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第46話・命令に従うだけの軍人ではなく
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バルコニーのテーブルに着いてハイファが首を傾げてみせる。
「もうすぐお昼ご飯だけど、どうする?」
「食ってからにしても消化不良は一緒だよな」
「じゃあ、今、見ようよ」
深々と溜息をついたシドはハイファとともにリモータ操作した。本当に嫌々ながら、小さな画面に浮かび上がった緑色に光る文字を読み取る。
【中央情報局発:ルフタス星系第六惑星ブラートに於いてジュリアン=ベジャール公爵及びエドガー=ラーナン、エリック=モーリスとコーディー=カーライズの暗殺に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「はあーっ、予想はしてたんだけどね」
「だからって何なんだよ、トカゲの尻尾切りじゃねぇか!」
「トカゲの尻尾切りでも、テラ連邦議会はそれでいいんだよ。F4に関する情報漏洩の事実が隠せて、その生産と他星系流入さえ止まればいいんだから」
「だからってお前は納得できるのか? それで本当に殺れるのか?」
低く唸ったシドにハイファは少し困った顔をして目を逸らす。
「僕は色んな人をスナイプしてきたよ。すごい悪人も、民衆の希望を背負った指導者もね」
「ハイファ、お前……」
「すっごい悪人だって帰ってくるのを待つ家族がいたりして、そんな幸せや、期待や、笑顔や、温かく子供の頭を撫でる手を僕は撃ち砕いてきた。恥じてないのも本当……けど、重いよ」
「……ハイファ、もういい」
「二度と彼女は彼の優しいキスを受けることはない。あの子は父親の力強い腕を知らずに成長するんだ。泥にまみれて縋るように立ち上がった彼らはカリスマ的指導者を失って、一生をまた泥の中で過ごす……彼らの一生は一発の銃弾で僕が黒く塗り潰したんだよ」
「ハイファ……すまん」
「でも僕は卑怯にも貴方の腕の中に逃げた……ありがとう、シド」
「……ハイファ」
目を逸らした若草色の瞳は潤み、ふちを赤くしていた。だがハイファは雫を零さない。どころか自ら溜めた涙に気付いていないように、ふいに切れ長の黒い目を真っ直ぐに見つめる。
そして気負うでもなく、まるで歌うように言い切った。
「だから、僕は殺せるよ。貴方にはさせない」
あでやかなまでに微笑んでハイファは立ち上がる。その動きでソフトスーツに染み込んだバラの匂いがふわりと香った。嗅覚が麻痺したようでシド自身からは匂わない。
「さてと、昼食の時間だね。食堂に行こうよ」
「ハイファ、俺は……少し考えさせてくれ」
「シド……貴方がご飯を迷うなんて」
「そっちじゃねぇよ! テメェは俺を何だと……くそう、腹が立ったら腹が減った。行くぞ」
◇◇◇◇
盛り沢山のランチを片端から胃袋に収め、また公爵の雑談&十九時のティータイムに付き合ったシドは、ハイファとともに優雅に午睡をしたのち、二十三時のディナーでも旺盛な食欲を発揮した。食うだけ食ってリフレッシャを浴び、あとは寝るばかりという時間になって、いつもの刑事ルックに着替え執銃する。
ハイファも準備万端で何をするのかといえば、また城の探検に出掛けようというのである。
「地下二階に何があるのかな?」
「さあな。でも公爵が戦ってる『時間』とやらがこの城の何処かにある筈だ」
「それを見てから貴方は判断する?」
「そいつは分からん。判断材料になるかどうか……とにかく見るものを見てからだ」
部屋を忍び出てエレベーターではなく、階段で密やかに地下一階まで降りた。
廊下には何処までも小ぶりのシャンデリアが下がり、光を投げているので足許には困らないが、石に囲まれていると、巨大重量に圧倒されて息苦しくなってくるようだ。
