『沈黙』はダミーカート[模擬弾]~楽園31~

志賀雅基

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第57話・敵のリーサルウェポン

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 異物の雨が収まったのを見計らい、シドは起き上がろうとしたが叶わなかった。足が痺れたように感覚がない。自分の躰の下にぬめる液体が流れて、これは拙いぞと思った途端に這い出したハイファが悲鳴じみた声を上げた。
 
「シドっ、そんな!」

 ハイファに縋り付かれながらシドは自分の背後を肩越しに振り返った。大ぶりの樹脂片が幾つも両脚に突き刺さっている。コットンパンツを真っ赤に染め、なお溢れて床に血溜まりができていた。傷が深すぎるのか神経をやられたか、不思議と痛みは全くない。
 シドは左手の甲に刺さり床に縫い止めた破片を自力で引っこ抜くと投げ捨てる。もう貧血が始まったらしく、視界が灰色のドットで埋まりつつあった。

 しかし何とか目を眇めてハイファを見上げると掠れた声を絞り出した。

「だめだ、ハイファ……もう一人、撃て――」
「えっ、何、どういうこと?」

 あまりのことにハイファは半ば茫然自失していた。シドの身体に刺さった破片を抜くこともできず棒立ちになっていると、二人から距離を置いていた上に窓を注視していて助かったフォードが近づき、ハイファの頬を平手で打つ。

「敵はサイキ持ち、PK使いだ。始末しろ」
「PK使い……?」

 オウム返しに呟きながらもハイファはソフトケースからミリアットを再び出した。強風が渦巻く室内の素通しになった窓際で、立射姿勢には重すぎる銃を構える。その間も背後のシドが気になって堪らず、手が震えて照準もままならない。
 だがここでPK使いを見逃してしまっては果てしなく厄介なことになる。

「ユーリー、今だけ、一瞬でいいからシドのことは忘れろ!」

 フォードの怒号を聞きつつ、今度は自分がミンチにされるかも知れない恐怖をねじ伏せて、ハイファは心音に呼吸を合わせ始めた。心音三回で一回、息を吸っては吐く。
 数度繰り返し、そして息を止める。心音と同調させてトリガを引けるのは十秒が限界、それ以上は脳が酸素不足で精確な狙いがつけられなくなるのだ。

「真ん中、五枚目の窓。黒髪に茶系のスーツ、若い男だ」

 フォードの声でトリガを引く。今までより一層激しく感じた反動がガツンとハイファの肩を押した。それを一呼吸でいなしてピタリと元の位置に銃口を戻す。だがもう二発目が必要ないことと、必要であっても撃てないことを悟っていた。右肩が熱く痺れている。

「ヒット、ヘッドショットだ。いい腕だな」
「……痛っ!」

 裂けた銃身バレルの破片が右肩に突き刺さったのを、ハイファは唇を噛んで引き抜いた。

 血にぬめる手でミリアットをケースに仕舞い、ショルダーバッグとともに担ぎ上げる。壊れたからといって残してはいけない。怪我を負った以上ワープは不可能である。この星に閉じ込められたも同然の今、何処から足が付くか分からないからだ。

 そしてフォードに半ば担がれたシドに駆け寄る。目敏くもシドはハイファの肩に滲む血を見つけて、真っ白なポーカーフェイスの眉間にシワを寄せた。

「そんな顔しないで、貴方の方が重傷なんだから。ほら、離脱するよ」

 自分も肩を貸して歩き出す。事を成した以上、狙撃ポイントからは可能な限り早く離脱するのがセオリーだ。それも敵に居場所を知られ通報された可能性もある。だがこの状況では急ぐにも限度があった。点々と血の雫を落としながら工事中の部屋を出る。

「面倒を、掛けて、悪いな」

 端正な顔を歪めてシドが口許に浮かべた珍しい笑いにフォードは片眉を上げて応え、ハイファは愛し人の状態がかなり悪いことを知った。三人は少々遠回りをして屋上直通のエレベーターへと向かう。時間が遅く、入居したオフィスや廊下に人の気配がないのが幸いだった。

「しかし、何で、あんな所に、PK使いが、いたんだよ?」
「あれはジョアンナ=ルーサーの私設第二秘書だ」
「あんた、フォード、よく知ってるな」
「たまたまだ。この星系とロニアの往復で暮らしてるものでね」
「ふうん。マフィア相手の、剣客商売人が、政治屋の、私設第二秘書をなあ……」

 やってきたエレベーターに乗り込んで一時休憩だ。だがシドは座らない。二度目は立てない気がしているのかも知れないと、ハイファは自分が貧血になりそうな頭で思う。シドの足許には止めようもなく血溜まりが広がってゆく。

「それにしても、こっち以上の、飛び道具とは、参ったぜ」
る者はいつか殺られる。この世界の掟だ」
「悟って、やがるな」
「『いつか』だ、『今』じゃない」
「なるほど、生き存える、秘訣ってか」

 意識を保つためなのか、シドは口を閉ざす気配がない。そうしているうちに屋上に着いた。オートドアが開く。緊張の瞬間だったが、そこにも人影はなかった。ラッキィだ。
 よたよたと三人が縋り合った状態で歩き、小型BELに転がり込むように乗る。シドを後部座席に寝かせておいて、ハイファは慣れたコ・パイロット席、フォードがパイロット席を埋めた。

 右肩の痛みに耐えるハイファの操縦でBELは高々度まで一気に舞い上がる。スピードを出すには高度が足らないと航空交通局から警告を食らってしまうからだ。
 だがここにきて何処の病院でも拙いことに思い至る。また呆然としたハイファに隣から救いの手が差し伸べられた。フォードがコンソールの操縦桿を握り、小型BELを操縦し始めたのだ。その迷いのなさは目的地があるに違いなかった。
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