『沈黙』はダミーカート[模擬弾]~楽園31~

志賀雅基

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第55話・SFを超えてくる現代の銃が怖い

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 室内はデカ部屋の半分ほどの広さで元はオフィスだったらしいが、工事中ということで今はデスクも全て運び出され、綺麗さっぱり何もない。壁も床も剛性コンクリートが剥き出しで、少々床が埃っぽいだけである。そして四角い部屋の壁の一辺が透明樹脂製の窓として存在し、床から立ち上がっているという、伏射で狙える絶好の狙撃ポイントだった。

 バディの手腕に本気で感心してシドは半ば呆れた声を出す。

「ユーリー、お前って、よくこんな物件を探してくるよな」
「ふふん、なかなかでしょ? まあ二キロ半オーバーを狙えるミリアットのお蔭だけどね」

 窓に近寄ったハイファは透明樹脂を叩きながら言い、ソフトケースを下ろした。中身は既に組み立てられているので、そう焦ることはない。

「決行は?」
「現在時が十七時十分、日の入りが十七時二十三分で、政府高官たちがホテル入りするのが十八時の予定。多少はずれ込むかも知れないけど、ホテルでのパーティーは十八時半から」
「十八時半か。パーティー狙いか?」

「一応、ジョアンナ=ルーサーの泊まる部屋も調べてあるよ。でもチャンスがこれば、ね」
「ラジャー。十八時半、コピー」

 応えながらシドは緊張の前のリラックス、僅かな時間ながら夕暮れの空とビル群のシルエットとの美しいコントラストを眺めて愉しんだ。
 そうしてあっという間に赤く熟れた恒星ルフタスはビルの向こうに姿を隠し、ガレの都市に人工光が眩い夜がやってくる。

 第七惑星アダに月はなく、光害で星も見えない夜空にも飽き、シドはレーザースコープを取り出してアイピースに眼を当て、遙か遠いビルにフォーカスを合わせた。
 五十五階建てで下層にはショッピングモールが入居し、三十一階から最上階までがホテルになっているというのは既にハイファから聞いている。最上階の高級中華レストランを借り切りで立食パーティーは行われるらしい。

「あの右の三から七番目の窓か。下方を狙うってのも有利だな」
「うん。何処に現れるか分からないからスポッタ、積極的な指示をお願い」
「アイ・サー」

「ちなみに幹事長の部屋はもうひとつ下の階、見えてる左、二から五番目だからね」
「ラジャー。でもこれ、二千二十メートルもあるぞ。大丈夫か?」
「距離的にはね。大丈夫、コンディション・グリーンだよ」

 シドの持つ高性能レーザースコープでさえも、その窓から見える人々は豆粒以下である。
 心配をよそにハイファはさっさと準備を進めた。ソフトケースから取り出し手にしたのはマフィア・ベレッタファミリーの秘密武器庫から拝借してきた特殊カッターだ。刃を出して窓の足許から二十センチくらいの位置に押し当て、ぐるりと円を描いてから軽く窓を叩く。切り取られた部分が内側に外れて直径五十センチほどの穴が開いた。

 途端に寒風が吹き込んできて何もない室内を冷気が席捲した。構わずシドも倣って穴を開ける。

「くそう、寒いし、埃が……ゲホゴホッ!」

 ふたつの穴が互いに吸気口と排気口になり床の埃が舞い上がって咳き込んだ。ハイファは何より大事な目をガードしている。背後でフォードも渋い顔をしていた。
 強風が室内を席捲する中、文句と鼻水を垂れながらもシドはレーザースコープを半ば窓から突き出して、付属の機器に表示されるデータを読み上げ始めた。

 それを受けてハイファはリモータにアプリとして入れてある弾道計算ソフトに数値を打ち込み計算させて、ミリアットに付属のスコープ調整をする。
 更に自身の経験と勘に従いスコープのダイアルを微調整した。

「予想通り、かなり右からの横風が強いぞ」

 横風だけが成功を阻むのではない。超長距離狙撃ともなると惑星に働くコリオリの力までを考慮に入れなければならない場合もあるのだ。それらを計算し尽くした上で最後にはスナイパーのセンスに全てが委ねられる、狙撃とは静かに過酷な任務なのである。

 ゆるゆると時間が過ぎて十八時十五分になるとハイファは一旦ソフトスーツのジャケットを脱ぎ、ショルダーバンドごとテミスコピーをシドに預け、またジャケットに袖を通すと伏射姿勢を取った。スコープを覗くと、それきりハイファは動かなくなる。

 銃付属の特殊スコープ内の視野は夜間でも昼間のように明るくクリアな筈だった。だがシドの高性能レーザースコープですら人物は豆粒程度なのだ。この距離でミリアットのスコープを通したハイファの目に人物は米粒ほどに見えているだろうか。
 シドはレーザースコープで次々とタキシードのレストラン従業員にフォーカスを合わせて目を慣らしながら、ハイファの集中を感じ取って呼吸まで合わせていた。

 気圧が僅かに上がり、横風が収まってきたのをレーザースコープ付属の機器が教えている。低く通る声でハイファにそれらの変化を伝えると、そのたびにハイファはスコープの微調整をした。一挙動で調整するとき以外ハイファは伏射姿勢を取ったまま微動だにしない。

 やがて全員のリモータが震える。

「五分前、作戦行動に入る」
「アイ・サー」

 それからは誰も口を開かなかった。シドと同様に背後のフォードも高性能レーザースコープでターゲットの姿を求め、窓の向こうを見つめている筈だ。どの窓にターゲットが現れるか分からず、索敵にはひとつでも多く目が有る方がいい。
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