二人は地上階に比べて細い廊下を隅々まで歩いてみる。時折、物騒な番人が何をするでもなく行ったり来たりしていて、彼らの隙を突いての探検は小一時間を要した。
「結論としては、ここから下に降りる階段がないってことだね」
「エレベーターのみってか。後付けで階段は潰したのかも知れねぇな」
「どうする? エレベーターだと出た途端に誰かと鉢合わせするかも」
「仕方ねぇだろ、エレベーターだ」
また密やかに移動して一旦一階に上がる。何基かあるエレベーターの中でも医務室の近くにあった一番小さなものを使ってアタックすることにしたのだ。
小さければ物騒な番人にも鉢合わせしないなどというという保障はないが、まだこの城でやるべきことが残っている以上、今、誰かを害してしまうのは得策ではない。
ともあれ二人はエレベーターに乗り込んだ。地下一階で停止した箱の中で、ハイファがリモータチェッカのパネルに、別室カスタムメイドリモータから引き出したリードを繋ぐ。
「このくらいならクラックするのも簡単、簡単」
コマンドを何度か打ち込み、たった十秒ほどでリモータチェッカはグリーンランプを灯す。エレベーターはガクンと振動して下降し始めた。
開く前には左右に分かれて壁に張り付いたが、銃弾が飛んでくるでもなく、人の気配も感じられない。シドは物騒な番人もここには入れないのではないかと思う。
箱から出ると、まるで人の気配がない廊下を歩いた。
「石造りだからかな、少し寒いね」
「ああ。でも何もねぇな。部屋もねぇぞ、どうなってるんだ?」
「こういうお城の地下って霊廟室とかになってて、代々の主と家族の亡骸が納められてたりするんじゃないのかな?」
「気色の悪いこと、言うなよな」
「死体くらいで怖がるような神経してないクセに、何言ってんのサ」
「別室員のナイロンザイル並みの神経と一緒にするな、俺は繊細な乙女の産毛のような――」
何かの機械の低い唸りを感じて、二人は馬鹿話をやめる。ここにも灯っている小ぶりのシャンデリアの下、石造りにそぐわないオートドアがひとつ佇んでいた。
「もうすぐお昼ご飯だけど、どうする?」
「食ってからにしても消化不良は一緒だよな」
「じゃあ、今、見ようよ」
深々と溜息をついたシドはハイファとともにリモータ操作した。本当に嫌々ながら、小さな画面に浮かび上がった緑色に光る文字を読み取る。
【中央情報局発:ルフタス星系第六惑星ブラートに於いてジュリアン=ベジャール公爵及びエドガー=ラーナン、エリック=モーリスとコーディー=カーライズの暗殺に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「はあーっ、予想はしてたんだけどね」
「だからって何なんだよ、トカゲの尻尾切りじゃねぇか!」
「トカゲの尻尾切りでも、テラ連邦議会はそれでいいんだよ。F4に関する情報漏洩の事実が隠せて、その生産と他星系流入さえ止まればいいんだから」
「だからってお前は納得できるのか? それで本当に殺れるのか?」
低く唸ったシドにハイファは少し困った顔をして目を逸らす。
「僕は色んな人をスナイプしてきたよ。すごい悪人も、民衆の希望を背負った指導者もね」
「ハイファ、お前……」
「すっごい悪人だって帰ってくるのを待つ家族がいたりして、そんな幸せや、期待や、笑顔や、温かく子供の頭を撫でる手を僕は撃ち砕いてきた。恥じてないのも本当……けど、重いよ」
「……ハイファ、もういい」
「二度と彼女は彼の優しいキスを受けることはない。あの子は父親の力強い腕を知らずに成長するんだ。泥にまみれて縋るように立ち上がった彼らはカリスマ的指導者を失って、一生をまた泥の中で過ごす……彼らの一生は一発の銃弾で僕が黒く塗り潰したんだよ」
「ハイファ……すまん」
「でも僕は卑怯にも貴方の腕の中に逃げた……ありがとう、シド」
「……ハイファ」
