸る。構わず寝室に向かって遠出の準備だ。
 簡単な着替えを出してリビングのソファに置く。煙草のパッケージを多めに重ね、予備弾の小箱も置くと準備は完了、もう慣れたものである。まもなくハイファがショルダーバッグを担いで入ってきて、シドの荷物もバッグに詰め込んだ。

 主夫が冷蔵庫の食材をパウチだのフリーズドライだのに加工している間に、シドはマルチェロ医師にリモータ発振してタマを預かって貰う了解を取る。ハイファからタマの好物である竹輪をひとカケラ貰い、キャリーバッグにタマを誘い込んで隣家に移動させた。

 キィロックコードも貰っている隣家を勝手に開け、キャリーバッグから出てきた三色の毛皮を撫でてやる。既に医師宅にも猫グッズ完備で身柄ガラを移すだけなので楽なものだ。

 ドアを出てロックすると向かいの部屋からカールが出てくるのに出くわした。

「よう、カール。生きてたか。出掛けるのか?」
「ちょっと買い物にね。そういうシドこそタマを預けて、またハイファスと別室任務かい?」

「まあな。マルチェロ先生が猫鍋をやらかさないよう、見張っててくれ」
「了解した。ハイファスと二人、無事に帰ってきてくれ」

 手を振って別れ、自室に戻るとハイファもキッチンでの仕事を終わらせていた。

 全ての準備が整い、二人は玄関で靴を履く。互いにいつもと変わらない格好だがハイファはベルトにパウチを着けて、十七発満タンのスペアマガジンを二本入れていた。銃本体と合わせて五十二発という重装備である。これで足りなければ両手を挙げるか逃げるかした方が得策だが、撃たずに済んだ例しはない。
 担いだショルダーバッグにも予備弾は入っていて見た目よりも重量物になっている。

「行けるか、ハイファ?」
「うん。忘れ物はないよね?」

 そっと互いの腰に腕を回して抱き合うと、出掛ける前の儀式であるソフトキスを交わした。頷き合って玄関を出るとロックし、逆順を辿って七分署機捜課に戻る。
 そしてシドはヒマそうに鼻毛を抜いていたヤマサキにいきなり指を突きつけた。

「おい、ヤマサキ。ヒマなら宙港まで送れよ」
「えーっ、またっスか? いいっスけど」
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