『沈黙』はダミーカート[模擬弾]~楽園31~

志賀雅基

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第48話・突然のカタストロフィ

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 シドは己を偽ることなく本気で言ってくれている。そんなことはハイファには分かっていた。だが人を助けるために刑事になったシドに何度こんな思いをさせれば気が済むのかと、ハイファは眩暈に耐えながらも、自分で自分を思い切り殴り付けたい思いに駆られる。

 でも心を決めたシドにありきたりの礼など必要なく、ちゃんと伝わっていることも分かっていた。枕許に置かれたシドの左手に自身の手を重ねる。救いの感触に縋りながらハイファは絶対に恥じないことだと自分に言い聞かせた。

 この誇り高い男を貶めない唯一の方法は恥じないこと。

「シド……ねえ、匂いだけじゃ足りなくなっちゃった」

 甘えの混じった声に、シドはハイファの前髪を優しくかき分ける。

「お前、まだ気分悪いだろ。昨日だってあんなにしちまって、お前が壊れちまう」
「何度も言ってるけど、僕はそう簡単に壊れるほどヤワじゃないよ。だから……ね?」

 やや強引に切れ長の目の視線を絡め取ると、重ねていたシドの手をハイファはそっと掴んで指を口に含んだ。舌を巻き付けてねぶるとシドはビクリと身を震わせる。

「ねえ、シド……抱いてよ」
「……くっ! マジで知らねぇからな」

 煙草を荒っぽく灰皿で消したシドは、ベッドに上がるなりハイファを激しく掻き抱いた――。

◇◇◇◇

 翌日二人は朝食を摂ったのち、ゲストルームに戻って計画を練った。
 バルコニーのテーブルに着き、少し湿った風に前髪を揺らしながらシドが確認する。

「決行は今晩でいいな?」
「うん。こっちを終わらせたら屋上のBELを分捕るんだね?」
「ああ。ローダ島に渡って向こうも一気にやるには、それしかねぇだろうな」
「向こうの七泊八日のキャンプは今日の昼間に終わるし、兵士も油断してると思う」
「そうか、チャンスといえばチャンスなんだろうな」

 何気なくシドは眼下のバラ園に目をやる。この咲き誇る花々は主を失くしたらどうなるのだろう、などと考えたのだ。そうして眺めていると、ふと気配に気付いて空を仰ぐ。同時にハイファも上空に目を向けた。曇った空に黒い点が五つ、徐々に大きくなってくる。

「軍用BELだ。何だろうね?」
「ローダ島側の奴らじゃねぇのか?」
「あれは大型BELだよ。あっちには中型と小型が二機ずつしかいなかった筈」

 眺めているうちにそれはどんどん大きくなり、ランディング体勢に入った。

「って、マジかよ!」
「まさか、嘘でしょう!」

 大型軍用BELは直接バラ園に降りようとしていた。見る間にそれは現実となって美しい花が薙ぎ倒される。巨体に押し退けられた風がここまできつく香りを運んできた。禍々しいような光景とは裏腹の香りを嗅ぎながら、二人は弾かれたように立ち上がる。
 接地した五機の軍用BELが濃緑の戦闘服を着た兵士たちを吐き出し始めたのだ。

「もしかして政府与党がもう動いた?」
「それ以外に思いつかねぇよ!」

 部屋を飛び出した二人は階段を駆け下りる。二階まで走ると公爵のサロンへと急いだ。
 執事殿が扉を開けてくれるのももどかしく、シドとハイファはサロンに飛び込んで公爵の姿を求めた。公爵はバルコニーに立ち、その手にはホビールームから持ちだしたのだろうライフルが握られている。

 ジュリアン=ベジャール公爵の顔色は真っ白だった。

「公爵、抵抗するのは危険かと」
「まだ早い、まだ早いんだよ。ロレーナがまだ……」

 既に屋外からは銃の撃発音が轟いていた。見下ろしたバラ園で番人たちと兵士が撃ち合っている。花を護る庭師たちが右往左往し、悲鳴があちこちで上がった。
 それも他人事ではなくなる。雑多な気配がしてサロンの扉が開け放たれ、サディM18を手にした兵士たちがなだれ込んできたのだ。

「ベジャール公爵、いるのは分かっている。出てきたまえ!」

 兵士たちの先頭で声を発したのは部隊長らしき男だった。男はためらいなく室内を縦断し、バルコニーまで踏み入る。そしてライフルと公爵の顔を交互に見て頬に冷笑を浮かべた。

「公爵。テロリスト育成機関を組織した容疑及び軍機密データ窃盗容疑で逮捕する」
「ジョアンナ=ルーサーの命令かい?」

 応えず部隊長は大仰に肩を竦める。

「そんなものは仕舞っておくのですな。抵抗すれば殺害もやむなしと我々は命令されております。……さあ、一緒にくるんだ」

 部隊長は片手を伸ばして公爵の腕を掴んだ。その扱いは既に公爵に対するものではない。
 公爵は掴まれた腕を振り解こうとする。激しい動きで一瞬ライフルの銃口が部隊長の方を向いた、その瞬間に部隊長は腰のホルスタから引き抜いた銃のトリガを引いていた。

 シドはまさかと思った、ためらいなく発射された銃弾が公爵の頭を割るなどとは。
 吹っ飛んだ公爵は血塗れの頭からバルコニーの柵を越え、バラ園に墜ちていった。

「公爵! くそう、テメェ!」
「だめだよ、シド!」

 鋭い声でハイファがシドを押し留める。その声で初めて部隊長はシドたちの存在に気付いたかの如く、まるでバラに付いたアブラムシでも見るような目つきをした。

「何だね、キミたちは?」

 黙ってハイファがリモータ操作、上書きしたニセ経歴ではなく別室員としてのIDを小電力バラージ発振で送る。ダイレクト発振で送られたそれを一瞥した部隊長は、予定にない中央派遣のエージェントには関わり合いたくないらしかった。

「ここは我が軍が封鎖する。出て行きたければ急ぐことですな」

 それだけ言うと部隊長は兵士たちとともにサロンを出て行った。彼らを半ば呆然と見送ってシドは立ち尽くす。食い縛った歯の隙間から押し出すように呟いた。

「あいつがらなきゃ、俺たちが殺ってた。なのに、何でこんなに悔しいんだ?」

 こぶしを震わせるシドを促し、ハイファは四階のゲストルームに向かう。ショルダーバッグだけ確保して階下に降りようとしたとき、遠雷のような響きを耳にした。

「何の音だ?」
「もしかして、爆撃かも」
「爆撃……って、マジかよっ!」
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