目を逸らした若草色の瞳は潤み、ふちを赤くしていた。だがハイファは雫を零さない。どころか自ら溜めた涙に気付いていないように、ふいに切れ長の黒い目を真っ直ぐに見つめる。
そして気負うでもなく、まるで歌うように言い切った。
「だから、僕は殺せるよ。貴方にはさせない」
あでやかなまでに微笑んでハイファは立ち上がる。その動きでソフトスーツに染み込んだバラの匂いがふわりと香った。嗅覚が麻痺したようでシド自身からは匂わない。
「さてと、昼食の時間だね。食堂に行こうよ」
「ハイファ、俺は……少し考えさせてくれ」
「シド……貴方がご飯を迷うなんて」
「そっちじゃねぇよ! テメェは俺を何だと……くそう、腹が立ったら腹が減った。行くぞ」
◇◇◇◇
盛り沢山のランチを片端から胃袋に収め、また公爵の雑談&十九時のティータイムに付き合ったシドは、ハイファとともに優雅に午睡をしたのち、二十三時のディナーでも旺盛な食欲を発揮した。食うだけ食ってリフレッシャを浴び、あとは寝るばかりという時間になって、いつもの刑事ルックに着替え執銃する。
ハイファも準備万端で何をするのかといえば、また城の探検に出掛けようというのである。
「地下二階に何があるのかな?」
「さあな。でも公爵が戦ってる『時間』とやらがこの城の何処かにある筈だ」
「それを見てから貴方は判断する?」
「そいつは分からん。判断材料になるかどうか……とにかく見るものを見てからだ」
部屋を忍び出てエレベーターではなく、階段で密やかに地下一階まで降りた。
廊下には何処までも小ぶりのシャンデリアが下がり、光を投げているので足許には困らないが、石に囲まれていると、巨大重量に圧倒されて息苦しくなってくるようだ。
二人は地上階に比べて細い廊下を隅々まで歩いてみる。時折、物騒な番人が何をするでもなく行ったり来たりしていて、彼らの隙を突いての探検は小一時間を要した。
「結論としては、ここから下に降りる階段がないってことだね」
「エレベーターのみってか。後付けで階段は潰したのかも知れねぇな」
「どうする? エレベーターだと出た途端に誰かと鉢合わせするかも」
「仕方ねぇだろ、エレベーターだ」
また密やかに移動して一旦一階に上がる。何基かあるエレベーターの中でも医務室の近くにあった一番小さなものを使ってアタックすることにしたのだ。
小さければ物騒な番人にも鉢合わせしないなどというという保障はないが、まだこの城でやるべきことが残っている以上、今、誰かを害してしまうのは得策ではない。
ともあれ二人はエレベーターに乗り込んだ。地下一階で停止した箱の中で、ハイファがリモータチェッカのパネルに、別室カスタムメイドリモータから引き出したリードを繋ぐ。
「このくらいならクラックするのも簡単、簡単」
コマンドを何度か打ち込み、たった十秒ほどでリモータチェッカはグリーンランプを灯す。エレベーターはガクンと振動して下降し始めた。
開く前には左右に分かれて壁に張り付いたが、銃弾が飛んでくるでもなく、人の気配も感じられない。シドは物騒な番人もここには入れないのではないかと思う。
箱から出ると、まるで人の気配がない廊下を歩いた。
「石造りだからかな、少し寒いね」
「ああ。でも何もねぇな。部屋もねぇぞ、どうなってるんだ?」
「こういうお城の地下って霊廟室とかになってて、代々の主と家族の亡骸が納められてたりするんじゃないのかな?」
「気色の悪いこと、言うなよな」
「死体くらいで怖がるような神経してないクセに、何言ってんのサ」
「別室員のナイロンザイル並みの神経と一緒にするな、俺は繊細な乙女の産毛のような――」
何かの機械の低い唸りを感じて、二人は馬鹿話をやめる。ここにも灯っている小ぶりのシャンデリアの下、石造りにそぐわないオートドアがひとつ佇んでいた。
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