『沈黙』はダミーカート[模擬弾]~楽園31~

志賀雅基

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第45話・バラの香りと血と硝煙

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「沈む船からネズミは逃げる……この沈みかけたベジャール公爵家に暮らす者として、嗅覚が君たちを只者じゃないと教えているんだよ。全て話してみる気はないかな?」

 そう言った公爵はテーブルに置かれたシガレットケースから細身の葉巻を取り出し、シガーカッターで吸い口を切り取ってライターで火を点けた。それでシドも倣って煙草を咥えるとオイルライターで火を点ける。二種の香りの紫煙が暖かな風に巻かれて拡散してゆく。

「俺たちはテラ本星からきた。テラ連邦議会の意を受けて動いている――」

 ハイファは微妙な顔をしていたが、構わずシドは何もかもを包み隠さず語った。

「なるほど、別室というのがあるのか」
「そこで訊く。何故あんたは軍事教練学校なんか造ったんだ?」
「造ったのは私だが、財務省は与党幹事長ジョアンナ=ルーサーだよ」
「与党幹事長……何でそいつがクレジットを出したんだ?」
「この星系から王侯貴族を一掃するためだ――」

 政治形態は王政を名乗ってはいるが、今では民間選出の議員を王が認めるだけという形ばかりになったこのルフタス星系で、王侯貴族という存在は単なるカネ食い虫だというのが政治家たちの間で通説となって久しいのだという。だが一般人の中にはまだまだ王を慕う者も多く、王侯貴族を斬って捨てる訳にも行かないのが実情だった。

 そこで一計を案じたのが政府与党の幹部たちで、まずは生活を支えてなお余りあるほどのクレジットを王侯貴族に流し、そのカネで世間に公表できない黒い仕事をさせることから始めたのだ。そうして最終的には黒い裏稼業ごと王侯貴族の悪辣ぶりを公表し、一気に王政廃止へと持っていく……それが政治家たちの狙いだという。

「違法麻薬や武器の密売に手を染めるよう仕向けられてしまった貴族もいるよ」
「軍から盗み出したデータでF4を生産し密輸したり、ですか?」

 公爵はハイファの静かな問いにゆっくりと頷いた。

「まあ、その通りだね。エドガーにF4を作らせ密輸しているのも、軍事教練学校も、全てはジョアンナ=ルーサーから示唆されて始めたことだよ」
「何であんたはそこまで見切っていて、こんなバカなことを始めたんだよ?」

 噛みつくようなシドの問いにも公爵は微笑みさえ浮かべて答える。

「そうだね、復讐かな」
「それはロレーナ王女を追い詰めて殺したも同然の、兄王に対するってことですか?」
「端的に云えばね。でもジョアンナ=ルーサーの流すクレジットが欲しかったのも確かだ」
「そこまで困窮しているようには見えませんけれど?」
「私にも私なりの目的があるんだよ」

「その目的とやらのために物騒な私兵を飼ってるのか?」

 頷いた公爵は燻らせていた葉巻を消すとバラ園を見下ろした。

「ここで雇っている私兵だけじゃない、声を掛ければローダ島の兵士らも一斉に動くよ。最悪の場合には彼らをジョアンナ=ルーサーにぶつける覚悟だ。そのために足の付かない傭兵並みの彼らを集めたんだよ」
「彼らを政府高官にぶつける……テロによる暗殺ですか?」
「あれから一年半、いつ政府与党が決断を下すか分からない。私も時間と戦っているんだよ」

 答えるでもなくそう言った公爵は暫し黙り、今度はいきなり朗らかに口を開く。

「せっかく君たちのような客がきているというのに顔も見せないとは、ロレーナにも困ったものだ。人見知りするにも程があるんだが、許してやってくれたまえ――」

 唐突に『あちら側』に行ってしまった公爵の相手を小一時間も務め、シドとハイファはやっと逃げ出すとゲストルームに戻った。
 ここでもバルコニーにテーブルと椅子を出して日差しを浴びながらシドが訊く。

「で、この場合の【首謀者】は誰になるんだ?」
「今から別室にお伺いを立てるよ。星系政府与党幹部を片端から射殺せよ、なんて答えが返ってこないことを祈っててよね」

 向かい合った椅子に腰掛け、リモータを操作するハイファは憂鬱そうである。

「それならそれで俺はお前と一抜けするさ。一個小隊でも送ってこいって返事をしてな」
「そんな風に済めばいいんだけどねえ……貴方、公爵を撃てる?」
「そういうお前はエリックとコーディーを撃てるのか?」
「……うーん」

 別室は『巨大テラ連邦の利のために』、悪も正義も関係なく、ときに信じがたい命令を寄越すこともあるのだ。それを知っているのでシドは開き直り、ハイファは沈んでいるのである。
 一日が長いここでの昼食は十四時頃、十一時にはお茶の時間だというので、また公爵のサロンへと参じた。公爵はロレーナの話題を口にすることなく、穏やかに刻は過ぎた。

 ナッツたっぷりのパウンドケーキをバラのフレーバーティーで頂いた二人は、公爵の許可を貰ってバラ園を散策することにした。本当に病弱でもあるらしい公爵はサロンから動かず、二人だけの散歩である。
 一階に階段で下り、開け放された大扉から外に出ると、暖かな風がバラの香りを含んで二人を押し包んだ。だがむせ返るほどの匂いの品種はないらしく、爽やかな香気が満ちているといった感じである。二人は整地された小径を歩き出した。

 目つきの悪い番人だけではなく、庭園を丹精する男女も見受けられる。

「すごいね、見渡す限りのバラがちゃんと咲いてるなんて」
「季候が合ってるのか、ハイブリッドかもな」

 バラ園の中を碁盤の目のように走る小径をシドとハイファは気の向くままに辿った。そうして歩いているうちに二人のリモータが震え始める。発振のパターンから別室だと分かっていた。シドは意地のように見ようとせず、ハイファも納得するまでバラを鑑賞して、心を充分に潤してからゲストルームに戻った。
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